昨晩の出来事。もしかしたらその半分は夢だったのかもしれない。 だってそうだろう、月夜の晩に自分にどこか似た男が現れて、警告じみた言葉 を残して消えるなんて。しかも目覚めたら何事も無かったかのように、自分は ベッドの中で寝ていたなんて。 満月の夜は、月から魔物が降りてきて人を誑かす−−なんて話もあるようだが。 これではまるっきり怪談話ではないか、とスコールは思う。オカルトを信じる 趣味はない。そう考えれば、昨晩の出来事はあまりに非現実すぎる。 ただ、一つだけ。ここのところずっと感じていた違和感の正体が、ハッキリした 気がするのだ。 ティーダの様子がおかしい。具体的にどこがとは説明できないが、彼とフリオ ニールの態度にどこか違和感を感じる時がある。 昨日の出来事−−あの幽霊みたいな侵入者の事は夢だった、で片付けるとしても だ。真夜中二時である。そんな時間に一体、ティーダは何処へ行っていたのだろう。
−−こういう駆け引きは、得意じゃないんだがな…。直接聞き出すしかないか。
自らの無口(心の中では盛大にぼやいているにせよ)は自覚のあるスコール。 誘導尋問の類は専門外どころではない。下手をすればド素人より危ないかもしれ ない−−やや切ない話だが。 唯一利点と言えるのは、このポーカーフェイス、もとい仏頂面。感情が表に 出にくいこの性質は、言葉の不器用なスコール唯一の心理戦で役立つ武器だった。 さて、これだけでどこまで、弁の立たない口を補えるか。
「ティーダ、ちょっといいか?」
ホールにて。バッツ、ジタンと共に談笑していたティーダに声をかける。 「何ッスかスコール?真面目な顔しちゃって。もしかして、一緒に混じりた かった?」 「何でそうなる…」 からかうような口調になるティーダ。その発想に呆れつつ、スコールは自分に 言い聞かせる。彼のペースに乗せられてはいけない。話を脱線させるのはティーダ の十八番なのだから。まあ、意図した事ではないかもしれないが。
「昨日の夜中…部屋にいなかったな。何処で何をしていた?」
ジタンとバッツ−−仲間の眼がある前で尋ねたのはわざとだった。第三者の眼 は、尋問される側にとって大きなプレッシャーとなる。それに、少しでも迂闊な 発言があれば、ジタン達も訝しく思うだろう。
「夜中ぁ?何時くらいッスか。トイレに二回くらい起きたから、そん時じゃ なくて?」
ってか人の部屋覗くなってのー!スコールってはそういう趣味?と。ちゃかそう とするティーダに、スコールは頭が痛くなる。 彼の言葉が、というより。彼の部屋を覗く事になった言い訳を用意していなか った自分の失態に、気付かされたからである。 「眠れなくて、キッチンに飲み物を取りに降りたんだ。お前の部屋のドアが開いて いたので、気になって中を覗いた。…勝手に見たのは悪かったが」 「や、それはいいんだけど…ドア開いてた?寝ぼけて閉め忘れたのかなぁ…そう いうことは気をつけてるつもりだったんだけど」 あの謎の“侵入者”の話は伏せて、それ以外のことを正直に話した。話ながら、 ティーダの様子を観察する。今のところ、不自然な様子は見当たらないが−−。
「窓も開いていたからな。てっきり窓から抜け出したかのかと。お前の性格なら やりかねない」
さあ、どう言い訳する?
「えぇっ!?窓まで閉め忘れてたッスか俺!?」
即座にやっばい、という顔になるティーダ。ただしそれは“やっばい不用心だ って叱られるよ!”な顔だった。 「お月様が綺麗だったから、窓開けてちょっと眺めて寝たんだけど…はぁ、疲れ てんのかなー。閉めたと思ったになぁ」 「なんだよティーダ、うっかり二連発だな。ライトさんあたりが聞いたら怒るぞー。 チクっちゃおうかなぁ」 「ひっでぇバッツ!!」 駄目だ。これが演技だと言うならノーベル賞ものだ。少なくとも自分には看破 できそうにない。 本当に、ティーダは部屋を抜け出してなどいないのだろうか。自分の勘違いなら それに越したことはないのだが。いかんせんどっちの証拠もないのである。 「…悪かったな、変なことを聞いて」 「いいッスよ。ってか、こっちこそ妙な心配かけちゃったみたいで、なんか申し訳 ない…」 「ティーダは猪突猛進すぎなんだよ。なー」 「お前が言うか、お前が!」 またふざけ始めた三人に背を向け、スコールは自室に向かった。思い過ごしだ ったと、信じたい自分がいる。仮に抜け出したとしても、大した理由ではないの かもしれない。 しかし。胸の奥にわだかまるモヤモヤしか感覚。どうにも嫌な予感が、拭い去れ ない。
−−あの侵入者…もしあれが俺の夢などではなかったとしたら。
あの赤い服の男は、何故自分の前に現れたのだろう。自分に何を言いたかった のだろう。
−−警告があるなら、真正面から言ってくれ。どいつもこいつも。
芝居がかった言い回しは、あのクジャだけで充分だ。スコールはウンザリした 気分で、自室のドアを閉めた。
Last angels <詞遺し編> 〜3-8・夢幻泡影〜
背を向けて去っていくスコール。その背中に、ティーダは色のない眼で身送った。 まさか部屋を抜け出したことに気づかれるなんて。しかし、窓もドアも閉めて 出た筈である。ドアに至っては鍵もかけていたのだ。何故それが“開いていた” なんて事になるのか。 トイレに二回起きた、と言ったのは、スコールが起きた時間とかぶる率を上げる 為。さすがに三回以上を答えるのは不自然なので二回と言ったが。 時間を聞かれた時は“覚えてない”と言うつもりだった。●時頃何をしてた? という聞き方をされた時も同様に。時間をハッキリ答えた方がこの場合怪しまれる と知っている。 いざという時はまたフリオニールと口裏を合わせるつもりだ。が、この手も あまり使いすぎない方がいい。精々あと一回くらい。彼まで疑われたのでは まったく意味がないのだ。 できればライトを殺す時まで、とっておきたい切り札である。
