最初に異変に気付いたのは、クジャだった。顔色の豹変した死神に、次いでア ルティミシアも異常を察知する。戦いに夢中になっているジタンとティーダは気 付いていないようだった。 自分はイレギュラーに弱いタイプだ、とクジャは自覚している。ただしそれは メンタル面に難があるというだけであって、経験や判断力で劣るわけではない。 だからこそ、クジャは瞬時に殺気が放たれた方向とその標的を見極め−−飛び出 していた。
「マイティガード!」
防御系最上級スペルを唱え、ティーダから離れたところだったジタンを突き飛 ばす。 ややタイミングが遅れてしまった。首筋に焼けつくような痛み。血が吹き出す 。あと二センチズレていたら頸動脈だったな、とどこか冷静に思う。
「クジャ!?」
ジタンが悲鳴に近い声を上げる。平気だよ、と言おうとしたが、激痛に呻くの で精一杯だった。痛む首を押さえながら、どうにか頭を動かす。風魔法だろうか 。かまいたちにも似た魔力。攻撃の飛んできた方向を見る。
「弟を庇う、か」
黒金の鎧を纏った、明るい茶髪の男。
「くだらん。兄弟の絆など、そんなものはまやかしに過ぎぬ」
整った顔立ち。威圧的な空気と貫禄のある口調が、どうにも外見年齢と一致し ない。二十代にも見えるし、四十代と言われても納得できるかもしれない。 誰だ。 見覚えが無い。コスモスとカオスの覇権をめぐる争い−−当の神々を除けば、 この世界にいるのは二十人の戦士とイミテーション達だけの筈。 いや。そういえばイミテーションの中に、この男によく似た紛い物がいたよう な。
「ガブラス…!」
唖然とした表情で、アルティミシアが男の名を呼んだ。ガブラス、というらし い甲冑の男は、少しだけ意外そうに眉を動かす。
「俺の名と存在を知っている、か。流石は魔女。永い時を暴君と共に足掻いてき ただけの事はある」
向こうもどうやら、それなりには魔女を知っているらしい。一体何者なのだろ う。コスモスかカオスが新たに召喚した駒、という可能性もゼロではないが−− このタイミングで? 今までの自分達の戦いに参加していた戦士で無い事は確かである。が、イミテ ーションの中にその顔を模倣した存在があったのは何故だ?それに今、自分達の 戦いに手を出して来た理由は? 残念ながら情報不足。ただ。
「味方じゃない…って事は確かなようだね」
このタイミングで手を出してきた。狙ったのはジタンだったようだが、此処に いる誰でも良かったのかもしれない。となれば彼は、この世界の真の支配者本人 か−−それに関わる人物である可能性が高い。そして前者である率は低い。支配 者本人がわざわざ顔を出してくるメリットが思い当たらないのだ。 それに−−この底の知れぬ闇の気配。どこか自分達に近いものを感じる。 向こうで爆発音が響いた。あれは魔法による焔だ。素早く物陰から出て、爆風 を避けた者達の姿が見えた。 皇帝に−−エクスデス。皇帝が隠れていたのは予想の範疇だったが、まさかエ クスデスまで引き入れていたとは。
「よく避けましたわね。ハナマルを差し上げますわ」
甲高い女の声が響いた。皇帝達を襲撃した人物か。崩れかけた柱の上に、小さ な人影がちょこんと佇んでいる。 パッ見た感じは幼女に見える。子供のオニオンナイトよりさらに小さな体躯。 二頭身と、熊のような黒い鼻、長くて大きな眼がアンバランスだ。 また珍妙な奴が出て来た。呆れるフリをして、必死に余裕を保とうとする。放 たれる威圧感が半端じゃない。この距離でも、ビリビリと空気を震わす強大な魔 力が感じられる。
