「なぁ、ティーダは何処に行ったんだ?それにジタンもいないみたいだが」
朝の騒動から、数時間後。フリオニールはわざと皆の前でクラウドに尋ねた。 スコールが自分の事を疑っているかもしれない−−となればフリオニールの立 場も危うい。出かけ前に、ティーダは自分にそう言った。スコールの事に関して はフリオニールも薄々勘づいていたので、大して驚きは無かったが。 本当は嫌なのだ。ティーダは全ての罪を一人で被ろうとしている。自分が共犯 者だった事実すら消そうとする。共に背負わせてはくれない。 それでも。消えゆくさだめである彼の、最期の望みだから。フリオニールは従 う。自分を殺し、心を殺して。自分もまた何も知らなかったのだと装う。全ての 秘密は−−墓まで持っていく覚悟で。 「そういえば…二人ともいないな。この忙しい時に何処へ行ったんだ」 「ジタンなら兄貴のとこだぞ」 ティナが作ってくれたドーナツ、通称十時のおやつを頬張りながら、バッツが 言う。相変わらず危機感はゼロだ。
「なんとなーく…行かなきゃいけない気がしたんだとさ。俺も一緒に行くっつっ たんだけど、断られた」
ジタンがクジャのところに? マズい事になった、とフリオニールは内心冷や汗をかいた。もしジタンがクジ ャ殺害の現場に居合わせしまったらどうなる?面倒極まりない。クジャを殺すの に失敗しても成功しても−−ジタンが受ける精神的ダメージは大きい。 下手すれば、発狂する。ティーダが話していたパターン通りなら、その可能性 はけして低くはない。 いや。もっと最悪なのは。クジャ殺害現場にティーダもいて、ティーダの関与 がジタンにまでバレてしまう事。その上で殺害に失敗する事だ。仮に発狂しなく てもその時点で、ジタンも口封じの対象になりかねない。
−−思っていたより、状況は悪そうだな…。
チラリとスコールの方を見る。クジャの名前が出た時、スコールは僅かに動揺 する素振りを見せた。単にティーダの関与を疑っているだけなら、クジャが鍵の 存在である事までは知らない筈。 嫌な予感が的中したか。多分スコールは暗闇の雲から情報を得てしまっている 。何故それを皆に公開しないのか、何処まで知ってしまったのかは分からないが 。ティーダがライトを殺し、クジャをも殺そうとしている−−そこまでは知られ てしまったと考えるべきだろう。 ならばまだ、フリオニールの関与までは確証が無いはずだ。あの現場に自分は いなかったのだから。疑ってはいても、まだ疑いの段階である筈。
「ティーダに関しては、フリオニールが知ってるんじゃないのか?てっきり俺は そう思っていたが」
来たか。あからさまに疑惑を向けてくるスコールに、フリオニールは素早く頭 を回転させる。スコールが話術に長けていないのが幸いした。頭脳より行動な自 分でも−−彼になら口で勝てる。今の言い方にしたって、もっと皆の共感を集め る言葉があった筈だから。
「…最近、ティーダの奴…なんか様子がおかしくなかったか?」
先手をとれ。不意をつけ。予想外に弱いのは誰でも同じ。特にスコールのよう なタイプは発想の飛躍が苦手だ。尋ねられる前にこちらから話を進めてしまえば 、おそらく対応できまい。 「無理してるっていうか…思い詰めてるというか。みんなも気付いてたかもしれ ないけど」 「確かに、何か隠し事してるっぽい雰囲気はあったよな」 見た目に反して、人の気持ちに敏感なバッツが言う。やはりスコール以外にも 多少勘づかれていたらしい。 それに。腹を括って役者になりきっていたとはいえ、元々ティーダは嘘をつく のが下手なタイプだ。無理をしていた分、綻びはあっただろう。
「先日の大掃除の時、さりげなくティーダに聞いたんだよ。悩みがあるなら相談 して欲しいって。そしたら…」
『俺、思うんだ。 避けられない運命から目をそらさず、 笑っていられれば、それでいい。 大丈夫……「終わり」なんてない』
「聞けたのは…それだけ。いつか全部話すって言ってくれたから、さりげなく探 りつつ、今は聞かずにいようと思ったんだけど。ひょっとしたらそれが……間違 いだったのかもしれない」 「そんな…フリオニールのせいじゃ」 「もう戻って来ない気が、するんだ」 我ながら白々しい。心の中では盛大に嘲りながらも、フリオニールは必死で演 じた。何かに気付きながらも真実は知らない−−そんな夢想の親友を。
「嫌な予感がする。ティーダの奴…俺達に内緒で何かとんでもないことやろうと してるんじゃないかって」
戻って来ない気がする? とんでもないことやろうとしてる? −−違う。
「それと…こんなことも言ってたんだ。俺も最初は信じられなかったけど」
もう、ティーダは戻って来る気など無いと知っている。 とんでもないことはもう始まってしまっていると分かっている。
「俺達みんな、記憶を消されてる。この世界は…何回も時間が巻き戻ってるって 。だから戦いが終わらないんだって。ティーダは…言ったんだ。自分は全部、終 わらせる方法を見つけたって…どういう事だと思う?」
スコールを見る。明らかな困惑に、獅子は瞳を揺らしていた。自分からブチ撒 けた事で、かなり疑いにくくなった筈だ。 嘘を上手く信じ込ませるにはどうするのが最良か。簡単だ。嘘の中に真実を織 り交ぜて話せばいい。今した話でも、フリオニールが共犯者でなかったという一 点を除けば、全て真実なのだから。 また。自分が黙っていても、いずれバッツあたりが行き着く情報も公開してお く。世界が繰り返している事実だけでも、認識しておいて貰わなければ困る。 いずれ、全てが終わった後には。あらゆる真実を知らされる事になるのだから 。
