自分達は、どうして出逢ったのだろう。 今までそんな事、考えた事も無かった。カオスの軍勢を倒して、世界の秩序を 保つ為に召喚された戦士達。バッツはコスモスの言葉を信じていたし、彼女に感 謝もしている。幸せだったから、考える必要も無かったのだろう。 得難い経験。得難い仲間達。彼らの出逢えた事を心から誇りに思う。幸せに思 う。その気持ちは変わらない。 でも。 自分達が出逢った事で、不幸になった者もまた−−いたのだろうか。
「…最低だ。俺…言っちゃったよ、ティーダに」
バッツは呆然と呟く他無い。 感情を爆発させて、フリオニールは彼の知っている事をブチまけていた。彼は ティーダが何をしていたか、全て知っていて黙っていたのである。本当は叱るべ き場面なのかもしれない。だが既に心を異界に旅立たせてしまったスコールは勿 論、自分もクラウドも何も言う事が出来なかった。 驚いたのと。信じられないのと。ショックが大きかったのとで−−頭の中がゴ チャゴチャだ。 ただ分かったのは、闇のクリスタルとやらの力で、この世界は延々と繰り返し てきた事。それを防ぐ為にティーダはセフィロスを殺し、ウォーリア・オブ・ラ イトを殺し、クジャをも殺そうとしていた事(世界に変化が無い事から、クジャ 殺害は失敗した可能性が高い、とフリオニールは言う)。 そして−−輪廻を断ち切る、つまり戦いを終わらせた時、ティーダと父親のジ ェクトは消滅する運命にあった事。 自分は取り返しのつかない事をした、という事。
「言っちゃったんだよ…戦いを早く終わらそうって…!」
仲間を殺した彼に怒りを感じないと言えば嘘になる。だが、それ以上にバッツ の胸にこみ上げたのは後悔の念だった。 仲間殺しの罪を負って、自分もまた消える運命であるというのにひた隠しにし て。それでも戦いを終わらせようとしたのは何の為?誰の為? いくら馬鹿だ馬鹿だと言われる自分でも分かる。全部、戦いを終わらせる為。 それを自分達が望んでいた為。そうだ、彼は自分達の為に戦っていたのだ!! なのに。何も知らない自分は彼に、当たり前のようにそんな言葉を口にした。
『早く戦い終わらせて、平和を取り戻さないとな。頑張ろうぜ、二人とも!』
戦いを終わらせる事が、彼の消滅であると、何一つ気付かないまま!
「…バッツだけじゃない」
心なしか、クラウドの顔も青い。
「俺も…何も知らずにただ、戦いを終わらせようとしていた。いや。きっとそれ は…知らなかった者、全員に言える事だ」
独りきり。背負ってしまった真実はどれほど重かった事だろう。苦しかった事 だろう。 それでもあの幼い夢想は、いつも笑っていた。その名前が示す通り、まるで太 陽のように。あのガキは泣き虫だからよ、と以前ジェクトが話していた気がする が−−バッツの記憶にある限りでは、彼が自分達の前で涙を流した事は、無かっ た。 泣けなかったのかもしれない。自分達が無意識に彼に求めていた役目のせいで 、追い込んでしまっていたのかもしれない。本当はずっと泣いていたのだろうか 、一人の時には、きっと。
「…あいつは、ワザと話さなかったんだ。みんな、戦いを終わらせる為に走って る。その決意を鈍らせたくなかったんだって…」
ようやく少し落ち着いてきたらしいフリオニールが、俯いたまま言う。
「ティーダがそう望んでるのがわかってたから…俺も黙ってた。だからそれは… みんなが悪いんじゃ、ない」
罪人がいるなら、俺だって同罪なんだ、と。義士の声は普段の彼になく、消え 入りそうだった。
「何で、こんな事になるんだ…ただ」
ただ、まもりたかった。
「間違った選択をしたんだ、俺達も、お前達も」 「え?」 口を開いたのは、クラウドだった。
「何も知らずにお前達追い込んだのは確かだ。許してほしいだなんて言えない。 それでも…もし知っていたら、何かは変えられたかもしれない」
澄んだ碧い瞳と眼があった。静かな口調の中には、様々な感情がない交ぜにな っている。思えばいつも彼はこんな風に、心を殺したような喋り方をする。 ただ。それが絶望を知る者の眼だと、そう分かった。
「少なくとも…誰も犠牲にならない方法を、考えるくらいは出来ただろう」
何も変わらなかったかもしれない。相談したら何をしてくれたんだと、詰め寄 られたらそこまでだ。それでも。 こうも言える。何か変わったかもしれない。何はできたかもしれない。少なく とも、最悪な結果を免れるくらいの未来は用意できたかもしれない。
「それが…仲間ってものじゃ、ないのか?」
無意識だった。無意識のうちに涙を流している自分に、バッツは気付く。 一人二人で背負ってはならない。そんな禁止命令を出す権利は誰にもないけれ ど。 背負わなくていいんだよ、と。ただ大丈夫だよ、とその背を支える事は出来る 。辛い時に一緒に泣いてもいい。楽しい時に一緒に笑うのもいい。 たったそれだけの事かもしれない。些細な違いに過ぎないかもしれない。 けれど多分−−それが仲間という事。 それが多分、幸せということ。
「…俺」
泣きそうな顔−−しかし、その声はしっかりしていた。
「俺…これからどうすればいい。今からでも何か…出来る事、あるかな」
