世界は、本当に残酷だ。
 誰もが幸せを望みながら、誰もが同じ平和を望みながら−−時として誰も望ま
ない結末を自分達に突きつけてくる。それぞれの意志はすれ違い、心は傷つけ合
い、全ての悲しみを飲み込んでまた沈みゆく。
 どうして、どうしてと。何度絶望に叫んだだろう。自分だけではない。彼も、
彼女も、みんな。
 誰もが被害者で、誰もが加害者だった。光に焦がれ、闇に怯え、閉じた世界の
片隅でうずくまっていた。まるで幼い子供のように、震えて。
 
「−−ザ!」
 
 誰かが呼ぶ声がする。今が現実か、それとも今が夢なのか。あらゆる感情がな
いまぜになり、身動き一つとれない。鎧を纏っていて良かった、とゴルベーザは
思う。こんな顔、誰にも見せられない。いい年した大人がなんてザマだ。
 出来ることなら声を上げて泣きたい。小さな子供のように泣きわめきたい。
 悲しくて悲しくて、胸が張り裂けそうだ。
 
「ゴルベーザ!」
 
 そうだ、その名前も。自分の本当の名前では、ない。セシルは知っていたのだ
ろう。知ってなお、隠していたのだろう。
 真実を知れば、きっと自分が離れていくと思ったから。
 
「いつまで寝ぼけているつもりだ。さっさと起きろ!一発くらわせるぞっ」
 
 うっすらと眼を開ける。藍色の甲冑に、白く華奢な腕が伸びていた。何をして
いるのだろう−−と考え、ようやく気付く。自分の体はどうやら、水に浸かって
いるらしいということに。
 そしてそのゴルベーザを必死で陸の上に引き上げようとしているのは−−。
「暗闇の雲何故、ここに
「阿呆。わしの方こそ聞きたいわ」
 とりあえずさっさと上がれ、重くて仕方がない。彼女に不機嫌顔で言い放たれ
、ゴルベーザは慌てて地面に手をかける。
 どうにか彼女の手を借りて陸の上に上がれたが−−途端、どっと疲労感が押し
寄せた。体が随分冷えてしまっている上、怪我をしているのかアチコチ痛い。加
えてこの疲れぶり−−自分は一体どのくらいの時間、水に浸かっていたのだろう
 いや、どうやらただの水でも無さそうだ。顔をつけても何故か息が吸える。だ
から溺れずにすんだのか。
 
「此処はああ、そうか」
 
 周囲を見渡し、此処が夢の終わりと呼ばれるエリアであることを思い出す。荒
い息を吐きながら、記憶の糸を手繰り寄せた。そうだ、自分は暴君と夢想、彼ら
に取引を持ちかけられて−−それで。
 
「−−!!しまった!!
 
 慌てて飛び起き、頭に走った痛みに呻く。アルティミシアの技で思い切り殴ら
れたせいだ。こめかみあたりが切れてそうだ、と思う。
 まずい。自分は一体どのくらいの時間気絶していた?あれからどれくらい経っ
ている?
 彼らは本気だ。既にセフィロスを殺しておいて、本気でない筈がない。必ずや
輪廻を断ち切る為に、契約者全員を殺す。例外なく。
 となれば次に狙われるのは−−!
「早く早く彼らを止めに行かねばっ」
「おい、待て!」
 フラつきながらも立ち上がろうとしたゴルベーザの腕を掴み、阻止した人物が
いた。暗闇の雲である。
 
「その前に、何が起きたか事情を話して貰おうか。わしが此処に来た時、お前は
暴君と夢想と何やら交渉中だった。わしが立ち聞きできたのは最後の方だけ。お
前は魔女の矢に倒れ、魔法の力で水中に封じられていた
 
 では、暗闇の雲が自分を助けてくれたのか。しかし、同じカオス陣営とはいえ
、彼女は輪廻の継続を望む側の人間だった筈。自分とは敵対しているようなもの
 一体、どうして。
 
