否定して欲しかった。スコールは唇を噛み締める。 暗闇の雲に誑かされただけなのだと。そう信じていたかった自分が、確かにい る。 だが実際、彼女の言った通りライトは帰って来なかった。ティーダは夜中に謎 の外出を繰り返し、今また皆の元から遠ざかる。クジャの弟であるジタンもいな い。こうして再会した彼は原因不明の怪我を負っている。 疑心暗鬼になりそうだ。そして、今。
「…そうだよ」
夢想は笑う。いつもの太陽のような笑い方ではない。 自分の運命を、スコールの疑念を、全て悟ったような笑い方だった。
「俺が、ライトさんを殺したんだ」
言いたい事ならたくさんあった。あった筈なのだ。もし暗闇の雲の言うような 罪をティーダが犯していたなら、まず最初に一発殴ってやるつもりでいた。 ふざけるな、と。何でそんな真似をしたんだと。問い詰めて問い詰めて−−ど んな理由であれ、赦す事は無かっただろう。 だが。ティーダの笑みを見て。かき集めた筈の幾つもの言葉が、掌を零れ落ち ていくのを感じる。
「何故、だ…」
どうにか残っていたのは、その一言だけ。我ながらみっともない声だ。多分声 以上に、情けない顔をしているに違いない。 仲間殺し。それはスコールの中で、犯してはならぬ最大のタブーの一つであっ た。孤高に、孤独に生きるのが己の生き様だと悟りながら。それでもどこかで仲 間の存在を感じていたからこそ、今まで進んで来れたのだと知っている。 ティーダは自分よりも、それを理解している男だと思っていた。いつも仲間達 と笑い合って、うるさいぐらいに騒いで。 ライトとそんな風にはしゃぐ事は無かっただろうが、ティーダが彼を兄か父の ように慕っているのは知っていた。それが敵対せざるおえなかった、父・ジェク トの代わりである事も。少なくとも自分以上に好意を持っているものだと、そう 思っていたのに。 理解できない。したくない。そんな大事な仲間を、それでも尚裏切らなければ ならない理由なんて。
「…なるほど。そっから先は、知らないんスね」
動揺を隠しきれないスコールとは反対に、ティーダは落ち着いていた。まるで 全てを、諦める事で超越してしまったような−−静けさ。 誰だ。此処にいて、今自分と話しているのは。 こんな彼は、知らない。
「この世界は、繰り返してる。カオスとコスモス、俺達の戦争が何故終わらない のか。簡単な理由…決着が着いたら時間が巻き戻って、全部最初からやり直しに なるから」
ティーダの凶行は、時の鎖を断ち切る為。罪を負ってでも戦いを終わらせよう としているのだ、と。暗闇の雲の言葉を思い出す。 あの時はその意味が分からなかった。時の鎖?戦いを終わらせるのに何故ライ トや自分達を裏切る必要があるのか? 時間を巻き戻し、繰り返される戦い。時の鎖、というのがその輪廻の事だとし たら−−前者の疑問は解ける。
「時間が巻き戻るだと…馬鹿な」
ただ、俄かには信じがたい。 「可能な筈ッスよ。少なくともその実例…スコールなら知ってんじゃない?」 「……」 確かに。自分は、時魔法を自在に操る女を知っている。詳しい事は分からない が、少なくとも彼女に時間を止める力があるのは周知の事実。 しかし、それが“巻き戻す”事となると−−。 「無理に信じろとは言わない。証拠出せって言われても困るしさ」 「……」 考えこむと無口に拍車がかかる。我ながら良くない癖だ。しかし実際、なんと 答えればいいかも分からない。 「でも、記憶ってただ思い出せないだけで、消えてなくなるものとは違うから。 本当はスコールも覚えてるんじゃないか?今までの世界で起きた事も、実は俺達 何百回と死んでる事も」 「…また嫌な話だな」 「ごめん。でも事実」 何度も死んで、生き返った自分達。そう言われてもいまいちピンと来ない。
「輪廻を断ち切る為に、どうしても死ななきゃいけない人達がいた。だから俺は 実行に移した。…言い訳は、しないッスよ。どんな理由であれ、俺があの人を殺 した事に変わりはないんだから」
本当は、悔いているのかもしれない。それでも後悔は死者への冒涜だからと、 必死に自分を殺してきたのかもしれない。 何が彼に、選ばせたのだろう。何が彼を、追い込んだのだろう。
「言い訳くらい、いくらでも聞いてやる」
繋がらない欠片。自分は真実が、知りたい。
「だから話せ。何故お前は世界が繰り返される事を知った?何故カオス軍の皇帝 達と手を組んだ?そして…輪廻を断ち切る事と、ライトやクジャを殺す事がどう 繋がる?」
知らなければ、道は選べない。知らずに選んで後悔するのはもう−−たくさん だ。
「……駄目ッスよ。それは言えない」
真実は重すぎる。知ったらもう戻れない。ティーダは俯いて、そう呟く。 「スコールは、あの人の生まれ変わりだから。残酷な真実、全部知ってて…一人 で背負ってきたあの人がしてくれた事。今度は俺が、返したい」 「?」 「分からなくていいんスよ。背負うのも、短い間だろうと…後悔するのも、俺一 人でいい。どのみちこの世界は失敗だ。近いうちにまた、巻き戻っちゃうからさ 」 スコールの姿に、ティーダは別の誰かを重ねて見ている。生まれ変わりと言っ たが−−一体誰の?そもそも自分とティーダは違う次元の世界から召喚された筈 である。 だが、思えばティーダの自分に対するそれは、同年代への態度とは大きく違っ ていた気がする。まるで人生の先輩のように、兄のように甘えられていると−− 感じる事が多々あった。そして意外にも自分はそれを不愉快に感じてはいなくて 。 いや、今はそんな事よりも。