尋ねるフリオニールに、クラウドはまだ諦めていない強い瞳で、告げる。 「探そう。…いずれこの世界も終わり、輪廻が繰り返すというのなら。この記憶 を次の世界に引き継ぐ方法を」 「あるのか、そんな方法…」 「実際ティーダは記憶を引き継いでたんだろう?だったら何か…ある筈だ」 確かに。そうでなければ辻褄が合わない。ただ、その方法があったとして、現 時点の自分達にも実行可能なのだろうか。
「俺達は真実を知った。全部じゃないかもしれない。だが…この事実を世界のは じまりから記憶していたなら、選択は広がる筈だ」
クラウドがそこまで口にした、その時だ。 不意に、今まで全く反応を示さなかったスコールが、緩慢に顔を上げた。バッ ツは見る。心を亡くした獅子、その視線の先を。 そして、驚愕に目を見開いた。
Last angels <詞遺し編> 〜3-30・絆〜
雨が降りそうだ。自分とセシルしかいない、静かなリビング。オニオンナイト は窓の外を見て、眉をひそめた。 普段なら雨程度でそう心配はしない。この近辺のエリアではそう激しい雨は降 らないと知っている。精々外行った連中が風邪ひかないかな、とか。洗濯物取り 込まなきゃ、とか。危惧するのはその程度の事だ。
「マズい、よね…」
セシルも同じ事を考えたのだろう。険しい顔で窓を睨んでいる。 「戦闘で怪我でもしてたら…命取りになる」 「うん」 晴天時が安全というわけではないが。雨の中では怪我は酷くなる一方だ。血が 止まりにくくなるだけでも大きいのに、体は冷えやすくなるし、傷が化膿して熱 でも出したら大事だ。 帰って来なかった面々は総じて、帰って来れない状態になっている可能性が高 いとオニオンは見ていた。捕まったか、怪我で動けないか、最悪殺されたか。 カオス陣営に捕まってるのが、一番マシなパターンなんて笑えもしない。
「出てった面子で、ケアル系使えたの何人いたっけ?」
セシルの問いに、少し考えてから答える。 「確か…ウォルとティーダ…クラウドもケアルガまで使えた筈。ジタンは分かん ないけど、ポーション持ち歩いてたんじゃないかな。フリオニールとスコールが 使ってるのは見た事ないから不明」 「え、ティーダって魔法使えたんだ」 「気付いて無かったセシル?ティーダの魔力、僕とティナに肩並べるよ。多少技 術力が足りてないけど」 「それは意外」 そう言いたいのも分かる。彼のような生粋の物理攻撃特化タイプは、魔法はか らきしである事が殆どなのに。以前自分と二人での任務の際、途中で面倒くさく なってイミテーションの大群にアルテマをブチかましているティーダを見た事が ある。 肌で感じる魔力が高いのには気付いていたが−−あの時はさしものオニオンナ イトも腰を抜かしたものだ。
「ただ、魔法ってさ。慣れてないと必要以上に魔力使っちゃうから…エーテルな しで何発も使うのはキツいと思う。出てったメンバーの中で、そんな心配までし なくていいのはクラウドだけじゃないかな。あれはちゃんと魔法の訓練受けてる と見たね」
ポーションよりも貴重なエーテルは、万が一の時の為にとっておくのが基本だ 。多分今回の件でも、持ち出しているメンバーはいないだろう。 「あと一時間して帰って来ないようなら…僕が行く。回復班が必要な事態になっ てる可能性が高いから。その時はセシルも一緒に来て。お兄さんが心配なのは分 かるけどさ」 「……そうだね」 本音を言えば、ティナとゴルベーザを二人きりでホームに置いていく事はした くない。ゴルベーザがティナに危害を加えるとは思ってないが−−ティナは治療 で、ゴルベーザは負傷ゆえ相当疲労している。万が一このタイミングで攻めいら れたらひとたまりもない。 しかし。動かせない重傷者がいるかもしれないなら、回復魔法に長けた自分か ティナが現場に赴かなければならないだろう。 確かにメンバーのうち、殆どは魔法は得意でなくともケアル系なら使える者達 だ。しかし、雨が降って断続的に体力が奪われる状態になったら、ケアル系だけ では追いつかない。リジェネで常に体力をカバーしていく必要がある。 多分コスモス陣営の中で、リジェネまで使えるのは自分とティナだけだ。
「オニオン、セシル」
奥の部屋から、手を拭きながらティナが出て来た。
「兄さんは?具合どう?」
やはり兄が心配でならないのだろう。セシルがやや焦った口調で尋ねる。
「命に別状はないわ。怪我も見た目ほど酷く無かったし。ただ、長い間水に浸か ってたせいで体力の消耗が激しくて…雑菌が入ったのかちょっと熱出してる。暫 く寝てなきゃダメだよ、って釘刺してきた」
すぐ動こうとするんだもん、と肩をすくめる彼女に、オニオンとセシルは苦笑 い。
「兄さんらしいや。昔からホント無茶ばっかなんだから」
昔から。セシルは今そう言った。 「セシル…君、もしかして…」 「ん?何?」 「……何でもない」 召喚される前、自分達がどこで何をしていたか。君は覚えてるんじゃないのか −−そう言いかけて、やめる。
「この世界は繰り返してる…か」
フリオニールの言葉を思い出した。その真意は分からない。自分達の記憶がお かしい事には気付いていたが。 輪廻。巻き戻る時間。もしそれが本当ならば。
「僕達、何回も死んでたりするのかな…」
不安げに問いかけても。 鈍色の空は、答えてはくれなかった。
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鈍色に染まる空は、すべてを見ていた。