アテの無い旅を続ける二人。存在証明を捜す少年と、存在理由に悩む少女。少
女を元気づけようと、オニオンナイトは他愛の無い話をしながら歩き続けていた
。今後の展望について、思考を止める事はしなかったけれど。
 クリスタルワールドのエリアにさしかかった時、ちょっと待って、とティナが
オニオンを呼び止めた。やや遠くを見つめる瞳は、困惑したように揺れている。
 
「感じる…向こうの方から、強い何かを」
 
 強い何か、と来たか。どうやら抽象表現は女神の専売特許では無かったらしい
 
「もしかして、クリスタル?」
 
 強い魔導の力を持つ彼女は、気配読みに長けている。幼い自分ではまだ感じと
れないモノも察知できるのかもしれない−−と思うと少々悔しかったが。
 クリスタルがそう簡単に見つかるなら苦労はしない。違うだろうな、と思いつ
つ多少の期待もこめて、オニオンは彼女を見上げる(ああ本当に、この身長差が
憎たらしいったらない)。
 
「…わからない。強い気配としか」
 
 自分でも力を扱い切れていないのかもしれない。強い気配−−向こうに何か強
い力の源があると、そういう事なのだろうか。罠である可能性も否めないし、強
い力=カオス陣営の誰かさんとのご対面、である率もけして低くはない。
 だが。
 
「行ってみよう」
 
 目標があって歩いていたわけでもないのだ。このままでらラチがあかない、と
感じていた矢先のティナの言葉。天の助けのように思っている自分がいる事は否
定できない。
 カオスの誰かがいるなら、それでもいい。どちらにせよ奴らには聞きたい事が
山ほどある。特に−−自分と同じ世界から来たであろう、暗闇の雲には。
 だが、勇んで歩き出そうとするオニオンとは逆に、ティナは俯いて立ち尽くし
たままである。
「どうしたの?」
「なんだか心がざわついて…」
 それを人は第六感と呼ぶのだろうか。
 
「近付いてはいけない気がするの」
 
 その感覚は、案外馬鹿にしたものではない。特にティナの場合、うまく言葉に
するのが苦手なだけで、実際はちゃんとした根拠のあるものだったりする。それ
が分かっているオニオンは一瞬足を止めて、彼女を振り返った。
 
「いかにもな罠…って事もまぁ、よくあるパターンなんだろうし。君の予感を否
定するつもりは無いけどね、ティナ」
 
 もう一つも、分かっているのである。
 彼女は何故わざわざ気配の事を口にした?自分に話した?オニオンの性格から
して、行ってみようと言い出す事は目に見えているというのに。
 
「クリスタルの手がかりが見つかるかもしれないんだよ?大丈夫、敵がいたって
僕がなんとかするから」
 
 ティナも、本当は気になっているからだ。その気配が何を意味するのか、そこ
に何があるのか。恐れながらも、行って確かめたい気持ちが確かにある。
 だからオニオンは、彼女を安心させようと微笑んだ。
「僕じゃ、頼りないかな?一応こんなナリでも“騎士”なんだけど」
「そ、そんな事ないわ!そんな事ない…けど…」
 慌てて手を振って否定するも、彼女は不安そうである。不安の理由をうまく説
明出来ない事が、何より怖いと感じるのかもしれない。
 だからあえて、言った。
 