−−スコール…。最初に会った時からさ、本能的に気付いてたんだろうな、俺。
彼とはどうしても、初めて会った気がしなくて。そしてどうしても同い年な気が しなくて。 事ある事に甘えて、頼っていた自分。それは十七歳とは思えぬ彼の大人びた性格 もあったのだろうが。ずっと彼の方が年上のような気がしていた。ただ本能的に、 無意識的に、彼を尊敬していた。やや度が過ぎたほどに。 あの時は分からなかったその理由。全てを知った今ならその答えも分かる。
−−記憶がなくても、覚えてたんだ俺。アンタのこと…。
別々の世界から召喚された自分達。コスモスはそう言ったし、その言葉が間違 っているわけではない。 ただ、正確な表現をすると微妙に違うのだ。
自分達はバラバラの次元から呼び出されたのではない−−“バラバラの時代か ら呼び出された”のだ。
つまり、自分達は全員、同じ世界の出身者なのである。そのやって来た時間軸 が、数百年数千年単位で違うというだけで。 この二十人の中で。自分はかなり過去の方から来た部類になる。クラウドが自分 より遥か未来の世界から来た事はすぐに分かった。彼の言う“ライフストリーム” と、自分達の知る“幻光虫”はまったく同じ存在だったからだ。 そしてスコールもまた。自分より、遥か未来の世界から来た存在なのだろう。
−−此処でも、アンタは俺の事見守ってくれてるんだよな…。
スコール=レオンハートは、ティーダを導いてくれた“彼”の生まれ変わりな のだ。死の螺旋が巡るスピラを−−ああ、この世界もまたスピラによく似ている −−その運命を変える為。死して尚抗い続けた彼の−−アーロンの。 同じ魂を持つ存在。自分の魂はとっくに気付いていた。無意識に、スコールの中 に彼の姿を見ていたのだ。 そういう意味では、自分とアルティミシアは本当によく似ている。 二人ともスコールの中に、遠い昔に消えた幻を見ている。二度と戻らないと知り ながら、それでも取り戻す日を願って、無様とわかりながらも手を伸ばす。たとえ 伸ばした手が何度振り払われる事になったとしても。
−−だから、巻き込みたくないんだ。
頼む。これ以上何も気付かないで、と。そう祈っている自分がいる。スコールに 迷惑をかけたくない。あのスピラの旅の時だって、自分は散々アーロンに迷惑を かけている。同じ事はもうごめんだ。 そして彼に何かあった時、ティーダ自身冷静でいられる自信がない。 それはいつかの世界で嫌というほど証明されている。ライトの死を知って暴走 したオニオンナイト。彼を止めようとしてスコールが犠牲になり−−ティーダは 怒りに我を忘れて、少年に襲いかかってしまった。 結果ジタンを巻き込んで死なせた。皆を傷つけた。オニオンナイトを止めるに したってそう−−もっと別の方法があったのではないか。あの罪は−−償っても 償いきれない。 もう二度と、あんな過ちを繰り返さない為に。悲しい死の螺旋は、此処で断ち 切る。贖いの為、自分自身の存在証明の為、そして−−フリオニールの夢を叶え る為に。
「そういやさ−ジタン」
ふと、バッツが何かを思い出したように言った。 「昨日の大掃除。結局中断したっきりだけど…ジタンは自分のジャングル、片付け たわけ?」 「んぐっ」 喉を詰まらせたような声を上げ、一気に青ざめるジタン。非常〜に分かりやすい リアクション。 「あは…はははは……………やってない」 「笑ってる場合かよ。なぁティーダ」 「うんうん。のばらが思い出す前に片付けといた方がいいって、絶対」 「うへぇ〜」 めんどくさい。ジタンの顔には太文字でデカデカとそう書かれている。 まったくジタンも学習能力が無いというか(そのへん、ティーダも人の事をどう こう言えないが)。日頃から少し気をつけておくだけで、ギリギリになってから 焦らずに済むのに。
「バッツ、ジタン、ティーダ。ちょっといいか?」
テンションの一気に下がった盗賊を慰めていると、クラウドがホールに降りて 来た。来たな、と身構えるティーダ。今日のモンスターとイミテーション討伐作 戦についてだろう。カオス側に動きが無い時は、いざという時のルート確保の為 に、紛い物を片付ける仕事が主となる。 「後でライトから詳しい説明があると思うが…ジタンとバッツは、秩序の聖域の 西側を中心に出て貰う事になる」 「了解〜!」 「それとティーダは…」 「あ、俺できればフリオと一緒がいいッス!」 クラウドが言うより先に、口を挟んだ。正直、フリオニールと二人組にならな いと、計画が実行できないのだ。
「二人で連携攻撃とか練習してるんスよね。しばらく一緒に組ませてくれると有り 難いなぁと」
一応、嘘ではない。 「…分かった。考えておく。とりあえず今日は月の渓谷付近を頼むつもりだから」 「了解ッス!」 クラウドの了解を取り付け、内心でティーダはガッツポーズした。フリオニール と一緒なだけでなく、月の渓谷。条件は、最良。 でも。 喜んだ自分にまた――少しだけ、罪悪感を抱いた。
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巡り巡る今、全ては夢か幻か。