……わし自身、何がやりたいのかよく分かっていないがな。ガーランドのやり
方には賛成しかねるゆえ、離反してきたところよ」
 
 ゴルベーザの疑問を悟ってか、彼女は口を開く。
 
「皇帝達が、企んでいるのかは知らんが。あやつらの行いで、わしの宿敵が壊れ
てしまうのは不愉快でな」
 
 暗闇の雲。彼女が言いたいこと。
 それは−−彼女の獲物であるオニオンナイトが、精神崩壊を起こすような事態
は避けたいということだ。つまり−−オニオンをたびたび凶行へと駆り立ててし
まう原因。光の戦士の死を阻止したい、という意味で。
……奴らは、輪廻を断ち切る方法を見つけ、実行に移そうとしているのだ。そ
れが間違ったやり方だと分かっていながら」
「何だと?」
「私はこのザマだ無理を承知で頼みたい、暗闇の雲よ」
 本当は今すぐ駆け出していきたいが。体力を消耗したこの身体では、返り討ち
に合うのが精々。だから。
 
「あいつらを止めてくれ!彼らは、ウォーリア・オブ・ライトを殺す気だ。早
くしないと手遅れになる!!
 
 妖魔の瞳が、驚愕に見開かれた。
 
 
 
 
 
Last angels <詞遺し編>
3-17・物
 
 
 
 
 
 自分にとって、光の戦士は彼ら−−ティーダやバッツのような者達だった。太
陽のように皆を明るく照らし、導く彼ら。その光は眩しく、そしてけして自分で
は持ちえない輝きだった。
 ウォーリア・オブ・ライト。まったく大層な肩書きだが。自分はそんな、生き
た伝説などではない。ただの弱くて脆い、一人の若僧にすぎない。
 迷わずに進んでいるように見せかけて、いつも迷ってばかりいる。本当にこれ
でいいのか、これで間違っていないのか。自分の名前も分からず、存在している
のかも分からないこの身で。それでも尚生きて来れたのは、仲間がいたからに過
きない。
 短い時間。短い付き合い。しかし空っぽだったライトの中で、彼らとの思い出
だけが確かな真実だった。安らぎ。幸福。暖かな居場所。守る為なら何でもでき
る。仲間達の存在は、自らの命よりも重く、尊いものになった。
 彼らを救う為には、何だってしよう。たとえその行いで、誰かを傷つけること
になったとしても。
 
「こんな時間に呼び出して本当にすみません」
 
 皆が寝静まった時間帯。月の渓谷で、ライトはティーダと会っていた。とりあ
えず自分にだけ話したい情報がある−−そうティーダに呼び出されたのである。
「構わない。ところで」
「はい」
「最近君の様子がおかしい、とスコールが訝しんでいたぞ。私も気になっていた
。何かあったのか?」
 暗に、今日の呼び出しと関係があるのか、と尋ねる。ティーダが何やら思い詰
めた様子で、フリオニールと隠れて何かをしていることは薄々気付いていた。
 さらにこのタイミングでの呼び出し。絶対に一人で来て欲しいと念を押されて
いる。何もない筈がない。
 
何だろ。うまく誤魔化す言葉も考えてたんスけど。アンタの顔見たら全部
吹っ飛んじゃった」
 
 苦い笑み。そこに太陽の面影はない。追い詰められて、思いつめて、それでも
どうにか覚悟を決めて立っている者の微笑だ。
 見ていて−−悲しくなった。
 
 
 
「だから単刀直入言うッス。俺達は俺とライトさんは。みんなを助ける為に、
消えなくちゃいけないんスよ」
 
 
 
 唐突な言葉に驚くより先に。夢想と呼ばれる青年は語り出した−−彼が知った
、この世界の真実を。その全てを。
 この神々の闘争に、終わりは無い。決着がつくか、ある一定条件を満たせば
真の支配者の力が働き、全てを白紙に返してしまう。
 自分達はその度に記憶を消され、書き換えられ、気付かぬまま殺し合いを続け
てきたこと。
 その争いは既に−−百年近くに渡るということ。
 そして−−その連鎖を断ち切る鍵が、ライトの体内に眠っているということ。
その鍵−−闇のクリスタルを破壊する為に、自分は死ななくてはならないという
こと。
 