「あなた方はやりすぎましたわ。何も知らずに大人しくしていれば、もう少しマ シな夢が見れたのに」
彼女の言葉に合わせたか否かは分からないが。殺気と共に、激しい雷が頭上か ら降り注いだ。クジャは慌ててジタンにもマイティガードをかけ、二人一緒に飛 び退く。 狂笑が上がった。忌々しさに舌打ちする。ケフカが笑いながら立っていた。そ の横には、ガーランドも。
「アンタ達がまとめて出て来たって事は…片付け作業に入ったってわけか」
堅い表情で、ティーダが剣を構える。片付け−−その言葉が何を意味するかは 、皇帝達から聞いていた。 即ち。この世界を早々に終わらせ、次の輪廻を始める為の準備作業。これは知 りすぎた者への口封じの意味もある、と聞いていた。 分かっている。理由はどうであれ自分達は知りすぎた。それに、ジタンとエク スデス以外の面子はセフィロスとライトを殺害して、輪廻からの脱却を図ってい る。邪魔でない筈が、ない。 どうする。 こちらは六人。皇帝は馬鹿じゃない。最善策が何か分からないほど愚かでもあ るまい。一時休戦さえすれば、数の上では優位に立てる。だが。 ガーランドとケフカはともかく、あの武人と淑女の力量は未知数。否、その魔 力の高さは肌で感じている。勝てるのか。いや、逃げ延びられるのか。
「…総員に告ぐ。命令だ、異論は赦さん」
休戦だ、と皇帝は言った。しかし“一時”をつけない事にやや疑問を抱く。そ んなクジャの心を察してか、暴君は苦い顔になる。
「ガブラスとシャントット…この二人が出て来た時点で、我々の策は失敗したも 同然だ。輪廻はまた、繰り返されるだろう。忌々しいがな」
シャントット−−あの耳の長い幼女の名前だろうか。
「今最優先すべき事は…一人でも多く、真実を知る者を増やす事だ。そしてこの 記憶を次の世界に引き継ぐ事。目的がどうであれ、お前達もそれは同じ筈だ」
確かに。また記憶を消されてしまったら、今度こそ打つ手がなくなってしまう 。知った先でどんな選択をするにせよ、知らなければ道を選ぶ事すら叶わない。 記憶の引き継ぎは、既にティーダやセフィロスといった成功例がある。ライフ ストリーム。その力を借りれば、自分達にも可能かもしれない。
「お前達は、逃げ延びろ。私が時間を稼ぐ」
その言葉に。目を見開いたのは、クジャだけでは無かった。
Last angels <詞遺し編> 〜3-26・一蓮托生〜
何を言っているのか、この男は。
「馬鹿じゃ、ないの…!?」
思わずクジャは声に出していた。何故だ。横柄で、傲慢で、唯我独尊なこの男 がどうしてそこまで。そもそも自分とジタンは敵対者である筈だ。 勝てる見込みの無い戦いだと本人も分かっているだろう。時間を稼ぐ。その一 言からも窺える。名前を知っていた事からしても、皇帝はシャントットとガブラ スとも面識があるのだろう。ならば当然、その実力のほども。
「誰が貴様らの為だと言った」
フン、と暴君は鼻を鳴らす。
「私には記憶を引き継ぐ儀式など必要無いからな。嫌でも全てを覚えているだろ う。私の策の為には、ギリギリまで貴様らに逃げ延びて貰った方が都合がいいだ けの話だ」
それに、と。男は小さく笑みを浮かべる。
「いずれ、世界の全ては我が手中に収める。私こそが絶対の君主となるのだ。王 が自ら動かずして、兵がついてくる筈もあるまい。兵の影に隠れて逃げ惑うのは 臆病者のする事だ」
スッと。無言で皇帝の隣に並んだ者がいた。アルティミシアだ。
「私も残ります。私もまた、記憶を引き継ぐ必要の無い存在ですから」
決意と、覚悟。彼女は強い眼差しで、敵を見据えた。
