何処へ行けばいいのだろう。 行く宛など、何処にも無かった。それでも走るしかなくて、自分は今此処にいる。 主が不在の、秩序の聖域。その中央の台座の上、クジャは膝を抱えてうずくまった。 今は何も考えたくない。今までの事も、これからの事も、自分の事も世界の事も。「嘘だ…」 小さく呟く。自分でも情けない声だと分かっていたが、止められ無かった。「嘘だ…こんなの、嘘だよ…」 泣きたい。いや、もう泣いていた。涙が溢れて止まらない。悲しいのか、悔しいのかももう分からなくなってしまった。 昨晩。暗闇の雲を追ってコスモス陣営の側まで来たクジャとジェクトは、そこで遭遇したガーランドに恐るべき事実を告げて来た。闇のクリスタルを宿した“契約者”は、ライトとセフィロスだけではないのだ と。クジャもまたそのうちの一人であると。皇帝達はその事実を知っていながら、セフィロス達を始末する為に自分を利用した。利用して、最後には消す為に。「滑稽すぎるね、ほんと」 彼らが隠し事をしているのは薄々勘付いていたが。それでも何を隠しているかまでは分からなかった。何も知らずに利用されて仲間を手にかけたなんて。滑稽すぎて逆に笑える。『わしの言う事が信じられぬか。それも無理は無いがな』 脳裏に、昨晩ガーランドが言った言葉が蘇る。『確かめてみるがいい。明日…ジェクト、お前は息子に呼び出される筈だ。1対 1で話したい事がある、とでも言ってな。何故か。簡単な事…クジャを殺すのに 、貴様の存在が邪魔だからだ』 信じてはいなかった。信じたくなかった、が正しい。けれど実際、ガーランドが言った通りになった。ティーダはジェクトを人気の無い場所に呼び出そうとした。彼を自分から引き離す為に。 ガーランドの言う事が本当か、息子に直線確かめに行く。お前は今のうちに逃げておけ。ジェクトはそう言って、息子の呼び出しに応じた。今頃、戦闘になっているかもしれない。「逃げる場所なんて…何処にも無いよ」 そもそも、何から逃げているのかすらもよく分からない。ティーダ達から?ガーランドから?神々から?あるいはこの世界そのものから? 逃げられる筈など、無い。ガーランドの言う通り自分の体にも闇のクリスタルが埋め込まれているのなら。ティーダ達から逃げ切れたとしても−−その宿命からは逃れられない。いずれ成長したクリスタルが、内側からこの身を引き裂く。 自分はのた打ち回って、死ぬ。「…嫌だよ」 我ながら、なんと臆病で愚かな事か。セフィロスやライトを手にかける事に、罪悪感が無かったわけではないけれど。自分が当事者になって初めて、彼らが受けた痛みに気付いた。恐怖を知った。 そして同じ立場だった筈の二人を殺しておきながら、自分の命が惜しくなっている。「死にたくない、よ…」 いずれ散る命かもしれない。それでも今はまだ、死にたくない。何も知らないまま、分からないまま、惨めに死んでいくだけなんて耐えられない。 だって、まだ。自分は知らないのだ−−生きていく意味も、帰るべき場所も。ジタンと何故憎みあわなければならなかったのか。どうして自分はガーランドに無意識に憎しみを向けているのか。自分は何故この世界に召喚され、召喚される前にはどんな人生を歩んできたのか。 自分自身の真実も知らないまま、終わりたくなんてない。死ぬならせめて、納得できるような生き方をして死にたい。この命に意味と答えを見つけてから、終わらせたい。「僕にはそんな事も赦されないって言うの…」 自己中で、ヒステリックで、自惚れ屋でナルシストで。自分自身の欠点を、実のところクジャ自身が一番よく分かっている。客観的に見ても容姿と魔力だけは高いと思うが、性格的にはよくもまあこれだけ問題ばかりをかき集めたものだと思う。 きっと、いろんな人に迷惑をかけただろう。迷惑じゃ済まない事だってたくさんあったかもしれない。でも、自分にはそんな記憶すら殆ど無いのだ。一体どうすればいい。どうしろと言う。犯した罪さえ覚えていないなら、それを償う方法なんて分かる筈もない。 だからこその代償、なのだろうか。何も知らずにのうのうと生きてきた事への、罰? そうなのかもしれない。次第にクジャが諦めを抱き始めた、その時だった。「クジャ…?」 その声。聞き間違える筈が無かった。顔を上げればそこに、驚いたジタンの顔があった。自分とは似ても似つかない、勇敢で仲間思いでお人好しな−−弟。「何でお前…独りで泣いてんだよ…?」 反射的に否定を口にしようとしたが、無理だった。手を差し伸べられるまま、無様にも−−弟の小さな身体にすがりついて、泣いた。Last angels <猫騙し編> 〜3-21・等価交換〜 何から話をすればいいのだろう。ジェクトは息子を前にして、言葉を詰まらせていた。 疑いたくはない。信じたい。彼が嘘をついていないと、自分達を騙してなどいないのだと。だが何と言って確かめればいい?あからさまな疑惑を向けて、もし真実でなかったなら−−ティーダは確実に、傷つくだろう。 嫌だな、と。純粋に思う。そして気付く。−−ああ…俺ぁ、嫌われたくねぇのか。 息子にこれ以上嫌われるのが怖い。そう思っている自分がいる。もしかしたら元いた世界で、何か確執の原因があったのかもしれない。記憶が無いのがもどかしい。 