クリスタルを得て、しかし取り戻せた記憶は全てではない。当たり前だ。ここで百年分の記憶を戻してしまえるのなら、何のためにコスモスがリセットしてきたか分からない。彼女は記憶の欠片達の中から、重要なものの一部を選んで自分達に戻すつもりなのだろう。 それでも、オニオンナイトには充分だった。少なくともこの先の道を決める為には。 いずれはティナにも、全てを包み隠さず話さなくてはならないのかもしれない。彼女がケフカに操られた事も、今までの世界でも彼女の力が暴発した事がたびたびあったことも。神竜に逆らったら最後−−自分は呪いによって命を落とすであろう事も。 嘘は言わないまでも、全てを告げないオニオンを、暗闇の雲は物言いたげに見る。少年は首を振った。分かっている−−いつまでも隠し事はできない、と。 けれど今は、その時ではないと思う。彼女がではなく−−自分がまた、覚悟を決める必要がある。その為の時間が欲しかった。 この世界でもまた−−彼女を泣かせてしまうかもしれないから。その涙を見てなお、揺らがない為に腹を括る時間が欲しい。ただ、決意するだけでは足りないから。「話が突拍子無さ過ぎて戸惑うかもしれないけれど。ティナもクリスタルを手に入れたら、理解できる筈だよ。結局のところ、僕達の目的は変わらない。戦いを終わらせるって目的はね」 困惑した表情ながらも、ティナが頷いてくれたので安堵する。「ただ、その為には。今の僕達の力じゃ足りないんだ。だからクリスタルを手にして、記憶と力を取り戻さないといけない。そして…光も闇も関係なく、手を取 り合って神竜に立ち向かわなくちゃいけないんだ。…それは難しい事かもしれな いけれど」 自分達のように、ティナや他のメンバーまで和解できるのは限らない。なんせ仇敵として百年以上いがみ合っていた者同士なのだ。 けれど。自分と暗闇の雲には、確かにできたから。確かに理解しあえたのだから。「僕達になら、きっとやり遂げられる。ね。自分自身を、仲間を、信じてみようよ」 多分今が、その時。「…ありがとう」 「え?」 花が咲くように、ティナが優しい笑みを浮かべたので。ついドキッとする。ティーダやバッツのような、向日葵の笑顔ではない。桜の花のように儚く−−しかし見る者をほっとさせてくれるような、微笑だった。「励ましてくれてるんでしょ。…やっぱり、分かっちゃうよね。私…戸惑うって いうより、迷ってるから」 本当はね、少し怖かったの、と。彼女は少し声色に寂しさを滲ませる。「みんな…がんばっているのに、私だけ何もできていないから。まっすぐ進めな い自分が、もどかしくて」 俯くオニオン。そうだ、自分も気付いていた。彼女の引っ込み思案な性格は、自分に自信を持てないせいと、周りと比較しての劣等感から来るものだと。 だから自分が引っ張らなければ、と思った。その道中で、どうにか彼女に自信をつけさせてあげたいと。 生意気にも、そう思っていたのである。「クリスタルを手に入れたら、私も変わるのかな?もっと…迷わないで歩けるよ うに、なれるのかな」 一理、あるにはある。確かに、クリスタルで記憶を取り戻せば、変わるものもあるのだろう。選べる選択肢も増えるかもしれない。でも。「そうじゃない」 本当の意味の変化は、そういう意味じゃなくて。「変わったから、手には入ったんだ」 クリスタルを手にする事は確かに大事。しかしその前にも、越えるべき試練が確かに存在する。「本当の敵は、目の前の仇敵ではない。己の中にあるものだ」 静かに、暗闇の雲が言葉を引き継ぐ。「己の中にある本性と真実に向き合う覚悟。目の前の闇から目を逸らさずに、受け止める強さ。それが形となって現れるのだ。クリスタルとはただの記憶と力ではない…決意の先に輝くものなのだから」 「…ちぇ。せっかく僕がかっこよく決めようとしてたのに。台詞取んないでよ」 「それは悪かったな」 ちっとも悪びれた様子なく言う妖魔。なんだか遊ばれている気がして、年相応にむくれたくなる。「…ま、そういうこと。だからティナも、自分のいちばん強い気持ちに従えばい いんだよ」「いちばん強い気持ち?」「そう」 彼女は少しだけ考えて−−やがて困ったように笑った。「まだ、わからないかも」 自分の真ん中にあるものが、わからない。だから彼女は不安なのだろうか−−少し悲しくなって、少年は眼を伏せる。「でも、やってみる。あなたみたいに、私も。望みを捨てないで、進み続けていれば、きっと」 変わりたい。強くなりたい。願う気持ちはティナの中にも確かにある。今はそれで充分だとオニオンは思う。これはきっと、本当の自分を探す旅でもあるのだから。「進み続けなくたっていいさ。休みたい時は休めばいい。迷ったってて逃げたって隠れたっていいって僕は思うよ。最後に立ち上がる強さになるなら、どんな時間だって無駄になんかならない」 そっと彼女の白い手を握る。怖いと思うこと、逃げたいと願うこと、劣等感に怯えること。それは誰だって同じ。誰もが持つ闇。罪なんかじゃ、ない。 操られた彼女の本音を聞いたからこそ、思う。願いを棄ててはいけない。けれどそれは、惑うなという事ではない。「ティナなら絶対見つけられるよ。僕の予想はよく当たるんだ」「自信家め」「うっさい、あんたはいちいちツッコむな!」 