彼らの選択は、とても悲しいものだった。少なくともコスモスにとっては。 何を“悲しい”と定義すればいいのかすら曖昧なこの世界で。それでも胸が痛む のを感じていた。仲間を殺め、自分の心を殺め、それでもなお未来を切り開こうと 足掻く者達。 何故彼らは諦めないのだろう。何故諦めずにいられるのだろう。 数多の絶望を知り、生死を彷徨い、光と闇の狭間で溺れかけながら。どうして 希望を見続けられるのだろう。何が彼らにそうさせているのだろう。
「…少なくとも」
秩序の女神は一つ、息を吐いた。
「彼らにあんな道を選ばせてしまったのは他でもない…私達です」
コスモスは全てを見ていた。全ての世界を、全てのさだめを、全ての結末を。 そして当然、ティーダ達がたった今犯した一つの罪も。彼らがこれから犯そうと している数々の罪も。 それを知った時、コスモスの足は自然とある場所に向かっていた。自らの宿敵 である男神−−カオスのいる、混沌の果てに。 本来なら問答無用で戦闘開始になってもおかしくない相手。秩序軍のトップと して、自分の行動はあまりに軽率なのだろう。 だが、カオスは攻撃して来なかった。彼もまた何かを感じ取っているのかもしれ ない。百年もの間破られる事の無かった絶対の法則、その運命が揺らがす何かを。
「今更、何を悔いるのか」
玉座に座したまま、混沌の神は静かに告げる。
「我々はずっと傍観者だった。全てを知りながらただあの者達を巻き込み、押し 付け、見殺しにしてきたのだ。それを今更悔いるのか。今更償えるとでも思って いるのか」
冷たいようだが、カオスの言は正しい。コスモスは唇を噛み締める。 そうだ、自分には今更後悔する権利など有りはしない。償えるなど、考えるだけ でもおこがましい。自分を信じて集ってくれた戦士達を、永く長く騙して、騙し 続けて。使い捨ての駒にしてきたのだ。彼らが何度泣き叫ぼうとも、血の海に 沈もうとも。 その過去は、消せない。自分は自分の本能の為に、あまりに残虐な仕打ちを繰り 返してきたのだから。これから何をしようとも犯した罪を洗い流す事にはならない のだ。
「私達は…何度、あの子達を殺したのでしょう?もう、その数すら分からなく なってしまった」
被験体No.1、ウォーリア・オブ・ライト。 被験体No.2、フリオニール。 被験体No.3、オニオンナイト。 被験体No.4、セシル=ハーヴィ。 被験体No.5、バッツ=クラウザー。 被験体No.6、ティナ=ブランフォート。 被験体No.7、クラウド=ストライフ。 被験体No.8、スコール=レオンハート。 被験体No.9、ジタン=トライバル。 被験体No.10、ティーダ。
「被害者の顔をして。傍観者の顔をして。結局やっていたのは、私達を弄んでいた 者達と…同じこと」
被験体No.11、ガーランド。 被験体No.12、皇帝。 被験体No.13、暗闇の雲。 被験体No.14、ゴルベーザ。 被験体No.15、エクスデス。 被験体No.16、ケフカ=パラッツォ。 被験体No.17、セフィロス。 被験体No.18、アルティミシア。 被験体No.19、クジャ。 被験体No.20、ジェクト。
「何も知らない者も。知っていた者も。何度運命に殺されても絶望に折れても、 立ち上がり続けた。こんな残酷で救いのない世界でも」
被験体No.21、カオス。 被験体No.22、コスモス。
「それに比べて、私達がしてきた事って、何ですか…」
旧・被験体No.11、シャントット。 旧・被験体No.12、ジャッジ=ガブラス。
「罪が償えないからと。諦めて、眼を逸らして、耳を塞いで、それで本当に良か ったのですか…」
誰もが、被害者だった。この大きな鳥籠に閉じ込められ、機械の檻に入れられ、 鎖に囚われたモルモットにすぎない。 誰もが自分の意志すらねじ曲げられ、アイデンティティも人としての尊厳も 奪われ、悲しい殺し合いを強制させられてきたのだ。 それを分かっていながら、自分達は早々に諦めて、惨劇を助長した。 何が神だ。どこが神だ。ここまで来ればいっそ喜劇だとすら思う。 「カオス…あなたも本当は悔いているのでしょう?自分を責め続けていたので しょう?」 「……」 「そして…気付いているのでしょう?絶対に覆らないはずだったルールが一つ、 覆された事に」 そう。光と闇は相容れない。争い続けるよう、本能に刻みつけられていたはずの 彼ら。 しかし今。彼らは秩序も混沌も関係なく手を取り合い、運命を打ち破ろうとして いる。たとえその方法は間違っていたとしても、その選択が悲しいものだとしても。 共に抗う事が出来るのだと、自分達に示そうとしているのだ。 「いつまで傍観者でいる気なのかと…前の世界で、ゴルベーザに責められたそう だな」 「…ええ」 「傍観者をやめるなら、次は何になるつもりだ、コスモス。偽善者か?監視者か? それでは何も変わらんな」 どうすればいいのだろう。コスモスは俯く。答えは出ない。解決策も見当たら ない。どんな道を選ぼうと−−みんなで幸せになる事は叶わないと知っている。
「それでも…私は、未来が欲しい。彼らの姿を見て、思い出したのです」
以前、自分に教えてくれた者がいる。積み重なる残酷な記憶に心をすり減らし、 それでも明日を見据えて立ち上がった淑女。
「未来とは…力ずくで奪い取るものだと」
Last angels <詞遺し編> 〜3-12・威風堂々〜