ただ、心のどこかに負い目があった。ティーダに対して、自分は償わなければならない罪がある気がしていた。だから無意識に、彼の為に出来る事ばかり考え続けていたのだろうか。 本当の事が、真実の彼の姿が見えないままに。「…なぁに悩んでるんだか」 「んあ?」 闇の世界。主が消えたその広間で向き合う親子。 息子は苦笑して、言った。「呼び出したのは俺の方だろ。なんでアンタがそんな顔してるんだよ。まるで別れ話を切り出せなくて困ってるオンナノコみたいだ」 また随分と失礼な喩えを出してきたものだ。ジェクトは渋面を作る。自分はそんなに優柔不断で女々しい顔をしていただろうか。 そのジェクトの前に、拳を突き出すティーダ。「迷った時は、ガツンと行くのが一番!…って、俺に言ったのオヤジだろ」 だから、言いたい事あるならさっさと言えって。 自然に急かすティーダがあまりに普段の彼と変わりなくて−−不覚にも、泣きたくなった自分がいる。この感情は、“悲しみ”なんだろうか。いや、正確には違う。 その笑顔がもうすぐ失われる事も。自分達の命が遠からず散る事も。普段と同じような顔を装いながら残虐な真似のできてしまう人間に、息子がなってしまった事も。自分がそこまで彼を追い込んでしまった事も。 悲しいだけじゃ、ない。絶望だ。もはや何も分からないほどに暗く深い、深淵を覗きこむような−−絶望。「…ティーダ。お前が俺を呼び出したのは……クジャから引き離す為、か?」 分かっている。 分かっていた。 とうに答えが出ている事は。「……そうだよ」 ティーダは、肯定した。ジェクトが望んだ否定のコトバは、希望と共に砕け散った。「その様子だと…隠し事は全部バレちゃったみたいッスね。誰から聞いた?暗闇 の雲?ゴルベーザ?ガーランド?」「答える義理は、ねぇな」「ま、そうだろーな」 ジェクトの答えを聞いても、ティーダの態度は変わらない。その姿に違和感を感じずにはいられなかった。自分に見破られた事は、薄々気付いていたのかもしれない。我ながら隠し事が下手くそな自覚はある。 けれど彼は。ティーダの方はどうなのだ。ずっと騙してきた筈なのに。隠してきた筈なのに。「お前…いつからだよ。いつの間に…平気で嘘つける人間になっちまったんだよ …!」 悔しい。悔しくて仕方がない。何を恨めばいいのだろう。誰を憎めばいいのだろう。行き場の無い感情は、胸の奥に溜まるばかりで。「嘘なんて、誰でもつく。本当の事だけ言って生きていける人間なんか、いる筈ないんだよ」 静かな声。無理矢理感情を剥ぎ取り、心を殺した夢想の言ノ葉。「だから俺も、嘘をつく。守る為ならいくらでも嘘ついて、騙して、裏切ってやるよ。甘い覚悟じゃ全部失うだけだから」「何諦めてやがるんだよ!」 叫んでいた。息子の肩を掴んで、感情のままに。折れそうな心。荒れ狂う感情。決壊した想いを、力の限りぶつけていた。「考えろや!考えて考えて考えて…諦めるのはその後でも良かっただろ!!俺も、 お前も、クジャも、お前の守りてぇ奴らもみんな…みんなで生き残る方法、何で 見つけようとしねぇんだっ!!」 止まらない。歯止めがきかない。「俺は理解できねぇ。したくもねぇ。お前の事もクジャの事も死なせたくなんかねぇんだよ…!そんな物語じゃ納得できねぇつってんだよ…!!」 吐き出す。絶叫する。のしかかる絶望を振り払うように、無理矢理にでも忘れようとするかのように。「幸せにしたいってなら!全員で幸せになってみろや…!!犠牲になるとかならな いとか、何でんな話になっちまうんだよ…っ」 ジェクトの腕に。すっと息子の手が伸びていた。筋骨隆々な自分と比べるとあまりに細く、華奢な子供の腕。「……アンタにそんな事、言われたくない」 ギリ、と爪を立てられた。ジェクトの腕を掴む手は、押さえきれない激情に震えていて。「世界を救う為に!息子に親殺しなんて最低な事やらせた…アンタにそんな事言 う資格ないッ!!」 衝撃。何が起こったか−−気付いた時にはもう遅い。「が、はっ…」 水で形作った、ティーダの剣が−−ジェクトの腹に深々と突き刺さっていた。灼熱。引き抜かれ、上がる血飛沫。致命傷だ−−と、どこか他人事のように、思う。「どうせ、アンタは何も覚えてやしないんだろ。だから…そんな夢みたいな事、 言えるんだ」 崩れ落ちるジェクト。血に濡れたフラタニティを片手に、息子は冷たい視線を投げる。「俺は全部…知っちゃったから。これが避けられない運命だって事、分かってる んだよ」 そんなものはない、なんて。もはや口にする力も残ってはいなかった。急速に遠のく意識。こんなところで、終わってしまうなんて。 守れないのか。ティーダも、クジャも、誰一人。「どっちみち…もう引き返せない」 死にゆく父親に、少年はくるりと背を向ける。「先に逝って、待ってろよ。俺もすぐ後から逝くから」 一番大事な言葉は、どうしていつも伝えられないままなのだろう。魂はまた、嘆きの海に沈む。涙で滲む背中を見送り、幻想は死んだ。最期の最期まで、我が子と愛しい仲間の行く末を案じながら。 NEXT |
教えて下さい。貴方はそれで、幸せなのですか。
BGM 『Be alive for XXX』
by Hajime Sumeragi