「この世界は失敗…だと?分かるように説明しろ」
一人で背負えると思っているのか。知らない事が自分達にとって本当に幸せな 事だとでも。 そんなものは大きな誤解。そして、思い上がりだ。
「ティーダ!?」
答える代わりに−−ティーダは自らの首に、剣を押し当てていた。何をするつ もりなのかなど明白で。
「ごめん、スコール」
そんな胸の痛い笑顔が見たいわけじゃないのに。そんな言葉すら、かき消され てしまう声。聞く者の心臓を鷲掴みにするような。
「次の世界じゃ…もう少し、諦めないで頑張る事にするッス」
止めるより先に。引かれた刃は、太陽の命を奪っていた。
Last angels <詞遺し編> 〜3-28・獅子奮迅〜
世界は残酷だ。そんな事とっくに分かっていた。 分かっていた、筈なのに。
「…ぁ……」
頸動脈を掻き切り、ティーダの身体が横倒しになる。どっ、と重い音。血の混 じった聖域の水がスコールのズボンに跳ねた。それでもただ呆然とその姿を凝視 する事しか出来ない。 自分は真実を知りに来た。そして彼を、止めようとした。仲間だから。仲間が 誤った道に進もうとしたなら、殴ってでも引き止めるのが仲間というものだから 。 そして、暗闇の雲の遺言。オニオンナイトの笑顔を守って欲しい、と。それは 彼女だけの願いではない。そして自分が守りたい笑顔は、オニオンナイトだけで はなくて。 自分は上手に笑える質ではなかったけれど。仲間達の笑う姿を、ただ眺めてい るのが嫌いではなかった。むしろ−−それだけで、幸せだったのだと今なら分か る。 そこにはいつも太陽のように、皆を照らしてくれるティーダの姿もあった。彼 もまたスコールにとって幸せの一部、欠かせない存在だったのだ。けして死なせ るつもりは無かった。そんな事、考えもしなかったのに。
ど う し て ?
「……ッ!」
突然。スコールの脳裏に、見覚えの無い景色が浮かぶ。これは誰の記憶だ?誰 の心だ?いつの時代のどの場所かも分からないが。 景色の中に、二人の男性がいた。片方は全く知らない。長いローブを来た、優 しげな面立ちの召喚士。もう一人は−−ジェクト。ティーダの父親である、豪放 磊落な幻想。 覚悟を決めた笑顔だ。二人は同じ微笑を浮かべてこちらを見ている。
『アーロン』
ジェクトは“自分”をそんな名前で呼んだ。彼の温かみのある声に、初めて気 付く。
『俺ぁもう…ザナルカンドに帰れねぇからよ。俺の代わりにあいつの…ティーダ の側にいてやってくれねぇか』
あいつ泣き虫だからよ、と。頭を掻きながら告げるその顔は、紛れもなく父親 のそれで。 それに対して“自分”は−−ああ、そうだ。言った。言ったのだ!
『勿論だ!あんたの息子は死んでも守る。俺が必ず…守ってやる』
生まれ変わり。ティーダは自分をそう言った。スコールはその意味が分からな かった。今でも確信を得たわけではない。納得できたのでもない。 それでも。
「約束…そうだ、約束したんじゃないか…!」
記憶の中で、確かに“彼”の存在は生きていた。だから出逢った、だから見つ けた。赤い服、隻眼−−大剣、伝説のガード。 そうだ、自分は。
「あ…ぁ…」
血の海に倒れて、ピクリとも動かないティーダを見やる。膝をついた。伸ばし た指先が震えた。 護るって。彼を護ると−−死んだ後もその物語を見守るのだと−−そう、言っ たのに。ジェクトが死ぬ時に約束したのに! な ん だ こ れ は。
「うわあああああッ!!」
記憶は氾濫し、感情を破壊し、魂の器を決壊させ−−獅子は、絶叫していた。
何かが聞こえた気がした。本来ならとても届く筈の無い距離。それでも−−何 かを感じて、バッツは振り返る。
「嫌な予感がする…」
第六感。虫の知らせ。あながちそれは間違いでもない。風を読む旅人であるバ ッツは、そのざわめきを感じ取る事に長けていた。 世界が、風が、騒いでいる。まるでとんでもない嵐が来る前触れのような。
「クラウド」
ホームに残っているメンバーの中での暗黙の了解。自然と指示を出す立場は決 まっていた。ライトがいない今、リーダーはクラウド以外に有り得ないと誰もが 思っている。 司令塔になった兵士は、目を閉じ、少しだけ思案して−−告げた。
「セシルとティナとオニオンは残れ。ゴルベーザの介抱とホームの防衛だ。俺と バッツとフリオニールで、あいつらを探しに行く」
次々と行方をくらましたライト、ジタン、ティーダ。ティーダを追っていった スコールも帰って来ない。何かがあったのでは、と心配するのも自然な流れだ。 今度はゴルベーザも止めなかった。ただ思い詰めたように俯くばかりである。 「ティーダは秩序の聖域エリアにいる…そうだな?」 「そうだ」 「ジタンとスコールもそっちに向かった筈だ」 フリオニールが無言で立ち上がった。先程は殆ど何も知らないといった風を装 っていたが−−実際はどうなのだろう。
「行くぞ」
三人は走り出していた。 空が低い。雲が重い。嫌な風だ−−バッツはそう思ったが、口には出さなかっ た。言えば予感は当たってしまう気がしたから。
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嘆きの楽園には、青空からも雨が降る。
BGM 『Utopia of sorrow』
by Hajime Sumeragi