「まるで天秤みたいだ」
前の世界−−猫騙しの物語。語り終えた夢想は、自分達をそう喩える。
「片方だけじゃ成り立たない。錘は両方均等に乗せなきゃダメなんスよ。アンタ もセシルも本当は気付いてるくせに…知らないフリで、自分の側ばっかり重くし たがる。だから、釣り合いがとれなくてひっくり返るんだ」
ティーダの言いたい事は痛いほど分かる。次第に思い出してきたゴルベーザは −−罪悪感から、俯かずにはいられなかった。
「そういう意味じゃ、同じ兄弟でもジタンとクジャの方がマシ。距離を置きなが ら、うまい具合に両方に軽めの錘で保ってる。まぁ…いつか距離詰めたら、多分 アンタ達の二の舞になるけど」
責められている。青年の言葉の端々に感じる憤りに、返す言葉もない。悪いの は自分だ。あの世界で。自分の身勝手がセシルを狂わせ、世界の運命すらねじ曲 げてしまった。たとえ結末は同じであったとしても、自分が助長した事には変わ りない。 天秤。確かに、そうだ。自分達兄弟は真逆。両極に等しく位置する存在であっ た筈。どちらか片方だけでは成り立たない。重すぎる錘は、いずれ天秤そのもの を壊してしまうから。 「私の世界は…セシルの存在で支えられている。その恩を返す為だけに、影たる 私が存在していると、そう思っていた」 「とんでもない勘違いッスね、それ。俺はセシルじゃないからアレだけど、これ ばっかりは明白」 バッカじゃないの、と言いたげなティーダの口調。
「兄弟だろ、アンタら。過去何があったか知らないけどさ…恩を返すだの返さな いだのって考え方がまずおかしいから」
青年は壊れた観客席に座り、足をブラつかせる。まるで暇を持て余した子供の ようだ。
「俺の親父はさ、確執アリアリな関係だけど。それでも、家族だし。アンタらは 仲悪いわけでも何でも無いのにさぁ、なんで無条件の好意ってヤツに気付かない かなぁ」
無条件。兄弟として、当たり前にある絆。 ゴルベーザはそれを大切にしてきたつもりだった。弟の命、その次に無くした くないものが彼との絆であったから。 しかし。大切にしすぎて、臆病になっていたのかもしれない。自分はセシルが 大好きなのに、セシルも自分を好きだと言ってくれるのに−−信じていなかった のかもしれない。 こんな兄なんかを、と。自らを卑下する事で、弟の信頼を裏切っていた。自分 を信じてくれる、彼の気持ちを否定してしまっていた。 だから。悲劇は繰り返して、繰り返されて。
「私が死ねば…セシルが私と同じように壊れてしまう事なんて。考えてもいなか った」
馬鹿だ、自分は。
「どうしてセシルだけの幸せを願ったんだろう。二人とも生き残る未来を、最初 から否定して」
片方だけでは、保たれない。ゴルベーザが死ねばセシルが狂い、セシルが死ね ばゴルベーザが狂う。 片側だけの錘では支えられない。何故なら自分達は“兄弟”という名の天秤な のだから。等しく両極で背負って初めて水平になれる。答えはこんなに単純で、 シンプルだったのに。 過ぎた時間は戻らない。たとえ白紙に返されたとしても、存在した歴史が無か った事にはならないのだ。前の世界、ゴルベーザが命を投げ出したせいで、セシ ルは壊れてしまった。仲間を手にかけ、仲間の手で殺される事になって。そんな 結末を誰が望んだだろう。 たとえセシルが赦したとしても、神が赦しても。自分は自分が赦せない。犯し た罪は、消えない。 「だが…望もうが望むまいが、悲劇は繰り返される。お前も弟も、何度でも殺さ れ続けるだろう。輪廻を断ち切れない限りな」 「…だろうな」 皇帝の言う通り。この閉じた世界には、奇妙な法則がある。何故だか特定の人 物が死に、何故だか一部の人間が発狂する。そして最終的にカオス軍もコスモス 軍も壊滅的打撃を受け、時間がまた巻き戻る。 この永遠のような繰り返しを。断ち切る術など、本当にあるのだろうか。
「とりあえず、知ってる事を全部話して貰おうか。今の状態では返事はしかねる な」
希望があるなら、縋りたい。その姿がどれだけ惨めであったとしても。
Last angels <詞遺し編> 〜3-14・天秤〜
目的の部屋に向けてスコールが歩いていくと。廊下で何やら話しているフリオ ニールとセシルを見つけた。それも今まさに行こうとしていた、救護室のドアの 前でだ。
「あ、スコール」
セシルが自分に気付き、声をかけてくる。何故だかヒソヒソ声で。
「もしかして、ティーダのお見舞い?悪いんだけど、今寝ちゃってるみたいだか らそっとしといてあげてよ」
しーっ、と人差し指を唇に当てるセシル。その横でフリオニールが申し訳なさ そうにゴメンな、と頭を下げる。 「別に構わないが…」 「ん?」 「……いや、何でもない」 今、セシルは“寝ちゃってるみたい”と言った。多分、彼はティーダが寝てい る様子を見ていない。フリオニールがそう証言したから信じた、という可能性が 高い。 だとすれば、ティーダは本当に寝ているのだろうか。実は部屋は蛻の殻ではな かろうか。
−−一体何を疑ってるんだ、俺は。
