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 自分は泣き虫なんだ、とティーダはそう言っていた。それでいつも父親にから
かわれていたのだと。
 違う。泣き虫なのは、自分の方だ。年齢的には成人しているというのに−−ま
ったく、涙腺が弱くていけない。
 泣くのを堪えるので必死だ。歩き去っていくスコールとセシルの背中を見送り
ながら、フリオニールは思う。涙を見せれば怪しまれる。何より−−彼の為に泣
く資格など自分にはない。
 ライトは今夜、いなくなる。ティーダ達の手で殺される。それが分かっていな
がら、自分は見逃すばかりか手を貸している。
 ティーダが返り討ちで死ぬ可能性が無いわけではないが−−分かっているのだ。
あの人が己の為に仲間を手にかける筈が無いという事を。分かっていて自分は
ティーダを行かせようとしている。ライトは自分の命に、執着が無さ過ぎる。
 前の世界での記憶が蘇れば少しは違うのかもしれないが−−多分、それはない。
コスモスが手を回している以上、滅多な事では記憶は戻らない。そう、精神に
異常を来すほど追い詰められでもしない限りは。
 先ほどの話。あれは一つ前の世界での物語だ。フリオニールは殆ど思い出して
いない。台詞は全て、ティーダの口から語られたものに過ぎない。
 コスモスの事は主として認めている。しかし今は少しだけ−−彼女が恨めしい。
どうしてあんな大事な記憶まで、消したのだ。自分は確かに、ティーダと一緒
にそこにいたのに。この耳でライトの真実を聞いていた筈なのに。
 
何でだよ」
 
 悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。
 自分は誰も守れない。誰も救えない。皆が苦しんでいるのに、記憶すら留めお
けない。ティーダも、ライトも、セフィロスも、みんな願いを叶える事の無いま
ま消えていく。
 
「何でみんなで、幸せになれないんだよッ!」
 
 壁に叩きつけた拳は痛くて。でもそれ以上に胸の奥が痛くて。
 
「畜生っ畜生!」
 
 義士の叫びを聞いた者は、誰もいない。ただ一人、本人以外には。
 
 
 
 
 
Last angels <詞遺し編>
3-15・流
 
 
 
 
 
 流れ星に祈れば、願いが叶う。ふとそんなありきたりな迷信を思い出し、ゴル
ベーザは空を見上げた。
 夢の終わり。切ない夜空には、どれほど祈りを捧げても星は流れない。いや、
見つけたところで何を祈ればいいのだろう。願えば願うほどただ虚しくて。叶わ
ない現実に、ただ笑う他なくて。
 
「それが真相というわけか」
 
 ティーダと皇帝。二人から話を聞き、ゴルベーザは苦々しく呟いた。彼らが語
った真相はまだ、憶測の域を出ない箇所もあるが。何故必ず奇妙な死者が出
るのか−−これが正しいのなら筋は通るのだ。
 しかし、気がつかなかった。まさかライトと同じ死に方を、クジャとセフィロ
スもしていただなんて。
「既にセフィロスの体内のクリスタルは破壊された。あとはクジャとライト、
この二人を殺せば輪廻は断ち切れるかもしれないそうだな?」
「可能性は高いッスよ」
 ぴょん、と客席から飛び降りるティーダ。
 
「ライトさんは、説得がうまくいけば自分から命を差し出す。そういう人だ。で
もあの人が死んだのが分かればまた、オニオンあたりが発症するかもしれない
 
 だから少なくとも、輪廻の切断を確認するまで、ライトの死は隠蔽する必要が
ある。ティーダは淡々と語る−−不自然なほどに。
 無理矢理感情を剥ぎ取った声で。
 
「アンタに頼みたい事は二つ。一つ。みんながライトさんの行方不明に気付いて
騒ぎだしたらうまく皇帝やエクスデスと口裏を合わせてほしい。アンタを悪役
にするつもりはない。ただ、あの人の身柄を皇帝達カオス陣営の方で拘束してい
る事にすれば、多少時間稼ぎができる」
 
