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 まだ大して走らぬうちに−−それは起きた。
 
「かはっ!」
 
 まただ。また発作が。
 
「クジャ!」
 
 足がもつれる。力が入らない。突然襲って来た嘔吐感と不快感に激しく咳こみ
、クジャは倒れた。痛いのは胸なのか腹なのかももはや分からない。
 やはり、自分はもう。
 
「はは
 
 情けない。何時の間にこんなに潔くなったのだろう。戦場から逃げ出してはみ
たものの−−既に運命を悟っている自分がいる。諦めて、享受している己がいる
 どうして?決まってる。本当はずっと前から知っていたからだ−−自分の命は
長くない、と。この世界にいる限り寿命は尽きずとも、百回世界が繰り返せば百
回殺されるのがさだめ。
 まさしく、袋小路。逃げ路なんて、どこにも無い。
「いいよ、ジタン僕の事はいいから。君だけでも、逃げなよ」
「嫌だ!」
 弟は即答していた。怒りと悲しみと絶望と−−それらの感情に壊れそうになり
ながらも、ジタンの心はまだ折れていない。
 その強さが、クジャは羨ましくて仕方なかった。あの頃も、今も。
 
「簡単に諦めてんじゃねぇよ!どいつもこいつもらしくないったらありゃしな
い。まだ生きてんだ!まだ考えるアタマがあるんだ!まだ終わっちゃいないん
だっ!!
 
 そうだね、と。心の中で呟く。
 そう言って未来を夢見られたら、どんなにいいだろう、と。
 
「ジタンはさ覚えてないんだよね?」
 
 逃げなのかもしれない。それでもこれ以上未来の話を聞くのは辛くて−−クジ
ャは話題を振った。
 
「コスモスに召喚される前、さ。何をしてたか、誰といたか覚えてないんでし
ょ」
 
 ジタンはというと、戸惑いながら頭の上にクエスチョンマークを並べている。
記憶が無い事もそうだし、何でそんな事を今聞くんだろう、という疑問もあるだ
ろう。
 あまりに予想違わぬ反応が微笑ましくて、つい小さく笑みを浮かべていた。
 
「前の世界でも僕は君の敵だったよ。君の事も君の仲間の事もたくさん傷つ
けた。いや
 
 その前にだ。既に自分は罪を犯している。
 
「そもそも君が孤児になったのはさ。僕がまだ幼かった君を捨てたからなんだ
よ」
 
 
 
 
 
Last angels <詞遺し編>
3-29・兄
 
 
 
 
 
 お兄ちゃん、と。たどたどしい言葉で自分を呼んで、慕ってくれた小さな弟。
大好きだった。何も無かった自分に初めてできた、大切なもの。弟というより、
我が子のように愛していた。ずっと側で守っていこうと−−そう決めたのに。
 知ってしまったのはあまりに残酷な、真実。
 選ばれし者は自分ではなく、ジタンだった。自分は失敗作でしかない、と。必
要ないのだと。偶然耳にしたのは、父親のように慕っていた男の、残酷な言葉だ
った。
 自分は、要らない存在。ジタンとは、違う。
 クジャは嫉妬した。あの男の言う事に何でも従ってきた。どんな辛い修行
教育にも耐えていたし、魔法や語学の勉強も怠った事は無かった。確かに
剣や格闘だけはからきしだったが、それ以外は完璧にこなしてきたつもりだった
のに。
 どうして自分ではなく、ジタンなのだ。まだ何の苦労も知らない幼いジタンだ
けが愛されるのか。今までの自分の人生は、一体何だったのだろう。
 まだ子供のジタンに、憎しみすら抱いた。我ながら酷い有り様だったに違いな
い。一人部屋に籠もって泣いた。暴れた。自分の感情を制御できなかった。
 それなのに。ジタンは自分を嫌わなかったのだ。殺気でギラつく眼を向ける自
分に、それでも臆せずに言ってくれた。
 
