何故だろう。この声を聞くと、ドキリとする。胸の奥がやけに騒ぐ。不愉快だとか、嫌いだとか−−そういったものではなく。 怖い、というのが一番近い気もする。しかしそれが彼本人に対しての恐怖なのかというと、どこかしっくり来ない。 ティナの因縁の相手。しかしその因縁の理由が分からないまま戦い続けてきた相手。「さすがは僕のお友達。見事な壊しっぷり!」 どこかで自分達の戦いを見ていたのだろうか。さも愉快げなケフカに、ティナは身構える。 この感情の正体は分からない。それでも。この男と出会ってろくな目に遭った試しはない。「ケフカ……!何をたくらんでいるの?」 いつか向き合うべき相手だとしても−−警戒心は拭い去れない。それは致し方ないことだろう。睨みつけるティナとオニオンに、道化はやや芝居がかった仕草で言う。「力を確かめに来たんだ。さっきは中途半端なところで、どっかの化石とクソガキに邪魔されちゃったもんでねぇ」 そうだ。オニオン達は言っていた。自分はこの男に浚われかけたが、暗闇の雲に助けられたのだと。何故その時の記憶がないのかが不明だが。「さっきの戦い!いやぁ、爽快な見せ物をありがとう。すんばらしい闇の力だ!やっぱりおまえは、カオスに仕えた方が心地いいんじゃない?」「どういう意味?」「おやおや〜何も覚えていない!」 ぎょっとする。覚えてない、とケフカが言った途端、隣のオニオンが凄まじい殺気を放ったのだ。 なにやら話の雲行きが怪しい。もしや欠けた記憶は、ケフカにさらわれた事と関係があるのだろうか?「なら教えてあげましょう。おまえは、その力で大事な仲間を……」 「やめろ!」 ケフカの言葉を遮り、オニオンが叫ぶ。睨みつける修羅のごとき形相は、普段の愛らしい姿からは想像もつかない。 オニオンが怒っている。それも半端な怒りではない。 だがケフカは少年の怒気にも怯む事なく、まるで子供のように無邪気な仕草で首をかしげる。「あれれ?傷つけられた本人が、何言ってんの?」 チッと舌打ちする少年。ティナは自分の顔から、血の気が引いていくのを感じる。 傷つけられた、本人?今ケフカはそう言ったのか?「美しき友情なんて……やめて。ウザったらしくて、反吐が出る!」 顔は笑っているが、目は笑っていない。道化は嫌悪感を露わに吐き捨てた。急に笑ったり、怒ったり。くるくる変わる表情が妙にちぐはぐで、噛み合わない。 まるでズレたまま無理矢理回し続ける歯車のよう。「それは…どういうこと?まさか……」 声が震えた。当たって欲しくない予想。ケフカはティナの青ざめた顔を見るやいなや、打って変わって楽しげに手を叩いた。オニオンを指差し、裏返った声で告げる。「ピンポーン!そのま さ か!おまえはそこにいる仲間をギタギタに痛めつけたんだ。あんなに楽しそうだったのに、忘れるなよ」 笑い声が上がる。その声を今、初めて耳障りだと思った。 嘘だ。嘘だ。そんなはず、ない。 自分がオニオンを傷つけた?楽しそうに痛めつけた?そんな事、あるはずが−−っ。「まったく危険な存在ですねえ。戦えば戦うほど、自分で力を抑えきれなくなる」 嫌だ。やめて。聞きたくない。 声はかすれて、音にならない。「力が心を超えて暴走する、破壊の化身めが!」「嘘っ…」 確かに。確かに自分の中には、強大な力が眠っている。制御がきかなくなって、意識が混濁した事もあるにはある。その時、自分は力に振り回されて皆に迷惑をかけたかもしれないとは思う。だけど。 一番大事な人を、守りたい筈の人を−−傷つけたなんて、そんなこと。 信じたく、ない。「嘘っ……じゃないよ。ほーら敵はここにもいる」 気がついた時、ケフカが両手を振り上げ魔力を集中させていた。光球が放たれる。反応が遅れる。 自分よりいち早く気づいたオニオンが前に出て、剣を使って魔法を受け流していた。しかし光球をブラインドにして飛んできた風魔法を避けきれず、小さく悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。「オニオン!」「へ、平気…。防具のおかげで怪我しないですんだから」 たが。砕けた防具やリストバンドの下−−剥き出しになった少年の肩と腕を見て、息を呑む。ティナの視線に気付いたのだろう。ハッとして体を隠すオニオン。でも既に時遅し。ティナは見てしまった。 オニオンの肩と腕と胸に巻かれた、血のにじむ包帯。風魔法で切られ、露出した肌には真新しい傷や魔法による火傷の後があった。「ハイ証拠ハッケン。それやったのは誰だったかな〜?さっさと認めて、開き直っちゃいなって」 目の前が、真っ暗になる。自分は何をした?一体何をしてしまった? 絶望に膝をつく。体の震えが止まらない。立ち上がれないティナに、ケフカはまた笑い声を上げる。「どうした?破壊の力、もっと見せちゃいなよ!敵も味方も世界も、ぼくちんと一緒にゼーンブ壊そう、あブッ壊そう!」「私…」 呆然とするティナを守ろうと、傷だらけの少年が走り出していた。剣を握り、ケフカを斬りつける。「ぎょっ…何を?」 言葉ほど驚いた様子もなく、攻撃をかわすケフカ。「僕が相手をしてやる!ティナは逃げて!」「でも……!」 どうして?自分は迷惑をかけたのに。力が暴走したからなんて言い訳にならない。酷い目に合わせた。きっと体も心も痛かった筈だ。それなのに。 