自分はどうするべきなのだろう。暗闇の雲は思い悩んでいた。ガーランドの派閥から離反はしたものの、その先についての構想がまるで無かった。我ながら随分と考え無しである。 先走ったかもしれない。もう少しだけガーランドに協力するフリをして、情報を引き出すべきではないか。自分は世界の真実について、あまりに知らなすぎる。 それに、ケフカの事も気にかかる。彼を人質にとられたら、自分は為す術が無いと知っている。ガーランドの性格上はそんな卑怯な手をよしとはしない筈だが−−。 実際、有り得ない事は起きているのだ。彼がライトとオニオンにした非道を思えば。 輪廻継続の為になら、あの猛者は手段を選ばない−−そう考えておくべきだろう。「…わしは、一体何をしているのか……」 苦い笑みを浮かべる。前の世界の出来事はやけに鮮明に覚えていた。 オニオンナイトが語った始まりの記憶。自分は彼に真名を教え、死に際の少年に寄り添い。そして。『僕…アンタが人間にしか見えないんだけど』 「人間…か。考えた事も無かったな」 もしかして自分は、諦めていたのかもしれない。光か闇が氾濫し、世界に破壊の意志が満ちた時にしか呼び出されない妖魔。世界の狭間から人間達の姿を長く見守りながら−−彼らに対し思ったのは完全なる終焉などではなくて。 嫉妬と、羨望。自分ではどう足掻いても手に入らないものを持っていながら、醜い欲望をたぎらせる者達。憎らしくて妬ましくて−−それでも眩しくて。 そうだ。自分は。「わしは…奴らのようになりたかったのか…」 オニオンナイト−−ルーネス達に倒された時、心のどこかで安堵していた自分がいる。これでもう、叶わぬ願いに焦がれる事もないのだ、と。 しかし、物語は終わらなかった。消えた筈の自分は神々に呼び出され−−そして今、此処にいる。 終わった筈の自分の世界。それが今尚続いている事に、意味があるのなら。 知りたい。自分は何故生かされたのかを。何の為に生きているのかを。「あれは…?」 迷いを抱えたまま、たまたま行き着いたのは“夢の終わり”。そこで暗闇の雲 は見つける。何やら深刻そうに話し込んでいる三人−−皇帝、ゴルベーザ、ティーダを。−−何故コスモス陣営のあやつが一緒にいるのだ…? しかも、まるで皇帝とティーダがゴルベーザを説得しているような構図。暗闇の雲は息を殺して身を潜める。ティーダが此処にいる理由は分からないが、少なくとも皇帝もゴルベーザも輪廻を断ち切る為奔走してきた人間。 こっちは情報不足で困っていたところだ。何か重要な話が聞けるかもしれない−−そう思って耳をすました。 その行動によって、どれほど運命が変わる事になるかも知らないまま。Last angels <詞遺し編> 〜3-16・明鏡止水〜 これは一体、何なのだろう。 ゴルベーザは闇の中にいた。周りでは、クルクルと硝子の破片のようなものが煌めきながら回っている。いくつも、いくつも、いくつも。その破片には見覚えのある顔や無い顔がうかんでは消え、様々な景色を映し出していく。 そういえば、妙に体が軽いと思ったら。普段身につけている重たい甲冑がない。素のままの手は、日に焼けておらず案外白い。弱い人間の、脆弱な掌。自分はこの手で何を守れただろう。誰を救えただろう。 無意識に、その手が欠片の一つに伸びていた。指先が触れた途端、まるで感電したような痺れが走る。そして闇を切り裂く白い光が放たれ−−世界はひっくり返っていた。 **** 小さな子供がいる。長い金髪の、子供ながらに美しい面立ち。まだ五歳か六歳かくらいの幼子だ。随分と豪奢なベッドで寝ている。金持ちなのかもしれない−−着ている夜着も高価なものだ。 少年(多分)は音もなく瞳を開く。もしかしたら、眠っていたわけではないのかもしれない。開いた眼は綺麗なアメジストだったが、宿る光は暗いものだった。 一体誰なのだろう。疑問に思いながらも傍観していたゴルベーザは−−直後にぎょっとさせられた。−−な、何だ、アレは…。 無言で着替え始めた子供。夜着の下から現れたのは−−無数の夥しい傷跡だった。白い肌に蚯蚓腫れや火傷、裂傷が無数に走っている。蚯蚓晴れは鞭で打たれた痕だろう。古いモノから新しいモノまで、まるで彫るように深く刻まれている。 虐待。その二文字が脳裏に浮かぶ。「皇子様、お食事の用意ができました」 ノックと共に、女中−−だろうか、の無機質な声。「今行く」 着替え終わった少年は、無感情にそれだけ言って、ドアへと向かった。ドアノブに手を伸ばした時、うめき声を上げてうずくまる。 声を殺して、耐える子供。そのブーツから、じわりと血が染み出している。彼は忌々しげに、靴を脱いだ。その下の、真っ赤に染まった包帯を解く。 下から出て来たのは、甲に無惨な刀傷を刻んだ、血まみれの華奢な足首だった。 ** 場面が切り替わる。 少年はかなり大きくなっていた。十二か十三か、その程度だろう。煌びやかな服は着ていたものの、相変わらずやせっぽっちで、顔色は良くない。いや、良くないばかりか真っ青だ。目の前に引かれた深紅のカーテンを、目を見開いて凝視している。「ち、父上…」 隣に立つ巨漢の男に声をかける。黄金の鎧。燃えるように深紅の眼に茶の髪。年は五十に届くか否かといったところ。