全ての始まりは、些細な事。 全ての願いは、ささやかなもの。 それがやがて大きな流れを作り、やがては始めた者にすら止められぬうねりとなりました。 彼が望んだのは平和な世界。 彼女が祈ったのは幸せな明日。 紡がれた想いの欠片達は、重なり合ってまた新たな想いを生みだすのでしょう。 その想いが世界を作り、歴史が物語を作り、心が幻想となったのです。 終わらない幻想は、終わりの日を夢に見ました。 しかし始まりを忘れ去った者達に、終わりを描く術はありませんでした。 私も久しく忘れていました。始まりではなく、終わりでもなく、ただ明日を願う心を。 思い出させてくれたのは、最も深い絶望の直中にいる筈の貴方達でした。 絶望とは、諦めた時に墜ちるものだと。諦めぬ限り希望はあるのだと。 貴方達は、教えてくれたのです。 この広い箱庭に鍵は無いかもしれない。鍵はおろか扉も窓も無いかもしれない。 でも、無いならば作ればいい。壁を壊してでもこじ開ければいい。諦める事はいつでも出来るけれど、諦めないのは“今”しか出来ないのだと。 少し考えれば分かった筈の事が、ずっと私には見えていなかったのですね。 ごめんなさい。 何度謝っても、謝り足りないと分かっています。 死の螺旋を、ただ見ているしか出来なかった罪。 悲劇を何度も止められなかった罪。 神などとおこがましい称号を得ながら、結局は傍観者でしかなかった罪を。 赦してだなんて、言いません。 そんな資格、私には無い事くらい承知しています。 それでも言わずにはいられない。 それでも願わずにはいられない。 ごめんなさい。 だから私は購いの為−−祈ります。 最後まであなた達に全てを背負わせる、愚かな愚かな私達を−−どうか赦さないで下さい。 ただ願い、信じる事だけを赦して下さい。 あなた達が希望を手にしてくれる事を、この閉じた世界の果てに幸せを見出してくれる事を。 お願い。 どうかクリスタルを−−最後の希望を。 そしてその意味に気付いて。 この悲しい幻想を、終わらせる為に。 そして。 光も闇もなく、貴方達が皆、幸せに生きていける未来を。 手にして下さい。 何度も運命を打ち破ってきた、その手で。Last angels <想試し編> 〜4-1・秩序と混沌の幕間劇〜 機嫌がいい−−筈は無い。苛ついているというより、憂鬱で仕方がないのだ。皇帝はテーブルに肘をついて考えこんでいた。 期待していた分、失望は大きい。前の世界で−−最後にできるかもしれないと、儚い望みを抱いてしまった反動は。 誰が悪かったのでも無い。ティーダもアルティミシアもよく働いてくれたと言っていい。クジャとジェクトの裏切りは、忌々しいがどうしようもない。ミスがあったとすれば、そうならないように組んでいた筈の自らの策にあっただろう、手抜かり。結局責任は自分自身にある。 恐らく今後は今まで以上に動きづらくなるだろう。自分達は時の鎖を断ち切る、一歩手前まできていた。真実に近付きすぎている自分達を、ガーランドがこのまま放置するとは思えない。 そしてもう一つ、ハッキリした事。自分達が行動を起こす上で、最大の障害に当たる彼ら。支配者の二人の僕−−シャントットとガブラス。 暗闇の雲が離反し、現状カオス陣営でガーランド派と呼べるのは本人とセフィロス、ケフカのみ。セフィロスがやや厄介だが、ガーランドとケフカだけならば自分とアルティミシアだけでも対抗できる。それが前の世界で実証された。 事実。自分達は勝っていた筈だ。満身創痍ながらも、ケフカとガーランドを倒す事に成功した。だが直後−−あの武人と淑女にトドメを刺されてしまったのである。いずれにせよ今の自分達に太刀打ちできる相手では無かった。 彼らをいかにして攻略するか。死の螺旋に囚われた世界を守るケルベロス。地獄の番犬たるあの二人を倒せない限り、自分達に勝機は無い。 これからの事を考えると、本当に気が滅入る。皇帝が何度目になるかも分からぬ溜め息をついた、その時だ。「私です。いるのは分かってるんで、入りますよ」 いるのが分かってるならノックしろ、ってか返事する前にドア開けるなよ。心の中でいろいろツッコミながら、来訪者を見やる。 そしてさらにもう一個ツッコミたくなった。「……何だそれは」 「見て分かりませんか?ケーキです。モンブランケーキ」 だから何でモンブランケーキがあるんだと訊きたいんだが。アルティミシアは疑問符を飛ばす皇帝を無視して、テーブルに盆を置いた。隣室で入れてきたのか、ケーキの乗った皿と一緒に紅茶を並べる。「差し入れです。貴方、甘党って言ってませんでしたっけ?」 きょとんとするアルティミシアの顔は、まるで少女のようだ。彼女もこんな顔を見せるのか、と少し意外に思う。新しい発見だ。 ふわり、とハーブティーの優しい香りが届く。この茶葉が気に入ってると以前言っていたのを思い出す。「確かにそうだが…」 よく覚えていたものだ。確かに自分は珈琲は砂糖とミルクなしで飲めないし、朝ご飯にデザートは欠かさないほど甘いもの好きである。女みたいだとからかってきたケフカを杖でぶったたいたのはいつの世界の事だったか。 ケーキに目を落とす。市販のもののように綺麗だが、モーグリショップで販売していた種類ではない。それにところどころ手作りらしき痕跡がある。