多分皇帝のあたりは不思議がっているだろうな、とティーダは思う。あの一匹狼 にして警戒心の強いセフィロスを、どうやって呼び出したのかと。セフィロスの真の武器は、そのズバ抜けた戦闘能力ではない。常に敵の裏をかく 頭脳。軍人ならではの作戦立案力だ。どうせ罠である事などとっくにバレている。 ならばどうやって、あからさまな罠でも出てこざるおえない状況を作り出すか。 課題はそこだった。ティーダは本来、策士には向いていない。頭が悪いというより、どうにも感情が 先行してしまって理性的な行動ができないのである。 裏を返せばその弱点さえ意図的に封じ込められたなら、こうも厄介な策士はいないだろう。自分で言うのもあれだが、客観的に見てそう思う。元々、他人の心の動きを読むのは得意だ。ブリッツボールで鍛えられていたせい もある。目の前の選手は、どちらにパスするか。どちらにシュートを決める つもりか。心理の読み合いが鍵となるスポーツである。召喚される前−−ザナルカンドからスピラに飛ばされて、あの少女と旅をして。 それからますます、他人の心に敏感になった。隠し事をされるのを、それに 気付かない自分を、極端に恐れていたから。間近に迫る過酷な運命を知らないまま。仲間達の悲しみに気付かないまま。 秘密を知らされたあの時の恐怖と後悔は−−深い深い傷として魂に刻まれている。もう二度とあんな思いはしたくない。今度あったらきっと自分は二度と、自分自身 を赦せない。 それなのに。他人の隠し事を見抜こうとする反面、自分自身は必死で隠そうとした。それを矛盾と人は呼ぶのだろう。身勝手だと言われても仕方ない。それでも。自分自身の心を護らないで生きていけるほど。ティーダは強い人間では無かった のである。「来てくれてサンキュな、セフィロス」一人でやって来たセフィロスに礼を述べる。近くで見ると本当に、信じられない ほどの美貌。その綺麗な顔にはやや不機嫌そうな色が浮かんでいたが。本来の時を歩んでいたなら。とうに三十路を超える年になっていた筈の彼。 しかし、その姿は二十四の美しさを保ったまま時を止めている。その身に背負わ された、あまりにも重い災厄と共に。「機嫌悪そうッスね、やっぱ」「あんな呼び出し方をされて、気分が良い筈がない」 そりゃそうだ。ティーダは苦笑する。 罠だらけを承知でたった一人、セフィロスを呼び出すにはどうしたらいいか。実は案外難しくは無いのである−−ティーダになら。何故ならティーダは知っている。セフィロスの行動原理が、一体何処にあるのかを。「大丈夫ッスよ、そんなご機嫌ナナメにならなくても。クラウドには何もしてない から」 そう。セフィロスの仇敵である筈の彼−−クラウド=ストライフ。セフィロス自身と彼について話したい事がある。断れば−−クラウドの身に危害を加える。コスモス陣営にいる自分なら簡単な事だ、と。 この言葉だけでも効果はあるだろう。が、あえてここでティーダは一言付け加えた。自分が記憶と星の知識を継承していると、セフィロスに教える為に。『アンタさ…カオスに召喚される前に、クラウドに三回も殺されてるんだよな。 そういや前の世界でも、クラウドの目の前で死んで、クラウドの心を壊しちゃったんだっけ。お気の毒に』 わざと、セフィロスのトラウマを抉り、挑発した。 ティーダに仲間であるクラウドを傷つけられる筈がない。前者の脅しだけではそうタカを括られる可能性があった。実際ティーダとて、“出来る限り”ライト 以外の仲間を手にかけたくはない。 しかし。何も、彼を殺す必要なんてないのだ。心に傷をつける方法などいくらでもある。そう、自分がただ−−今語ったような話を、彼にバラすだけでもいい。賢いセフィロスだ、自分の意図にはすぐに気付いただろう。だからこそ今、 此処にいる。警戒心を露わにしながらも。「ああ言わなかったらさ、アンタ来てくれなかっただろうし。そうしたらこんな機会、もう二度と巡って来ないだろうしさ」「私を殺す機会、か?」「って言うより」 ぽん、と手の中でボールを弾ませた。慣れ親しんだオフィシャルボール、その柔らかさが落ち着かせてくれる。引き戻してくれる。 逃げ出したくなるような運命。この世界は、確かな現実なのだと。「アンタと二人で話す機会。…話がある…って言うよりさ。俺、アンタの話が聴 きたいんだよ」Last angels <詞遺し編> 〜3-10・堕天使〜 「……意味が分からない」 たっぷり沈黙して、セフィロスの第一声がそれだった。ティーダは苦笑する。戦場では頭の回転が早い彼も、それ以外では天然、もとい馬鹿なのだ。予想外から 来た言葉への対応が素晴らしく遅い。というか鈍い。 以前からゴルベーザの愚痴を聞いて知っていたが。目の前にしてハッキリ理解させられた。どうにも見た目とのギャップが激しすぎる。部下だった頃のクラウド はさぞかし苦労させられただろう。「俺の言葉で出て来たって事はさ…アンタ、本当にクラウドが大事なんだな」 セフィロスは答えない。しかし、その沈黙は肯定に他ならない。「知識としては、俺もいろいろ知ってるけど。出来ればセフィロス、アンタの口から聴きたいんスよ。アンタの目的ってヤツをさ」 前の世界。セフィロスはティーダと同じ方法で、星の記憶を継承した。自らの過去を知り、仲間達の傷を知り、敵と世界の真実を知り。