あれは、予兆だったのだろうか。夢の中に現れた少女と青年。どこか懐かしい 気配を持った二人と、どこか警告にも似た言葉は。こうなる事への、虫の知らせ だったとでも、言うのだろうか。 否。そんなものでは、ない。自分は別にあの男に拘っていたわけでも、未練が あったわけでもない−−クラウドは自らにそう言い聞かせる。 言い聞かせている時点で、何かがおかしかったのだけど。
「ティーダ!?」
フリオニールに肩を貸して貰いながら、戻って来た仲間の姿に、セシルが慌てた ようにすっ飛んで行く。クラウドも思わず立ち上がっていた。ティーダは上から 下まで、血まみれだったのである。 「ちょ…どこ、怪我して…」 「落ち着いてよセシル」 明らかにパニックになっているセシルに、ティーダは弱々しく笑みを返す。 「怪我はしてるけどこれ…殆ど返り血なんスよ」 「え…?」 困惑したように目を見開くセシル。多分自分も同じような顔をしているだろう。 ティーダの怪我が大した事ないならそれに越した事は無いが−−しかし、返り血?
一体、誰の?
「クラウド」
突然名指しされ、反応が遅れる。
「……ごめん」
何故謝られるのだろう。訳が分からない。 ティーダはやや苦い表情で俯き−−しかし、ハッキリと言った。
「俺……セフィロスを、殺してきた」
一瞬。言われた意味が飲み込めなかった。言葉の続かないティーダを見て、 フリオニールがフォローを入れる。 「月の渓谷でさ。セフィロスと遭遇して、戦闘になったんだ。それで…」 「…何故だ」 ポツリ、と。こぼした言葉はほぼ無意識で。
「何故俺に謝る。奴は…敵だ」
敵。憎い憎い、宿命の相手。何故憎いのかがよく思い出せないけれど。 セフィロスはカオスに組する敵。倒さなければならない存在。その敵と遭遇して、 戦って勝ち残った。むしろ喜ぶべき事ではないか。
そう思うのに−−どうして自分はこんなに動揺しているのだろう。
「…敵だとしてもさ。本当なら、俺じゃなくてクラウドが決着つけなきゃいけない 人だったんだ」
クラウドが戦わなきゃいけない相手だったのに、俺が殺しちゃったんだ。 そう言うティーダの声は暗く、重い。 「あの人が何で闇に墜ちて、何の為に戦ってたのか。クラウドが知って、決めなく ちゃいけなかったのに…」 「どうでもいいだろう、そんな事」 震える声を隠したくて、無理にキツい語調で告げる。
「あいつが何を考えてたか、何で戦ってたかなんて、知った事じゃない。奴は… “存在そのものが災厄”だったんだ。倒してくれて礼を言う、ティーダ」
そう言った途端、ハッと顔を上げたティーダ。その表情を見て−−クラウドは 酷い罪悪感を覚えた。自分でもよく分からない。しかし、たった今取り返しようの ない失言をした気がして−−胸が苦しくなる。
「……そっか」
ティーダは。泣く一歩手前の顔で、それだけを言った。そのままフリオニールと セシルに連れられて、傷の手当てをしに救護室へと消えていく。 ホールにただ一人残されたクラウドは。晴れない気持ちを抱えたまま、ソファー に沈む。 自分と同じ後悔をして欲しくない、と。夢の中に出て来た黒髪の青年はそう 言った。あれは一体どういう意味だったのか。彼は一体誰だったのか。彼はどんな 後悔をして、そこにいたのか。
「俺は……」
答えは出ない。ただ漠然と、どうして自分は何も思い出せないのだろう、と 思った。彼らの事もセフィロスとの因縁も、全て。思い出す事さえ出来たら、 この靄のかかった世界も晴れるかもしれないのに。 その先に待つものを。クラウドはまだ、知らずにいた。
Last angels <詞遺し編> 〜3-13・葬送行進曲〜
セフィロスを殺したのが自分である、と。ティーダがわざわざ自白する必要など、 本来は無かった。 既に遺体は月の渓谷に埋めてある。あの光の当たらぬ空間、よもや土の色の 違いに気付いて掘り返す物好きもいまい。返り血を洗い流し、フリオニールが 口裏を合わせればそれで良かった筈だ。 しかし、彼はあえて、クラウドに話す道を選んだ。贖いにもならないと知りな がら、それでも自分自身にケジメをつけたい−−ティーダはそう言ってまた、 自分自身を追い込んでいく。 自分は本当に、何もしていない。セフィロス討伐にも参加せず、これからもただ 裏で手を貸すだけ。本当にこれでいいのだろうか。 しかしフリオニールのその提案を、ティーダはハッキリと断ってきた。フリオ ニールを信用していない訳ではない。でも、仲間殺しの罪を背負うのは、消えいく さだめの自分だけでいい−−と。
「ケアルガ」
白魔法の光と共に、癒されていく傷。しかし、ティーダの傷は若干深かった為、 ややゆるゆると魔法をかけていた。急激な治癒は体への負担が大きいのである。 紅茶を入れるべくセシルが席を外したので、救護室には自分とティーダの二人 だけになっていた。沈黙が落ちる。ティーダが自分のしたことで深く傷ついている と知っている。おそらく死に際にセフィロスと何かを話したのだろうと言う事も。 かけるべき言葉が見つからない。何を言っても気休めにしかならない気がする。
「フリオニール」
窓の外を見つめたまま。ベッドの上で、ティーダが口を開く。
「俺は、迷わないよ」
迷っても、いいのに。分かっている、自分にそんな事を言う資格などない。 一度でも迷ったら進めなくなる。ティーダは恐れているのだろう−−自分の 殺した、セフィロスの死が無駄になる事を。