『おにいちゃんどうして、ないてるの』
 
 優しい子。優しくて綺麗な子。
 ありふれた言葉だったかもしれない。そこに深い意味は無かったかもしれない
 それでもクジャは、嫉妬の対象である筈のジタンの存在に救われたのだ。憎む
べきは彼ではない。どんな思惑で生まれてきたとしても、この子に罪があろう筈
が無い。
 −−だけど。あの日のあの一言が、自分に誤った道を選ばせた。
 
 
 
『ねぇそのけが、どうしたの』
 
 
 
 寿命が尽きずとも、きっと心が死んでいただろう。何故なら、自分は。
 
「僕は君が憎かった。記憶を失っても、その感情だけは忘れてなかった。だから
覚えてないけど。多分召喚されてからも、君を散々傷つけてきたんじゃないか
な」
 
 いや、間違いなくそうだ。
 嫉妬と憎悪。あの世界でもこの世界でも、ジタンの周りには必ず仲間がいて、
笑顔が絶えなくて。いつも誰かに愛されている。いつも誰かに頼られて、支えら
れている。
 妬ましかった。どんなに泣き叫んでも、苦しんでも、もがいても−−自分には
手に入らないたくさんのものが、ジタンの側には当たり前のようにあったから。
 
「さっさと切り捨てなよ、僕が君を捨てたみたいにさ!敵で、足手まといで
もそも今回の事だって、僕に関わらなきゃ巻き込まれ無かったんだ!!
 
 自分は死神だから。誰からも愛されない。振り撒くのは災厄ばかり。
 
「死ぬんだよ!どう足掻いたって、どう逃げたって僕は死ぬんだ!!だったら
めて、無駄死にじゃない死に方を選ばせてよっ」
 
 また咳き込んだ。身体の内側から火炙りにされているかのよう。痛みを通り越
して、熱い。それなのに身体の表面と、心はどんどん冷えていく。
 あの時は生き残る為に逃げ出したけど。逃げたところで未来など無い。だった
ら、せめて。
 
「殺してよ今ならきっとまだ、間に合うから。ジタン、君は……君は、生きて
帰らなきゃ、駄目だよ
 
 彼には、帰るべき場所がある。待っていてくれる人がいるのだから。
 てっきり怒鳴られると思っていたのに、返事は無かった。訝しく思い、顔を上
げる。そして−−目を見張った。
 
「ジタン?」
 
 弟は−−泣いていた。声もなく、言葉も出せず、ただ綺麗な涙を流して立って
いる。
 
「なんでさ僕が泣かせたみたいじゃない
 
 分かっている。事実、そうなのだろうと言う事は。
 クジャは無言で、震える小さな身体を抱きしめる。あの頃は、怖い夢を見たと
怯えるジタンを、眠りに着くまでこうしていた。怖くないよ、と。泣いていいよ
、大丈夫だよ、と。
 
「気付け、よバカ
 
 くぐもった声。ああ、自分の血でジタンの髪を汚してしまった。
「俺は何一つ捨てられねぇんだよ。捨てたくないんだよ!」
「欲張りだね」
「うるせぇっ!欲張りじゃなきゃ盗賊なんかやってられるかよっ」
 泣く泣きながら叫ぶ。その髪を撫でながら、本当にあの頃に帰ったようだと思
う。あの時よりお互い随分大きくなったけど。今でもジタンは充分小さい、と思
う。
 この子ももう、十六歳なのか。
「捨てられたのなんだのってなぁ確かに覚えちゃいないけどよ。でも覚えてる
事も、あんだよ
「うん」
「今までがどうだろうと、世界がどうだろうと変わんねーんだよ。アンタが俺
のバカ兄貴って事は」
「君にだけはバカ呼ばわりされたくないなあ」
「バカだろうが。何回だって言ってやる。バカバカバカバカ
「怒るよ、まったく」
 意識が朦朧としてきた。もはや痛みも分からなくなりつつある。自分はもう、
長くない。
 
