『俺、思うんだ』
ティーダは言った。
『避けられない運命から目をそらさず、 笑っていられれば、それでいい。 大丈夫……「終わり」なんてない』
何故自分に話そうと思ったのか。どうして自分を選んだのか。 そう尋ねたフリオニールに、彼は笑った。
『誰に憎まれたっていい。でもさ…一番のトモダチには、知っといて欲しかった んスよ。このへんが俺の弱さだけど』
そんな事ないよ、と。一言、自分は言うべきだったのだろう。彼がそう認めて くれたように、自分にとっての親友は確かにティーダで。同時に年上の先輩とし て、かけるべき言葉はたくさんあった筈である。 それなのに、出来なかった。 口を開けば全ての言葉は泣き声になってしまった。情けないにも程がある。一番 辛いのは自分ではないのに−−年下の彼に縋って、泣いた。 知らなければ良かったとは断じて思わない。知らなければ後悔する事すら出来 なかった。多分、ティーダの為に涙を流す事すらも。 それでも、悲しくて悲しくて、苦しくて苦しくて。行き場の無い感情が胸の奥に 溜まりすぎて、破裂してしまいそうだ。少し前の自分の言葉と無神経さを、心の底 から恥じた。 戦いを早く終わらせたい、と。 平和な世界が来れば、ティーダの夢だってきっと叶う、と。 そんなフリオニールの言葉を、この少年はどんな気持ちで聞いていたのだろう。 どんな想いで受け止めたのだろう。 無知は罪ではないかもしれない。けれど知らなかったことで赦される事など何 もない。 償う方法が、あるとしたなら。 彼の覚悟に報いる事。そして、自分は自分に出来る、精一杯をする事。
「フリオニール!」
どうやら考えこんでいたらしい。名前を呼ばれて顔を上げると、セシルの楽し そうな笑顔があった。
「ティーダがさ、あのスフィアカメラ…っていうので、みんなの集合写真撮ろう って言ってるんだよ。フリオニールも早く早く!」
みんなの写真が撮りたい。掃除の時ティーダが言っていた事を思い出す。どう やら早速実行に移したらしい。 意外と付き合いのいいライトやクラウドはともかく、一匹狼なスコールを引っ 張ってくるのには相当苦労したのだろう。 集団の真ん中。ジタンとバッツに両脇から押さえつけられ、苦い顔をしている スコールがいる。まだ逃げようと暴れているらしいが無理だろう。ジタンはとも かく、バッツはクラウドに次ぐ怪力の持ち主である。逃げられる筈がない。 「スコール!クラウド!ほら〜そんな仏頂面してないで笑って笑って!!」 「だから!!俺は嫌だと言って…」 「バッツ中尉、ジタン小尉!上官命令だ、スコールをくすぐって笑わせたまえ〜」 「「イエッサー!!ティーダ大尉!」」 「※○×●◇☆◎〜!!」 カメラを構えるティーダの命令に、バッツとジタンが敬礼モドキをして応える。 スコールが相当不憫だ。余計暴れるのでその一角が大乱闘状態。オニオンが迷惑 そうな顔で睨んでいる。 フリオニールは苦笑いするフリをして立ち上がる。そしてセシルと一緒に、暴 れているバッツ達の後ろに立った。 幸せな光景。幸せすぎると言っても過言でないほどに。 今までずっと、こんな風にみんなで笑ってふざけあえる事を、当たり前だと感 じていた。当たり前のように続いていく平凡な毎日だと。それがどれほど貴重な事 かも知らないで。 気付けて良かった。だから今、この幸せな景色を目に焼き付ける事ができる。 噛み締める事ができる。 もうじき全てが喪われる。そう決められた閉じた世界。その殻の内側も、破った 先にある外側も、等しく絶望に満ちている。どんな未来になろうとおそらく、 誰かが必ず傷つき、涙を流す事になるだろう。 だからどうか、今だけは。最期の平穏を、幸福を、この魂に刻みつけたい。 全ては悲しい、いつか終わる夢だとしても。 「よっしセット!十秒後にフラッシュが光ったら撮影完了ッス!!」 「走れ〜ティーダ〜!!」 カメラを脚立に置き、設定して、ティーダが走り寄ってくる。そしてフリオニ ールの隣に立ってピースした。 涙が出そうだ。幸せなのに、いや幸せだからこそ。壊れるその瞬間が永遠に来 なければいいのにと願ってしまう。それが叶わぬ望みと知りながら。 でも、最初で最後のみんなの写真。泣いているヤツがいたら、きっともっと悲 しくなるから。 フリオニールは笑った。精一杯の笑顔で。
「はいチーズ!」
フラッシュが焚かれた。それぞれの願いと、夢と、祈りを飲み込んで。
Last angels <詞遺し編> 〜3-3・太陽〜
その後、戦闘があった。 ベースからそう遠くない場所。食料調達に出たセシルとバッツがイミテーション に遭遇、襲われたのである。すぐに異変に気付いたライトとスコールが駆けつけ、 大事には至らなかったが−−その紛い物は三体もいた上、一体一体が相当強かっ た。 もし増援が間に合わなかったらと思うと−−ゾッとする。
「エキスパートクラスが一体、ストレンジが二体…か。確かに強かったが、どう にも半端だな」
戦闘内容を皆に報告するライト。
「何故三体だけで、向こうからすればこんな敵陣にいたのか。奇襲ならもう少し マシな対応ができたろうし、とっくに第二撃があってもおかしくない」
