心とは実に不器用で、厄介なものだ。時には自分でも理解できない答えを弾きだし、困惑させる。 何故?どうして?何が正しい?何が間違い? 心とは世界。世界は光と闇で出来ていると−−とある国の王は言ったらしいが。 光とか闇とか−−そんな綺麗に二分できるほど単純な存在なら、あらゆる問題もまた簡単な解決法が見つかった筈である。 実際はどうだ。人は争い、傷つけ合いながら、時として道端の花すら大切に守ろうとする。矛盾に満ちたイキモノが宿す、複雑怪奇なモノ。それが、心だ。−−わしは何故、こんな事をしている。自らの命を捨ててまで、何故…? 暗闇の雲は駆けていた。今が夜だった事が不幸中の幸いだろう−−とりあえず闇に身を眩まして、ティーダ達の元から逃げ出す事に成功したのだから。 しかし、それがいつまでも持つとは思えない。自分の足では早かれ遅かれ追いつかれるだろう。その上既に満身創痍。追っ手が一人だったとしても(あの場にいた五人全員で追ってくる可能性は低い。何故なら、ライト殺害の痕跡を一刻も早く消さなければならないからだ)戦闘になったら勝ち目はない。本当に、“心”というヤツが分からない。 自分でも答えが出ないのだ。世界を無に帰す為の暗闇の雲に、そもそも心など無いはずだったのに。 もはやオニオンナイトの言葉を、完全に否定する事が出来ない。自分は、自分の意志で修羅の道を選んでいると。この身体を突き動かす“何か”があって、そ の為に命がけで足掻いているのだと。−−わしは、ただ。 あの少年が。元の世界で、勇敢にも自分に立ち向かい、世界を救った戦士たる彼が。あんな風に壊れていく様を、二度と見たくないだけだ。傷つき、絶望の奈落に沈む未来を、どうにかして避けたいだけ。 何故そう思うのかも、分からないというのに。最初はただの興味、それだけだったというのに。−−お前は、笑っているべきなのだ、オニオンナイトよ。 だから、自分は。−−これ以上の悲劇を…防ぐ。 オニオンナイトの心を支えていた存在。ウォーリア・オブ・ライトはもう、いない。もう手遅れなのかもしれない、それでも。 彼を、あの青年−−ティーダを止める。 仲間が、自分達の為に手を汚したなんて知ったら、きっと彼は壊れてしまう。ティーダの目的は、暗闇の雲と同じかもしれない。彼のやろうとしている事こそ正しいのかもしれない。それでも、自分は、YESとは言えないのだ。彼のやり方で果たして本当に幸せに なれる者が、何人いるかと思えば。 自分にはもはや時間が無い。アルティミシアやクジャから受けた傷が、既に致命傷だ。だから、せめて。 真実を伝える。ティーダを止めてくれそうな、人物に。 それが唯一、今の自分に出来る事だから。Last angels <詞遺し編> 〜3-19・驚天動地〜 嫌な予感はあっさりと的中した。−−二晩連続で…一体どこへ行った、ティーダ!? スコールは屋敷の周りを探し回っていた。 昨晩、真夜中の二時頃。謎の亡霊に誘われ−−ティーダの部屋が蛻の空になっている事を知ったスコール。あの時はトイレに起きていた、とごまかされたが。 予感がして、同じ時間に起きてみたスコール。勿論それはティーダがちゃんと部屋で寝ているかを確かめる為。しかし 部屋ばかりか、ティーダは屋敷のどこにもいない。個々の部屋までは覗けないので、万に一つ彼が別の誰かの部屋にお邪魔していたなら確かめようがないが−−少なくとも、共同トイレやキッチンにその姿はなかった。 一体こんな時間に、どこで何をしているのだろう。柄にもなく獅子は焦っていた。理由が知りたい。知れば“なんだこんな事だったのか”と笑い飛ばせるよう な話かもしれない。 けれど。戦士として戦ってきた長年の勘が告げている。 わざわざ自分達に隠れるように、真夜中に屋敷を抜け出す理由が。そんな軽いものである筈が無い−−と。−−見つかれば…俺の方こそあらぬ疑いをかけられそうだな…。 だが、そうも言ってられない。装備を整え、剣を握り、スコールは屋敷の外に出た。月明かりが青白く庭を照らしている。風の音だけが微かに鳴る、淡い闇の世界。昼間のそれとは、とても同じ場所とは思えない。 瞬く星。ポッカリと浮かぶ丸い月。歪んだ夜空。青黒くそよぐ草木。 幻想的な光景が、どこか恐ろしくもある。心細さや、未知の存在への恐怖とは少し違う。景色の美しさそのものが、怖い。こんな夜もあるのかとスコールはどこか感心してみる。 その時だ。月夜を震わせて、その声が届いたのは。「…まさかこんな夜中に、コスモスの者に出会えるとはな…」 何かを思うより先に、ガンブレードを表して身構える。女の声。だが、自分の宿敵たる魔女でも、自分達が敬愛する女神のそれとも違う。確か、名前は−−。−−暗闇の雲?何故奴が此処に… 疑問を口にするより先に、スコールの目の前に闇が吹き出し、人の姿を形作った。現れたのは予想違わぬ人物。両脇に触手を携え、肌も露わな銀髪の美女。。 だが。「なっ…!?」 現れた暗闇の雲の姿に、息を呑む。千切れた触手。柔肌は火傷と裂傷で酷い有り様となり、こうしている間にも血の滴を滴らせている。酷い怪我だ。「警戒する必要はない。見た通り、わしにはもう戦う力は残っていない…。だが 、このまま無為に死ぬのはあまりに口惜しくてな」 フフッ、と、痛みをこらえながらも笑む彼女。