何があったんだ、と訊くのも馬鹿らしいのだが。 偶然とはいえ通りがかってしまった以上、この状況で無視するのも気が引ける 。もといこの二人の事、後でどんな噂を振りまいてくれるか分かったもんじゃな い。
「…今度は何やらかしたんだ、お前達」
居間の隅っこで、仲良く正座してうなだれているジタンとバッツ。いわゆる“ お説教されました”体勢だ。しかもよく見るとあちこちボロボロ、まるで戦闘訓 練の後のような有り様である。 面倒くさいと思いつつ声をかけてやるクラウド。
「喧嘩だ。それもくだらんな」
答えたのは二人の前で読書をしていたライトである。 「ゴルベーザがケーキを差し入れてくれたらしいんだが」 「?ああ」 それは知っている。自分もおこぼれを預かった。騒ぐ面々がうっとおしいので 早々にケーキの皿を持って自室に引っ込んだのだが。
「人数分無かったらしくてな。最後の一切れを巡ってこの二人が喧嘩して。必殺 技かまして壁に大穴を空けたので、ルーンセイバーで黙らせた。これから第二次 説教タイムだ」
…なんというか。
「アンタもだいぶキャラが壊れてきたというか、弾けてきたというか…」 「?」 「あーいや…分かんないならいい…」 初めて会った時は、表情の変化にも乏しい真面目さん、厳格な堅物−−という 印象の強かったウォーリア・オブ・ライト。 だが最近は、角がとれてきたのかお気楽な連中に感化されてきたというべきか 、だいぶ本来の天然ボケぶりをはっちゃけるようになった。また、いつも頭を使 ってそうに見えて実は案外、行動してから行き当たりばったりで考えている人間 だということも。 ちょっと面白いと思う。そして、無意識のうちに殻を破って心を開いてくれて いる事が、なんだか嬉しい。それに真面目ゆえの天然ぶりがなんだかほっとけな い。まるで小さな子供のようだとすら思う。 何故だろう。彼を見ていると、誰かを思い出しそうになる。
「麻婆豆腐の匂いがする…」
ぽつり、とバッツが呟いた。その声にジタンがホントだ、と顔を上げる。 「そうだ、今日の晩飯当番ってクラウドじゃん!今日の晩飯麻婆豆腐だろ!?」 「あ、ああ…そうだけど」 確かに、さっきまで具材を炒めていた。居間に出しっぱなしだったティーセッ トを片付けにこっちに来たのである。確かに厨房は遠くないが、そんなに匂うだ ろうか。それとも二人の鼻が犬並なのか。 「腹減った腹減った腹減ったぁぁッ!俺達もう二時間もこの体勢で説教くらって んだよ!飯食いてーよ疲れたよーっ!」 「うるさいそこの猿二匹」 ピシャリと言い放つライト。さりげなく猿二匹って言ったよこのヒト。睨むラ イトの視線が怖くて、言われた二人は反論できない様子だ。 「その様子だと、まだまだ全然元気そうだな?お前達が壊した壁、ちゃんと修繕 できるまで夕食はお預けだ!」 「ええぇぇぇ〜ッ!?」 途端上がる非難の声を見事黙殺し、ライトは席を立つ。クラウドも苦笑しなが ら立ち上がった。後ろから鬼!だのマーボー!だの文句を垂れる声が聞こえる。 厨房に行くと、ライトが食器を出していた。手伝ってくれるつもりらしい。 フライパンを覗きこみ、相変わらずクラウドは料理が上手いな、と笑う。 「麻婆豆腐なんて簡単な部類だろ。アンタもできるんじゃないの?」 「一品料理としてならな。スープやサラダと同時進行で作れるのがまず凄いと思 う。味も美味しいし」 そう言われれば悪い気はしない。そりゃどうも、と肩をすくめる。
「前から思っていたが…どこかで習ってでもいたのか?本職は軍人だったと聞い ているが」
勇者の言葉に一瞬、火をつけようとコンロに伸ばした手が止まる。
「……さぁね。よく覚えてないな」
どうして料理が得意なのか、とか。誰かに習ったのか、とか。そういう事は考 えた事が無かった。きっかけがよく思い出せない。確かに自炊する為だけにして は、レパートリーの量が多いような。
「考えた事も無かったな。自分の事なのに」
ひょっとして、誰かにご馳走する機会が多かったのだろうか。 コスモスに召喚され、戦いに身を投じる前の自分は。
Last angels <想試し編> 〜4-2・秩序と混沌の幕間劇U〜
秩序の聖域で、女神は一人思いを馳せる。
「神とは…一体何なのでしょうね…」
秩序と調和を司る女神、コスモス。それがこの舞台における、自分に与えられ た役割であった。しかし、実際にやってきた事と言えば、光の軍勢を率いてのカ オス軍と戦争。お綺麗な異名とはかけ離れている。何度血に汚れたか、何度汚辱 にまみれたか。 だが、自分はまだいい。最前線で戦う立場でないからだ。軍師と言えば聞こえ はいいが−−最後方で引っ込んでサポートするだけで、殆ど何もしていない。傷 つくのも壊されるのもみな、自分などを護ろうと戦ってくれる戦士達ばかりだ。 傍観者。それでいいと−−自分にはそれしか出来ないと、ずっとそう思ってい た。戦いは繰り返される。何度決着をつけようとまた白紙に戻され、そのたび彼 らは戦いまた死んでいく。 見るに耐えない悲惨な結末もあった。目を覆いたくなるような末路を迎えた者 もいた。 真実を知らせるべきなのか。最初のうちはコスモスも悩んだのである。自分が 知っている全てを戦士達に語るべきなのだろうか。彼らの記憶を消し続ける選択 は本当に正しいのだろうか−−と。 しかし。 真実を知らせて−−彼らに何ができるだろう。この世界の時を巻き戻し続ける 大いなる意志。