ケフカの機嫌が悪い。ものすごく。 すれ違っただけで、ジェクトはそれを看破していた。いつもなら鼻歌でスキッ プしながら、イタズラや破壊工作のネタを考えているような男なのに。今日はや たら猫背で、ブツブツ文句(というかもはや呪いの言葉に近い)を呟いている。 それに、彼が一人でカオス神殿内をうろついているのも気になった。普段は殆ど の時間、暗闇の雲と一緒にいるのに。 彼女は暴走しがちなケフカのストッパー兼保護者、と仲間内の誰もに認知され ている。ガーランドやカオスもそれを見越して、大抵の任務を二人一組で任せて いる。
「なぁ、ケフカ。雲姐さんはどうしたよ?一緒じゃねぇの?」
触らぬケフカに祟りなし、は百も承知だが。 彼が何かやらかした場合、被害は巡り巡って自分のところに来る事も少なく ない。できれば面倒になる前に阻止しておきたいところ。
「んんんー?」
分かってはいたが、地雷だったらしい。ケフカはじろり、と猫背のままジェクト を見上げ、不愉快そうに言う。
「何でぼくちんが、常にあの人と一緒にいなきゃいけないんです?ふん、冗談じ ゃない」
ああ、そういう事か。事情を悟り、一気に頭が痛くなる。 多分、暗闇の雲と喧嘩でもしたのだろう。いや、喧嘩のつもりなのはケフカの方 だけかもしれない。前にも彼女がケフカの非常識を叱り、子供のようにへそを 曲げて暴れた事があった。どちらに非があったかなど語るまでもない。 親の存在をウザがる反抗期のよう。勿論保護者とて人間だから、間違える事も たくさんあるが−−普通の親は、子供を想って叱る。何故叱られたか、納得でき ない子供は反抗して喧嘩になる。まあ珍しい話でもあるまい。 自分は心など無い妖魔だと彼女は言う。が、彼女がケフカに向けているそれは、 母親としての愛情に近い。本人は気付いてないのかもしれないが、息子を持つ身で あるジェクトには分かる気がする。 いや、今は暗闇の雲については置いておいて。とりあえずケフカだ。なんとか 機嫌を直して貰わなければ。 「なぁ、あの人と何があったんだよ?頼むから機嫌直してくれって」 「ぼくちんはフキゲンなんかじゃありませんっ!」 「あーもー…」 幼児退行起こしてるとはいえ、仮にも35歳がその態度はいかがなものか。どう やって宥めるかな、とジェクトが悩んだ時。
「ケフカぁぁぁッ!」
ああ、何だろう。このパターン前にもあったような。 ため息混じりで剣を構えてガードするジェクト。かきんっ!と魔法の球が刃に 弾かれる音がした。いきなりフレアスターかい、と青くなる。 上の階から飛び降りてきたのは、予想違わぬ人物であった。ただ、気のせいか 妙に身長が低いような。
「なんか…いつもより小さくねぇか、クジャ?」
元々小柄な方のクジャである。しかし今の彼は身長が130cmそこそこしか無いよ うな−−というか妙に顔が幼いような。
「コイツのせいだよっコイツの!」
ビシリ、と道化を指差し叫ぶクジャ。 「僕の部屋に、ドアの下から変なガス入れやがって!急いで逃げたからこの程度で 済んだけど、下手すりゃ幼児か赤ん坊にされてたし!!」 「いいっ!?」 洒落にならないだろ、それは。そもそも幼児化する薬品なんていつの間に作っ たんだ、というか何に使うつもりなんですか一体。 心の中で盛大にツッコミを入れながらケフカを見る。
「いくらなんでも悪趣味すぎ!何であんな真似したわけっ!?」
怒り心頭なクジャに、ケフカは無表情であっさりと言い放った。
「八つ当たり」