ゆえに、契約者でありながら、傍観の姿勢を崩したのだ。 オニオンとバッツが知ってしまった、世界の真実。その記憶が蘇れば、輪廻を続けたい者達−−ガーランドのような者にとっては面倒な事になる。だから早々に 彼らを始末しろ−−と。彼が下した命とカオスの勅礼に乗じて、セフィロスはコスモス陣営に攻め行った。輪廻を続けたいのはセフィロスも同じ。しかし、彼の行動原理は全てクラウドの 為にある。クラウドに憎まれるように−−その記憶を心は忘れても、体と魂には 刻まれるのだ−−彼の仲間を殺害した。その記憶を積み重ねて、いつか余計な記憶を忘れてしまうように。忘れてしまえばいい。偽りの英雄を、尊敬し続けた兵士の物語など。旅の最期に 見てしまった残酷な真実など。だから、セフィロスはクラウドを傷つける。いつか守る為に傷つける。矛盾して いると気付きながら。その最終目的こそ違うものの、ティーダと同じように。ティーダと同じ理由で、 ただ違う手段と未来を選んだ。 でも。「虚しいと、笑うか?」スッと堕天使は唇の端を持ち上げる。背筋が凍りつきそうなほど、綺麗で冷たい 笑み。ティーダも一瞬、気圧される。「否定したければ否定するがいい。私の意志をお前に押し付ける権利はない。逆も 然り」 それは−−全て、理解した上で覚悟を決めた笑み。否、覚悟を決める事で諦めてしまった笑みだと、分かった。もしかしたら、自分も時々、同じような笑い方をしているのかもしれない。 諦めて諦めて諦めて、それでもただ一つ諦めきれないモノがあったから今生きて いる。此処にいる。守る為の手をどれだけ血で汚しても。「…眼、逸らすなよ」 いたたまれない。その姿は、そのままティーダ自身を見ているかのようで。 彼へと放つ言葉は全て自分にも返る。それがわかっていながら、言わずには言えない。己の言葉がどれほど己自身を抉るとしても。「アンタ、本当は分かってるんだろ。フリオニールもバッツも。自分が殺されるかもしれないって時に何で…あんな言葉が言えたと思ってるんだよ。多分二人は 気付いたんだ、本能的に。アンタの本質ってヤツに」 セフィロス。名字も与えられず、人としての生も与えられず、親の愛すら与えられずに。生まれる前からもう、大人達のモルモットだった天使。物心つく頃には、戦場と研究所を行き来するような生活しかなかった英雄。 彼に比べれば、自分はどれだけ幸せな人生を歩んで来ただろう。たとえ半端な存在だとしても、儚く消えるだけのさだめだとしても。セフィロスの絶望に比べたら自分の痛みなど微々たるものだ−−ティーダは心の底から、そう思う。それなのに。凄惨な境遇でなお、この青年は誰かを慈しむ心を知っていた。 自分が愛されなかった分を補うかのように、精一杯仲間や部下を愛した。それが できるほど尊い心を持っていた。本来なら光に属する筈だっただろう、その魂。 それが闇に墜ちたのは。クラウドから憎悪を向けられるようになったのは。「アンタがそこまでして、償わなきゃならない罪って何だよ」 自分のした事を。召喚前の世界での出来事を、彼は罪だと言う。何故?彼が闇を宿したのは、彼の意志などではなかったというに。真に罪を 負うべきなのは。罰を受けるべきなのは。「アンタが一番叶えたかったクラウドの幸せってヤツは!アンタの側にあった もんじゃないのかよ!!」 駄目だ。こんな事ではいけない。悪い癖だった。こうやってすぐ感情的になって、 自分の事のように動揺して。ティーダは必死で、揺れる心を制御しようとする。 涙を流してはいけない。そんな事自分には赦されない。自分達はセフィロスを殺す為に此処にいるのに。「……闇の記憶だ。あれは」 心を揺らされたのは、ティーダだけでは無かったらしい。俯くセフィロス。 その声が、微かに震えている。「消し去らなければならない。私とクラウドが、神羅カンパニーで…同じ部隊で、戦場に立っていた事など。“仲間”だった過去など」 「…ッ!」 「少なくともクラウドは、そう思っている。だからこそ、憎んでいる」 反論、出来なくなった。その声に滲むあまりにも深い後悔と苦悩が、反論を許さなかった。「私の最大の罪は。絶望に負けた事よりも、クラウドの故郷を焼いた事でも、 クラウドの親友を死に追いやった事でも、世界に災厄を撒き散らした事でも…無い」教えてしまった。口にしてしまった。絶望に耐えきれなかった自分は、言っては ならない言葉をクラウドに−−。 セフィロスが顔を上げる。見なければ良かったとすら、ティーダは思った。「三度目に死ぬ時に…クラウドに、真実を気付かせてしまった。クラウドは悟ってしまった。そして…本当に壊れてしまった」 今にも絶望で死にそうな、堕天使の瞳。 涙は流していなくとも、確かに泣いていた。その心が、魂が、血の涙を流して叫んでいる。 声に出す事も、出来ないままに。「…この世界が続く限り。記憶が戻らない限り。クラウドは完全に壊れずにすむ。お前達となら、幸せに笑っていられる」 おれにはもう、まようことは ゆるされないから。「私はその為になら、どんな罰でも受ける。どんな罪でも躊躇わない」 正宗を構えるセフィロス。ティーダは唇を噛み締めて、自分もフラタニティを現した。 みんな悲しいまま。もはや何が悲しいかも分からないほどに、ただ。NEXT |
誰もが神ではなく、天使だった。あの頃は、確かに。