スコールは妙な違和感を覚えていた。今の彼女からは、殺意も憎悪も感じられない。いや、そればかりか闇の気配すら−−。「時間が無い。黙ってわしの話を聞け。聞いた上でどうするかは、お前に任せる」 お前の話など聞く義理はない。そう切り捨てる事は出来なかった。この場所に出てきた自分が、たまたま暗闇の雲の死に目にあったこと。全ては必然である気がしたのだ。聞かなければいけない。自分は、彼女の物語を。「単刀直入に言う。…あやつを…ティーダを止めろ」 「!?」 何故ここで彼の名前が出て来るのか。ポーカーフェイスを装ってはみたものの、内心激しく動揺するスコール。「奴はセフィロスを殺し、ウォーリア・オブ・ライトをも殺した。暴君や魔女と手を組んでな…」 「な、ん…だと…」 「全ては時の鎖を断ち切る為よ。死神と幻想を誑かし、魔人を罠に嵌めわしを手にかけ…あらゆる罪を負ってでも戦いを終わらせようとしている…」 そこまで言った途端、妖魔は激しく咳き込んだ。まき散らされた鮮血の上に、膝をつく彼女。呼吸音が明らかにおかしい。もはや長くは無いと分かる。「待て!どういう事だ。ティーダがライトを殺した?時の鎖を断ち切る為?一体何の話だ!?」 我ながら焦りすぎていると思うが、止まらない。矢継ぎ早に質問するスコールに、暗闇の雲は苦しげな笑みを浮かべる。「仲間殺しの、罪…夢想の真実を知れば、奴はまた…壊れてしまうかもしれない 。盗賊もそうだ…。夢想の最後の標的は、死神…盗賊の、兄」 「おい、しっかりしろ!」「スコール=レオンハートよ、頼む…」 身体を支えきれなくなり、血の海に倒れ込む彼女は。今にも消え入りそうな−−しかし確かな決意をこめた声で、告げる。 最期の言葉を。「奴の…オニオンナイトの笑顔を、守ってくれ…」 そのまま彼女の瞼は閉じられ−−二度と開く事は、無かった。−−何なんだ…!? 暗闇の雲、その躯の傍で。スコールは半ばパニックに陥っていた。叫び出さなかった自分を誉めたいくらいだ。−−何なんだ一体ッ…!! わけが分からない。ティーダがセフィロスを倒した事は知っている。しかし、それが何にどう繋がるのかがさっぱり分からない。あのライトを、ティーダが殺した?皇帝やアルティミシアと手を組んだ。何の話だ、何故彼がそんな事をしなければならないのだ。 それも何故、敵対している筈の暗闇の雲がそんな事を自分に話す?罠か?いやしかし、実際彼女は致命傷を負っていた。死に際にそんな嘘をついて何になる?それに彼女の話が間違いなら、ティーダは何故屋敷を抜け出した? 分からない。分からない。分からない。 今は何も−−考えたくない。混乱しすぎて、頭が今にも壊れてしまいそうだ。「スコール!?」 突然背後からかけられた声に、ビクリと過剰なまでの反応を示してしまった。振り向くと、そこに立っていたのはジタン。「妙な気配がしたから…起きて来たんだけど。そこで倒れてるレディって…暗闇 の雲、だよな!?スコールが倒したのか…!?」 どうやら、起こしてしまったらしい。盗賊という仕事上、気配には敏感なジタンだ。しかもこの場所は彼の部屋から極めて近かった事を思い出す。「俺じゃない…」 どうにかそれだけを絞り出す。「俺にもよく分からない。ただ…カオス陣営の方で何かあったらしくて…来た時 にはもう…」 「そうか…。何か、言ってたか?」 「……いや。殆ど何も聞き出せなかった」 僅かに逡巡したが−−スコール自身、整理がついていなかった。確かな根拠もない情報を与えて、仲間達に不安を与えるわけにはいかない。 まずはティーダ自身に真相を確かめてからだ。杞憂ならいい。だがもしも暗闇の雲が言った事が真実なら。 自分がティーダを、止める。きっと自分にしか出来ない事だ。それに。『奴の…オニオンナイトの笑顔を、守ってくれ…』 死に際に、彼女に託された願い。暗闇の雲が、宿敵である筈のオニオンを何故気にかけたのかは、分からない。だが、自らが死に瀕してなお、大事なものを護りたいと願う気持ち。その重さにきっと差は無い筈だから。 自分は彼女との約束を果たす。誓いというにはあまりに一方的な上、敵同士だというのは百も承知だが、それでも。「…朝になったら、皆に報告しよう。向こうに身内がいる奴もいるしな」 本来なら、ライトに報告、と言うべき場面。しかし、もし暗闇の雲が言ったような事をティーダがしていたのなら−−ライトがもう、屋敷に戻って来る事は無いだろう。そうでない事を祈りたい−−祈りたいけれど。「だな…。…よし、スコール、手伝え」 「?」「分かるだろ。…レディをこのまんま放置できるかよ」 お人好しめ、と思う。しかし、ジタンのこういった優しさが彼の魅力だと知っている。自分もまた、救われてきたということも。「ああ。…弔ってやろう」 スコップを取りに戻るジタン。その背中を見送って、スコールは暗闇の雲の傍らに膝をついた。「…約束は、守る。必ず」 全てを話さないまま逝ってしまった彼女。時の鎖とは何なのか。何が起ころうとしているのか。 分からない。それでも。「俺は…俺の道を行く」 今はせめて、安らかな眠りを。獅子は小さく、祈りの言葉を呟いた。NEXT |
彼女が最後に見た景色は、きっと誰かと同じ夢で。