確かにあの怪我でうろつくのは感心できないが。彼も立派な戦士、理由があっ て単独行動をとるならそれも自己責任だ。 心配するならまだしも−−これでは何かの容疑者扱いではないか。自分は何を 疑心暗鬼になっているのだろう。 あの赤い服の男の夢を見てから、どうにも落ち着かない。胸騒ぎがする、とで もいうのか。まるでこれからとんでもない事件でも起こるかのような。 「ティーダの怪我はどうなんだ?セフィロスとやり合ったらしいが」 「ちょっと傷が深いし大きいね。肩からザックリやられてる。でも急所は外して るし、骨にも影響はないし、腕もちゃんと動く。本当にラッキーだったよ」 「そうか」 安堵のため息をもらす。あの英雄とは自分も戦った事があるが−−正直、まる で相手になっていなかった。素人には互角の戦いに見えたかもしれない。しかし、 戦ったスコールと、見ていた仲間達には分かった筈だ。 屈辱だった。しかも情けをかけられて生かされて。命あってのものだねだとは 分かっているが−−プライドを深く傷つけられたのも確かで。 力をつけて、いつか見返してやりたかった相手。それが−−こんなにもあっさ りいなくなってしまうなんて。クラウドとは別の意味で、ショックを受けた自分 がいる。 もうリベンジの機会は、永遠に訪れない。
「あいつの強さは本物だった。多分カオス陣営でも一二を争った筈…どうやって 倒したんだ?」
だからこその疑問。けしてティーダとフリオニールの実力を疑うわけではない が−−客観的に見て、今の彼らではセフィロスに勝つのは難しい。二対一という ハンデがあったにせよ、だ。 「あいつ…手負いだったんだ」 「手負い?怪我してたのか?」 「ああ」 俺達にもよく分からないんだけど、とフリオニールは言う。
「カオス陣営の方で…何かあったのかもしれない。ただ、結構酷い怪我だった。 それなのに襲ってきたあたり疑問なんだが」
内輪もめでもあったのだろうか。向こうの事情をよく知らないスコールは首を 捻る。 一方、向こうに兄のいるセシルは、やや青ざめた顔でフリオニールを見ている。
「手負いの上、こっちは二人だったのにこのザマだ。本当に強かったよ、セフィ ロスは」
それは自分への慰めか、と。言いたいのをぐっと堪える。フリオニールにけし て悪意がないことは分かっている。自分が勝手にイラついているだけなのにも。 彼は自分がセフィロスに負けた時、見ていた人間の一人だ。気にかかる事もあ ったのだろう。 「そういえば、スコールは今日ライトさんと一緒に出たんだよな?どうだった?」 「?」 質問の意図が読めない。顔に出たのだろう、自分の表現が適切で無かったと悟 ったらしいフリオニールが、えっと…と言葉を濁す。 「いや…さ。スコールってあの人に苦手意識があるみたいだから。うまくいった のかなぁと…」 「…ああ」 そういう事か。しかし、フリオニールに気付かれていたのは意外だった。無意 識のうちに態度に出てしまっていただろうか。 「確かに…苦手じゃないと言えば嘘になるが。嫌っているわけじゃないし、一応 尊敬もしている。別に何がどうという事は…」 「何その微妙な表現」 セシルが苦笑いでツッコむ。 「ってかさ、あの人のどのへんが苦手?確かに自分にも他人にも厳しいし、真面 目だし、無口同士でスコールと話が弾むとは思わないけどさ」 「たまに容赦ないよな、セシル…」 「そぉ?」 やや引きつった笑みのフリオニール。それに対しセシルは涼しい顔だ。 スコールは年甲斐なくむくれたくなる。無口で悪かったな、無口で。
「…うまく言えないが」
どうして彼が苦手なのか。よく考えてみた事は無かったけれど。
「あの人は、眩しすぎるんだ…俺には」
いつも真っ直ぐに突き進める。迷いを捨てて皆を引っ張れる。戦士の鑑。理想 を現実にしたような光。 だからこそ。
「一緒にいるとたまに…自分がひどく、惨めになる」
我ながら勝手な感情だ。勝手に比較して、劣等感を抱いて。彼と比べて自分は なんて矮小な存在なんだろう−−なんて。ライトからすればいい迷惑だろう、い や、他の皆にとってもだ。
「……あの人はさ」
少しだけ沈黙して。フリオニールが口を開く。
「スコールや…みんなが思ってるほど、完璧じゃないよ」
驚いたのはスコールだけではないだろう。セシルも意外そうに目を見開いてい る。オニオンナイトのライトに対する盲信ぶりは今更語るまでもないが。彼ほど ではないにせよ、フリオニールもライトを雲の上のような存在に見ているのかと 思っていた。実際、スコールのような苦手意識はなくとも、彼を別格視している メンバーは多い。
「前に、言ってたんだ。自分は迷わずにいられるんじゃない。迷うのが、怖いん だって」
『…死んでもいいと、思っていた。この命を賭けて世界を救い、仲間を護れるの なら…。本当は、その先を考えるのが怖くて逃げていただけのに』
「あの人も、人間だよ。話を聞いた時は驚いたけどな…聞けて良かった」
『私は自分の名前も、正体も何も分からない。使命を果たしてしまったら、その 先に生きる目標なんてないんだよ…。だから世界を救って…その代価に、死にた がっていたのかもしれない。命懸けで守った結果だと理由をつけて…』
「あの人は俺達が思ってるよりずっと近い場所にいるよ。だから俺達は、あの人 についていけるんだ」
『知る事ができて、良かった。取り返しのつかない後悔をする前に』
その時。スコールは少しだけ、義士を羨んだ。その言葉を、自分も彼の口から 聞きたかった、と。 そうすれば縮まっただろうか。仲間にしてはあまりに微妙すぎた、この距離も。
NEXT
|
かつての惨劇の日に、手向けられた言の葉は。