オニオンは膝をついたまま、ティナの顔を見上げた。何者かに操られ、意志を奪われている筈の少女。その顔に浮かんでいたのは憎悪と、疑念と−−困惑。「あなた一人頑張って、それで何になるって言うのよ。何で戦おうとするの。自己満足?世界を救う為?正義って何?そんな奇麗事、聞き飽きてるわ!!」 その顔も、言葉も。ティナ自身の本心では無い筈だった。だが。 何故だろう。その悲しい声から耳を塞ぐ事が出来ない。この言葉は確実に誰かの真実。彼女を操る何者か−−いや、多分それだけではなくて。 彼女がずっとひた隠しにしてきた、闇の部分なのではないか。誰もが持ち合わせているような負の感情−−心の叫びなのではないか。オニオンは何故かそう直感していた。「神様なんていないのよ。願えば叶う?祈れば救われる?寝言は寝て言いなさいよ。それで叶うなら…私だって普通の人間として生まれたかった。こんな力なん か要らなかった!!それで救われるなら、こんな馬鹿げた戦争、そもそも起きちゃ いないのよ!」 あははははっ、とティナは高らかに嘲笑した。オニオンは知る。絶望と悲しみの針が振り切ってしまった時、人はもはや泣く事すら出来なくなるのだと。「救う価値なんかない。どうせ何度止めたって争いは繰り返す。ちっぽけな人間ごときに、運命は覆せない。いい加減気付きなさい?私達は無力よ。ただ虐げられる為に生まれてきたんだってね!!」 虐げられる為に、生まれてきた、なんて。ティナは心の底でそんな絶望を感じていたのだろうか。それでもそんな自分を恥じて、隠して、笑っていたのだろうか。「この後に及んで私の為だとでも言うつもり?あなた、私の何を知ってるって言うのよ。表で取り繕って、お綺麗な顔して、へらへら守られてる私が全部だと思ってんでしょ?知ったかぶらないで頂戴!あなたに私の何が分かるの!?」 苦しくて苦しくて悲しくて。それでも彼女は戦ってきたのか。世界の為に。いや−−。「夢なんて見せないで!どうせ裏切るくせに、優しい言葉なんてかけないでよ!!どうせ失うならこんな気持ち、知りたくなんてなかった…!!誰かを愛するなんて 、そんな幻…!!」 自分の、為に?「私は化け物なのよ!!人間にも幻獣にもなれなかった…!!いつも卑屈で、醜い嫉 妬ばかり考える。護られたいなんて傲慢になってる!!誰かに愛される資格なんか 、ない…!!だから…」 涙が滲んだ。拳を握りしめる。彼女の顔がぼやけて見えない。「だから…もう立たないで!!希望なんか見せないで!!嫌いにさせてよ…嫌わせて よ!!嫌ってよッ!!私は…っ」 少女の言葉が途切れる。オニオンが渾身の力をこめて、立ち上がったからだ。ふらつく脚、荒い呼吸、未だに痛みの残る胸を押さえ、肩や腕から血を流しながら−−少年は一歩一歩、少女に近付く。「ずっと……そうやって、苦しんできたんだね」 「…どうして……」 「一人で泣いてたんだよね。本当は怖くて仕方なかったんだよね。…ごめん。ず っと、気付いてあげられなくて」「やめて……」 「大丈夫だよ」 オニオンが歩み寄る。ティナは下がりかけて、立ち止まる。「大丈夫。僕は君を、裏切ったりしない」 手を、伸ばす。「誰だって心に、光と闇を抱えてる。みんなそうなんだ。ティナは化け物でも、醜いわけでもない。だって僕、ティナの素敵なところたくさん知ってるもん」 誰かが傷ついた時、そっとその背を支える優しさ。誰かの心の痛みにいち早く気付ける温かさ。どんなに怖くても、強大な敵相手でも立ち向かっていく強さ。そして。「僕も、みんなも。ティナが大好きなんだよ」 ひたむきに、誰かを愛する事のできる心。「絵空事みたいな夢でも。叶えれば現実になるんだ。だから僕は、戦う。みんなと幸せに生きられるこの世界が…大切だから。僕は僕自身の為に、僕の大好きな ティナと一緒にいる為に、戦うんだよ」 そっと彼女を抱きしめる。ティナは抵抗しなかった。ただその大きな瞳から一筋、零れた滴があった。「守るから」 そっとその首に手を伸ばす。魔力を放つ、操りの輪に指先が触れる。「ティナのことは僕が守る。約束するから」 少女の唇が、何かを言おうと開きかけて、また閉じる。何かを必死で考えて、言葉を選ぶ時の彼女の癖。オニオンは急かさずその先を待つ。それがいつもの自分達だから。「私、は…」 しかし。その先が紡がれる事は無かった。オニオンが操りの輪を外そうとした時、パッと白い光が散り−−ティナの体が掻き消えてしまったのだ。「しまった!」 消えた−−否、違う。別の場所に飛ばされたのだ。オニオンが操りの輪に触れたら、そうなるように設定してあったか、どこかで察知して手動でワープさせたか。誰が?決まってる、彼女を操っていた何者か。 いや、何者か、と呼ぶのはもうよそう。彼女を付け狙って嫌がらせしてくる人間など限られている。 ケフカだ。ティナと同じ世界から来た、宿命の相手。「助けに行かなきゃ…このままじゃ、ティナは…!」 まだ洗脳されたままなのだ。自力で逃げ出せるとは考えにくい。もしまた操られて、他の仲間を襲うような事があったら−−! 誰より傷つくのは、彼女だ。「今なら、探せる…!」 サイトロを唱えた途端、再び胸に痛みが走る。さっきのような激痛ではないが、息が苦しい。