「今日の夜……決めるから。その前にもやる事があるけどさ。明日には多分、 全部が終わってるよ。ううん…絶対、終わらせる」
それは、自分への言葉だろうか。どうにもフリオニールには、彼が自分に言い 聞かせているように見える。 退路を塞いで。逃げ道を無くして。言葉にする事で、戒めて。 彼がもっと弱い人間だったら良かったのに、とすら思う。助けを期待して、 甘えて、頼ってくれたならどれだけいいだろう。強いからこそ、見ているのが強い。 いつか擦り切れて、その存在がなくなるより先に心が−−消えてしまうのでは ないか。 自分にできる事をしようと決めたのに、これでは。
「なぁ、ティーダ」
うまく言葉が紡げない。それでも、何かを言わなければいけない気がしている。
「輪廻とか…そんなんじゃなくてさ。生まれ変わりって、信じるか?」
ティーダだけじゃない。多分この世界にいる誰もが−−争いに溢れた世界の 出身だ。この戦いを終わらせる事が出来たとして。 帰った途端、寿命の尽きる者もいるかもしれない。誰だっていつかは死ぬ。 当たり前のように、等しくその日が来る。 それが分かっているからこそ、誰もが精一杯に今を生きている。
「…人は死んだら、みんなおんなじ場所に還るんスよ。そこで、罪を洗い流して また…新しい命として世界に生まれて来る。だから」
信じるっスよ、俺。振り向いたティーダはやっぱり笑っている。その眼はまだ 赤いというのに。 「何度だって会える。きっと俺達また友達になれるって!他のみんなとだって、 きっと」 「……そうだな」 何度も何度も、命は廻るのなら。死に別れた誰かとも、いつかまた逢えたなら。 今度はきっと、皆で幸せになれればいい。光も闇も、そんな境界なんて取り払って。
「終わらない…きっと」
一瞬だけ。皇帝の顔がよぎって、消えていった。 自分達にもあるだろうか。彼とも憎み合わずに生きていける、そんな未来が。
何か、とても大切な事を忘れてしまった気がする。 ゴルベーザは深い溜息をついた。場所は、夢の終わり。何となく今は、渓谷には 戻りたくなかった。月を見ると、気分が酷く落ち込んでしまう気がする。 否、既に十分落ち込んでいるが。 というのも−−ゴルベーザは前の世界の記憶を、殆ど引き継ぐ事が出来なかっ たのである。 覚えているのは序盤だけ。コスモスに啖呵を切って、ウォーリア・オブ・ライト の死を阻止しようと決意した−−そこまでの記憶しかない。一体あの後何があった のだろう。肝心なのはその先だというのに。 ただ、今こうして自分が此処にいるという事は。やはり普段と同じく、全てが 白紙に返ってしまった事を意味する。輪廻を断ち切る事は叶わなかった。だと すればライトの死は阻止できなかったのだろうか。 あの時とっていたメモも当然残っていない。実際事が始まった後は、メモなど とる余裕はなかっただろうが−−それでも、自分の経験そのものを否定された ようで悲しい。
こんな事、一体いつまで続くのだろう。
輪廻の事実に気付き、少しずつ記憶を引き継げるようになってからは−−毎回 裏で、真実を探り出そうと奔走してきた。法則をあぶり出し、コスモスを説得し。 けれど。何をしても、どう足掻いても、結局全てはゼロに戻ってしまう。振り 出し。落胆にも慣れてしまった。絶望、失望、悲嘆、憤怒−−心がどんどん擦り 切れて、麻痺していくのを感じる。 大切だった筈の記憶ばかり、消えていく。悪夢ばかりが積み重なる。 きっと近く、気が触れてしまう。いつまで耐えていられるのだろう。
「思い出せないということは…歯痒いな」
気配は感じていたので、驚きはない。少なくとも今の彼に敵意が無いことも分 かっている。 ただ、まるで自分の心を読んだかのような言葉に−−ほんの少しだけ、動揺し た。
「前の世界の記憶を失ってしまったのだろう、ゴルベーザ」
振り向く。段差に腰掛け、くるくると杖をなぶる皇帝の姿があった。 眼が合う。自分と同じ−−疲れきった瞳が、そこにある。
「……情けないと笑いたければ笑うがいい。音を上げそうだ、私は」
皇帝はきっと笑わないだろう。それは分かっていたが、今は酷く自分を罵りたい 気分だった。何かに縋らなければ折れてしまいそうだ。多分今、自分が生きて いられるのも、セシルがいたからで。 弟の存在が自分を支えていると言ってもいい。たった一人ではこの運命に、 ここまで抗うことも出来なかっただろう。 「楽園の訪れは近い…もしそう言ったらどうする?」 「…何?」 楽園だと?ゴルベーザは訝しげに聞き返す。 「輪廻を断ち切る可能性…既に、歯車は回り始めている。既に闇のクルスタルの 一つは破壊したからな」 「闇のクリスタル?何だそれは」 「やはり知らなかったか」 この男は何を知っているのか。確かに自分と同じく、輪廻を断ち切るべく動き まわっていた事は知っていたが。
「…なるほど、私を勧誘しに来たか、皇帝よ」
彼のような策士が、意味もなく重大な情報を漏らすとは思えない。
「話が早くて助かるな」
ニヤリと笑みを浮かべ、皇帝は杖で地面を叩く。物陰から現れたのは、ティーダ。
「最後の一手の為には…お前の力が必要だ」
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壊れた破片をどんなに掻き集めても、抱きしめても、もう二度と。