不思議な戦いだ。
 いやそもそも自分が戦っている相手は誰なのだろう。暗闇の雲?いや−−何か
が違う気がする。
 
「氷の息吹ッ!」
 
 そうか、これは。
 自分自身との、戦いなのだ。
 オニオンナイトが放ったブリザドをガードする暗闇の雲。だがこちらも攻撃の
手は緩めない。長期戦を戦う力はもはや残されていないのだ。さらに上のレベル
の魔法を呼ぶべく詠唱するオニオン。
 
「落ちろ!」
 
 ブリザドからの派生−−氷系上級魔法、ブリザガ。頭上から降る氷塊を、彼女
は高射式波動砲で弾いてくる。百戦錬磨の妖魔は伊達じゃない。
 
「当たれ!」
 
 攻撃の隙を与えるな。軋む身体に鞭打って、サンダーを唱える。電気を帯びた
三つの球体に襲われ、呻く暗闇の雲。カウンターで飛んできた波動球を宙返りで
かわし、魔力を集中させる。
 サンダガ。二連続の鋭いかみなりが天を切り裂く。
「雷撃よ!!
「はっ!」
 暗闇の雲が鼻で笑うのが分かった。全快時より明らかに威力の落ちるサンダガ
を、暗闇の雲は報復式波動砲の盾でもって防いでみせたのだ。
 
「悪足掻きを!」
 
 まずい、と思った時には、足下から噴出した波動の柱に飲み込まれていた。身
体を丸めてガードしたが、ダメージは避けられない。高く持ち上がった身体が、
そのまま地面に叩きつけられる。
 ギリギリ、頭から落ちるのは免れたが−−代わりに打ちつけた肩に激痛が走っ
た。洗脳されたティナから受けた傷が開き、血が噴き出す。鎖骨と肋骨にもひび
が入ったのではないか。
 
「失せろ」
 
 慌てて伏せたオニオンの頭上を、広角式波動砲が通過する。非常に不本意だが
、身体が小さくて助かった。体中を襲う痛みに耐え、よろめきながらも立ち上が
る。
 負けるものか。諦めるものか。せめてティナを無事に救い出すまでは、死ねな
い−−!
「吼えろッ大地!!
「消え去れ!!
 クエイクと零式波動砲がぶつかり合う。相殺。余波で大地が抉れ、闇の世界を
構成する柱が砕け散る。オニオンも暗闇の雲も、共に爆風で吹き飛び床に転がっ
た。
 
「かっ!」
 
 砕けた柱の破片の一部が脇腹を掠め、血が滲んだ。もはやどこに傷を負ったか
分からなくなりつつある。怪我の痛みと、ティナとの戦闘の後遺症で全身の感覚
が麻痺してきた。
 歯を食いしばる。
 立て。立てなくたって気力で立ち上がれ。震える脚に力をこめ、柱に掴まって
ようやく立ち上がる。
 
「何故、諦めぬ
 
 そんなオニオンの姿に、どこか呆然とした顔で暗闇の雲が言った。
 
「心ひとつで、世界は変わらぬ。どんなに願ったとしても都合よく祈りを聞き
届けてくれるような神などおらんというのに」
 
 驚いて彼女を見る。まさか暗闇の雲が、ティナと同じ事を言うとは思ってもみ
なかった。
 そして−−小さく笑みを浮かべる。そうだね、と口の中だけで呟く。
 きっと、そうだ。少し前の自分なら、同じ事を思っていただろう、と。神様な
んていない。こんな理不尽で、不平等な世界に−−神様なんていない、と。
 
「神頼みってさ。本当は、誰かの力を当てにしてするものじゃないんだと思う
。勘違いしてる人も多いし僕もその一人だったけど」
 
 かみさま、どうしてですか。
 どうして、ぼくにはおかあさんも、おとうさんもいないのですか。
 どうしてふたりは、ぼくをすてたのですか。
 
「本当は神様にお願いすることで、自分自身に誓いをたてることなんだ。誰か
に助けて貰ったっていい。でも最後に自分を救えるのは、自分自身だけだから」
 
 だから、仲間達が迷った時。挫けそうななった時。彼らが自分で道を見つけら
れるように−−支えられる、人になりたい。
 自分が目指す彼のように−−あの光の戦士のように。
 