 ほんのわずかな時間でいい。最後にクジャを殺すまで保てば問題ない、と青年
は言う。
「やって欲しい事のもう一つはクジャ殺害の手伝い。俺はその間オヤジを引き
付けなきゃいけないから、実際戦えるのは皇帝、アルティミシア、エクスデスの
三人。ここでアンタが加わってくれれば保険になる」
……なるほど」
 依頼された内容は、十二分にゴルベーザの予想の範疇だった。それでも、いざ
耳にすればショックは大きい。
 時の鎖を断ち切る為には、ライトとクジャが死ななければならない。ライトを
死に追いやり、同じ陣営の仲間である筈のクジャを葬らなくてはならないのだと。
 自分と彼らは。そこまで親しい間柄では無かったかもしれない。それでも、弟
の尊敬するリーダーに、まるで子供のような死神。多少以上の情があるのは確か
な事で。
 
「二人を殺さずにすむ道は無いのか?」
 
 絞り出すように言う。答えなど分かりきっていたが、尋ねずにはいられない。
縋らずにはいられない。
 
「そんなもの」
 
 にべもなく、吐き捨てる皇帝。
 
「あったら迷わず選んでいる」
 
 微かな望みは打ち砕かれる。そうだ、そんな方法があるなら−−彼らはとうに
その道を進んでいる筈で。あんなに苦悩にまみれた顔で俯く必要も無かった筈で。
 
「どっちみち、引き返す道なんてない」
 
 無感動に、ティーダが続ける。
「じゃなきゃ、何でセフィロスが死ななきゃいけなかったのか、分からなくなる
……そうか」
 ああ、そうだ。彼らは既にセフィロスをその手にかけている。とてもとても残
酷な方法で彼を殺している。それ以外に道が無いと知っていたから。
 もし此処で進むのを躊躇ったなら、それこそあの英雄は無駄死になってしまう
だろう。自らが殺めざるおえなかった片翼の天使に対し、最大の冒涜となってし
まう。
 もはや、甘えは赦されない。
 
YESか、NOか。答えは二つに一つだ、ゴルベーザ」
 
 暴君は選択を迫る。隣に夢想を従えて。
「輪廻を断ち切らぬ限り、悲劇は続く。お前にとっても弟にとってもだ。条件
を呑むなら、貴様の弟には手出しをしないと約束しよう」
「安全は保証すると」
「最大限に、な。迷う必要がどこにある。貴様の最も大切なものは、弟と共に生
きる幸せな未来なのだろう?」
 そうだ。自分はもう、同じ過ちは繰り返さないと決めたではないか。自分達が
天秤の存在なら、重荷は二人で均等に背負う。そして、共に生き抜く事で平穏を
保つのだ、と。
 弟と共に。同じ未来を、生きる。それ以上の望みなどない。そしてそんな幸せ
な未来は、輪廻が断ち切られない限り訪れないと知っている。
 −−でも。
 