輪廻を繰り返すその力を断ち切るには−−そのあまりに強大な存 在を打ち倒さなければならない。 結果は見えている。たとえコスモスがカオスと手を組んで特攻をかけたとして も−−相打ちにすら持ち込めるか怪しい。 百年近くもの間−−いや、シャントットとガブラスが参戦していた頃を含めれ ばもっと長いだろう−−この世界の時間を操り、数多の死者を蘇らせてきたほど の力を持つのだ。神すらも超えし神。かの者を評するにそれ以外にどんな言葉が 相応しいだろう。 それに。運よく支配者を倒せても、あの存在は何度でも蘇る。あの“四つ”の 闇のクリスタルがある限り。あのクリスタルを破壊しない限り。 神竜が輪廻を司れるのもあのクリスタルのおかげと言っていい。時を戻し死者 を蘇らせ力を使い果たしても、闇のクリスタルの力で何度でも転生する。そうや って世界は繰り返されてきたのだ。 闇のクリスタルのうち一つは、ウォーリア・オブ・ライトの体内に埋め込まれ ている。あとの三つも同様に戦士達の体内にある。クリスタルは宿主の魔力と生 命力を吸って成長し、やがてはその肉体と魂を食い殺す。完成した闇のクリスタ ルは、力を使い果たした神竜の新たな器として生まれ変わる事になる。 クリスタルに食い殺される前に宿主が不慮の事故で死んでも結末は変わらない 。宿主の命が尽きる寸前に、必ずクリスタルは完成する事になるのだから。 輪廻を断ち切る唯一の方法。それは、生きたまま宿主の体から闇のクリスタル をえぐり出し破壊した上で、神竜を倒す事。それしかない。 前の世界で。ティーダ達の狙いは概ね正しかったと言っていい。 しかし、その為には必ずライト達“契約者”を犠牲にせねばならず、さらに彼 らの力だけで神竜を倒せた可能性は限りなくゼロに近かった。それに彼らはクリ スタルを破壊する段階で致命的なミスを犯している。正直なところ、彼らの失敗 は必然だったのだ。 仲間を必ず殺めなければならない。 とてつもない苦痛と覚悟を決めてそれを成したとしても、大いなる意志を打ち 倒す事は不可能に近い。その戦いの最中でまた何人死ぬ事になるか。どうにか輪 廻を解き放つ事ができても、その時点で未来の無い者もいる。 彼らが望む、野薔薇咲く平和な世界を。実現できたとして−−その景色を、一 体何人が見れるというのだろう。
−−あまりにも、真実は残酷すぎる。知らせれば彼らはまた迷ってしまう。下手 をすれば今以上の惨劇を招く事になる…それだけは避けなければならない。
全てを知りながらもコスモスは真実の全てを隠した。しかしそれゆえに悲劇は 積み重なり、誰も彼もが幾度も凄惨な死を迎える事になってしまった。記憶を消 されている為に、以前の教訓すら彼らは生かせない。 分かっている。それは自分のせいであると。積み重なった悲劇の記憶。それを 今になって解き放ってしまったらどうなるか。
−−きっとみんな…狂ってしまう。
特に、クラウドとティナの二人が。彼らが精神的に問題を抱えているのは、か つていた世界とその出自の影響である。この世界に召喚される前の事は、いかに コスモスといえど手の施しようがないのである。 人間の脳が耐えられる記憶の容量など、たかが知れたものなのだ。しかもそれ があまりに暗く、澱みきったものであるならなおのこと。百年分の惨劇に耐えら れるのは、超越者か、既に心の壊れた者だけだ。 実際、シャントット達初代の戦士の多くが、記憶の重みに耐えきれず潰れてし まった。シャントットとガブラスだけは狭間に溶けるのを免れたが、弱った精神 では神竜の洗脳を切り抜ける術は無かった。 コスモスとカオスは、生まれからして問題ないのである。人間より遙かに強靭 な脳を持つよう創物主に作られているのだから。 カオス側で、記憶を受け継いでる者達。暗闇の雲、ゴルベーザ、エクスデス。 彼らは断片的な記憶だけ引き継ぐ事で、どうにか精神崩壊を免れている。また全 てを覚えているものの、神竜の配下であるガーランドはその加護により発狂する 事が無い。 だが、ケフカは壊れてた。元々の出自のせいで精神に異常を来してはいたが、 悲劇の記憶が彼にトドメをさしたのだ。それでも消滅せずに済んでいるのは、彼 が一応とはいえガーランド側についてあるせいなのだろうか?それはよく分から ない。 皇帝とアルティミシアが正気を保っている事が奇跡だった。一体、何が彼らを 支えているのだろう。今にも壊れそうな精神を、それでも人の側に引き止める彼 らの強さはどこから来るのか。
−−光の戦士達が正気を保つ為には、記憶を封じるしか無かった。それは、今で も思うけれど。
突然発狂する戦士。疑心暗鬼から暴走する戦士。その原因は、コスモスが記憶 を封じる事でどうにか保たれている精神が、ストレスにより決壊してしまう事に よって起きる。 『語り外し』のティナ然り。『答捜し』のオニオン然り。『猫騙し』のクラウ ドやセシル然り。『詞遺し』のスコール然り(彼は暴走行動には至らなかったが )。実例はいくらでもある。
−−でも…知らなければならない記憶は、真実は確かにあると。変えられるもの もあると…彼らが教えてくれたから。
コスモスは決意を胸に、空を仰いだ。
「これは、最期の賭なのです」
自分は、自分達は信じる。 彼らが未来への道を、平和な世界への扉を−−開いてくれる事を。
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長い長いプロローグが、漸く終わりを告げる時。