「カオスの手先なんて、強い力でただ壊すだけの連中さ。それにひきかえ僕には
…ココが、あるからね!」
 
 トントン、と自分のこめかみを叩いてみせる。自分の最大の武器はよく回る頭
脳であると示すように。
 破壊を好む、人の姿をした獣達。闇にしか生きれぬ哀れな亡者達。その存在そ
のものが世界を乱し、平和を遠ざける−−かつて、オニオンはそう信じていた。
今は−−気付いている。それがコスモスの話から自分が身勝手に作り上げた、“
理想の悪役”像でしかない事に。
 時に人は、敵を作る事で目的を得る。悪役を作る事で自らを正当化する。絶対
的な正義など、傲慢なまやかしでしかないというのに。
 それが分かっていてわざと、口にした。彼女を怯えさせたくない。今のオニオ
ンにとってそれこそが最優先事項であるのだから。
「……私ね。カオスの人達の事は、そんなに怖いと思ってないの」
「?」
「ご、ごめん。自分でも、よく分からないんだ。クリスタル…希望そのものが、
怖いのかもしれない」
 静かに、少年は少女の側に立つ。言葉を急かしてはならない。焦れば焦るほど
、きっと彼女は自分を閉ざしてしまうだろう。
 
「近付きすぎたら…知らなくてもいい事まで、知ってしまいそうで。そうしたら
もう、今の私達でいられなくなりそうで」
 
 握りしめた少女の手が、震えている。
 
 
 
「あなたを、失うのが怖いの。怖くてたまらないの」
 
 
 
 大丈夫、と。お決まりの文句が言えなくなった。彼女を護る為なら、死んでも
構わない−−そう思っていた自分がいる。そして命を賭ける覚悟なくして、護れ
ぬ時がある事も知っている。
 後ろめたさ。大丈夫と口にすれば−−それがそのまま嘘になってしまう気がし
た。
 
「ありがとう、ティナ。…でもさ、待っていたって風は吹かないんだよ。僕達は
自分の現実からは逃げられない。此処は戦場なんだ。明日…生きていられる保証
なんかない」
 
 自分達はそんな世界で生きている。たとえ望んだ事でなくとも、立ち向かって
いかなくてはならない。
 だったら自分は。限りある時間の中で、真実を知りたい。知らないまま、何も
分からないまま死ぬなんて−−絶対に嫌だから。
 
「ティナが戦うなら、僕も隣で戦う。危なくなったら一緒に逃げよう。大丈夫…
一人になんか、させないから」
 
 たとえ死に別れる事になっても。
 魂はずっと、あなたの側に。
 
「…うん。分かった」
 
 オニオンの決意が伝わったのか。小さく頷く彼女の手を引き、少年は地平線の
先を指差した。
 
「ほら、先へ進もう!」
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-4・少年と妖魔の日U〜
 
 
 
 
 
 時間は少しばかり遡る。
 闇の世界にて、柱にもたれて考え込む女がいた。暗闇の雲である。彼女は悩ん
でいた。再び時の巻き戻ったこの世界で−−自分のすべき事はなんだろうか、と
 
−−すべき事、というより。わしは何を一番に望んでいるのだろうな…。
 
 自分の心が、分からない。一体何がしたいのだろう。何に命を賭けようという
のなろう。前の世界では朧気でしかない願望の為に命を賭け、世界からの退場を
余儀無くされた。その事に関して後悔は無い。それが逆に、不思議で仕方がない
 今の自分の立ち位置はひどく不安定だ。ガーランドに離反を告げたものの、彼
と敵対する皇帝達にも刃向かい、結局立場そのものが宙に浮いてしまっている。
ケフカがあちらにいる以上、ガーランドに対しても派手な抵抗が出来ない。猛者
にその気はなくても、充分にこの構図自体が暗闇の雲には脅威となっている。
 それに、カオスの事も。確かに二つほど前の世界でも彼はコスモス陣営への総
攻撃を命じている。自分達は戦争をしているのだから、その命令自体はけして不
自然なものではない。
 けれど。
 
