苛々して仕方がない。 今までにもイラつくことは多々あったが−−今回のイラつきは今までの比で無 い気がする。
「あいつめ…あんの化石めぇぇッ!!」
ガレキの塔。ケフカは金切り声を上げて、地団太を踏んだ。 確かに自分も油断していた。ああ、それは認めよう。漸く“オトモダチ”を自 分の手元に戻す事ができ、楽しい玩具にできる筈だったのに−−。 あの女。暗闇の雲に邪魔された。ケフカが目を離した隙に、せっかく捕らえた 少女を奪われてしまった。 挙げ句、様子を見に来てみれば−−一体何の茶番劇やら?まるで昼メロにあり がちな、母と子の感動の再会みたくなっているではないか。 実に不愉快極まりない。見ているだけで腹が立つ。 しかも−−あの女ときたら何と言った?
『…わしはまだ、自らの本当の望みが分からない。だが、お前は分かっているの ではないか?』
自分を、憐れむな。たかが妖魔ごときに見下されるほど自分は墜ちちゃいない 。
『眼を背けるな。耳を塞ぐな。お前が真に望む、願いから』
お前なんか、大嫌いだ。
「ちく、ちく、ちく、ちくしょ−−ッ!!」
本当は、あの場で三人まとめてブチ壊してやりたかった。感動の名場面、ハッ ピーエンドと思いきやしかし!!最大の悲劇が親子を襲い、彼らは無惨な屍を晒す 事に−−うんうん、こっちの方がスリリングで面白い結末ではないか。 だが、ギリギリのところで思いとどまった。 駄目だ。確かにエンディングには相応しいが−−できればもう一味加えたい。 せっかく脚本を書き換えるなら、演出も舞台もド派手に決めたいところ。 クリスタルだとか、コスモスを完全に殺せるだとか−−そんなものには一切興 味がない。ただこの楽しい戦争が終わってしまう事だけが不満だ。せっかく永遠 に彼女と殺し合いを楽しめると思っていたのに。 ならどうするか。簡単だ−−終わらせなければいい。
「敵も味方も僕ちんがゼーンブ…ブッ壊す♪あソレブッ壊す♪」
皆殺しだ。闇も光も関係ない。みんな死んでしまえば、決着なんてつきはしな い。また世界は巻き戻って、何回だって戦を楽しむ事が出来るようになるだろう 。 どうせ壊すなら徹底的に、だ。面白く、楽しく、愉快に。何より芸術的に無意 味な破壊を!
「じ〜くりと、遊びましょ…ククククク…」
大事な大事な、オトモダチ。 君を魂まで破壊し尽くしてあげよう。大事なモノを根こそぎ奪い、追いつめれ た時、一体どんな顔を見せてくれるのか。その表情がどれほど深い絶望に染まる のか。 想像するだけで笑いが止まらない。
「狂宴のはじまり〜!!」
Last angels <想試し編> 〜4-9・少女と道化の懺悔T〜
まどろみの世界。現と夢の狭間を行き来する中、途切れ途切れの声を聞く。
「…一応、回復魔法はかけたが…にはほど遠い…」 「…ってるって。さっきより…なったし、問題は…」 「うつけ者。怪我も…が、深刻なのは…の方だ。絶対安静と、本来は…」 「……も、一刻もはやく…」 「仕方ない。…めて、激しい運動は避けろ。…な」 「はいはい……ぶ、だって…」
一人は、自分の大好きなあの子の声。もう一人は−−誰だっただろう?ティナ はウトウトしながらも、ゆっくりと眼を開けた。 どうやら自分は、地面に寝かされているらしい。身体の上にかけられたマント は、いつもオニオンが身につけているそれだと分かった。ここは闇の世界−−だ ろうか。何故自分はこんな所で寝ているのだろう? 寝転んだまま、少しだけ頭を動かす。何かを話している二つの人影が視界に入 った。一人はマントと鎧を外したオニオンナイト。もう一人は−−暗闇の雲? 何故敵である筈の彼女が此処にいるのだろう。
「あ、ティナ!ごめん、起こしちゃったかな」
覚醒したティナに気がついたらしい、オニオンが話を中断して駆け寄ってきた 。 「眠かったら、もうちょっと寝ててもいいけど。疲れてるでしょ。痛いところと か、ない?」 「大丈夫…だけど」 オニオンの声は優しい。血のつながった姉を心配する弟のよう。しかし、どこ か違和感を感じる。
「私…何でこんなところで寝てるの?どうしてあの…暗闇の雲が一緒にいるの? 」
疲れてるでしょ、とか。痛くない?とか。まるで激しい戦闘でもあったかのよ うな。別に怪我をしてるわけでもないし、身体にだるいところもないが−−眠る 前の記憶がすっぱり抜け落ちているのが気にかかる。 イミテーション軍団といつものように戦って−−それからどうしたのだっけ? オニオンは暗闇の雲と顔を見合わせ−−少し困惑したように、言った。 「やっぱり、覚えてない?」 「え?」 何を、と訊く前に、それなら別にいいんだ!とはぐらかされてしまった。 「ちょっと敵の数が多くてさ。疲れて休んでたんだ。この辺りのエリアはおとな しいみたいだし。…暗闇の雲とは…ティナが寝てる間に、ちょっといろいろあっ て。和解した、って事になるのかな」 「和解!?」 「あ、その……うーん、なんて説明したらいいんだろ」 少年は困ったように頭を掻く。助け舟を出したのは暗闇の雲だった。
「わしは、お前達と争うつもりはない。何故ならわしらが争う事が無意味だと分 かったからな」
意味が分からず、ティナはクエスチョンマークを飛ばす。自分達は戦争中であ った筈。暗闇の雲がオニオンの身内であり、私情により“争いたくない”という ならまだ分かるが−−彼女はオニオンの近親者でもないし、だとしても“争う必 要がない”のとは違う。 自分が寝ている間に、一体何があったのだろう?