「私には彼らは殺せない。それで輪廻を断ち切れたとしてもそれでは駄目な
んだ」
 
 幸せに、なる。野薔薇咲く平和な世界を。セシルは仲間の夢を叶え、皆でその
景色を見られる日を楽しみにしている。
 
「夢が叶ってもそこにいない人間がいたら。きっと私達は、心から笑えはしな
い」
 
 誰かを犠牲にして得た平和なんて、本物じゃない。分かっている、戦場でそん
な奇麗事が通用する筈が無い事は。
 けれど。
 
「私は諦めたくはないんだよ。お前達の話を聞いてやっと決心がついた。私は
足掻き続けたい最後まで、ギリギリまで。誰も欠ける事なく、皆で幸せになれ
る未来を」
 
 一瞬。ティーダの顔が泣き出しそうに歪んで−−まるで能面のように無表情に
なった。皇帝は俯いたまま顔を上げない。その表情は、窺い知れない。
 
……ほんと、奇麗事ッスね」
 
 感情を押し殺した声が、ゴルベーザの胸を抉る。
 
「奇麗事で、絵空事だ。そんなの絶対無理なのに。必ず誰かは犠牲になる。そん
な都合のいい平和なんて、無い」
 
 ある筈ない。神様にも裏切られてる世界なのに。
 まるで確定した未来のように語るティーダ。その言葉に、声に、途方もなく深
い絶望を垣間見る。
 何だろう。何が彼に−−諦めさせたのだろう。誰が太陽を殺したのだろう。
「交渉は決裂した。私を殺すか、少年よ」
「残念だけどそういうわけには行かない。アンタを殺したら、セシルが壊れちゃ
うからさ」
 だから、当分眠って貰うよ、と。夢想がそう言った瞬間、ガツンと頭に重い衝
撃を感じた。ゴルベーザは無理矢理体を傾けて、振り向く。岩影から魔法の構え
をとっている、アルティミシアの姿が見えた。
 
「羨ましいよ」
 
 意識が消える寸前。ポツリ、と空虚な呟きが耳に届いた。
 
「希望を信じ続けられるアンタの強さが、さ」
 
 俺はもう、無理なんだよ。
 その言葉に何かを思う前に−−ゴルベーザの意識は、ブラックアウトしていっ
た。
 
 
 
 
 
 
 
 暇になると、余計な事ばかり考えてしまう。どうにも最近、気分が沈んでいけ
ない。自分らしくないと分かっているのに止められない。
 パンデモニウム。その柱にもたれかかり、スヤスヤと寝息を立てているクジャ
の隣で、ジェクトは小さく溜め息をついた。自分がもしヘビースモーカーだった
ら、灰皿に山ほど吸い殻が詰まれている頃である。
 ゴルベーザを説得しに、息子と皇帝と魔女は外出中。自分とクジャは待機中。
実際、ジェクトは対セフィロス戦で負傷している為、その傷を癒す為の休憩時間
でもある。
 尤も、元より自分は頑丈さが取り柄の男だ。クジャにケアルガもかけて貰った
し、傷そのものは殆ど治っている。問題はメンタル面の傷、だ。
 
『ごめん親父』
 
 苦痛に満ちたティーダの泣き顔と嗚咽が、脳裏に焼き付いて離れない。
 
『俺と一緒に、死んで』
 
 ジェクトは知った。輪廻を解き放った後、自分達親子に待つのがどんな末路か
を。自分達に課せられたあまりに残酷な運命を。
 
「あいつずっと一人で抱えてたんだな
 
 時の鎖が断ち切られた後、自分とティーダは世界から消える。元より存在して
いない自分達は、仮初めの世界でしか体を保てないのだから。生まれた時からの
死者。祈り子の夢。それが、現実。
 二人一緒に、故郷へ帰る。その夢は叶わない。何故ならその故郷もまた、幻に
すぎないのだから。
 
ジェクト」
 
 いつの間に目覚めたのだろう。クジャがぎゅっと、ジェクトの服の端を掴んで
いた。
「どしたよクジャ。怖い夢でも見たってか?」
……そうかもね」
 からかえるような雰囲気でないと悟る。クジャの手が震えていた。まるで何か
に怯えるようね。
 
「ジェクトお願い」
 
 俯いたまま。死神は消え入りそうな声で言う。
 
「全部が終わって帰る時は。僕も一緒に、連れていって」
 
 何も、言えなくなった。否定も、肯定も、口に出しかけては消えていく。どう
して、と。ようやく口にした疑問の声は、無様に掠れていた。
 
「帰りたくない、よ。僕はきっと、耐えられない」
 
 お願い、一緒に行かせて。置いていかないで。
 幼い子供のように、小さく懇願するクジャに、ジェクトもまた泣きたくなる。YES
NOも言えなかった。どちらの答えも残酷だと知っていた。
 
生きてぇ、な。一緒に……
 
 その頭を抱きしめて、髪を撫でる。行きたい。生きたい。そんな当たり前の願
いすら叶えてくれない世界を、ジェクトはただ恨む事しか、出来なかった。
 
 
 
 
NEXT
 

 

誰かのネガイが叶う頃、どこかでまた誰かが泣いて。

BGM
『願い』
 by Hajime Sumeragi