その服装には見覚えがあった。“彼”とこの男では明らかに体格が違いすぎる が、その皇族衣装は紛れもなく−−。「愛しい我が子よ。お前に必要なのは、“悪意”。この世界を支配するものは、 より悪意と支配欲の強い者だ…」 威厳のあるバス。だが、その声には隠しきれない興奮と狂気が滲み出ている。 男の合図カーテンが、開かれた。その向こうから現れたのは。 カーテンの色に勝るとも劣らない、紅蓮の、赤。「ひっ…」 少年がひきつった悲鳴を上げる。カーテンの向こうにあったのは、広場。彼らは広場を見下ろす二階の窓際に立っていたということなのだろう。 いや、そんなことはどうでもいい。 何故。一体、何が起きている。 棘だらけの金のフェンスに囲まれ。銃を構えた兵士達が見守る広場。その中心で。 どうして幼い子供達が、刃物を片手に殺し合っているのだろうか。「良いぞ…もっとやれ…!最後の一人になるまでな…」 「ち…父上…」 「私は三十二番の子供に賭けているがな。まぁ外れるも一興。いつも当たっていては面白みに欠ける」「父上!!」 幼い皇子は絶叫する。「お願いです…お願いします…!!こんなことやめさせて下さい…っ!」 父に縋り、蒼白な顔で懇願する。「どうして、フリオ達がこんなこと…っ」 その言葉が最後まで語られることは無かった。甲高い音。悲鳴。父王が手に持った杖で、少年を殴りつけたのだ。「それがお前の甘さ。そして弱さよ」 倒れた少年の髪を掴み、無理やりひき起こす。そして、目の前の光景から逃げようとする彼を押さえつけ、その顔を前に突き出す。 眼に一杯涙を溜める皇子に、無情な言葉を投げつける。「しかと見るがいい、マティウス!この景色を目に焼き付けよ…恐怖を快楽に変 えよ。悪意の権化となるがいい。その時こそ、お前はこの世界の絶対君主となるのだから…」 殺し合いの場。泣き叫ぶまだ幼い少年達。そのうちの一人が、皇子の方を見た。血にまみれた顔で、その瞳に憎悪と殺意を宿して。 ゴルベーザは息を飲む。長い銀髪。褐色に近い肌。年こそ幼いが、あれは、あの子供は−−。 少年は叫ぶ。全ての感情を叩きつけるように。「人殺し!!お前らは悪魔だ…!!」 皇子の眼が、絶望に見開かれた−−。 **** 気付いた時、ゴルベーザはまた闇の世界へ戻って来ていた。呼吸が荒い。全身にびっしょりと冷たい汗をかいている。「い、今のは一体…」 目の前で煌めく欠片。その中に、あの幼い皇子の泣き顔が映りこんでいる。あの顔。幼すぎてすぐには気付かなかったが−−あれは。「もしかして…この欠片は全部、誰かの記憶…なのか?」 触れないように気をつけながら、一つ一つ覗きこんでいく。よくよく見ればどの欠片の中にも、なんとなく見覚えのある顔がある。 これは全て、閉じた世界に招かれた戦士達の記憶の欠片?忘れられた、彼らの過去の断片?『…そうです』 白い光が弾け、現れたのは秩序の女神。『此処は、この閉じた世界に封じられた、あらゆる記憶の保管庫。私は戦士達の記憶を消したのではなく…此処に閉じ込めることで封じてきました。それが、彼 らの為であると信じて』 ああそうだ。魔人は、ティーダ達の話を思い出す。彼らは言っていた−−秩序軍の戦士達が記憶をなくすのは、コスモスが意図的に封印しているせいだと。『あなたも今、見た筈です。あの二人が…どれほど重い過去を背負って、この世 界に招かれたのかを』 彼らの記憶は、背負い続けるにはあまりに残酷だった。いずれその心を押し潰してしまうほどに。『いいえ。彼らだけではありません。この世界に召喚された戦士達は皆…心に深 い傷を負ってそこにいる。その傷は彼らの強さ。けれどいずれ彼らを死にすら至らしめかねないもの。だから……選ばれたのです。この閉じた幻想、その舞台役 者として』 そうか。だからコスモスは、この世界に招く前の記憶にすら手を加えたのか。ゴルベーザはやっと合点がいった。『ただし、記憶の鎖を解く力は、主に調和と秩序のもの。私の力と比べて、カオスの力は不適だった。…あなた方の陣営の記憶封じが不完全だったのは、その為 です』 コスモスは悲しげに俯く。『…ゴルベーザ。あなたの言う通りです。私は諦めることしかしなかった。臆病 にも、傍観者に徹することで現実から逃げていた』「だが、あなたの考えを余所に。我々は皆、方法こそ違えど諦めなかった。百年。戦士達は皆運命に抗い続けた」『…そう。あなた達は神と呼ばれる私より、ずっと強かった』 顔を上げる女神。彼女の笑みは後悔と、失望に満ちていた。そう、失望だ。自分自身に失望して、後悔に押しつぶされそうで。 それでも立ち上がることを決めた、女性の顔。『欠片は記憶。記憶は…クリスタル』 彼女は欠片の一つに手を伸ばす。女神の手のひらの上で、記憶の欠片がキラキラと光っている。『私は、賭けます。全てを知って尚、彼らは決意することが出来ると。ゴルベーザ…残酷なお願いをします。あなたは…導き手になって下さい』 「導き手…?」 頷くコスモス。『その為にどうか…知って欲しいのです。あなた自身と彼らが背負う真実。その 全てを』 まるで彼女に答えるように。クリスタル達が、眩しい輝きを放った。NEXT |
彼女はその時、俯くのをやめていた。