おそらく偵察目的だったのだろう。彼はそう言って話を締めくくった。 いつからあの場所に潜んでいたかは分からない。しかし昼前にオニオンとライト があの道を通過した時は何も無かったという。となればそう前の話でもない。 結果的に、早い段階で潰せたのは良かったといえる。面倒な情報をカオス陣営に 持ち帰られてはたまらない。 ただ、今回の件で、セシルを庇ったバッツが負傷した。大した傷では無いと本 人は言い張っているが、左手首を結構ザックリ切られている。一歩間違えば失血死 するくらいの怪我だった。 傷はともかく、本人はあの性格だから結構元気である。問題は庇われたセシルが 酷く落ち込んでしまった事だ。 次元城の庭先。いつもなら皆の溜まり場になっているその場所で、彼は一人 ポツンと座り込んでいた。ひそかに心配していたフリオニールは、遠くからその姿 を見つけて駆け寄る。 太陽は今にも地平線の向こうへ消えようとしている。魔物が出ると噂されるのは こんな時間帯だっただろうか。 昼と夜の境。狭間の時間。
「綺麗な夕陽だな」
体育座りの聖騎士。その横にどっかり腰を下ろすフリオニール。 「不吉だって言う人もいるけど…俺は好きだな、あの色」 「生きてるから、見られるんだよ」 俯いたままセシルが言う。
「死んじゃったら、何も見れないし感じられなくなるんだ…」
沈んだ声。重症だな、とフリオニールはため息をつく。 元々争い事の苦手なセシルだ。長い間戦場に拘束されているだけでも苦痛だろ うに。自分のせいで仲間を窮地に陥れた、そんな思いがトドメを刺してしまった のだろう。
「いつになれば終わるのかな、こんな戦い…」
終わらないんだよ、と。フリオニールは唇だけを動かした。声に出すほど無慈 悲にはなれなかった。 自分はティーダから聞いている。この戦いの真実も、自分達の記憶が封印され ている理由も。 この世界を支配するルール。全ての裁定を下す絶対の存在。それを打ち破らない 限り、全ては何度でも巻き戻されてしまう。絶望しかない閉じた世界。自分達は 百年以上、年もとらずに戦い続けている。 知らない事は幸せなのか、不幸なのか。出口の無い迷路の中で、ずっと足掻い ている今。それが現実だ。
「大丈夫ッスよ!」
明るい声がした。ティーダだ。彼はセシルの隣、フリオニールと反対側に座った。 無遠慮な仕草が、むしろ気を使っての事だと分かった。 「決めたじゃないッスか、みんなでフリオの夢を叶えるって。俺はやるっスよ〜 絶対この戦い、終わらせてみせるッス!!」 「ティーダ…でも」 「でもでもでもーっじゃないっスよ!」 大丈夫!と。夢想は拳を握って笑ってみせた。
「約束するッス。戦いを終わらせるって。そしたらきっと、夢だって現実になる って!!夢は叶うもんじゃなくて、人の手で叶えるものッスよ!」
そうだ。 今の彼は本当にそれしか考えていない。本気で戦いを終わらせるつもりである。 何を犠牲にしてでも、誰に恨まれる事になっても、平和になったその世界に自分が いなくても。 戦いを終わらせる為に、あらゆる覚悟を決めている。フリオニールは唇を噛み しめた。 知っている。彼がその為に何をしようとしているのかを。本当なら止めるべき なのだろう。人道的に赦されない行為。無謀すぎる手段。何も知らない人間は きっと彼をこう呼ぶ――裏切り者だ、と。
「…そうだね」
セシルも小さく笑った。まだ完全に立ち直れたわけではないだろうが、その眼 から暗い光は消えている。 「心が折れちゃったら、そこで終わりなんだ。守ってくれたバッツにも失礼だよ、 ね」 「そゆこと!」 自分はまだ迷っているのに。笑顔を作って、立ち上がろうとする二人の姿が、 フリオニールには眩しかった。 どうしてそんなに、強くなれるのだろう。
「そうと決まれば、やる事は一つ!こんな時こそ笑顔の練習!!」
バッと立ち上がり、あははははーっ!と夕焼けに向かって叫ぶティーダ。 「ほら、セシルもフリオも、暗い顔してないでっ」 「あ、こらティーダひっぱるな!」 「せ、セシルセシル肘当たってる、落ちるっ」 「ちょ、フリオニール!?わーっ」 セシルがバランスを崩し、その肘がフリオニールに当たり。危うくフリオニール は、次元城の下のテジョントラップに落ちそうになる。 ギリギリのところで引っ張り上げられ、フリオニールはほっと息をついた。 まったくティーダときたら、やる事なす事いきなりすぎる。 そしてお互いの間抜けた顔に−−つい三人ともが吹き出していた。夕焼けに響く 笑い声。
「そうそう、二人ともその調子ッス!!」
笑う。笑う。誰もが絶望を吹き飛ばそうと、精一杯笑う。 フリオニールは思った。 自分の記憶の中にいるティーダは、いつでも笑っていたな、と。彼の存在は、 暗く沈んだ戦場をも明るく照らす、太陽そのもので。 その笑顔にどれだけ支えられてきただろう。どれだけ救われてきたのだろう。 それはきっと、自分だけでは無い筈で。 ティーダがいつ記憶を取り戻し、残酷な運命を悟ったのか。前の世界を覚えて いないフリオニールには分からない。けれど避けられない運命を知ってなお、その 明るさが変わる事は無かった。それが自分の役目だと言うように。 我が儘な願いかもしれない。叶う筈の無い望みかもしれない。 それでも今、夢を見る義士は思う。
「願わくば…どうか」
戦いの終わり。野薔薇咲く優しい世界にも。 あの優しい夢想の姿がありますように。 あの太陽が変わらず照らしてくれますように、と。
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陽はまた昇り、沈んでいく。