Last angels <詞遺し編> 〜3-22・破綻〜
どうやら既に、シナリオ通りには進んでいないらしい。秩序の聖域−−柱の影 で、皇帝は舌打ちしたいのを堪える。この角度からでは見えないが、向こう側に 隠れているアルティミシアもさぞかし苛ついているだろう。エクスデスは分から ないが。 ジェクトをティーダが呼び出したものの、その時既にクジャは姿を消していた 。やはり危惧した通り、暗闇の雲あたりから情報が漏れてしまったらしい。クジ ャも闇のクリスタルの宿主であり、いずれ消される運命にある−−そう知ったジ ェクトが彼を逃がすのは自然な流れと言えた。 といっても、この閉じた世界を抜け出せない以上、逃げる場所など限られてい る。コスモス陣営にいる弟を頼るのも予想の範疇ではあった。だからこそコスモ スのホーム近くにあるこのエリアに目星をつけ、自分と魔女と大樹の三人で捜索 していたのである。 案の定、クジャはジタンと共に聖域にいた。だがそれゆえに、面倒が増えたの も事実。闇のクリスタルにまつわる一連の出来事は、既にジタンにも伝わってし まったと考えるべきだろう。クジャ一人でも厄介なのに、あの盗賊も一緒に相手 にしなければならないとは。 どうする。 こちらは三人。向こうは二人。数の上では、有利。もっと言えば、実力でも奇 策でも負けるつもりはない。 しかし、場所が悪い。自分達の得意とするところは、簡単に言えば奇襲攻撃。 今まで作戦を実行してきた月の渓谷なら、影から狙い撃つ事も死角に罠を貼る事 もたやすかった。自分達の十八番を存分に発揮できたと言っていい。 けれどこの秩序の聖域は、月の渓谷と比べて狭い上見通しが良すぎる。遮蔽物 が本当に僅かしかない。これでは普段と同じ戦法をとるのが難しい。 それに、イレギュラー要素が多すぎる。無傷での勝利は難しい上、そろそろガ ーランド達が茶々を入れてくる頃だ。いや、既に入れてきているかもしれない。 クジャとジェクトに事実を伝えたのが、ガーランドである可能性もある。 皇帝が考えあぐねていた、その時だった。
「…予定に、変更は無いッスよ」
水場とは思えぬほど静かな、訓練された足音。水中球技に長けた者ならではの 気配の消し方。振り向いた先に、ティーダがいた。その服にべっとりと−−赤黒 い染みをつけて。
「……怪我は?戦えるか?」
見た瞬間に、皇帝は全てを悟っていた。もし何もかも予定通りだったなら、彼 は今頃ジェクトの足止めに徹して、出て来れなかった筈である。それが、このタ イミングで戻ってきた。その意味する事は−−想像に難くない。 それでも一応尋ねる。ティーダが戦える状態か否かで、自分達の勝率は大きく 変わるのだ。 「平気ッスよ。これ、全部返り血。俺自身は無傷」 「……そうか」 殺してきたのか−−ジェクトを。実の父親を。 それを責めるつもりは毛頭無かったが。少しだけ−−胸の奥が痛くなった。同 じカオス陣営の仲間が死んだから?この青年に親殺しをさせてしまったから?そ れとも、自分の亡くした記憶のどこかが疼くから? 分からない。ただ、そんな自分自身を意外に思う。悲しみも、慈しみも、そん な感情は全て捨ててきた筈だったのに。 「他のみんなは?来てる?」 「無論だ。私を誰だと思っている。場所も条件も最悪だが−−それぞれの間合い で、エクスデスもアルティミシアも待機させてある。人数にやや不安はあるが、 包囲は可能だ」 「そうか」 ティーダはやや考えこむ素振りを見せる。今までと変わらないように見えたが −−その仕草がどこか落ち着き無い。 彼も相当、追い詰められている。本来なら殺さなくても良かった筈の人間も、 既に二人消さざるおえなかった。さらに下手をすれば、今またもう一人。
「まず、話。俺が出てって、ジタンとクジャに話す。この際全部」
それはもはや、説得でも囮でもないのだろう。皇帝は分かっていたが、何も言 わなかった。ティーダは殺すべき人物について−−理解した上で、手にかけるべ きと考えている。それがさらに罪悪感を深めるとしても。 特に、ジタンとはティーダも仲が良かったと聞いている。なら尚更、きちんと 話をした上で決断を下したいと思うのも道理だ。できる事ならなんとか説得して 、殺さずに済ませたいのだという事も。クジャが彼の実兄でさえ無かったなら、 それもまた可能だったかもしれない。 「どんなに話しても駄目だったら……後はもういつも通りッスよ。全員で一気に 勝負つける。二人を、死なないギリギリまで痛めつけて、動けなくする。そした ら、後はクリスタルをクジャの身体から抉り出して終了」 「…分かった」 やはり、ジタンの事は殺さないつもりか。甘いと思いつつも、否定する事は出 来なかった。
「……まずい…」
ふと、ティーダが苦々しげに呟く。皇帝はその視線を追って−−息を呑んだ。 ジタンに身体を支えられながら、クジャが咳をしている。初期症状。どうやら限 界が近いらしい。
「時間は無い…か。行って来るッス」
スッと夢想が立ち上がる。歩いていくその背中を見送りながら、皇帝は呟いた 。
「意地の張り方も…父親そっくりだな。馬鹿が」
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彼らには既に、涙すらも赦されないから。