−−被験体No.13、暗闇の雲。
本名、なし。推定年齢1000歳以上。 オニオンナイトが生きていた時代において、恐怖そのものを体言する妖魔とし て恐れられていた。光と闇は対。どちらか片方に傾いた時、世界は崩壊に向かう 。そして人々の愚行により光か闇が氾濫を起こした時、全てを無に帰す存在とさ れている。 少なくとも彼女は過去二度現れて、世界を危機に陥れたとある。一度は闇の戦 士達に封印され、二度目はオニオンナイト−−ルーネス達の手で倒された。その 二度の戦いだ。 ただし。彼女が何故生まれ、何故存在したか。真相を知る者は誰もいない。彼 女自身すら覚えていない真実がある。ゆえに、悲劇は起きてしまったのだ。 一度目の戦いの際は、闇の戦士達の力が足らずに暗闇の雲を倒しきれず、封印 にとどめた。世界が一時的にとはいえ救われたのはその為である。しかし、真実 を知る筈もないルーネス達は−−彼女を完全に倒してしまった。それが過ちであ るとも知らず。 世界のバランスが崩れた時に、現れる妖魔。ゆえに誰もが彼女を世界を滅ぼす 敵であると認識した。実際、彼女自身、全てを無に帰す意志を本能に植え付けら れて生まれてきたのだから訂正のしようもない。 本当は、違う。彼女は世界のバランスを保つ為に必要な−−人柱だったのであ る。 そもそも、世界を破滅に向かわせたのは暗闇の雲ではない。その世界に生きる 者達や、悪しき意志を宿した魔王ザンデだ。光か闇が氾濫した時、彼女は自動的 に召喚されるのである−−世界の意志によって。 あらゆる負を背負わされて現れし恐怖の具現。その暗闇の雲を封印する事で、 世界の崩壊は食い止められる。それが、何千年と繰り返されてきた救済のシステ ムだったのだ。
−−笑える話ではないか。世界の敵であった筈のわしが…その実世界を救ってお ったなど。
しかし、誰一人そのシステムを理解していなかった。よって暗闇の雲は完全に 倒されてしまい−−ルーネス達の世界は、狭間に溶けてしまったのである。 実は、そうなるように仕向けたのも神竜だった。全てはルーネスと暗闇の雲、 二つの駒を手に入れる為である。 そもそも、暗闇の雲という人柱がどうして生まれたのか。 それを語るには、彼女の前世を知らなくてはならない。いかんせん大昔の物語 ゆえ調査に時間はかかったが−−そのヒントは、意外な場所に転がっていた。よ もやこの妖魔の歴史を知る上で、あの猛者の名が出て来るとは思っていなかった が。 暗闇の雲。前世の名は−−セーラ=コーネリア。そう、あのガーランドが闇に 墜ちるきっかけとなった姫君である。 ガーランドに関わる詳細は後述するとして−−セーラ姫は、自分のせいで世界 の危機を招いた事を、生涯悔やみ続けた。彼女は高潔な騎士だった頃のガーラン ドを知っている。自分を救ってくれた光の戦士の優しさも知っている。 だが彼らは世界が救われる事と引き換えに−−命を落としてしまった。彼女は 自分で自分が許せなかった。護られるばかりで、何一つ変えられぬ自分の無力さ を嘆いた。
−−それは、彼が望む愛では無かったかもしれない。しかしあの頃の“私”は確 かに彼を、彼らを愛していた。失いたくなど、無かったのに。
やがて−−世界に転機が訪れる。 平和に溺れた人々は、自然への感謝を忘れた。恩恵を受ける事になれ、身勝手 にクリスタルの力を消費し始めた。結果光と闇のバランスが崩れ−−世界の光が 、氾濫を起こしてしまったのである。 大地は腐り、水は淀み、空は汚れ、炎は荒れ、人々の心は荒んだ。 このままでは、ライト達が命を賭して救った世界が滅びてしまう。光の戦士は もういない。救世主は現れない。そんな時−−大いなる預言者ルカーンは、苦肉 の決断を下した。 もはや人柱によって、世界を沈める他手だてはない、と。 セーラ姫は自ら、人柱の任を買って出た。ガーランドとウォーリア・オブ・ラ イト。彼らが生きた世界を自分のこの手で護りたい−−と。
−−“私”は世界に、命を捧げた。魂は祈り子の像に封ぜられ、召喚獣となった 。そう−−世界のバランスを保つ為、滅ぼされる為に在る人柱。人々の負を背負 った妖魔−−暗闇の雲に。
妖魔として長い年月を生き、彼女は緩やかに人であった頃の記憶を失っていっ た。しかし、セーラ姫としての心が、完全に消える事は無かったようだ。それは 神に呼ばれた時のこと−−そうだ、そもそも彼女は当初コスモスの駒として召喚 されたのである−−からも窺える。 何より、まるで我が子のように道化の世話を焼き、少年を気にかける様子から しても明らかだろう。そんな自分自身に、誰より本人が戸惑っていたようだが。 セーラ姫は、自ら慈善事業に積極的に従事していた。孤児達を城に招き入れる 事すらあったという。記憶はなくとも、魂は確かに何かを覚えている。 自らの世界が滅んだ(正確に言えば神竜の力で封じられているのだが)事を知 っていた彼女は、当初輪廻の継続を望んでいた。人々の身勝手ゆえ、墜ちた世界 に絶望したのかもしれない。 争い、争われる世界の果て。彼女がもし自らの心に気付いたのなら、それは大 局にいかような影響を齎すのか。興味深いところである−−。
Last angels <想試し編> 〜4-8・少年と妖魔の明日Y〜
光が収まった時、クリスタルはオニオンナイトの手の中にあった。 呆然とこちらを見つめる暗闇の雲と眼が合う。おそらく自分も今同じような顔 をしているのだろう。 今見た、二つの記憶。それが何を意味するのか。分からないほど少年は無知で は無かった。
