最後の舞台を始める為に、覚悟を決めたのは女神だけでは無かった。 男神もまた、賭に出る事を決めた。それがどれほど無謀な行為であるとしても。「敵襲だ!」 異変に最初に気付いたのは、リーダーであるウォーリア・オブ・ライト。その声にコスモスの手の者達は武器を手に手に基地を飛び出す。そして誰もが息を呑む。 いつかの世界のように、包囲されたベース。あの時との違いはベースに光の戦士達が全員揃っていたこと。そして混沌の軍勢もまた、誰一人欠ける事なく対峙していたことである。「戦いを、終わらせたいのはどちらも同じ…」 普段は滅多に表舞台に立つ事の無い女神が現れた事に、彼らは驚いた。同時に、混沌の軍勢の後ろに立つ男神の姿にも。「あなた達を信じて…私も戦います」 惨劇を打ち破る最後のピース。そこに欠けていたものが何なのか、彼と彼女はようやく気付いたのである。そう、役者が足りていなかったのだと。自分達が傍観者でいたのが間違いであったのだと。 今初めて、全てのピースが揃う。パズルが完成するか否かは、役者達自身の手に委ねられた。 互いのリーダーが先陣を切って飛び出したのを皮切りに、戦争は始まった。光と闇。秩序と混沌が火花を散らす。それぞれの思惑を剣に乗せて、彼らは戦う。望んだ未来を手にする為に。 心のまま、生き抜く為に。Last angels <想試し編> 〜4-3・少年と妖魔の明日T〜 策にハマったな、と思う。オニオンナイトはティナの手を引いて走りながら失笑する。 皆で固まって戦っていた筈が、いつの間にやら自分の周りにはティナしかいない。どうやら分断されてしまったらしい。襲ってきた大量のイミテーションの一部は蹴散らし、残りは撒いたものの、仲間達の姿もカオスの者達の姿もすっかり見失ってしまった。 多分、うまい具合に分断されてしまったのだろう。実際の実力はともかく、外見上自分とティナが一番ナメられやすいのは確かだ。腹立つ事この上ない。彼女の側にいられるのは有り難いけれど。「はぁ…こりゃすっかり迷子だな僕達…。仕方ない。がむしゃらに走ってもどう にもなんないし、一回休むか」 次元城エリアは広い。ベースがあるのも同エリアなのでそう本拠地から離れていない筈だが、いかんせんこの付近は磁場がトチ狂っているのだ。コンパスはきかない。時間さえ惜しまなければ本拠地には帰れるだろうが、今はゆっくりのんびり家に戻っている場合でも無いだろう。 城壁に寄りかかり、二人並んで腰を下ろす。「オニオン…疲れたんじゃない?大丈夫?」 ティナに心配されて、なんだか情けなくなった。否定出来ないのが痛い。彼女はまだまだ平気そうな顔をしているのに。腕力も体力も無い事が、オニオンには大きな引け目になっていた。 彼女の力になりたいのに。母のように姉のように大切に思う人を護りたいのに。少年は俯いて、唇を噛み締めた。「…大丈夫。大した怪我もしてないし。ちょっと休んだら、みんなを探しに行か ないとね」「なら、いいんだけど…」 まだ心配そうなティナに、大丈夫だからと笑いかける。大丈夫だ。護りたい人がいる限り、自分は迷わず歩ける。強くなる事を、躊躇わずにいられるのだから。 たとえ仲間も記憶もなくたって、証明出来ればそれで、いい。誰かを護れるなら、そこに価値がある。自分という空っぽな存在でも、此処にいていいのだと、納得できる。安堵できる。怯えずに、いられる。 それは身勝手で異常な事かもしれないけれど。『…聞こえますか?私の声が……』 「コスモス?」 突然、声が響いた。自分達の主たる女神の声だ。何故だかまるでスタジオのように反響している。一体どこから語りかけているのだろう。 オニオンが辺りを見回しながら立ち上がった時、目の前の空間に光の柱が立った。それは人の形になり、すぐに見慣れた女神の姿を形作る。 敬愛すべき調和の女神。しかし今の彼女の姿にはどこか違和感を感じる。理由はすぐに分かった。透けているのだ。まるでスクリーンに映した像のように、その姿が揺らめいている。『今、十人全員に、一斉に情報を送信しています。本当は一人一人に会ってお話すべきなのですが…時間がありません。聞いて下さい』 聞いて下さい、とは言っているが、言葉とは裏腹の有無を言わせぬ強い口調。それが召喚主からの“命令”であると、悟るには充分だった。 『カオスは、どうやら大量のイミテーションを隠していたようです。今は一時的に撤退した模様ですが…次、あの数で総攻撃を仕掛けられたら、私達に勝ち目は ありません。私達が倒れ、カオスが勝利すれば、調和の力は引き裂かれ…世界は 混沌に沈んでしまうでしょう』「そんな…」 絶望に近い呟きを漏らすティナ。その声が聞こえたかは分からないが、どうか諦めないで、とコスモスは優しく語りかける。『まだ、全てが終わったわけではありません。あなた達が生きている。それで充分。あなた達十人は、世界に残された最後の希望なのです』 そこで彼女は言葉を切った。何かを躊躇うような沈黙。けれどそれは本当に僅かばかりの時間だ。コスモスは意を決したかのように口を開く。『平和な世界を…未来を切り開く為の手段は残されています。どうか見つけて下 さい。世界が砕けても、輝きを失わない光…クリスタルを』 「クリスタル?」 首を捻るオニオン。