セフィロスが臨戦態勢に入った途端、目の前の青年は素早く地面を蹴っていた。 先程までティーダが立っていた空間に刃が走る。その反応速度と、一瞬で自分の 間合いから離脱した脚力に、セフィロスは純粋に感嘆した。 普通の敵なら、今の一閃で終わっている。何が起きたかも分からないまま、首を 跳ねられるのが常だった。しかし、ティーダは“普通”レベルの敵ではない。 最初から分かっていた。この青年は嘘をついていないが、全てを語るタイプでも ない、と。ある意味自分とよく似ているかもしれない。本当に大事なことは、最後 まで隠したまま。 いや。隠しれなかったからこそ−−自分は罰を受けたのだけど。 自分の話を聴きたい、と。ティーダが言った事は本当だろう。しかし彼はその 理由を言わなかった。 理由。そうだ。多分彼はきっと、理解したかった。納得したかった。その為に、 セフィロスの心が知りたかったのだろう。 甘くて、脆くて、でもとても優しい青年。自分が消えると分かっていながら、 セフィロスを殺さなければならないと知っていながら。それでも足掻いて、精一杯 走って。
「お前は、優しすぎる」
どうしてたった一人、運命を背負おうとしているのか。確かに真実を知って しまえば、知らなかった頃には戻れない。それでも。 今暫く、耳を塞いで逃げる事もできた筈だ。偽りの平穏に浸る事も可能だった筈 なのだ。 それなのに、何故その道を選んだ。そんな茨の道を。
「あんたに比べたら、全然ッスよ。俺、とんでもないエゴイストだからさ」
違う。自分は、優しくなどない。自分こそエゴの塊だ。それが分かっていながら、 一方的な情と償いをクラウドに押し付けようとしている。 もし全てが発覚してしまったなら。今以上にクラウドを傷つける事になると知り ながら。 悩んでいる暇はなさそうだ。ティーダの蹴りが飛んでくる。ギリギリでガード したが、ガードごと吹っ飛んだ。
「浴びときな!」
エナジーレイン。爆発したティーダの魔力が、光球となって降り注ぐ。セフィ ロスはすんでのところで危険区域を脱出していた。僅か隣で、攻撃を受けた大地が 悲鳴を上げ、石柱が崩壊する。 その威力に感心している余裕はない。反射的に正宗で右こめかみをガードして いた。魔力を込めた矢が弾き飛ばされ、甲高い音を上げる。 この技は−−アルティミシアの騎士の剣。やはり仲間が待ち伏せていたか。 それがアルティミシアなのはやや意外だったが。 眼を細め、遠方を見やる。ソルジャーの視力でなければ見えなかっただろう。 遠くの石柱、その陰に潜む魔女の姿に。
「そこか」
即座にエアダッシュの構えをとる。彼女のようなタイプは、距離を詰められると 弱い。 しかし。
「とっときだ!」
すぐ近距離から、殺気。ハッと振り向くと、巨大な岩石を持ち上げてニヤリと 笑うジェクトがいた。どうやらティーダとアルティミシアに気を取られている隙に 接近されたらしい。真・ジェクトシュート。持ち上げた隕石を、ジェクトはセフィ ロス目掛けて投げつけてくる。 いけない。 伊達に同じカオス陣営で戦っているわけではない。あの技で怖いのは、隕石が 地面に接触した時に起こる爆発。この距離で避けるのは至難の技。 とっさに繰り出す八刀一閃。空中で隕石はバラバラに砕かれ、四方に飛び散る。 だが。
「シュート!」
砕けた隕石を隠れ蓑にして、ティーダがの一撃が来る。見事なまでの連携プレ ーに舌打ちすらしたくなる。
「落ちやがれ!」
