朽ちた未来には、祈りの歌すら響かない。 絶望だ。これこそが、真の絶望。混乱の中、ジタンは膝をつく。屈したら終わりだと−−運命に負けてしまうと、知りながら。「俺もなんだ、ジタン、クジャ」 ティーダの言葉を聞きながら。「俺と親父もさ…消える運命なんだ。この戦いが終わったら……時の鎖が断ち切 られたら。消える。俺達は存在しない者だから。……祈り子が召喚した、夢だか ら」初めて、知った。彼の異名が“夢想”である理由を。ジェクトの異名が“幻想 ”である意味を。 いや。詳しく理解できたわけではないのだ。ティーダの話もクジャの話も、ジタンにはあまりに突拍子無さ過ぎた。脳が拒否しているせいもあるだろう。理解できない。したくない。 だって彼らは今−−確かに此処にいるのに。戦いが終われば、寿命が尽きる?消えてなくなる?「何だよそれ…何だよ…」 嫌だ。「嘘だ…嘘だぁぁぁぁ−−ッ!!」 否定したかったのは多分。友と兄が死ぬ運命にあるという、事実だけではなくて。 自分が、自分達が無意識に犯してきた罪。「嘘じゃ、ない」 静かにティーダは言う。そして、泣き出しそうな顔で、笑う。「この閉じた世界が終わった時。それが、俺達の最期なんだって、分かってた。でも…それでも俺、戦いを終わらせたかった。フリオニールの夢を叶えたかった 。その景色の中に、俺がいないとしても」 そうだ。自分は何回、彼らの前で口にした?この戦いを早く終わらせたい、と。平和を取り戻そう、と。 その時彼は。ティーダは。「だって俺…みんなの事大好きなんだもん」 どれだけ、痛かっただろう。 どれだけ、辛かっただろう。 どれだけ、傷つけただろう。 どれだけ、苦しめただろう。 それなのに、いつだってティーダは笑っていた。避けられない運命を知りながら、太陽のように。「君も…僕と同じ。輪廻がとかれたら、消えるさだめ…?」 呆然としたような、兄の呟きが聞こえた。「それなのに…選んだって言うの?仲間を殺して、その手を汚して、恨まれて… 自分も死ぬ運命で。なのに、それでも護ろうって言うの…?」 後には何も遺らない。何もかも消えて、ただ憎まれて終わるだけかもしれないのに。「それが出来たら、さ。俺はきっと、ただの夢じゃなくなるんだ」 究極のエゴイストだよ、と夢想は苦笑する。「野薔薇咲く、平和な世界。それは俺にとっても、夢だから。この願いを叶えたら、初めて胸を張って言える気がする。俺は確かに此処にいたんだって…幻なん かじゃなくて、生きてたんだって。そう言って、満足して消えていきたいんだ」 ああ、そうか。だから彼は、こんな大それた事が、出来たのか。自分の命も、魂も、誇りも、心も賭けてまで。 存在証明。一人でも多くの仲間達を幸せにする事で、仲間達と追った夢を実現させる事で、生きてきた証を遺そうとしたのか。他ならぬ自分自身の為に。「……お前の覚悟は、よく分かったよ。ティーダ」 謝罪すべき場面かもしれない。何も知らないからと、無遠慮な言葉ばかり繰り返した自分。無知は罪ではないとしても、無知ゆえに赦される事は何も無いと知っている。 けれど。「それでも…俺は。諦めない事で、今まで道を貫いてきた盗賊だからよ」 少しだけど、思い出したのだ。自分の生き様を。二つの星、その運命をかけた戦いの中、自分の見つけた答えを。 今自分がすべき事は、絶望に下を向く事でも取り返せない罪を嘆く事でもない。 生きる事だ。 ティーダが命を捨てて自らを証明するというのなら。自分は醜く足掻いてでも生き抜く事で、自らの道を残してやる。「考えてやる。何度も世界が繰り返すってなら、何度だって考えて、探してやる!!俺達みんなで、幸せになれる未来ってやつを!!」 ごめんなさい、の言葉は。全てが終わった後で言おう。そう、フリオニールが見ている夢。仲間達皆で望んだ夢。野薔薇咲く平和な世界を−−皆で眺める事ができた、その時に。「俺は……諦めない!!」 ティーダはそんなジタンを、どこか眩しそうに見た。そして、言った。「…残念ッスよ」 剣を構える、夢の世界の住人。「死なない程度に、眠って貰う」 Last angels <詞遺し編> 〜3-24・挽歌〜 今、自分は何をするのが正しいのか?そんな事は分からないけれど。 ゴルベーザは重い体を叱咤しながら、コスモス軍のホームに向けて走っていた。普段なら空間移動を使うところだが、今は力を使う余力すらない。体力も魔力も限界に近かった。一晩休んでやっと動けるまでにはなったが−−。−−今の私では、奴らを止める力はない。そしてこの世界の結末も。実のところ−−“既にティーダ達の目論見は失敗し ている”。コスモスは告げた。彼らは重大な見落としをしている−−と。何故な ら。 本来、“契約者の数は四人になる筈だった”からである。 だが実際、闇のクリスタルの宿主は三人しかいない。ウォーリア・オブ・ライト。クジャ。セフィロス。それがまずおかしな事だった。全てを知った今だからこそ分かる。 闇のクリスタルは、秩序の性質を持つ身体に二つ、混沌の性質を持つ身体に二つ宿って初めてバランスが保たれるのだ。しかし実際はどうだ。四人必要な筈の宿主は、三人しか存在していない。 では、残る一人は何処へ消えたのか。本来ならコスモス軍の中にもう一人、契約者がいなくてはならない筈である。 