コントじみたやり取りを繰り広げるオニオンと暗闇の雲の姿に、彼女はクスリと笑う。「頼りにしてる」 その笑顔が、好きだから。曇らせない為に、自分は自分の出来る事を精一杯やりたい。この命が、尽きるまで。Last angels <想い試し編> 〜4-10・少女と道化の懺悔U〜 逃げてもいい。迷ったっていい。 そんな事を言ってくれた人は初めてだった。戸惑いながらも−−本当は凄く嬉しくて。 ティナは考える。きっとそれが人間なんだろう、と。 逃げてもいいよと。そう言って貰えた時、人は逃げずに立ち向かえるのだろう。正直それまでは焦るばかりで空回りしていたように思う。みんなの足手まといになってはならない、振り返らずに前に進まなければならない、そう考えれば考えるほど暗い思考から抜け出せなくなる。 逃げてはいけないと抜け道を塞ぐたび、現実から逃げ出したくなる自分。矛盾している。だけど。 オニオンの言葉に気付かされた時、目の前に確かな光が射したのだ。 大丈夫だよとただ側にいてくれる人がいる。自分の傷も、弱さも受け止めてくれる人がいる。 なんて幸せなんだろう。自分は本当に恵まれている。彼に会えたこと、彼らに会えた事。そして。 とてもとても大好きな人が側にいること。誰かを心から愛する事ができること。知った当初は戸惑っていたが−−今はその想いもまた誇りである。素敵な気持ち。気付いた瞬間世界は180°色を変えた。 「ねぇ、オニオン」「ん?」 イミテーション軍団を倒して突き進みながら、背中合わせに立つ少年にティナは声をかける。「全部が終わったら、でいいから」 メルトン発射。数体の紛い物達を巻き込んで、光球が走っていく。「あなたの本当の名前。教えてね」 オニオンナイトというのは称号の名前にすぎない。この少年にも真名があった筈だ。クリスタルによって記憶を取り戻したなら、それについても思い出しているのではないか。「伝えたい事が、あるんだ。本当の名前を聞いたら、その時に言いたいの」 どんな君でも、君だから。名前も過去も分からなくても、手探りの闇の中でも、誰かを必死で護ろうとする優しい君。誰かを愛して、小さな手で慈しむ事を忘れなかった君に。 全てが終わったら、言いたい。 君が大好きだよ、と。そのたった一言でいいから。「……うん」 向こうを見る、彼の顔は見えない。けれど頷いてくれたから、今はそれでいい。今ので十分バレバレかもしれないけれど。一番大事な台詞は、ちゃんと自分で形にしたい。ありきたりでも、自分の言葉で言いたい。 ティナは知らなかった。 遠くを見つめるオニオンの瞳が、涙で潤んでいた事を。 カオス神殿エリアまで戻ってきたティナは、柱にもたれて一息ついた。A−8ポイント、神殿一階フロア。そう強くはないものの敵の数が多かった為、三人手分けして排除する事になったのだ。 待ち合わせはこの場所。この付近は事前調査で地図を作ってあるので、道に迷う心配はない。特にオニオンは白魔法・サイトロが使える。地図がなくても彼なら迷わず辿り着ける筈だ。−−早く来て、欲しいな。 駄目だな、と思う。強気なことを言ってみせたばかりなのに−−一人になるとすぐ不安が襲ってくる。誰かの優しさに甘えたくなる。 頼ってばかりの自分から、変わりたい。しかしクリスタルの力をアテにしてしまったら、それもやはり頼っている事になる。自分は、自分の力で道を切り開かなければならない。頭では分かっているのだけど。 不安の理由は今一人でいるから、それだけではなかった。−−なんだか、嫌な予感がする。 何が、と言われると自分でもうまく説明できないのだが。この場所に足を踏み入れてから、どうにも落ち着かない。此処で何か、嫌な事があったような気がする。思い出せないけれど、心がざわつくのだ。 それに。 別れる間際のオニオンの様子が、どうにも気にかかる。いつもと変わらない笑顔。いつものように得意気に、ちょっと生意気に笑って駆けていった。でも。 普段より余裕が無かった気がする。正確には余裕が無い事を必死で隠そうとして失敗していたような。 汗をかいていたし、心なし顔色も悪かったような。何かを隠している。それを自分に気取られないように精一杯普段通りに振る舞おうとしていたような。 何もなければいいのだけど。何かを振り払うようにティナが首を振った時、通路の向こうからトタトタと足音が響いてきた。ほっと息を吐く。体重の軽い人間−−小さな子供の靴音。該当する人物は一人しかいない。「ティナ!良かった、無事だったんだね」 嬉しそうに駆け寄ってくる少年。ティナも嬉しかったが、ちょっとだけ意地悪を言いたくなる。「私、そんなに弱いと思われてる?あれくらいぜーんぜん平気だよ」 わざとむくれて見せた。案の定、オニオンは慌てた顔になる。「ご、ごめん。そんなつもりで言ったんじゃ…」 その様子があんまりにも可愛らしくて、つい吹き出してしまった。「嘘。心配してくれてありがとう、オニオン」「も〜…からかわないでよ」 ほのぼのとした空気。ティナの大好きな、温かな時間。 しかしそれは−−長く続くものではなかった。「いいものを見せてもらいました」「!?」 狂気は、全てを切り裂く。 人の心も、愛も−−未来も。NEXT |
何かが指先を掠めて、すり抜けて消えた気がした。