闇のクリスタル。まさか、本当に実在していたとは。 ジェクトは内心で呻く。心のどこかで、嘘である事を望んでいた自分がいる。 世界が繰り返されている事も、その力の源がセフィロス達の体に宿っている事も。 嘘だったならそれはそれで−−自分が何のために仲間を、セフィロスを手にかけ たのか分からなくなってしまうのだけど。それも五対一などという、卑怯極まり ない方法で。
『お前さんよ。何がしたくて、此処にいるんだ?』
以前。いつも一人でいるセフィロスに、そう声をかけた事があった。誰かとツル むでもなく、野心をたぎらせるでもなく。気付けば遠くを見て何かを考えこんで いた、彼。
『願いを』
ポツリ、と呟くような声が、今も耳に残っている。
『願いを、叶える為に』
あなたにもあるだろう、と。問い返されて、ジェクトは苦笑した。彼がどんな 意図でそれを言ったかわからないが−−何となく、全てを見抜かれている気がし たのだ。 叶えたい願い。それは息子と共に−−元の世界に帰ること。その為に少しでも 早く、この戦いを終わらせる事。奇しくもジェクトの目的は、コスモス陣営の者達 と同じことであった。 セフィロスは、どうだったのだろう。彼はクラウドの為に、輪廻の継続を望んで いる−−ティーダはそう言っていたが。クラウドと共に元の世界へ戻りたいとは 思わなかったのだろうか。 彼がどんな罪を抱き、悔やんでいたか。本当のところはもう分からない。あの 蒼い眼がどんな景色を見つめていたのかも。 もっとセフィロスと話をすれば良かったと思う。情がわけばわくほど、 殺さなければならない現実が辛くなるのだとしても。
「…ちくしょう」
戦いを終わらせれば、帰れると思っていた。息子も、カオス陣営の仲間達も。 だが、これは仕組まれた闘争で。終わらない、修羅のごとき牢獄だった。 願いは、叶わない。思っていた以上にジェクトはその事実にショックを受けた。 今まで信じてきたモノを全て打ち砕かれた気分になったのだ。 叶える為には、犠牲を払わなければならない。あの強くて儚い英雄のみならず −−ティーダの敬愛する、勇者までも。息子は気丈に振る舞っていたが、実際は どうなのか。辛くない筈がない。だって。
「これはこれは〜ジェクトさんちのお坊ちゃんではありませんか」
セフィロスを殺し。その遺体を弔って。少しだけ一人にして欲しい、とパンデ モニウムの一室で引きこもったティーダ。今は小さく丸まっているその背中に、 わざと楽天的に声をかける。 ティーダの場合、自分よりもセフィロスとの結びつきは薄かった筈だ。それでも、 説得の為に言葉を交わした相手に、あれだけ残酷な真似をしなければならなかった 事。傷ついていない、筈がない。
「まーた泣いてんのかよ」
ムキになって反論するだろう、と思った。誰が泣くかっての、と記憶の中の彼は いつもそうで。 泣いてもいいのに。そう言いたいのに、いつも言葉が見つからなくて。その度に 父親失格だと、自分を責めたくなって。
「…なぁ、オヤジ」
返って来たのは、予想とは違う言葉。それが逆に、ジェクトには悲しかった。
「セフィロスってさ…あの人って、どんな人だった?」
振り向かない背中。振り向けないのだろう。その肩が、声が震えている。髪に も手にも、セフィロスの返り血を浴びた姿のままで。
「最後にあの人…俺の心配したんだ。俺のいない世界じゃ笑えない人もいるって。 自分が殺されるかもしれないって時に…さぁ」
ジェクトは何も言えなかった。あまりに悲壮なティーダの様子に気圧されたのも あるし、あの言葉への疑念を思い出したせいもある。 そうだ、セフィロスは、まるでティーダがいなくなることが決定した未来の ように−−話をした。あれはどういう意味なのだろう。 「…多く喋った事は無かったけどよ」 「うん」 「強い奴、だったぜ。いろんな意味でな」 「……うん」 たった一つの願いだけを求めて、それ以外の事は何も考えていなかった。前に オニオンナイトとの戦闘時にツッコまれていた時もある。 その願いは多分、“クラウドの幸せ”。ただそれだけ。 彼とクラウドの間にどんな因縁があったのか。何故あんなにも必死でその願いに 向けてひた走っていたのか。今となってはもう、分からない。
「俺がいなくなった世界で、泣いてくれる人がいるならさ。あの人にだって絶対 いる筈なんだ…俺のやった事でもう、笑えなくなっちゃった人がさ」
それはクラウドかもしれないし、他の誰かかもしれない。でも、紛れもなく 確かな事で。
「俺のやった事…やろうとしてる事。間違ってるのかな…」
眼を閉じる。ジェクトはただ静かに。そして、言う。
「んな事…俺に決めさせる気かよ、ガキ」
正しいかそうでないかなんて。他人が押し付けるべき事ではない、本来なら。 どんなに答えが欲しくても傷ついても、最後は自分の手で掴み取らなくてはなら ないのだ。 「お前の心だ。お前が決めろや。俺にできんのはアドバイスくらいってな」 「オヤジ…」 初めてティーダが振り返る。その眼は真っ赤だった。ジェクトは息子の頭を クシャクシャと撫でる。
「だから話してみろよ。なーに一人で隠して、背負おうとしてんだ」
ああ、本当はずっとこうしたかったんだ。どうして自分達は敵同士だったのか。 それでも、今はどうでもいい。こうしてまた、親子に戻る事ができたのだから。
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それが仮初めの平穏でも、良かった。