「…そうだな。順番に話すか。今後の事もあるし」
考えこむ仕草をして−−オニオンは話し始めた。 「実はイミテーションの戦いに乗じて、ティナ、さらわれたんだよ。あの…変な 笑い方の道化に」 「道化って…ケフカ?え!?」 「やっぱりそれも忘れちゃってるか」 いわく。 自分はケフカにさらわれたかけたのだが−−それを、暗闇の雲が助けてくれた らしい。しかし、彼女はティナの身柄と交換に、オニオンとの戦いを望んだ。 自分がどこから来て、どこに行くのか。何を望み、何をするのか。宿命の相手 であるオニオンと戦い、話す事で、彼女は自分自身と向き合おうとしたらしい。 それはオニオンの方も望む事ではある。 ティナは知っている。彼がずっと−−名前も素性も分からない己に悩んでいた 事を。自分の正体を知りたがっていた事を。彼らの利害は一致していたのである 。そう、ティナの存在を引き合いに出したのは保険にすぎない。
「暗闇の雲と戦ってたら…コレが現れたんだ。コスモスが探せって言ってた、ク リスタルが」
少年が手を翳すと、そこに碧く輝く結晶が現れた。クリスタル。なんて神々し い輝きなのだろう−−。まさかこんなに早く手に入るなんて、と彼は笑う。 宿命の相手と、そして己自身の心と向き合った瞬間、クリスタルという光は突 然現れた。そして−−彼らに道を示したという。 クリスタルは通過点にすぎない。それを得た時、与えられるは力と記憶、そし て選択肢。あの女神の言う意味が、ティナにもようやく理解できた。つまり。
「クリスタルを手にした事で…あなた達は思い出したのね?自分達がどんな風に 生きてきたか、どんな名前だったか、どうやって此処に来たのか。そして記憶が 蘇った事でかつての力を取り戻し、そしてこの世界の真実を知った…」
二人は頷く。戦いの最初にオニオンが言っていた予測がほぼ当たっていたとい うことか。 これで話が繋がった。つまりこの世界の真実を思い出した事で−−彼らは判断 したのだろう。カオス軍とコスモス軍。二つが争う事に意味は無い−−と。自分 達は和解すべきだと。
「教えて。あなた達が知ったこの世界の真実って…何?」
オニオンや暗闇の雲の本名や素性も気になるが−−それよりも今はこちらが優 先だ。 カオスとコスモス。二柱の神が未来永劫争いを続ける世界。自分達はコスモス に呼ばれ、この場所に召喚されたわけだが。 この世界は、何かがおかしい。ずっと疑問に思っていた事がいくつもある。少 年が言ったように、自分達は何故記憶を失っているのか。今の今までこの戦争に 決着が着かなかった理由は何なのか。 今、イミテーションで総攻撃をかけられたら、多勢に無勢で負けるのはこちら だろうとコスモスは言った。ティナもそう思う。ただ疑問なのは、何故それだけ の戦力を持ちながら、カオス軍が決着を先延ばしてきたかということ。そして自 分達が油断しきっていた隙をつきながら−−双方余力のある状態で引いたのは何 故なのか。
「…それも…言わなきゃ駄目かな。かなりショッキングな話になると思うけど」
聞いたら、戻れないよ、と。言うオニオンに、ティナは肯く。
「知りたい。…知らなきゃ、きっと私前に進めない」
知らないまま、大事な事が見えないまま戦ったなら。後悔する日が、きっと来 る。
「……分かった。そこまで言うなら話す。この戦争を起こしている張本人が誰な のか」
普段の彼らしからぬ、重い口調にティナも身構える。
「カオスとコスモスを争うようにけしかけている支配者。この世界に呼ばれた一 番最初の時に、僕はそいつに会っていたんだ。その記憶を消されていただけで」
光と闇の、二柱の神は争うべし。彼らに駒となる戦士達を召喚させ(その作業 を支配者も手伝っていた)、永き戦いを続けさせた者がいる。
「その名は……神竜。戦いの決着がずっと着かなかったのもそいつのせいなんだ 」
神竜が何故神々を戦わせたいのかは分からないらしい。何故決着も着けさせず 長引かせたいのかも。 ただ、この戦争でどちらかの軍勢が勝利−−あるいは双方か片方が壊滅的打撃 を受けた時。神竜は時間を巻き戻し、全ての戦いを白紙に返してきたのである。 決着が着かない筈だ。勝敗が決した途端、時間が戻ってしまうのだから。
「僕達の記憶が無かったのは、コスモスの加護のせい。延々と殺し合うばかりの 記憶なんて、普通の人間の脳で耐えられる筈が無いからね」
聞けば自分達は、百年近くこの戦いを続けてきたのだという。記憶が無いせい で自覚出来なかったとはいえ−−目眩がしそうだ。 さすがにショックが大きい。知らなかった事は、なるほど幸せだったのだろう 。知った事を後悔するつもりはないけれど。
「でも記憶がなくなるせいで…前の世界での教訓を誰も生かせなくなった。当然 、この世界を繰り返している支配者の存在なんて気付ける筈もない」
しかし、コスモスは決意したのだ。何度も悲しい争いを繰り返すこの世界を− −最後の幻想を、終わらせる事を。
「真実を知り、引き継ぎ、神竜に対抗する力を得る為に。それが、コスモスがク リスタルを探させた本当の理由」
オニオンナイトはハッキリと宣言した。
「僕達の最終目標は…光と闇が力を合わせて神竜を倒す事にある」
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全ては鏡の裏と表に過ぎないのだと。