『この長きに渡る戦いに…真の決着をつける時が来たのだ』
 
 今度の戦いは−−何かが違う。
 
『我らが永劫の輪廻に囚われた理由。それは、我々神が不死の存在であるからこ
そ。何度倒されても我ら神は不滅、終わりが見えぬも道理…』
 
 だが、コスモスに完全な死を与えれば、戦いは終わり全ては解き放たれるのだ
と。カオスの言葉に、陣営の者達全てが驚かされた。暗闇の雲も例外ではない。
 
『コスモスが光のクリスタルに頼るよう、仕向ける。それができれば…我らの勝
利は目前となろう』
 
 光の、クリスタル。その正体を聞き、カオスの意図を悟る事はできた。また、
先程入った報告。こちらの狙い通りコスモスが戦士達にクリスタル捜しを命じた
事も、知った。
 しかし腑に落ちないのである。あまりにもあっさりとカオスの考えたままの行
動に出たコスモス。まるで示し合わせたようではないか。
 それに−−戦いに真の決着が着くという事が、時の鎖を解き放つ事に繋がるの
なら。皇帝派が異を唱えないのは分かるとして何故、ガーランドが何も言う事な
く作戦に従ったのだろう?彼は輪廻を継続させる為、今まで奔走してきた筈であ
る。
 それにこんなにあっさりと決着を着ける事が出来るなら−−何故今までカオス
はそれを実行に移さなかったのか。
 分からない。誰の考えも、読めない。この世界に一体、何が起きようとしてい
るのだろう。
 
「な〜にたそがれちゃってんですか、そんな所で」
 
 驚きはしない。彼の特徴的な足音は、随分前から聴覚に届いている。
 少しだけ疑問を感じただけだ。何故今彼が自分の前に現れるのだろう。
 
「ケフカ…」
 
 名を呼ぶと、道化は愉しくて仕方ないといった風情で笑う。それがますます不
思議だった。自分が彼の側を離反した直後は、不機嫌極まりなかったというのに
 
「ようやく、わしと話す気になったか?」
 
 そうだ。あの時はそれこそ口もきいてくれなくなったのだ。まるでへそを曲げ
た子供のように。
「話した方が、面白いって気付いたんですよ〜ぅ。オモチャはたくさんあった方
が楽しいですし〜♪」
「玩具…か」
 苦笑する。彼にとっては自分もまた、山ほど存在する玩具箱の中のオモチャに
すぎないのだろう。
 それでもいい、と思う。自分に構う事で、彼が幸せだというのなら。
 自分もまた、幸せでいられるのなら。
 
「で…今度はどんな悪戯を思いついたのだ?」
 
 伊達に長い付き合いではない。ケフカのご機嫌ぶりを見て、粗方察しはついて
いる。あれは、何か楽しい遊びを思いついた時の顔だ。今度はどんな迷惑をかけ
てくれるつもりなのやら。
 
「僕ちんにとっては、この戦争はとっても素敵なゲームだったんですがね。上の
オジサン達が終わらせちゃおうとしてるじゃないですか。そんなのも〜ツマンナ
ーイと思いまして」
 
 そういえば、と思い出す。ケフカが輪廻を望む理由は、この戦争そのものを楽
しみたかったせいである、と。そして戦争を楽しんでいた最大の理由は−−。
「だったらせめて。いつでも遊べるお人形を、僕ちんの手元に残しておこうかな
ぁと。僕ちんの大事な大事なオトモダチを、ね」
「?」
 何やら話の雲行きが怪しい。暗闇の雲は眉を顰める。
 
「昔の戦争も楽しかったなぁ。オトモダチと一緒にお人形遊びしちゃって。でも
せっかくだから、お人形はたくさん増やしたいワケですよ。オトモダチと…オト
モダチのダーイスキな、坊やを」
 
 ハッとして顔を上げる。ケフカが何をしようとしているかが分かったのだ。ケ
フカがオトモダチと言う人物は一人しかいない。そしてそのオトモダチ−−ティ
ナの大好きな坊や、と言ったら−−。
「まさか…っ」
「遊びましょ、僕ちんと一緒に!」
 道化は笑う。無邪気に、残酷に。
 
「欲しいお人形を、ゲットした方が勝ち。どうです、簡単でしょ〜?」
 
 それは残酷な“ゲーム”への、強制参加を告げるものだった。
 
 
 
 
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マリオネットの支配者は、誰?