「僕の一番強い気持ちこそ、僕の祈るべき神様なんだ。あんたにだっている筈だ
よ、あんただけの、カミサマが」
 
 暗闇の雲の目的は分からない。しかし。彼女が自分を殺す為に邪魔をしている
わけではないと分かる。先程からの手加減ぶりから見ても明白だ。
 荒い息を整えつつ、彼女を見つめる。
 
「あんたはただ……破壊を楽しむ妖魔じゃない。誰かの痛みも、悲しみも、愛す
る心も分かる人だ」
 
 驚愕する彼女に、手を差し伸べる。
 
 
 
「守りたいものがあるってあんた自分でそう言っただろ?」
 
 
 
 その瞬間だった。オニオンが伸ばした手の先に−−碧い光が弾け、形となった
。どちらも驚いた顔でその輝きを見つける。
 
「クリスタル…!?何故、このタイミングで
 
 暗闇の雲がそこまで言った時。光が弾け、闇に包まれし世界を覆う。あっと思
う間もなく二人の身体は飲み込まれた。光の中、愛すべき女神の声を聞きながら
 
−−クリスタルは、決意の先に輝くもの。光と闇が手を差し伸べ合った時その
覚悟を決めた時。封じられた記憶が、蘇ることになるのです。守る為の、力と共
に。
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-7・少年の妖魔の日X〜
 
 
 
 
 
 コスモスとカオスが召喚した、二十人の戦士達。彼らは知らない。彼らを選ん
だのは神々でも大いなる意志でもなく−−たった一人の、人間であったというこ
とを。
 その男だけが、あらゆる真実を知っている。選んだ戦士達の素性も、彼らが元
いた世界で歩んできた軌跡も。
 その男の机に眠るレポートには記されていた。彼らの正体と、その生き様が。
 
 
 
−−被験体No.3、オニオンナイト 。
 
 
 
 推定年齢12歳。本名、ルーネス。
 幼い頃父母に捨てられ、路頭に迷っていたところを辺境の村・ウルの長老であ
るトパパに拾われる。
 地上世界を襲った闇の侵攻により、両親をなくしたと聞かされていたが、世界
を救う旅の途中で記憶を取り戻す。
 親にすら愛されなかった自分が、それでも今生きている理由は何なのか。悩み
ながらも強気に仲間達を引っ張ろうとする言動は、不安を押し隠したいが為の裏
返しである。
 また、年上の男性や女性を慕う傾向が強い。それは本能的に家族を求めるがゆ
え。この世界では無意識にウォーリアを父、ティナを母代わりに見ている模様。
 かつての世界の旅の最中、自分を守って親しくなった巫女・エリアや、賢者達
を亡くした事が大きなトラウマになっている。記憶をなくしても、潜在的な恐怖
が根強い。
 
 
 
−−空っぽだった自分を、埋めてくれた人達。失った時−−オレは確かに聞いた
。世界が、崩れていく音を。
 
 
 
 闇が氾濫したゆえ、召喚された暗闇の雲を仲間達と打ち倒すも、世界を完全に
救う事はできなかった。暗闇の雲という存在が、世界の光と闇のバランスをとっ
ていたが為である。
 ルーネスは仲間と共に、闇と光の狭間に落ちてしまう。彼の目の前で、三人の
仲間達は狭間に溶けて消滅してしまった。途方に暮れるルーネスの前に、現れた
のが神竜である。神竜は告げた−−自分がお前の仲間達を助けてやる。その代わ
り、幾つか代償を支払って貰う、と。
 ルーネスが払った代償は三つ。
 一つ目は、自分に関するあらゆる記憶と容姿、名前。ルーネスという名を奪い
、代わりにオニオンナイトという称号の名を名乗るようにと命じた。
 二つ目は、神竜が主催する聖戦への参加。つまり、コスモスかカオスの下で駒
として働くこと。
 そして三つ目は−−魂。全てが終わった後、その命を神竜に差し出す事である
。生贄がなければ、お前の仲間を蘇らせる事はできない、と。
 何故なら。狭間に溶けた仲間達の魂のうち、ルーネスの親友−−アルクゥの魂
は、ルーネスの魂に半ば封印された形となっているからである。施したのは神竜
だが、無論ルーネスがそんな事知る由もない。だがオニオンナイトとしての
人格は、明らかにアルクゥの影響を強く受けている。一人称がその証拠だ。
 