ブツッ、と血管の切れる音がしたようなしてないような。 「ふっざけてんじゃねぇぞテメェェェ!!んなにブッ殺されてぇかコラ!!」 「く、クジャ、落ち着け、マジで落ち着け!!口調が完全に破綻してるからっ!!」 暴れる死神を必死で押さえるジェクト。このままじゃ真面目にラストレクイエ ムをおっ始めかねない。
「な、なぁケフカ、ほんとに教えてくれって。昨日何があったんだ」
原因が分からなければ、対処しようがない。尋ねるジェクトに、ケフカはフン とそっぽを向いて答えた。
「あいつが悪いんだ。ぼくちん達の計画を邪魔するとか言い出すから」
計画?何やら雲行きの怪しい言葉に、クジャも暴れるのをやめて彼を見る。 「前からずっと言ってるのに。ぼくちんはずーっとオトモダチと戦って戦って、 ブッ壊しまくりたいだけなのに」 「何だ、何の話だ?」 「その為にはーっ戦いが終わってくれちゃ意味ないんだよ、マジで。その為には これから先もずーっと始めからやり直して、戦いを繰り返さなきゃ駄目なのに」 「!?」 ジェクトとクジャは顔を見合わせる。何やら、とんでもない話を聞いてしまった 気がする。
「おい、ケフカ。その計画とやらについて…もうちょい詳しく聞かせろや」
もし自分の予想が正しいのなら。 この戦い−−誰かがわざと長引かせていることになる。
Last angels <詞遺し編> 〜3-4・孤軍奮闘〜
同時刻−−パンデモニウムの一室。 皇帝はアルティミシアとチェスに興じていた。チェスをやりながらの作戦会議 は多い。なんとなく、頭を働かせやすい気がする。万が一見つかってもごまかし やすいのもあるだろう。
「前の世界…とりあえず最低限の目的は果たしたが」
カツン、と杖で床を叩く皇帝。
「ここから先が問題だ。果たしてあの男がどう動いてくれるのか…」
よもや全部を知っても、事実を否定するという事は無いだろうが。その上で、 輪廻の継続を望む可能性が無いわけではない。となれば自分の苦労は全て水の泡 になってしまう。 「こちらの動きはどうなっている?アルティミシア」 「あなたの読み通りね。ああ見えてガーランドは慎重派ですから」 彼女は黒のルークに手を伸ばす。皇帝は渋面を作った、今一番やられると困る ところを動かしてきた。
「前の世界でのセフィロスの作戦。かなりの数の兵力を使ってしまいましたから、 イミテーションの精製に費やしてくれるかと。少なくとも今回の世界で、前回と 同じ手を打ってくる事はない筈です」
二人でチェスをするのも何百回目か。随分腕を上げたな、と思う。 そういえばいつだったかセフィロスに勝負をふっかけて、派手に負けたらしい と聞いている。それ以来かなりリベンジに燃えているとか。 自分も負けず嫌いだが、彼女も相当である。 「それと暗闇の雲が、ガーランドの派閥から離脱したようで。予測ですが彼女は 前の世界、オニオンナイトの死に立ち会っています。そこで例のクリスタルに関 わる情報を知った可能性があるかと」 「筋は通る、か」 ああ見えて人間くさい一面のある暗闇の雲だ。ガーランドが最初の世界でやった 事を知れば、失望するのも頷ける。ましてやそれが何かと気にかけているオニオン ナイトの口から語られた事実ならなおのこと。
「だが、道化は未だガーランドの側に残ったままだ。奴があそこにいる以上、完全 に離反したと考えるのは危険だろう。情に流されて舞い戻らないとは言い切れん」
今度はアルティミシアが嫌な顔をする番だった。皇帝が動かした白のナイトが お気に召さなかったらしい。 相変わらず嫌らしい打ち方、とぼそっと呟いたのが聞こえた。
「あとはエクスデス。奴は前の世界、後片付けに少しばかり参加したのみ。ほぼ 傍観者に徹した。外側から真実を探り出そうとしたのだろうが…」