確か同じ名前の素材がコロシアムの景品にあった気がするが−−それとは違うのだろうか。『便宜上…私はその輝きを“光のクリスタル”と呼んでいます。数は一人につき 、一つ。十の輝きが集う時、世界を救う希望が生まれる…。私の口から話せるの は、それだけです』「ちょ、ちょっと待ってってコスモス!」 彼女が話を終わらせる気配があったので、オニオンは慌てて声をあげた。向こうに自分達の声が聞こえていなければどうしようもないのだが。「情報が少なすぎるって!光のクリスタルって…それは一体何処にあるのさ?こ の広い世界を、闇雲に探せって言うんじゃないだろうね!?」 どうやら声は届いていたらしい。彼女は何かを考えこむ仕草をした後、告げてきた。『確かにこの閉じた世界は狭く、同時に広い。途方に暮れてしまうのも致し方ありません。でも…大丈夫。あなた達が自分自身の心に向き合えば、クリスタルは 必ずその光に応えるでしょう。あとは、あなた達次第です』「そんな事言われても…」 『それに、クリスタルはあくまで通過点。それを忘れてはなりません』 本当に、この神様は勿体ぶった言い方が好きである。もっとストレートに言ってくれりゃあいいものを、とオニオンはウンザリする。『力と記憶、そして選択肢を得た時、道を選ぶのはあなた達自身。どうか、負けないで。真の希望とは、諦めない限りそこにあるものなのだから…』 そこで、“通信”は一方的に切られた。コスモスの姿が掻き消える。オニオン は少しの間呆然と立ち尽くしていた。話の展開が随分急だ。姿形も分からぬものを、一体どうやって探せと言うのだろう。「クリスタル…絶望を打ち砕く力、か」 文字通り頭を抱えたい。探させたいならもう少しマシなヒントをくれてもいいではないか。あまりにも抽象的すぎる。 だが、背中で聞こえたティナの呟きに我に返った。「本当に見つかるのかな…」 振り向けば、不安げな少女の瞳と眼が合う。彼女を不安がらせてはいけない。オニオンは努めて明るい笑みを浮かべた。「ま、立ち止まっててもしょうがないし。とりあえず、信じて進むしか無いよね」 正直、全くアテは無かったが。どういう訳かカオス軍が撤退してくれたというなら、焦る必要も無いだろう。たまにはティナと二人だけでアテの無い旅をするのも悪くない。今はそう考える事にしよう。「大丈夫。僕がついてる!」 彼女の性格なら把握しているつもりだ。優しいけれど、控え目で引っ込み思案。側にいるのが自分一人である以上、自分が積極的に彼女を引っ張っていかなければ。「情報をまとめてみようか。ティナは何か疑問に思ったこと、ある?」 自分がリードするにせよ、彼女が自分に依存するようになるのはマズいし、オニオンの方も自分一人で全部決めるような思い上がりは良くないと知っている。ある程度答えは出ていても、ティナにも話を振るようにしなければ。「うーん…とりあえず、どうしてカオス軍は撤退したのかな」 少し考え、彼女が口にしたのはそれだった。なかなか鋭い。「だよね。ハッキリ言って、押されてたのは僕達の方だ。客観的に見ても、精鋭の実力なら拮抗してるはず。イミテーションの数の分だね、これは」「私達のことも…分断まではしたけど、あんまりしつこく追って来なかったよね 。うまく撒いたっていうより、なんだかわざと見逃してくれたみたい…」 「うん。…何でだろ」 ゆえに、このままでは世界が滅ぶと言われても−−危機感が薄いのだ。自分もティナもほぼ無傷。敵は何故だか積極的に追って来ない。 そして、まるで図ったように現れたコスモスの話−−。「…まさかな」 さすがにそれは無いだろう。一瞬頭に浮かんだ考えを振り払う。「コスモスの話も、イマイチ分からない事だらけだ。話の流れからすると、クリスタルさえあればカオス軍を倒せる…みたいに捉えたくなるけど。実際、コスモ スはそんな事一言も言ってないんだよね」 彼女が言ったのは。“クリスタルとは、平和な世界と未来を切り開く手段である”こと。 “クリスタルを十集めれば世界を救う希望が生まれる”こと。 そして“クリスタルは何らかの通過点であり、手にする時『記憶』と『力』と 『選択肢』を得る”ということだ。 どれもこれも抽象的すぎて想像がつかない。彼女の言う“希望”が何を指し示 すかで、この先の状況が大きく変わる。何より気になるのは最後の台詞。「力と記憶って…同じモノなのかもしれない」 「え?」「気付いてないかもしれないから言うけど。僕達みんなさ…この世界に召喚する 前に何をしていたか、どんな風に生きてきたか…覚えないことない?」 オニオンの意図する事が分かったのだろう。ティナの顔が青ざめる。これは気付いて無かったな、と少年は溜め息をついた。「何で記憶が消えてるのか分かんないけどさ。もしこれが意図的に施された封印なら…過去を思い出した時、かつて持っていた筈の力もまた蘇る…って事なのか もしれない」あくまで憶測の域は出ない。最後の“選択肢”に至ってはその時にならないと どうしようもないわけで。「やれる事からやってみようよ。僕達になら、きっと何とかできるって」「…そうだね」 やっとティナにも笑顔が戻った。少年は嬉しくなってその手を握る。 この温もりを失わない為にも、自分は戦い続ける。たとえこの先にどんな試練が待つのだとしても。NEXT |
少年と少女、今宵エデンの片隅で。