「それに…私達は、共犯者なのでしょう?」
一蓮托生。何処までも運命を共にする、と。 魔女の意志が揺らがぬ事を悟ったのだろう。暴君は頷くと、杖を振り−−残る 四人に向けて、叫んだ。
「行け!」
さっきまで殺そうとしていたくせに、今度は守ろうというのか。都合が良すぎ る。相変わらず自分勝手ではないのか。 そう、彼らを罵るのは簡単だった。簡単なのに出来なかったのは−−難しい事 があったから。 身勝手な暴君と魔女。しかしその身勝手さゆえに、彼らの意志は堅い。その決 意を、一体誰が汚せるというのだろう。 「…っ…行くよ、ジタン」 「畜生!」 僅かな逡巡の後、ジタンを促して走り出した。ジタンも小さく罵りの言葉を吐 いて駆け出す。手の届く者は、誰であろうと助けたい−−それが信条である弟は 、自分以上に不本意な選択だったのだろう。 向こうではそれぞれ反対方向に走るティーダと、ワープを始めるエクスデスの 姿があった。
−−皇帝の事もアルティミシアの事も…僕はろくに知らない。でも…。
一度だけ、振り返る。彼らが生き残れる可能性は相当低い。それでも、死を恐 れる事なく戦う者達。
−−あいつらは今までもこうやって…足掻いて足掻いて、死んできたのかな…。
少し、胸が痛くなって。クジャは振り払うように、足を動かした。
忌々しい。その存在も、その行為も、その諦めない眼も。性懲りもなく向かっ て来るアルティミシアに、ケフカは氷雪系魔法を詠唱する。
「カチカチだぁ!」
ばらばらブリザガ。浮き上がった巨大な氷の塊が弾け、魔女を襲う。彼女の防 御した両腕に鋭い氷の破片がいくつも突き刺さり、紅の色を撒き散らした。
「そこね…!」
しかし彼女は怯まない。傷ついた両手を厭わず、騎士の剣を立て続けに放って くる。回避したものの、一本の剣が頬をかすめ、二の腕を切り裂いていた。 忌々しい。ああ、忌々しい!
「深き絶望を…!」
魔力を溜始めるアルティミシアを阻止せんと、ガーランドがエアダッシュで近 付く。しかし、その巨躯は不自然な形で停止していた。ガーランドの足元に、紫 色の紋章が広がる。
「がっ…!」
どうやら読まれていたらしい。魔女に近付くと発動するよう、皇帝が仕掛けた トラップ。雷の紋章に絡めとられ、膝をつくガーランド。その隙に、アルティミ シアの魔力充填は終わっていたらしい。
「何処を見ているのです?」
山なりに放たれる魔法弾。ショックウェーブパルサー。狙ったのは、この隙に とEXチャージに専念していたガブラス。だが、簡単に食らうほど愚かな武人で はない。直前で身を翻し、魔女の攻撃を完璧にかわす。
「随分と苛ついているな」
彼女の方ばかり見ていて、やや油断した。振り向けばすぐ側に皇帝が迫ってい る。 「お前の性格なら、我々の破壊を存分に楽しむかと思っていたが?」 「うるさい!」 叫ぶやいなや、ファイガで反撃するも、ガードされてしまう。 暴君の一挙一動に腹が立つ。その声を聞く事も、顔を見る事も。 何故か?−−決まっている。
「ムカつくんだよ、お前ら!ぼくちんの玩具を勝手に壊しやがって…!!」
あの妖魔は−−暗闇の雲は。自分が壊す為の、大事な玩具だったのに。それを こいつらが奪った。 腹が立つ。
「それは“ムカつく”のではないぞ、ケフカ」
暴君が笑う。
「お前は私達が“憎い”のだ」
うるさい。ウルサい。
「黙れぇっ!!」
嫌いだ。奴等も、世界も。 思い通りにならない、自分の心も。
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呪いの言葉すら吐けないままに。