最初は、あと一人の存在を見落としているだけだと思った。けれどどう考えても、ライト以外に契約者特有の死に方をした者がいない。つまり、秩序の軍勢の中には、ライト一人しか契約者が存在していないのである。 何故こんな矛盾が起こったか。その理由は、コスモスの口から語られた。そしてその理由ゆえに、既にティーダ達の狙った輪廻の崩壊への道が閉ざされている事も。−−この世界もまた、悲劇の果てに繰り返すだろう。だが……無駄に終わらせて なるものか。 知っている。ティーダがどれほどの覚悟で、時の鎖を断ち切ろうとしたのかを。皇帝達がどんな想いで戦ってきたのかを。多くの者達の決意を、涙を、傷を。自分は無駄にしたくない。 ずっと諦めるばかりだったコスモスが、漸く立ち上がる事を決めたのだ。彼女が自分に何をさせようというのかはまだ分からない。ただ、彼女もまた覚悟を決めている。次の世界で、必ず何らかの変革を起こすだろう。−−なら、私に出来る事は…何だ? 普段からは考えられないほど、時間がかかってしまった。元々自分は足の速い方ではないのである。思うように動かない身体がもどかしい。 這うような思いで、次元場エリアに踏み込む。コスモス軍のベース、屋敷の庭先に降り立つ。「ゴルベーザ!?」 「兄さん!?」 その時偶然にも、二人の人間が玄関から出て来たところだった。スコールとセシルである。兄の疲弊した様子を見るやいなや、セシルは仰天してすっ飛んで来た。スコールも呆然とそこに立ち尽くしている。「何が…何があったの!?ボロボロじゃないか…」 動揺するセシルに一言、大丈夫だ、とだけ返す。改めて、自分達兄弟がどれほど依存し合っていたかを知らされた気分だ。『まるで天秤みたいだ』 思い出すのはあの晩の、ティーダの言葉。『片方だけじゃ成り立たない。錘は両方均等に乗せなきゃダメなんスよ。アンタもセシルも本当は気付いてるくせに…知らないフリで、自分の側ばっかり重くしたがる。だから、釣り合いがとれなくてひっくり返るんだ』 ああ。本当に、その通り。自分達は不安定な天秤のような存在。片側だけでは生きていけない。バランスを間違えればひっくり返る。それに気付かぬまま、すれ違い続けてきた愚かな兄弟。 ようやく分かったのだ。自分は、死んではいけない。自分達は共に生きていかなければならないのだと。たとえどんなに重い罪を背負ったとしても。「カオス陣営の方で…何か起きてるの?暗闇の雲が酷い怪我で逃げてきたって… スコールが」 なるほど、そうなっているのか。 コスモスから、粗方現状については聞いている。ティーダ達がライトを殺害した事。偶然それを目撃した暗闇の雲が口封じにあった事。ガーランドから真実を聞かされたクジャとジェクトが離反した事−−。 そしてスコールが暗闇の雲から、彼女の知りうる限りの情報を得た事。 スコールはセシル達に全てを話してはいないという事か。当然、ティーダに影ながら協力したフリオニールも口を閉ざしているに違いない。 それならば。「スコール=レオンハート…」 「?」 フルネームで名指しされ、スコールが困惑したような目線を向けてくる。「己のすべき事は分かっている筈だ。…ティーダを、止めろ。奴は今秩序の聖域 にいる」 既にもう、遅い事もある。歯車を止めるには手遅れな事もある。 だが。彼は、彼らは互いの真実を知らなければならない。全ては未来に繋げる為。足掻いて足掻いて、もがき苦しまなければ希望は手に入らない。「……分かった」 ただ一言、スコールはそう言って駆け出していった。愛用のガンブレードと、獅子の覚悟携えて。「スコール…待って、一人じゃ…!」 「行かせろ、セシル」「兄さん…!」 反射的に追いかけようとした弟の腕を掴み、引き止める。「奴にしか、出来ない事があるのだ」 何かを悟ったのだろう。セシルは困惑しながらも、足を止める。「…分かった。でも…話して欲しい。一体この世界で何が起きてるの?それにテ ィーダは何をしようとしてるんだ」 ゴルベーザは瞳を閉じる。そして、静かに告げた。「運命が…動き出そうとしているという事だ」 今までの世界。自分の体験してきた、幾多もの物語を思い出す。いつが始まりかも分からぬほど、積み重なった記憶。終わりなき死の螺旋。夥しいほどの悲劇の躯。 何も変わらないように見えた世界。しかし、エクスデスがライトに真実を知らせたあの“語外し”の世界から−−少しずつ、運命は変わり始めていたのだ。 凍りついていた筈の時の歯車。絶対のルールが今、覆ろうとしている。「今までの世界では…一度たりとも無かった事だ。光と闇が共に手を取り合って 、運命に抗おうとするなど」 もしかしたら。この悲しい幻想を終わらせる鍵は、そこにあるのかもしれない。もし自分達が争う事なく、一つの願いの為に突き進めたなら。 次の世界こそ本当に−−未来は、変わるのかもしれない。 よく分からない、という顔をするセシルの髪を、ゴルベーザは撫でる。「いずれ分かる。…今のうちに、覚悟だけは決めておけ」 この世界の結末。 おそらく、スコールは。「…皮肉だな」 できれば、予想は外れて欲しかった。虚しい願いと知りながら。NEXT |
剣をとれ戦士、誇りを貫くその為に。
BGM 『Requiem for XXX』
by Hajime Sumeragi