ティーダがフリオニールと共にホームに帰って来ると、思った通りライトとク ラウドに苦い顔をされた。
「二人とも…暗くなってからベースエリアを出るなと言っておいた筈だが?」
言外に、何をしてたんだ、とライト。二人は素早くアイコンタクトを交わした。 単独行動は厳禁。何より自分が皇帝達としようとしている事がバレたら元も子も ない。だからティーダはフリオニールに、ずっと一緒にいたと証言してくれる よう頼み込んでいた。 今回の計画に、直接フリオニールを関わらせるつもりは毛頭ない。口裏合わせ などだけ協力を頼む事にしている。最初から最後まで隠し通す為には、こちら側 の協力者も不可欠だった。 ティーダはフリオニールの性格を把握している。彼を親友だと思っている事も、 彼に話した言葉にも嘘はないが−−それでも彼を利用している事実に罪悪感が あった。 あの話を聞いて、フリオニールが自分の頼みを断る筈がないと知っている。 だから彼に話した、というのも実はあるのだ。 彼の純粋な好意を踏みにじっているようで。そんな事が平気でできてしまう自 分が、怖かった。
『クリスタルの宿主はセフィロスとライトの二人…か。そう教えておいて協力 させて、最後にクジャを始末する気か。貴様もとんだ悪魔だな』
貴様“も”。そう言った皇帝は、その言葉の中に自分自身をも含めていたのだ ろう。 悪魔。ああそうだ、自分は悪魔。 人間じゃ、ない。 友人の気持ちを弄んでいる事だけでなく−−これから自分がしようとしている 裏切りは、普通の人間の心でできるような事ではない。 言い訳しながら、ティーダはライトを見る。光の加護を受け、光に愛された、 それはそれは強く美しい戦士。敬愛すべきリーダー。 自分は、自分のエゴの為に、あなたを殺す。 謝罪はしない。赦しを請うなどもってのほか。自分はこの罪を、与えられる あらゆる罰を受けよう。 それがどんな地獄より痛みを伴うものであったとしても。
−−俺の旅っていつも、贖罪で始まって贖罪で終わるんだな。
失笑。夢想は心の中だけで呟く。
−−あの時だってそうだった。シンを倒す旅の中。ユウナがどんな気持ちで ザナルカンドを目指してたか、何も知らないで…俺は。
「ティーダ!」
部屋へ戻る通路。歩きながら考えごとに耽っていたティーダは、背後からの 明るい声にハッとして振り向く。 立っていたのはバッツとジタンだった。何やら二人ともご機嫌な笑顔である。 どうしたんだろう、と思ってみると、ジタンが小さな鉢植えを抱えている事に気 付いた。
「どうしたんスか、それ?」
黄金色の、太陽のような花。小さな蒲公英が一輪だけ、鉢の中で揺れていた。 「クリスタルワールドで見つけたんだよ!結晶の隙間の、ほっそいところで咲い ててさぁ」 「え、あそこって植物生えるんスか?」 「普通は無理。でも、種と一緒にほんのちょっとだけ土が運ばれてきたらしくて さー」 凄い生命力だ。ティーダはその小さな花を、まじまじと見る。 「野薔薇だったら、フリオニールにも喜んで貰えたんだろうけどな」 「そんな事ないよジタン。これだって絶対喜ぶって。だって、この世界で初めて 見つけた花じゃんか」 こんな、閉じた阿修羅の世界でも。こんな壊れそうな、醜い世界でも。 花は咲くのだ。咲く花があるのだ。どんな日陰でもどんなに恵まれない場所で も、精一杯根を張って生きようとする命がある。
「こんな花がいっぱい咲く平和な世界…俺も見てみたいな」
バッツが嬉しそうに呟いた。
「早く戦い終わらせて、平和を取り戻さないとな。頑張ろうぜ、二人とも!」
戦いが、終わる。それは輪廻の鎖が断ち切られるということ。この世界に墜ち たすべての存在が、あるべき場所に帰るということ。 ジタンもバッツも、それが意味する事を知らないのだ。何故ならティーダが 教えなかったから。彼らの決意が鈍る事を、ティーダ自身が望まなかったから。 彼らは信じている。野薔薇や、野薔薇だけでなくいろんな花が咲く世界。その 景色を仲間達全員で見る事ができると、そう願ってやまない。 だからこその言葉。分かっている。傷つく権利など、自分にはないという事 くらいは。
「うん。…頑張るッスよ!」
自分は、スピラでの旅の中。何も知らずに、彼女に未来の話ばかりした。旅の 終わりが彼女の死だとも知らないで。平和な世界と引き換えに命を投げる覚悟を、 彼女が決めていたとも気付かずに。 きっと、こんな気持ちだったのだろう。 傷ついて、でも。未来を信じる大事な誰かの眼を、曇らせたくなんかなくて。 傷つけたくなくて。 精一杯、笑ってたのだろう。襲い来る絶望を振り払うように。
−−だからこれは、この痛みは罰。
自分は命をかけて償わなければならない。あの頃の罪と、これから犯そうとし ている罪を。
Last angels <詞遺し編> 〜3-7・罰〜
何だか、うまく寝つけない。 スコールはため息を一つついて、体を起こした。時計は夜中の二時をさして いる。困ったな、と心の中でつぶやいてベットから降りた。 生真面目な性格のせいで、寝坊や遅刻といった醜態を晒した事はない。しかし、 実は朝に相当弱いスコール。起きるのに毎朝三十分かかるので、いつも起床予定 時刻の三十分前にアラームを鳴らしていた。 なんだろう、胸の奥がざわついて仕方ない。 部屋の中をぐるりと見渡す。ティーダがフリオニールを散歩に連れ出してしまっ たせいで、結局中断された大掃除。ジタンの隣の部屋だったスコールのところには 番が回ってきていない。 そう整理整頓が苦手な方だとは思っていないが、換気扇や排水溝の掃除はどう しても手を抜きがちである。面倒でも近いうちにやっておかなければ。バッツが 連れ込んだブラックGがこっちにも来たら、パニックでライオンハートを振り回 すかもしれない。