ソニックバスター。反射的に後ろに飛ぼうとして、拳を構えているジェクトに 気付く。地上で回避すれば、今度は彼の技の餌食だ。 逃げ場は上にしか無かった。素早くジャンプすることで、挟み撃ちを敢行しよう としていた親子の技、その両方を避ける事に成功する。 このまま守勢に回っていては彼らの思う壷だろう。どうにか流れをこちらに引き 戻さなければ。
「約束の地へ…!」
刃を下に向け、落下攻撃を展開。獄門。標的はティーダとジェクト。このタイ ミングなら外さない−−筈だった。
「かかったっスね」
ティーダがそう言って、笑みを浮かべるまでは。
Last angels <詞遺し編> 〜4-11・満身創痍〜
しまった、と。セフィロスが気付いた時にはもう遅い。
「逃れられぬ苦しみを…」
いつの間に。遥か遠方にいた筈の魔女が、近くの岩陰にいた。身体の真下に 浮き上がる赤い魔法陣。アルティミシアのアポカリプス。そうだ、セフィロスの かつての友人と同じ必殺技−−。 逃げ切れない。ガードもしきれない。悟りながらもダメージを最低限に抑える べく、回避行動をとる。
「悔やむがいい!」
真上に伸びる光の柱。やはり完全には避けきれなかった。左足首に走った激痛に 思わず呻く。 しかし、向こうは休む間などくれない。くれる筈もない。迫ってくる幻想の左 フック−−ジェクトラッシュを、屈む事で回避。そのまま彼の脇から高速で、 真空の刃を放つ。神速。標的はジェクトではなく−−。
「ティーダ!」
その向こうから攻撃の構えをとっていた、夢想。肩口から血を吹き上げる ティーダの姿に、思わず叫ぶジェクト。
「隙だらけだ」
居合い斬り。半端なガードしかできなかったジェクトは、岩壁に激しく叩きつけ られる。そこに飛んでくるアルティミシアの騎士の斧を、閃光のバリアで弾き返す。 上がる魔女の悲鳴。 おそらく、自分の対処法は最善だった。追い込まれた状況から、一気に流れを ひっくり返す連続攻撃。ティーダを、ジェクトを、アルティミシアを一人ずつ仕 留める手際−−。 そして多分、アルティミシアがいるなら皇帝もどこかに潜んでいる。あとは彼の 罠にさえ気をつければいい−−そう踏んでいたセフィロス。それも間違っては いなかっただろう。 ただ一つ、誤算があったとすれば。
「終わりにしてあげるよ!」
もう一人の存在に、最後まで気付かなかった事。
「かはっ!」
馬鹿な。確かに、ジェクトがいるなら彼もいる可能性はあった。しかし。 有り得ない。何故、“望まぬ契約者”である筈の彼が−−クジャが此処にいる のだ。 ホーリースター。巨大な魔力の球に、完全に不意をつかれたセフィロスは引き 寄せられる。そして、爆発。受け身すらとれずに吹き飛ばされた。 地面にぶつかる。辛うじて身体を捻り、頭を守るだけで精一杯だった。堅い岩に 叩きつけられ、軋む全身の痛みに耐える。今ので右腕と肋骨が数本持っていかれた。 鎖骨と肺も怪しい。 そして、倒れたままの視界に映ったものは。自分の身体を取り囲むように広がる、 紫色の魔法陣。
「−−−ッ!!」
皇帝の雷の紋章だ、と。気付いた時には、激しい電撃が全身を襲っていた。声に ならない悲鳴を上げて、崩れ落ちるセフィロス。激痛と同時に、紋章に地面に 貼り付けられて身動きがとれない。 普段なら、力づくで破る事も可能だったろう。だが今の自分は満身創痍だ。骨も 内臓もズタズタで、恐らく拘束を解かれても動けまい。 認めざるおえなかった。勝負は決した、と。
「……見事、だな」
荒い息をしながら、どうにかそれだけを紡ぎ出す。捕らわれた自分の側に、 集まってくる者達。ティーダ、ジェクト、皇帝、アルティミシア、クジャ。一部の 者はダメージのせいで足元が覚束ない。
「とんでもねぇな、あんた」