正直、コンディションは最悪。魔力の残りを考えるとケアルガを使う余裕はなく、エーテルはティナに渡したまま。ポーションだけでどこまで凌げるか。「もってくれ、よ…僕の身体…!」 白い光に浮かび上がる地図。その地図が、エリアの一点に赤い光を指し示した。Last angels <想試し編> 〜4-6・少年と妖魔の明日W〜 遠い遠い、微睡むような記憶。 美しきあやかしは闇の世界で追憶する。祈るように、願うように。−−わしとて、全てを覚えているわけではない。覚えているにはあまりに長く…年月を、得すぎた。 自分の知るはじまりが、本当のはじまりだったのかすらもはや分からない。もしかしたら自分にもまた、召喚前の世界において失われた記憶があったのかもしれない。 どちらでもいい。過去は結局過去でしかないのだ。どんなに望もうと、過ぎた時は戻らない。あの時を操る魔女ですら、本当に取り戻したいものは手には入らずにいる。彼女は言った−−止まった歯車は、動かないのだと。それもまた一つの真理だろう。 時の鎖を解き放つ事で残るのは、絶望だけだと思ったのは。自分だけが知っていたから−−かつていた世界、希望をもたらす為の戦いが、結果どのような結末を齎したのかを。 輪廻が断ち切られたら、自分達はこの世界にいられなくなる。高確率で元の世界に帰る事になるのだろう。だが。 自分やオニオンナイトに、帰る世界などあるのだろうか。戻る場所が存在するのか。自分に至っては−−本来死んでいた筈の身。全てが終わった先に未来があるのかすら、怪しい。 自分達が生き残る手段は、この輪廻を受け入れる他ないと、そう思った。だからガーランドに協力した−−その裏にある真実を、知らないままに。−−その方が良かったのかもしれん。少なくとも、迷わずに進む事はできたのだろう…な。 けれど。今の自分の生き方を迷いながらも、知った事を後悔するつもりはない。一つの真実を知った時、抱いた感情と決意。それが、暗闇の雲に教えた。この心こそ、自分という存在の唯一無二の証明なのだと。 だからこそ。その心に従い、歩むべき道を捜している。道に迷いながらも、選択して此処にいる。 自分の抱いた、あの少年への興味と慈しみ。その先にあるものが知りたい。 彼の幸せな未来を−−絶やしたくない。「…来たか」 闇の階段を、よろめきながらも降りてくる小さな人影。オニオンナイトは暗闇の雲の姿を見て、驚愕を露わにした。「何で…アンタが此処に…!?」 「おかしな事を訊く」 あまりにも予想通りの反応に、つい苦笑したくなる。「此処はわしの支配エリア。わしがいる事のどこが不自然なものか」 本当は違う。彼がこの場所を通る事を見越して、待ち伏せしていたのだ。 ケフカに戦いを挑もうとしているであろう−−少年を止める為に。「そこをどいて。アンタに関わってる暇は無いんだ…!」 彼は確か、標的の居場所を探る白魔法を会得していた筈。ティナ本人を探すより、ケフカを捜して倒した方が早いと踏んだのだろう。彼らしい合理的な考えだ。だが。「その身体で、ケフカに勝てるとでも?」 暗闇の雲は容易く見破った。オニオンナイトは明らかに顔色が悪い。呼吸音がおかしい上、嫌な汗をかいている。時折左胸を押さえて息を整えるような仕草を見せ、両腕と肩の傷からの血も止まっていない。 おそらく−−洗脳されたティナにやられたのだ。その傷を回復する魔力と体力すら残っていない。こんな状態でケフカと戦ったなら−−。「死ぬぞ、小僧」 弱った獲物でも、幼い子供でも容赦しない。ケフカは嬉々としてなぶり殺しにするだろう。「それでも、僕はティナを助けたい。自分勝手な望みかもしれないけど、でも」 少年の瞳に宿った光は強かった。どれほど追い詰められても、どれほど傷ついても、誇りを捨てない者の眼。「約束したから。ティナは僕が守るって!」 ああ、そうだ。あの世界で戦った時も、そうだった。彼はどんなに傷ついても、ボロボロになっても立ち上がり、自分に立ち向かってきたのだ。 そんな強さを−−自分はずっと前から、知っていたのに。「勝てない相手とは戦わない。この主義を変える気はないよ。でも戦うぞって心で決めた。だから絶対あんたにもケフカにも勝つ!勝てない相手なんか、作らない…それが僕の覚悟だ」 邪魔をするなら、斬ってでも進んでやる、と。そんな意志の下、少年は剣を抜く。「僕は僕の力で、ティナを守る。いちばん大事な、僕の想いだ」 身体はボロボロでも、その瞳に宿る光は死んではいない。 だからこそ、自分は。「…屁理屈を」 この少年に、惹かれた。失いたくないと、そう思った。「お前は、強い。だからこそ行かせるわけにはいかない…」 彼をケフカの元へは行かせはしない。愛する者達が−−傷つけあう様は見たくない。自分が、止める。たとえ憎まれる事になろうとも。 暗闇の雲は闇に溶け、地面に潜る。「譲れぬものがあるのが…守るべきものがあるのが。お前一人だけと思うな」 やっと分かった事がある。やっと気付けた事がある。 頭で考えた理屈に縛られて、自分の心を裏切っていたのは他の誰でもなく、自分自身であると。 牽制の為に、暗闇の雲が放った潜地式波動砲。それが、戦闘開始の合図となった。NEXT |
振りかざす勇気(ツルギ)は誰が為ぞ。