「…静か、だな」
わざと声に出して呟く。しん、と静まり返った空間。耳をすませば、僅かに 隣室からジタンのイビキが聞こえてくる程度。カオス陣営の気配はおろか、魔物の 気配一つしない。 それでも、心の奥底がざらつくような奇妙な感覚を覚える。今何かが起こって いるわけじゃない。それは分かる−−なのに。
−−…苦手だな。こんな、理由も分からない第六感というやつは。
再びスコールはため息。どちらにせよこのままでは眠れそうにない。気分を落 ち着かせるべく、ドアを開けて廊下に出た。 コスモスが与えてくれたこの屋敷は、便利だが少々変わった構造をしている。 まずキッチンのある部屋とない部屋がある。あるのはライト、クラウド、ティナ、 フリオニールの部屋。基本的に家事がそれなりに得意な人物の部屋だ。 実際あのバッツの部屋などに設置してあったら、危なくてしょうがないだろう。 いつ土砂崩れの山にコンロの火が引火するか分かったものではない。 ホールに出て、正面奥の扉が食堂。その向こうに共同キッチンがある。この共同 キッチンは、フリオニールがブチキレた際、セシルがジタンと共に綺麗に掃除した 場所だった。 どれだけ掃除を頑張っても、料理をする回数が多い以上キッチンは汚れる。 相当頑張ったのだろう、流し台もコンロも今はピカピカだ。 スコールは小さな明かりだけつけて、冷蔵庫を探した。ホットミルクでも飲めば 眠れるかもしれない。とりあえず、このキッチンが誰の部屋からも遠くて良かった と思う。勘のいい者はレンジの音でも目を覚ましてしまう。
−−ん?
冷蔵庫を開けようと手をかけた時、視界の隅を何かがよぎった気がした。
−−なんだ?
気のせいか?と心の中で呟くが。
かつん。
弾かれたように振り向く。入り口の側に誰かが立っていた。今のはブーツの音。 だが−−聞き覚えのない足音だったような。 殺気の類は感じない。だが、侵入者がいるのなら確かめなくては。手の中にガ ンブレードを表し、意を決して台所の外へ出る。
「−−ッ!」
食堂に出た途端。閉めた筈のドアが開いているのに気付く。そして、その暗闇の 端を、赤い衣の裾がちらりと横切っていったのにも。 危うく声を出しそうになったのを、どうにか堪える。皆を起こすわけにはいか ないし、侵入者に気付かれるわけにもいかない。 しかし、それ以上に、自分の中に今更ながら湧き上がった疑念を振り払った。 馬鹿馬鹿しい。幽霊なんている筈がない。いくらなんでもシチュエーションが ありきたりすぎる。結界で守られた屋敷に、邪なものが入って来れる筈はないのだ。 そもそも幽霊だとしたら、一体どこの死者だというのか。聞いた事もない。 気配を探りながら、スコールはホールに出る。そして、その侵入者らしき後ろ姿 が、階段を上っていくのを見た。
−−誰だ、あれは。
多分男。ただでさえ暗い上、後ろ姿なのでハッキリしない。ただ思った通り、 コスモス陣営でもカオス陣営でも記憶にない人物である。 一体誰なのだろう。後を追いながら考えるスコール。闇の存在でなさそうだ、 というのは気配で分かるが、その存在感はひどく虚ろだ。コスモスが新たに召喚 した仲間?なら、自分達に紹介されない筈はないし−−。 赤い服の男の姿は、廊下で消えていた。どこに行ったのだろう、と思ってみる と、部屋の一つのドアが小さく開いているのに気付く。中から漏れる月明かり。 あの場所は−−。
−−ティーダの部屋?どうして…。
悪い、と思いつつドアを開ける。そして、仰天した。部屋の真ん中。開け放た れた窓の前に、あの侵入者が立っていた。それだけではない。本来ティーダが寝 ている筈のベッドが、空っぽになっている。 真夜中の二時をすぎているのに?こんな時間に何処へ?いや、窓が開いていな ければせいぜいトイレか何かだと思ったかもしれないが。
「ティーダは…何処だ」
目の前の人物に問いかける。此処にいるという事は、何か知っている筈だ。
「アンタは、誰だ」
無言でガンブレードを構えると、男はゆっくりと振り向いた。赤い服、黒い髪、 鍛えられた体躯。年は三十代後半くらい、だろうか。襟で顔の半分は隠れている のでよく分からない。ただ鋭い隻眼が、射抜くようにスコールを見ている。
『始まった物語は、終わりを見るまで止まらない…』
満月をバックに、男は告げる。
『終わらせる権利を持つのは、本人だけだ』
スコールは驚く。男の声は−−若干低いが、自分のそれとそっくりだったのだ。 いや、似ているのは声だけでは、ない。
『スコール=レオンハート。お前は、あいつの物語の導き手になれるか?既に 終わっていた筈の、物語のだ』
くらり、と。突然の目眩に、膝を着く。眠ってはならない、そう思うのに−− 男の顔がぼやけていく。
「あんたは、一体…」
男の唇が動いた。
「俺は−−」
その先に驚く暇もなく。スコールの意識は途切れ−−不思議な記憶もまた、 そこで終わったのだった。 それは現か、それとも月夜の幻だったか。 スコールが答えを知るのは――そう遠い未来では、ない。
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罪が先か、罰が先か。
BGM 『ゆめのおわり』
by Hajime Sumeragi