抱きしめられた腕は、温かかった。その手を振り解くべきだと分かっていながら、ティーダは何も出来ずにいる。「…何してるんスか、あんた」 どうしよう。また、泣きたくなる。これではまた父にからかわれるではないか。自分はこんなに強くなったと、一人で立ち上がれるようになったと、見せる事が出来ないではないか。「やめて、下さい。ライトさん」 抱き締める力はけして強いものではないのに。身動きできない。心が、その温もりから抜け出す事を拒んでしまう。 どうして。どうして。どうして。「迷わせないで、よ。ねぇ」 自分は彼を殺す。殺さなければならない。こんなところで迷うわけにはいかない−−それでは何の為の覚悟か分からない。自分の身勝手な決意のせいで犠牲になったセフィロスにも申し訳が立たないではないか。 迷わせるな、これ以上。自分はライトのように、強い人間などではないのだから。 何で。何でそんなに優しいのだろう。自分がこれからどんな目に遭わされるかも知っていながら。「…すまなかった、ティーダ。本当に、すまなかった」 「何であんたが謝るんスか」「私達は何も知らずに、ただ戦いを終わらせようとしていた。…君とジェクトに 未来は無かったというのに」 それでも君は私達に笑っていてくれた。太陽のように希望と光をくれた、と。語りかける声はあまりにも慈しみに満ちていて。「…ずっと、一人で抱えてたんだろう。……よく、頑張ったな」 どうして、彼もフリオニールも同じ事ばかり言う。自分の事は棚上げして、人の心配ばかりして。「君は、幻なんかじゃない。確かに此処にいる。今生きている、一人の人間だ」 今、やっと気付いた。 自分はライトに対して、どんな目を向けていたか。どんな感情を込めてその背中を追っていたか。 彼を、勝手な理想像にしていたのだ。母とは幼い頃に死に別れ、父は確執を深めたまま行方不明になり。再会したかと思えば敵同士。この世界ですら、殺し合わなければならない相手で。 だから、愛してくれる対象を無意識に別の誰かに求めていた。ライトの姿はティーダにとってあまりに理想的な父で、母で、兄で。 本当は−−絶対に失いたくないひとで。「抱きしめれば温かいだろう。ちゃんとこうして触れ合えるだろう。私が、証明してやる。たとえこの世界から肉体は消えようとも、魂はずっと覚えている」 閉じた世界。悲しい輪廻に縛られた戦場。百年の、修羅の牢獄。 それでも此処に、確かな光があった。無くしたくない未来があった。自分にとって仲間達は世界のすべてで、父の存在は生きる為の目標で。 ウォーリア・オブ・ライトというこの人は−−心の支えだった。 本当は殺したくなんてない。この手で傷つける瞬間を思えば気が狂いそうだ。狂えたら幸せかもしれないと思うほどの絶望。耐えられないのに、耐えるしかない。なんて酷い矛盾だ。「君に」 その腕を振り解けない。 その声に耳を塞げない。「君に会えて、本当に良かった」 泣いちゃ駄目だ、なんて。思ってはみたけれど、手遅れだったらしい。ティーダはとっくに泣いていた己に気付く。本当に自分は泣き虫でいけない。「…俺に言う権利、無いけど。一つだけ、お願いがあるッス」 そっと腕が離れていく。乱暴に涙を拭って、ティーダは告げる。「あんたが思う以上に…俺達みんな、あんたの事大好きだから。感謝してないヤ ツなんて、いないから」 導かれるように、光の下に集った者達。傷を抱え、絶望を抱え、それでも歩いて来れたのは。「どうか…誇って。生まれてきた事、生きてきた事…後悔しないで」 あなたが、いたから。「……分かった。ならば私からも、一つ。これだけは忘れてくれるな」 普段笑わない光の戦士は。月明かりを浴びて、まるで満月のように淡く微笑んだ。太陽のような派手さはなくとも、彼らしい、最高の笑顔で。「光は、我らと共にある。私もまた、ずっとお前達の傍にいると誓おう」 フリオニールとした話を、思い出した。 生まれ変わりはあるのかどうか。いつかの場所で死に別れた誰かと、遠い未来で巡り会う事は出来るのかと。 自分はライフストームの中で、世界の真実を見た。全ての魂には帰るべき場所があり、全ての命は等しく同じ場所に帰り着くのだと。そしてまた、世界に生まれ、新たな未来を歩んでいくのだと。「俺達の物語…最後になんて、させない」 月明かりに、刃の光が反射して、煌めいた。「きっと続くって…信じてるから。だから」 また、いつかどこかの未来で、会いましょう。今度はきっと、野薔薇の咲く平和な世界で。 みんな、一緒に。Last angels <詞遺し編> 〜3-18・光〜 この世界の、あらゆる力の源はクリスタルにある。星の命を授かりし聖なる結晶。それをある時代の者はスフィアと呼び、ある時代の者はマテリアと呼ぶが、全ての概念は同一だ。ただ、その属性に多かれ少なかれ差があるだけである。 イミテーションの核もまたクリスタルである。神竜の力の結晶をベースに、狭間に落ちた“なりそこない”の魂を仕込む。あとはそこにイメージした強者−− 虚構の兵士ならばクラウド=ストライフ−−のデータをインプットし、魔力を込めてやればいい。元の素材が優秀な為、込める魔力は最低限で済む。ゆえに、イミテーションは無尽蔵に作り出す事が可能なのだ。 ただし、魔力を注入する時間の長さに、イミテーションの強さは比例する。