「こんなところに居ましたの。随分遅い逃げ足ですこと」
 
 ビクリ、と腕の中でジタンが身を強ばらせたのが分かった。顔をみるまでもな
い。こんな高飛車な喋り方をするのは一人だけだ。
「無粋な真似しないでくれる?せっかく舞台で一番の感動の名場面なんだからさ
「それは是非、ガブラスに見せて差し上げたかったですわ。あの人兄弟愛の悲劇
とかダイスキですもの」
「皇帝とアルティミシアは?殺してきたの?」
「その質問に、答える必要があって?」
……だろうね」
 シャントットは鼻を鳴らして、杖を振り上げる。クジャは弟を抱きしめる腕に
力を込めた。
 帰るべき場所。それがあるとしても自分はきっとジタンと同じ場所には行けな
い。罪で汚れた魂は、天国にはあまりに相応しくないだろう。
 けれど。
 
「本当に世界が繰り返すなら、さ」
 
 カミサマ。もしいるのなら今だけはどうか、赦して下さい。罪深いこの両手で
、綺麗な弟を抱きしめる事を。
 
「次の世界でも何回でも。キミとまた逢いたいなジタン」
 
 答える代わりに。ジタンもまた、クジャを抱きしめ返してくる。その温もりは
、涙が出るほど温かなものだった。
 
 
 
 
 
 
 
 その光景を、ひょっとしたら自分は予感していたかもしれない。それでも−−
出来る事なら見たくなかった。そうならない未来を、願っていた。
 クラウド=ストライフは、心の壊れた獅子の姿に、いつかどこかの自分を見る
 
「何だよこれ
 
 バッツもフリオニールも。見つけた捜し人の姿に絶句する他ない。
 秩序の聖域エリア。その西端に、彼らはいた。ティーダとスコール。しかし二
人とも、駆けつけて来た仲間に何の反応も示さない。一人は肉体は死に、もう一
人は心が死んでいた。魂は共に、既に遠く手の届かない世界へと、旅立ってしま
ったのだろう。
「おい何だこれは!一体何があったんだ!!
「よせっフリオニール!」
「離せッ!」
 ティーダの躯を前に、座り込んでいたスコール。その肩を掴み問いだたそうと
するフリオニールを、クラウドはバッツと二人がかりで押さえる。
 
「離せよッ!離してくれッ!!
 
 凄い力だ。暴れる義士に、クラウドは驚きを隠せない。コスモス陣営で一番腕
力があるのが自分。次いでバッツ。
 以前能力テストを行い、全員の身体能力や魔力を数値化したので間違いない。
ソルジャークラス1st並の身体能力を持つクラウドの腕力は飛び抜けて高かった
。フリオニールも全体から見れば力はある方だが−−自分やバッツには遠く及ば
なかった筈なのに。
「お前ティーダを止めに行ったんじゃなかったのか!?何でこいつが死んでる
んだ!止めるってこういう事だったのかよ!!
「フリオニール!」
 何を言うんだ、と。バッツが悲鳴のような声で制止する。
 だが当のスコールは何の反応も示さない。ただ虚ろな眼で、躯を見つめている
だけだ。明らかに様子がおかしい。
 まるで。
 
−−いつかの俺、みたいじゃないか。
 
 何故そう思ったのかは分からない。前の世界の事も、かつていた世界の事も、
何一つ覚えていない筈なのに。
 何も言わない。何も見ない。何も聞かない。まるで人形のように佇む獅子の姿
に、胸が締めつけられるようだった。
 
「何でだよティーダは俺達の為にあんなくっそぉ…!!
 
 暴れる力が弱まり、フリオニールが膝をつく。やはり、とクラウドは確信した
 
「お前俺達に何を隠している?」
 
 彼は、知っている。こんな状況が生まれた理由を−−真実を。
 フリオニールは涙を流し、体を震わせて、言った。
 
「俺達みんな護られたんだよ、ティーダに!」
 
 絞り出すように。血を吐くような声で、言ったのだ。
 
 
 
 
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剣をとれ戦士、誇りを貫くその為に。

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Real face
 by Hajime Sumeragi