皇帝は知っていた。長き年月を生き、重い記憶に押しつぶされそうになりながらも−−その決意の先にあるものを、信じていた。 何度諦めようとしただろう。何度心を手放そうとしただろう。 それでも、闇に墜ちようとする瞬間、自分を引き上げる声があった。それが誰なのかももはや分からないのに。“彼”は言うのだ−−諦めるのは、いつでも出来るじゃないか、と。 諦めた時に全てが終わるのならば。終わらせる前に幸せを掴んでみせろ、と。後悔しない生き方を選んでみせろ、と。 だから今。百年の時をえて尚、自分は此処に存在するのだ。「無礼者め!」 ガーランドに向けて杖を振り下ろす。ガードされる事も、当たったところで大したダメージにならない事も計算済みだ。本当の狙いは。「ボムアタック…!」 甲冑を着た人間の弱点。それは、装備が頑丈すぎるがゆえに、感覚が鈍くなる事だ。鎧に張り付いた三個の爆弾−−ガーランドが気付いた時にはもう遅い。 大きな爆炎が起こり、猛者が膝をつく。 一人に長く関わってはいられない。向けられた殺気に、トラップを配備して守りを固める。防御や回避よりも、攻撃を優先させたのはプライドだった。 自分達は、負けるだろう。シャントットとガブラスの実力は今までの世界でも嫌というほど思い知らされている。 それでも、ただ時間だけを稼いで終わるつもりもない。ガーランドとケフカは勿論、シャントットとガブラスにも−−必ず一矢報いてやる。「愚かですわっ!」 バインド。シャントットの重力魔法が全身に絡みつく。「くっ…!」 全身の骨が軋むのに耐え、どうにか動く右手でマジックトラップを起爆する。光の紋章。放たれる四発の追尾弾。近付いてきていたケフカから悲鳴が上がった。「時よ!」 連中の意識が皇帝に集中している隙に、アルティミシアが時魔法を発動させる。シャントット達のような相手に、この手の魔法は長持ちしない。が、それでも皇帝をバインドから脱出さするには充分だった。「礼を言う」「あら珍しい」 時が動き出した瞬間に、二人はそれぞれ技を放っていた。アルティミシアの騎士の矢と、皇帝のスティックボムが四人に襲いかかる。が、時魔法にも動じずガブラスが全ての攻撃を叩き落とす。 舌打ちしている時間も惜しい。相手に反撃の間を与えてはならない。特にシャントットの魔法は、一撃くらうだけで即死しかねない威力がある。先程のバインドは例外だ。「燃えよ!」 大地を走る焔。シャントットの聖霊魔法、火をジャンプでかわす。 空中でのアイコンタクト。共犯者たる暴君と魔女に、言葉は要らない。「逃げ惑え!」 大地に降り立つと同時にフレアを放つ。皇帝の背後ではアルティミシアも次の魔法を詠唱している。「逃れられぬ苦しみを……悔やむがいい!」 低速で飛ぶフレアを盾にして、高速で進む魔女の魔法陣が襲いかかる。アポカリプス。それこそ獲物は逃げ惑う他ない。逃げ場の無い事を悟ったケフカとガーランドが驚愕する。あの二つをくらっては、ガードしたところでダメージは免れられまい。 渾身の一撃だ。二つの魔法が、相乗効果で大爆発を起こす。急速に熱せられた聖域の水が蒸発し、高温の水蒸気が周囲に満ちる。「……流石、と言ったところか。皇帝にアルティミシア。見事な連携だな」 舌打ちしたのは暴君ではなく、魔女の方だった。正直、皇帝も同じ気持ちである。 恐れていた事があった。だからこそ、魔力を大量消費する事を覚悟の上で、大技をたたみかけて勝負を急いだというのに。「誉めて差し上げますわ。私達を此処まで追い詰めるなんて。こうでなくちゃ…戦争は面白くありませんもの」 水蒸気の霧が晴れる。そこに立っていたのは、ガーランドとケフカを庇うように立つ従者達。さも愉快に笑うシャントットに、皇帝は眉を跳ね上げる。 戦争が面白い、なんて。分かってはいても−−不愉快極まりない。終わらない闘争に、自分達がどれだけ苦悩してきたか、知らないわけでもなかろうに−−! 淑女の衣服は、暗い光を纏った紫のコートに変わっていた。それが何か分からないほど無知ではない。 EXモード。その力を発動する事で、自分達の魔法を弾き飛ばしたということか。 そしてガブラスの方も。「憎悪が俺を動かす…」 その端正な顔を覆い隠すように現れた、断罪者の兜。EX・ジャッジマスターの異名をとる武人の真の姿が晒される。まがまがしいまでの威圧感。 皇帝は苦い笑みを浮かべる。認めざるおえない。勝敗は決した、と。「愚かな者ども…我が裁きを受けるがいい」 自分達は、此処で死ぬ。今更死など怖くはない。ただ、少しだけ期待してしまっていた自分に気付き、虚しく思う。この世界が駄目だった事がこんなにも残念に感じるのは−−多分、きっと。「私は…諦めない」 杖を握る手に、力をこめる。たとえ今肉体は果てるとしても、魂まで朽ちるつもりはない。 この魂、砕け散るまで。何度輪廻を繰り返そうと、何度屍を踏み越えようと。足掻いて足掻いて足掻き抜いてやる。何が自分にそこまでさせるのか−−それは自分自身でも分からない事だったが。Last angels <詞遺し編> 〜3-27・阿鼻叫喚〜 肝心なところで、いつも自分は失敗ばかりする。ドジを踏む、と言うべきだろうか。運が無い、とも言うかもしれない。 あと一点で逆転、という時に限って、いつもは簡単に打てる筈のシュートが空ぶったり。