どうしてまだ、守ってくれるんだろう。「黙っていれば、こんの…!」 「やめ…っ」 ティナの叫びは届かなかった。魔導の光が弾ける。悲鳴すらも聞こえなかった。思わず眩しさから目を閉じた、一瞬。 ダァン! 魔法の力がぶつかる轟音と共に。ケフカは姿を消していた−−オニオンナイトと共に。「そんなっ…どこに行ったの?」 今度は彼がさらわれた。そう認識するまで時間はかからなかった。「探しに行かなきゃ…でも……」 でも。自分が助けに行く事でまた迷惑をかけてしまったら。また力を暴走させて、傷つけてしまったら。 そう思うと、怖い。自分が、自分自身が信じられない。ティナは膝をついて、呆然と座り込んでいた。異変に気付いた暗闇の雲が駆けつけて来るまで。Last angels <想試し編> 〜4-11・少女と道化の懺悔V〜 自分達は試されているのだろう。コスモスに、そして世界に。クラウドは気づいていた。与えられた情報が何故こんなに少なく、抽象的なのか。女神は何故目的を明言しなかったのか。 きっとこれは、彼女なりのテストなのだろう。僅かな情報だけを頼りにクリスタルを探しあてられるかどうか。そして自分達が最終的に、どんな結論を出すのかを。「みんな、どこ行っちゃったんだろ。一回合流して話し合った方がいい気がするんだけどな」 ため息をつくセシル。今、この場所−−クリスタルワールドにいるのは自分と彼だけだった。カオスの総攻撃を切り抜けているうちに、他のメンバーと分断されてしまったのである。 幸い敵の追撃は大したものではかった為、イミテーションを撃破、あるいは撒いてここに来たわけだが−−。−−それも気にかかるところだな。何故奴らは、圧倒的優位な状況で退いたんだ? 何か裏がある。このままでは世界が滅ぶと言われても、イマイチ実感の湧かないメンバーも多い筈だ。 鍵となるのは、クリスタル。今まで殆ど自分達の戦いに口を出して来なかったコスモスが、今回は自ら前頭指揮をとった。そしてクリスタル探索を命じてきた。このタイミングでだ。 コスモスサイドが押され始めたのは今に限った事ではない。連中がイミテーションを操るようになってから、今までに何度も窮地に立たされる場面はあった。 この情勢をひっくり返す手だてがあるなら、何故もっと早く講じなかったのか。彼女が沈黙を守ってきた理由はなんだろう。「気になる事はいくつもある。あいつらを早く探さないとな」「うん」 セシルがどこまで気付いているかは分からない、が。 ひょっとしたら状況は自分達が想像している以上に悪いのかもしれない。自分達の知らない場所で、何かイレギュラーが起きたとか。コスモスが直接姿を現さなかった事も気にかかる。それほど急がなければならない訳があったのだとしたら。 それほどの危機的状況に陥るまで、クリスタルに手を出すわけにいかなかったという仮定もできる。つまり、クリスタルを手にする事、あるいは辿り着く為の道中は、彼女がギリギリまで躊躇ったほどの危険が潜んでいると見るべきだ。 いずれにせよ、離れ離れになった仲間達の安否も気にかかる。合流しようというのはクラウドにとっても悪い考えではない。 淡い色の結晶でできた階段を登った時、唐突にセシルが足を止めた。危うくその背にぶつかりそうになりつんのめる。「おい?何が…」 「オニオン…?」 「え?」 呆然とした騎士の呟きに、クラウドはその背中ごしに向こうを覗きこむ。しかし長身のセシルだ、上からより横にズレた方が早い。「な…!?」 言葉を失った。クリスタルの足場に、ポツンと立っている少年。その姿に。 最初はイミテーションかと思った。彼から感じる強い闇の力。バチバチと黒い光が帯電し、オニオンの体を中心に渦巻いている。 だが、彼は確かに本物だ。どんなにレベルの高い精巧なイミテーションでも、生身の人間とは決定的な違いがある。紛い物達はけして、血を流さないのだ。 オニオンは傷だらけだった。鎧はあちこちが砕け、ローブやマントは破れ−−剥き出しになった左腕、左肩、左胸には赤く染まった包帯が、千切れかけて垂れ下がっている。 巻かれていたであろう肌には、魔法による火傷と裂傷の後。今もなお赤い滴が滴り落ち、惨い有様を曝している。明らかに、尋常ではない。「オニオン!その傷は一体どうし…」 「駄目だセシル、近付くな!」 慌てて駆け寄ろうとしたセシルの肩を掴み、すんでのところで引き寄せる。冷や汗が流れた。セシルの顔面スレスレを、サンダーが飛んでいったのである。 あのまま近寄っていたら、直撃していた。「…だ、め……」 ヒューヒューと、明らかにおかしい呼吸音。その合間から聞こえる、掠れた声。「逃げ、て…」 意識が混濁しているのか。体はふらつき、眼は虚ろだ。今度はブリザドが飛んできて、二人は左右に分かれて避ける。 逃げて、と言いながら攻撃してきた。満身創痍な体に、普段の彼ではありえない闇の気配。もしや、何者かに操作されている?−−だったら、尚更逃げるわけにはいかない。 しかし、どうすればいい?「まずい。あんなボロボロの体で無理矢理操られてたら…」 セシルの呟きに、我に返る。そうだ、オニオンの救命処置が最優先。「…試してみるか」 けれど問題がある。ソルジャーでない彼が、あの魔法に耐えきれるだろうか。NEXT |
壊すためでなく、救う為の魔法を。