最強のアルティメットクラスのイミテーションを精製しようと思ったら、一体につき半日から一日を費やさなければならない。その上、一度に魔力を込められる数は限られている。 今回の世界。時間が巻き戻ってからこっち、ガーランドは大忙しだった。端から見れば分からないかもしれないが、ここ数日は地味に大変な思いをしている。それもこれも前の世界でセフィロスがイミテーションを使いまくってくれたおかげだ。 ガーランドだけでなく、協力者として暗闇の雲がいたうちは良かった。二人で分担すればこの面倒な作業ももう少し早く終わっただろうに。彼女は既に離反している。よって殆どの精製をガーランド一人でやらなければならなくなってしまった。「暇〜!暇暇暇暇〜!つまら〜ん!!」 「暇じゃない!!手伝え!!」 協力者はもう一人いたわけだが。飽きっぽいケフカに、この手の作業で頼ろうと思うのがまず間違いである。気がつけば悪戯で邪魔してくるかサボっているか。ちゃんと手伝ったかと思えばステータスが妙ちきりんになっているストレンジ系ばかり作っている。まぁ、全く役に立たないとは言わないが。 暗闇の雲がいた時は彼女がうまくコントロールしてくれていたというのに。そういった意味でも、彼女の離反は痛かった。「おいケフカ!そっちはわしの部屋だ、バケツに石ころ入れて何する気だ、コラ!!」 カオス神殿。また何を思いついたのか(どうせまたロクな事じゃない)、勝手に奥の部屋へ走っていくケフカ。ガーランドが慌てて追いかけようとした、その時だ。「随分暢気だな…」 ガーランドは振り向く。黒鋼の細身の鎧を纏った武人がいた。いつの間に降りてきたのだろう。それに、何故彼が此処に。「何故お前が此処に来た、ガブラス。まだ粛正には早い筈だが」 世界は着々と崩壊に向けて進んでいる。が、まだその兆しは出ていない。誰も暴走行為は起こしていないし、戦士の数も殆ど減っていない筈。 といっても自分はずっとこの神殿に籠もりきりだったので、気付かないうちに事態が動いていた可能性はあるが−−。「私が降りてくる理由は…いつも一つだけだ。分かるだろう」 相変わらず、整ったその顔には何の感情も浮かんでいない。ガーランドは考える。ガブラスやシャントットが降りて来るのは全て神竜の命によるもの。神竜が彼らに何を命じるのかと言えば、崩壊しかけた世界の粛正を早める為の後片付けか、もしくは。「輪廻のシステムを…揺るがしかねない何かが起きている…?」 ガブラスは何も言わない。が、それは肯定の沈黙だった。「闇のクリスタルが二つ破壊された。どうやら契約者の存在に気付いて、先手を打った者達がいたようだ」「何…!?」 闇のクリスタル、だと。 まさかあれの存在を知った者がいた?一体どうやって?しかも既に二つも破壊されたという事は−−。「このままでは、神竜様が転生する為の器がなくなってしまう…。何をすべきか 、分かるな?」 そう。あのクリスタルの存在は鍵。だからこそ簡単に壊れる事の無いよう、念入りに契約者達の身体に仕込んだのだ。世界がまた巻き戻れば復活する素材だが、もし契約者の命を奪う事を承知で全ての結晶を破壊されてしまったら−−。「……詳しい状況を話せ。わしが直接出る」 あらゆる作業が後回しだ。輪廻と神竜に仇なす者は全て排除する。その為に自分がいるのかだから。 大剣を片手に、ガーランドは立ち上がった。 渓谷に静寂は続かない。 月明かりに照らされて、世界は再び戦場となる。「なんてことを…!」 ライトを返り血を全身に浴びたまま。聞こえた声に、ティーダはハッとして振り返る。「お前達…自分が一体何をしたか分かっているのか…!?」 暗闇の雲がいた。その顔に驚愕と憤怒を貼り付け、呆然と立ち尽くしている。 何故彼女が此処に。いや、今はそんな事より。「……不運っスね、あんた」 見られた。 自分が、ライトを殺すところを。「アンタに恨みは無いけど……」 殺さなくては。「くっ!」 ほぼ無心で、身体が動いていた。素早く大地を蹴り、フラタニティを振り下ろす。とっさに触手で受け止めた暗闇の雲はさすがだろう。 自分の剣と技は力勝負に向くものではない。すぐさまティーダは飛び退き、彼女から距離をとる。カウンターを警戒しての事だ。「一個質問。どうして此処に?誰かに何か吹き込まれたっスか?」 暗闇の雲は答えない。険しい表情で睨んでくる。 こちらも大して期待はしていなかったので、別にどうでも良かったけれど。話すとしたら、ゴルベーザくらいしか思い当たらない。ただ、あの魔法結界をまさかこんなに早く破られるとは思わなかったというだけで。「…どっちにせよ、一人で俺の前に出て来たのがまず、馬鹿だったな」 悲鳴。不測の事態に備え、物陰で待機していたアルティミシア、その魔法弾が飛んで来たのだ。騎士の剣が妖魔の背を貫き、左の触手を切断する。「くっ…魔女め!」 魔女の方に妖魔の意識が向いた瞬間、その頭上から隕石の雨が降り注いだ。「消えてなくなれ!!」 「ああぁぁっ…!!」 クジャのアルテマ。まともにくらった暗闇の雲に為す術は無い。渓谷に、妖魔の絶叫が響き渡った。 それは歪んだ時間に沿える音譜。終わりを示す、音色のように。 NEXT |
身体は朽ちても、光は死なない。きっと。
BGM 『君に一言、“お帰り”を』
by Hajime Sumeragi