肩が外れちまった、と。痛みを堪えながらも笑うジェクト。 「強ぇってのは分かってたけどよ。五対一でこんなに手こずらされるとは思って なかったわ」 「屈辱ですね」 刃を掠めたのだろう、アルティミシアが血の滲む脇腹を押さえながら言う。
「惜しいこと。あなたがもう少し愚か者だったら、楽に対処できたのに」
忌々しげな魔女。彼女も彼女で、思う事があったのだろう。護りたいものが、 彼女にもある。だからこそ、真逆の選択をした自分を赦せないのかもしれない。 過去に縛られているという意味で、自分達は皆同じ業を背負っている。 「お前達の目的は…私の体内の“闇のクリスタル”、か…」 「…そうだ」 すぐ側に立ち、告げる皇帝。
「私達は今度こそ終わらせる。この呪われた輪廻を解き放ち……真実を取り戻す」
真実。そんなものが、欲しくて欲しくて仕方なかった時もあったな、とセフィ ロスは思い出す。 自分は一体誰なのだろう。どうして生きているのだろう。此処にいる訳はなん だろう。何故生まれてきたのだろう。 知ってしまった。そして二度と、元の自分に戻れなくなった。あまりにも残酷な 真実に押しつぶされ、絶望に負け−−片翼の天使、その世界は死んだ。
「耐えられる、のか?お前達は、その真実に…」
小さく、目を逸らしたティーダ。多分彼だけがその意味を理解したのだろう。 ティーダだけが真実に耐え、絶望を知ってなおそこに立っている。しかし、他の 者達はどうか。 皇帝も。 アルティミシアも。 クジャも。 ジェクトも。 彼らが背負う傷はあまりにも深く、その先に待つ運命はあまりに重い。その 全てを知ってなお、彼らは後悔せずにいられるだろうか。輪廻を解き放ち、必死で こじ開けた鳥籠の外。それが今よりさらに過酷な無間地獄であったとしても。 きっと、出来ない。少なくとも、自分には出来なかった。だからこそこの閉じた 世界の継続を望んだのだ。
「世界は、とても残酷かもしれない」
泣き出しそうな顔で、ティーダが口を開く。
「あんたが思ってる通り。今の選択を後悔する時が来るかもしれない。生きてる 事が辛いって、外の世界で嘆く事があるかもしれない。どんな閉じた世界でだって 生きてたかったって、情けなく泣くかもしれない」
見上げた夜空は綺麗だった。流れた星は、まるで誰かの涙のようで。 朦朧とする意識の中、青年の言葉を聞きながら、願っていた。どうか、クラウド が心から笑ってくれるますように。彼が、彼の愛する者達が、共に幸せであるよう に。 自分の事を、忘れてくれますように。
「それでも、咲く花があるんだ。こんな場所でも笑える強さがあるんだ。そんな 誰かの本気の笑顔や夢が、この先でもずっと続くなら……。その時きっと言える。 生まれて来て良かった…って。自分は本当に幸せだったって。後悔なんてしてない んだって」
叶えたい夢。見たい笑顔。それが多分今のティーダを支えているのだろう。 折れそうになりながら、壊れそうになりながら。祈るように願うように、ただ。 でも。
「…馬鹿だな」
きっとあの頃のクラウドなら反論しただろう言葉を。セフィロスは瞼を閉じな がら、告げる。
「お前のいない世界では。笑えなくなる者もいるだろうに」
もう二度と、目覚めないならそれでもいい。それが世界の必然ならば。 そして、セフィロスの身体は生きたまま切り裂かれた。全てを終わらせる為の、 覚悟の刃によって。
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天使が翼を散らす時、沈黙はまた破られる。
BGM 『Last Eden〜Side: S〜』
by Hajime Sumeragi