果たしてどこまで掴んだのだろう。 最終的な目的で考えれば、自分達は敵にならない筈。輪廻を断ち切りたいのは 同じなのだから。 ただ、あの大樹の考えはイマイチ読めない。うまくこちらに引き込めれば儲け ものだが−−。 それに、時の鎖を切断した直後に敵対するのもまずい。エクスデスの目的は全て を無に帰す事にある。これ幸いとばかりに不意打たれては元も子もない。 「話を整理しましょう。現在、ガーランド派はケフカとセフィロス。不透明なのが 暗闇の雲、ジェクト、クジャ、エクスデス。我々の側が私、皇帝…一応ゴルベーザ」 「あいつの説得も鍵だな。あの魔人の行動原理は全て弟に起因する。逆に言えば 弟の安全さえ保証してやればいい。幸い奴も奴の弟も“契約者”では無いからな」 長考していたアルティミシアだが、苦い表情でキングを左に逃がした。苦し紛れ だがそれ以外に無いと悟ったのだろう。が、皇帝に通じる筈もなく。
「望まない契約者であるクジャに、真実を明かした上で協力させるのは難しい。 だが半端に嘘を教えても見抜かれて離反されそうだな…半端に頭のいい奴はこれ だから困る」
今までの世界でもそう。クジャは契約者ゆえあらゆる記憶を消去されているにも 関わらず、幾度となく自力で真実に近付いた。自分達の話に少しでも矛盾が見つ かればすぐ反旗を翻すだろう。 うまく“事実だけ”教えて騙すのが理想。もしくは食い違わない嘘の中に事実を 織り交ぜて、真実味を持たせるか。
「だが、ジェクトを引き込めば勝機はある。クジャはあの男を慕っているからな。 その為にもまずあの男の息子であるティーダの協力が不可欠だ」
だから、自分は前の世界で、真実の伝達者としてティーダを選んだ。ジェクトを 引き入れる一つの手段として。
「チェックメイト」
カタン、と音がして。皇帝の指が黒のキングを倒していた。白のビショップが 王を食らっている。アルティミシアが溜め息をつく。 「今回は、私の負けね」 「今回は、ではなく今回も、だろう」 「次回はありませんよ」 「どうだか」 何百回もの勝負、皇帝の勝ち越しは明らかだ。無論魔女が勝つ事もあるには あったが、勝率をわざわざ計算するには至らない。彼女は悔しそうにチェス盤を 片付ける。
「この後の予定ですが」
白のポーンが、机の下に転がる。それを拾い上げ、箱に戻す魔女。
「当面はセフィロスの動きに最大の注意を払う事にして。彼が行動を起こす前に、 ティーダに接触しましょう。あのぼうやが真実を知って何を目指すか、それが 今後の命運を大きく左右してしまう…」
突然、皇帝は弾かれたように顔を上げた。険しい顔で柱の陰を見る。アルティ ミシアも気付いただろう。そこから、少年のものとおぼしきスニーカーが覗いて いる事に。
「心配ご無用、ッスよ」
独特の話し方。彼は一歩前に出た。
「俺の目的、多分アンタ達の不利益にはなんないから」
どうやって此処に来たのか。それも、たった一人で。 じっと“太陽”の名を冠する少年を見下ろす。彼は笑ってはいたが−−それは 呑気な笑みでも、楽天的な強がりでもなかった。 暴君は悟る。彼もまた覚悟を決めた事に。
「不利益にならない…か。その根拠は勿論聞かせて貰えるんだろうな?」
読み通りなら、ティーダは辿り着いた筈。自分達が未だ至らない、答えに。
「勿論、イエスっスよ」
そして、プロローグが終わる。 後に大きな分岐点となる、三つ目の物語の。
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光と闇が今、初めて互いに手を伸ばした。