待ち望んだ決勝戦の日に限って、面倒な天災に巻き込まれたり(と、これはさすがに自分のせいではないのだが。) ティーダは走りながら、笑った。笑いながら泣きたくなった。不甲斐ない自分。無慈悲な世界。残酷な運命。その全てを笑い飛ばした上で、何かに縋って泣き叫びたくなるような気持ち。 自分でもうまく説明できない。矛盾した表現だとしても、それ以上に似合いの言葉が見つからない気がした。−−俺…やっぱ、泣き虫なんだなぁ…。 父親にどうこう言えない。きっと消えた先でも、死者の世界へ帰っても−−自分は父にからかわれ続けるのだろうなと思う。大切なあの子の父と、無口な伝説のガードに見守られながら。 無視すれば良かったのだ。ジタンの存在が邪魔なら、殺さないつもりとはいえワザワザ一対一で相手をしてやる必要はない。四人で一斉に襲いかかって、さっさと行動不能に追い込んでやる事も出来た筈だ。自分に、そんな“卑怯”を厭う 心さえ無かったのなら。 出来なくなった。我ながら甘いったらない。ジタンの目の前で、クジャの身体を生きたまま引き裂くなんて惨たらしい真似が−−どうしても、出来なくなった。目の前で、大切な誰かを失う。その痛みを、親しい友達に味あわせなければならない事に−−耐えきれなくなった。 弱い心だ。とっくに覚悟していた筈では無かったのか。そんな半端な気持ちで自分はセフィロスを、ライトを殺したと?−−ふざけるのも…大概にしろっての…。 自分自身への苛立ち。分かっている。ふざけてない、大真面目だからこそ問題なのだという事は。 最終的に、自分の策は失敗し、ガブラスてシャントット−−あの最強の従者達が舞台に上がってきてしまった。クジャを殺せなかったばかりか、アルティミシアと皇帝を置き去りにして、自分は逃げた。生かされた。 一体何をやってるんだろう。これでは誰も守れない。誰も救えない。自分は、何一つ。−−フリオニールも…こんな気持ちで、走ってたのかな。 思い出す、いつかの世界。答捜しの物語。 自分はティナと共に、ゴルベーザの足止めを買って出て、クラウドとフリオニールを逃がした。そして、ゴルベーザに殺された。 生かされる。護られる。今なら彼らの無念が痛いほど分かる。見殺しにしてしまった、と。きっと自分を責めただろう。後悔に涙を流しただろう−−今の自分と同じように。 そうさせたのは、他でもない。「痛…ッ」 ズキリ、と脇腹の傷が痛んだ。逃げる際、ガーランドの一撃をくらったのである。重たい刃。肋骨の何本かは砕けただろう。押さえた手から溢れる深紅。血が、止まらない。治療しなければじき危なくなるのは明白だ。「でも……逃げる場所なんてもう、何処にも無いんだけどさ」 足を止める。向こうから歩いてきた人影に気付いて。「やっぱ、俺の物語に決着つけるのは…アンタか」 スコールがいた。その眼に僅かな逡巡と大きな怒りと疑念を宿し。獅子の心−−ガンブレードを携えて。 単に自分やジタンの不在に気付いて、探しに来た−−わけではあるまい。直感。おそらくスコールは、ある程度の知識を得た上でそこにいるのだろう。 さて、何処まで知っているのか。暗闇の雲は死に際にどこまで彼に情報を与えたのか−−。「その傷は、どうした」 それが第一声だった。不信感、警戒心、憤怒。それらの感情の中に、僅かに滲んだ戸惑いと心配。 優しいな、と思う。あの人もそうだった。無口で、言葉数は極端に少ないくせに−−いつも近くで、見守ってくれていた。 幼い頃、不幸な災害−−あれを災害と定義していいかどうかはこの際置いておくとして−−で、実父であるジェクトと引き離された。正確にはジェクトが行方不明になったのだが。 その父の代わりに、側にいてくれたのが彼だった。自分にとっては、もう一人の父のような存在。どんなに八つ当たりしても、我儘を言っても−−自分を見捨てず、護り続けてくれた人。「優しすぎるッスよ、スコールは」 似てる。姿ではなく、その心が、魂が。似ている筈だ、スコールは彼の生まれ変わりなのだから。「だから…出来る事なら最後まで、何も知らないでいて欲しかった、な…」 死の螺旋。輪廻に囚われた悲しい世界。その真実はあまりに重くて−−苦しくて。「お前は、誤解している」 不器用な彼なりに精一杯、言葉を選んでいるのだろう。噛み締めるように、紡がれる言葉。「知らなければ、選べない」 ポーカーフェイスと言われている彼だが、ある程度一緒にいれば粗方その変化が読めるようになる。 ただ自分の感情を、表に出すのが苦手なだけなのだ。本当は結構思い悩んでいるし、怒りもするし、笑ってもいる。きっと、仲間達の多くにはそれが分かっているのだろう。 それだけ皆が互いを大事にしている。絆を重んじている。−−そんなみんなだから…守りたかったんだ。 本当は、ずっと願っていた。誰も欠ける事なく、未来を夢見られたなら、と。「ティーダ。俺は…真実を知る為に此処に来た」 自分を止めに来た、ではなく。まずは知る為に来たというスコール。 優しくて、強い人。まだ自分と同じ、十七年しか、生きていない筈の子供なのに。「ライトさんを…殺したのは、お前か?」 ティーダは笑う。肯定の意を込めて。NEXT |
そうしてまた、血塗られた舞台に幕は下りる。
BGM 『Waltz of The tragic witch』
by Hajime Sumeragi