 
 
−−オレは、として生きていく。名前を失い、記憶を失い、最後は命
をも失う。
……それでもいいと、思った。彼らを亡くす恐怖に比べたら、自分が死ぬ事の方
がよっぽど怖くなんか、ない。
 
 
 
 失う事に怯えていた少年は、あっさりと要求を呑んだ。そして神竜の監督する
舞台に上がる。幼いその身で、心の全てを剥ぎ取られて。未来すらも奪われて。
 呼び出された最初の世界で。いきなり大きな悲劇が彼を襲う。
 カオス側のリーダー・ガーランド。彼に拉致された少年はそこで地獄を見た。
闇のクリスタルの宿主は四人必要。オニオンナイトはその候補者の一人として名
前が挙がっていたのである。
 闇のクリスタルの宿主になりうる者には幾つか条件があるが、それはここでは
割愛させて貰おう。
 闇のクリスタルを肉体と魂に埋め込むには、その心と身体を崩壊寸前まで追い
込む作業が必要になる。つまり、拷問だ。ガーランドの騎士道に著しく反する事
ではあっただろうが、神竜が輪廻を繰り返す為には必ず成さねばならない作業と
いえる。
 幼い少年は手酷くいたぶられた。だが泣き叫ぶ彼の心が壊れる寸前、ウォーリ
ア・オブ・ライトが彼を助けに来たのである。彼は−−死にかけている少年の姿
を見て、宿敵である筈の男に言った。どんな条件でも呑むから、オニオンを助け
て欲しい−−と。
 ガーランドは、その願いを聞き届けたのである。しかし、そのせいで少年はま
た別の地獄にたたき落とされる事になる。制止の声を叫ぶオニオンの目の前で−
−ライトは少年と同じ目に遭わされた。そしてその身に闇のクリスタルを植え付
けられたのだ。
 拷問により既に瀕死だった少年は。自分のせいで敬愛する人が壊されるのを見
て−−完全に心が死んでしまった。気が触れた戦士を待つ結末は見えている。そ
の世界での彼の末路は、目も当てられないほど無惨なものだった。
 
 
 
−−僕のせいで、みんなが不幸になる。
  僕のせいで、大切な人が傷つく。
  そんな未来……もうたくさんだ。
  だから、守らなきゃ。護られる前に、護るんだ。
  それが出来ないなら僕に生きてる価値なんて、ない。
 
 
 
 かつての世界で失った人達。救えなかった世界の果てで、仲間達をさしおいて
一人だけ生き残った罪悪感。そして、自分のせいで心と身体を引き裂かれた敬愛
する人−−。
 全ての記憶は消されても、魂に刻まれた深すぎる傷は消せない。少年は、護る
事に執着するようになった。特に負い目のあるライトを失う事への本能的恐怖は
PTSDに匹敵するレベルであった。ライトの死によって高確率でオニオンが発狂
したのは、これらの要因によるものである。
 思い出す事も出来ないまま。その小さな身体に、たくさんの傷と重荷を背負わ
された少年。だが彼は何度心が壊れても、何度闇に墜ちても、大切な者達を護り
続けた。立ち上がる事もやめなかった。
 
 レポートを記す、筆者は考察する。
 
 その強さはどこから来るのか。人の魂は、どこまで強くなれるのか。
 その姿は、支配者にして傍観者たる自分達に何を示そうとしているのだろうか
−−と。
 
 
 
 
NEXT
 

 

その正当性は、誰にも判断できないままに。

BGM
This moment
 by Hajime Sumeragi