「……ずっと、気になってたんだ。何で僕は自分の名前も覚えてないんだろうっ て」
名前の分からない人間は他にもいる。ウォーリア・オブ・ライトや皇帝がそれ にあたるだろう。 だから、自分に限った事でもないのだと、深く考えないようにしていた。自分 には何もない、空っぽな人間である事を思い出さないように。 でも今、やっとその理由が分かった。自分は全てを売り渡したのだ−−この世 界の、支配者に。仲間達を助ける為に。 「…僕は、知ってたんだね。この世界を本当に支配しているのが誰なのか…」 「お前…」 「大丈夫だよ。傷ついてなんかない。確かに、僕に未来はないのかもしれないけ どさ」 きっと、自分は死ぬのだろう。この世界の創物主に逆らったらその時点で−− そうでなくともこの幻想が終わった時には確実に。 自分の身体には神竜に刻みつけられた紋章がある。時が来れば確実に心臓が止 まる呪いが。 だけど。
「それでも…変かな。嬉しいんだよ。自分は…誰かを助ける事ができる人間なん だって…価値があったって。知れて…良かった」
それに、もう一つ。
「僕の勘って、本当によく当たるなぁ」
いくつか前の世界で、自分は暗闇の雲に言ったのだ。その事も思い出した。猫 騙しの物語−−その最中。死ぬ間際の記憶。 暗闇の雲。あなたは人間ではないのか、自分にはそうとしか思えない、と。あ あ、彼女は覚えているだろうか。
「あんた、やっぱり人間だったんだね」
世界を救う為、命を捧げたセーラ姫。彼女がその生まれ変わりだなんて。
「それも本当に、優しいひと」
自分には出来ないだろう。オニオンは確信に近くそう思う。自分は、世界の為 になんて戦えるほど聖人じゃないから。自分の為にしかものを考えられない身勝 手な人間だから。 守りたい人のいなくなった世界に、命なんてかけられない。守るものなしに立 ち上がれぬ坊やだと以前言われた事があったけれど、本当にその通りだ。 自分は自分が大切に想う、誰かがいなければ何もできない。立ち上がる事はお ろか、生きていく事すらも。
「…誰が、優しいものか」
暗闇の雲は自嘲する。
「全部、身勝手なエゴだ。わしはわしの心を追い求める事しか考えていなかった んだからな…」
彼女は徐に手を振り上げ、降ろした。すると柱のすぐ横に闇が膨れ上がり−− 人の形になって、吐き出された。 「ティナ!?あんた、どうして…」 「ケフカの目を盗んで攫ってきた」 少女に駆け寄る。どうやら気絶しているだけのようでほっとした。オニオンの 疑問に、暗闇の雲はフンと鼻を鳴らす。
「言っただろう。お前を行かせるわけにはいかない、と。この娘が奴に囚われた ままでは、お前は勝ち目の無い戦いだろうと構わず身を投じていただろう?」
そうだ。最初オニオンは−−暗闇の雲が自分を邪魔するのは、ケフカと手を組 んでいたからだと思っていた。タイミング的に見ればそう考えるのも致し方ない けれど。 本当は、違う。彼女は分かっていたから、止めたのだ。こんなボロボロの身体 でケフカの元に向かえば、オニオンは確実に命を落とす。暗闇の雲には耐えられ ない事だったのだろう−−オニオンが死ぬ事も、彼女の愛する二人が殺し合う事 も。
「…ごめんなさい」
だから、素直に謝った。
「考えて、無かった。僕が死んで、悲しんでくれる人のこと」
時々、ティナが泣きそうな顔で自分を見る事があって。それは決まって、自分 が彼女を護って負傷した時で。 今やっと、分かった。自分がいかに身勝手な生き方をしてきたかを。自分がど れほど思い上がっていたかを。 「僕は…愛して貰えてたんだね。みんなにも、ティナにも…あなたにも」 「今頃気付いたか。馬鹿め」 伸ばされる手。伸ばす手。どちらも傷だらけではあったが、温もりは確かに生 きている。暗闇の雲に抱きしめられ、少年は想いを馳せた。 親に棄てられて、義父母に拾われるまでの日々。自分の短い人生の中でもけし て長い時間では無かったが−−味わった孤独と地獄は、今でも震えが来るほどの 恐怖として心に刻まれている。 あの頃と比べて、今の自分はなんて幸せなのだろう、と思った。愛してくれる 人がいる。伸ばせば抱きしめてくれる腕がある。
−−お母さんがいたら。こんな風に、あったかいのかな。
今なら、ハッキリと言える。
「この素敵な世界に、生まれてきて本当に良かった」
今日まで生きてこれた事を、誇りに思う。
「ど阿呆が。…気付いたなら、過去形で終わらせるでない」
妖魔は、気を失って倒れているティナを見やった。 「今のままではお前は…滅びの運命からは逃れられぬ。思考を止めるな。どうす れば生き抜けるかを考えろ。…あの娘も、同じ事を願う筈だ」 「…うん」 クリスタルが蘇らせてくれたのは記憶だけではない。 ライトにもティナにも、自分は償わなければならない。そして精一杯のありが とうを伝えるまで、自分は死んではいけない。
「できないって思ったら、おしまいだから…」
心に従えば、必ず道は開ける。そう教えてくれた人達がいる。だから。たとえ この先どんな過酷な運命と結末が待つとしても。
「変えてみせるよ」
足掻いて足掻いて足掻き抜いて。 諦めるのは、それからでいい。
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その手が繋がる時、奇跡は起きる。