「一体出どころはどこなんだ…ってもう食ってるし。おいアルティミシア」 「食べないなら貰いますよ」「だから言いながら手を伸ばすな!」 さっと皿を引いて避難する。これはさっさと食べないとかっさらわれる事必至だ。腑に落ちない点はあったが、とりあえず食べてから考えようと決める。「…美味いな」 一口食べて感嘆した。 見た目より柔らかいクリーム。まるでとろけるように甘いが、クセのある味ではない。クルクルと巻いたレモン色のクリームの上に、綺麗な色の栗がちょこんと鎮座している。 一体誰が作ったのだろう。目の前のアルティミシアではない。絶対無い。彼女はお世辞にも料理がうまい方ではないのだ。パンデモニウムのキッチンを修復不可能なまでに壊滅させてくれた事は記憶に新しい。その時は自己責任という事で、本人に時間を巻き戻させて全部直させた。本当にいい迷惑である。 順調にケーキを平らげながら、思考は止めない。何となく予想はついてきたが、食べてしまったものはどうしようもないのであって。予測が正しいのならそろそろ−−。「アルティミシア!!あんたちょっ…あぁぁーっ!!」 ノックは愚か声すらかけず。彼はドアをブチ壊す勢いで飛び込んできて、叫んだ。その指はまっすぐ、もはや一口分を残すのみとなったモンブランケーキの残骸を指差している。「何ひとのケーキ勝手にパクって食ってるわけぇぇ!?泥棒!!」 「あらいらっしゃいクジャ。本当に美味しかったわ、ごちそうさま♪」 「ごちそうさま♪…じゃない!!」 やっぱり彼の作品だったか。一人で頭を抱えて喚くクジャを見ながら、皇帝は最後の一口を口に運ぶ。 カオス陣営の中で料理ができるのは自分とガーランド、ゴルベーザ、クジャに暗闇の雲。ただしこれは“そこそこに”のレベルの話。料理が好きな上、やや手 のこんだ料理までできる人間はクジャとゴルベーザの二人である。性格の問題もあるだろう。彼らは好きなものにとことん拘るタイプだ。 でもって、ケーキのようなデザート系に凝るのは主にクジャの方である。ここまで来れば名探偵などいなくとも予想が立つ。「酷いよ!せっかく冷蔵庫に楽しみにとっておいたのに…!」 「だってワンホール置いてあるんですもの。それも共同の冷蔵庫に」 アルティミシアは悪びれる気配すらない。「てっきり食べていいのかと思って。あの量、あなた一人じゃとても食べきれないでしょ?」 完璧に開き直っている。なんとなーく分かっていながら堂々と食べた自分もどうこう言えないが。 しかし、ワンホール作ったのか。一体何の為に?「べ、別に…誰かにあげようとか、そんな事思ってたわけじゃ…」 語るに落ちている。見事なまでのツンデレデレっぷりを発揮するクジャ、いっそ微笑ましい。 それは悪い事しましたね、と。少しも悪いと思っていない口調で言うアルティミシア。「でも私が持ってったのは二人分だけですよ?角度にして90°。まだまだたくさ ん残ってるじゃないですか」 するとクジャは涙目になって叫んだ。「全部無くなってたんだよバカ!アンタ達以外にもパクられたの!!」 「…災難な」 だが、そもそも共同冷蔵庫に入れておくのが間違いではないのか。まるで食ってくれと言わんばかりだ。 そうは思ったが、皇帝は心の中だけで呟くに留めた。熱しやすいクジャのこと。言えばもっとヒートアップするのが目に見えている。 同じ頃。 コスモス陣営はちょっとした争奪戦になっていた。バッツは目の前の盗賊の顔を、ギンッと睨みつける。本当なら飛びかかってやりたいが−−下手な真似すると皿がひっくり返るのが目に見えている。 ジタンがニヤニヤしながら尻尾で器用に支えている先には−−ケーキの乗った皿が。「隙ありぃっ!」「ぎゃあっセシル!!足っ、足!踏んでるってばイッタイ!!」 事の起こりは、ゴルベーザがどこからともなく調達してきた差し入れ。何故か90°分だけなくなっている手作りのモンブランケーキである。ケーキの出どころに ついて疑問を口にする者はいなかった。ゴルベーザは料理が得意だ。彼が作ったのだろう、と誰もが疑わなかったのである。 庭先でのんびりしていたバッツ達は、大喜びで飛びついた。 しかし。そこで大きな問題があったのである。 バッツにジタンにセシル、ティナにオニオンナイトにクラウド、フリオニール、スコール。 八人いるのに、ケーキは六人分しか、無い。 気付いた瞬間、戦いのコングが鳴っていた。たかがケーキ、されどケーキ。みんな大好きモンブラン、誰も譲る気配なし。青ざめたゴルベーザをよそに、戦士達は火花を散らせていた。「こら!いい年した大人が何やってるの。まず小さい子にあげなきゃ、当たり前でしょ。ね?」「て、ティナさん…目が笑ってません」 「いいよね?ねぇ?」「ハハハハハイ」 ブラックスマイルのティナにあっさり一人分が渡る。彼女は笑顔でオニオンナイトに皿を渡した。ちなみに彼女本人の分は、真っ先にオニオンが確保している。 そしてさりげなく既に食べ始めているクラウドとスコール。あんたら一体いつの間に。「渡すかぁっ!」「やれるもんならやってみな!!」 最終的にはジタンとバッツの喧嘩に発展し、通りがかったライトに叱られて終わるのである。変わらない光景が、そこにあった。馬鹿馬鹿しくも幸せな景色が。NEXT |
新たな世界が齎すのは、希望か絶望か、それとも。