なるほど」
 
 意外にショックを受けていない自分がいる。もしかしたら自分にも僅かながら
、死ぬ前の世界の記憶が残っていたのかもしれない。
 自分の存在が、この修羅地獄を生み出している。この突拍子もない事実を、驚
くほどすんなり信じて受け入れている。その為に、自分が死ななくてはならない
というのに。
 分かっている。その理由は明白だ。元より自分は自らの命への執着が薄い。そ
れにライトは心のどこかで安堵している。
 これでもう−−戦いが終わった後の未来について悩まなくていいのだと。まっ
たく情けない話だが。
 
「だが、分からないことがある。何故君はこの事実を知った?それに君まで消
えなくてはならないとはどういう意味だ?」
 
 ティーダの話は、彼が独力で調べたにしては克明すぎた。そもそも記憶を書き
換えられているからこそ、自分達は何の疑いもなく闇の軍勢と戦い続けてきたの
である。
 気付くことがまず奇跡的だろう。少なくとも、何らかのきっかけなければ無理
だ。もしくは−−ティーダに、情報をリークした何者かがいるという事になる。
 それに今の話では、何故ティーダまでが消える必要があるのか説明されていな
い。
 
ライトさん鋭すぎッス。隠し事の一つもできやしない」
 
 長話になると思ってか、彼は石柱に腰を下ろす。そういえば今日は妙に瓦礫が
多い気がする。まるで此処で激しい戦闘があったかのような。
 そこまで考えて思い出した。このエリアは、今日ティーダとフリオニールが担
当した場所だった。つまり此処で彼らは−−あのセフィロスを討ったのである。
「あんたには全部話しておくよ。今までの事も。俺の物語は、全部」
「語りたくない事まで、語れとは言わない」
「優しいんスね。優しすぎるッスよ」
 これから俺、あんたを殺さなきゃいけないのに、と。消え入りそうな呟きは、
ライトにも聞こえていた。
 いつから彼は抱えていたのだろう。こんな、残酷すぎる真実を、たった一人で
。それなのにいつも太陽のような笑顔で、皆を照らしてくれていた。支え続けて
くれていた。
 何も知らない自分達が−−そうさせてしまっていた。
 
俺と親父。本来なら、消えてた筈なんだ。前の世界で消滅して、で、目覚め
たらこの世界に呼ばれてて」
 
 言いながら、ティーダが取り出したのは丸い石。キラキラと、ルビーのように
輝く、力を宿したそれ。召喚石だ。
 
「俺達は、召喚獣と似たような存在だった。召喚士達の願いから生まれた、存在
しない。だから召喚士が夢を捨てた時、俺達は消える。だって、最初か
ら此処にいないんだから」
 
 青年は語る。悪夢が消えた時、召喚士達は綺麗な夢を見る事をやめた。そして
綺麗な夢の一部として生まれたティーダも、彼らの夢と一緒に消えるさだめだっ
た。
 実際元の世界で消滅した筈だった魂。しかし、神々が自分と父を呼び出した。
死者の国から、生きた者達の戦場へ。
 
「輪廻が解かれれば、この世界は消える。みんな自分達が元いた世界に帰れると
思う。でも、俺の帰るところは死者の国だから」
 
 だから、消える。戦いが終われば否応無しに。
 それなのにティーダは。この青年は。
 
「ちょライトさん!?
 
 自分のした事に、自分で驚く。それでも抱きしめずにはいられなかった。後悔
と、絶望と、反省と。
 
「すまなかったティーダ」
 
 拭えない悲壮の中、それでも思ったのだ。彼と−−出逢う事が出来て良かった
と。
 
 
 
 
NEXT
 

 

抱きしめた、その魂ごと、全て。