まるで亡霊のような足取りで少女は歩いた。その心中を満たすものは、己への 失望と虚無感のみである−−。今の自分の心情を小説風に表すなら、そんな感じ になるだろうか。 あてもなく歩いていたら、夢の終わりエリアに到達していた。此処はティーダ の世界の断片、だっただろうか。物悲しい夜と、夢の跡を物語る瓦礫の景色。そ れぞれの景色の中に、一人一人の物語がある。自分にも、きっとあの子にも。
「いつまでそうしている気だ」
沈黙を守ってきた暗闇の雲が口を開く。ティナは足を止めた。
「あの小僧を助けたいのだろう。ならばすべき事など分かりきっている筈だ」
そんな事、自分が誰より分かっている。拳を、爪が食い込むほど握りしめた。 この感情をなんと呼べばいい。荒れ狂い、嵐のように吹き荒れる−−この黒く暗 い気持ちは。
「……その前に、聴かせて」
落ち着かなければ。自分の心が酷く不安定になっているのが分かる。これでは いけない。どうにか気持ちを制御しようと、深呼吸するティナ。
「ケフカが言ってた事…本当、なの?」
自分が力を暴走させて、オニオンを傷つけた。彼を負傷させたのは自分だと。 失われた記憶の中で、自分は取り返しのつかない罪を犯したのかもしれないと。 「……奴の主観を除けば、な」 「主観?」 「楽しそうに戦ってただの、自分で力を暴走させただの…その辺りは奴が面白が って脚色したにすぎん」 「……そっか」 優しい女性だ、と思う。さりげなくティナをフォローしてくれようとする。そ の優しさが嬉しくて、同時に辛かった。
「…小僧は隠したがっていたが、話した方が良さそうだな。わしも後で詳しく聴 いた。お前がケフカにさらわれたのは本当だが…事が起きたのはその前だとな」
暗闇の雲は話した。 力の気配を辿っていく道中、ティナはケフカの配下のイミテーションに操りの 輪をつけられたこと。カオス神殿エリアに踏み入ったタイミングで、ティナの力 が暴走。ケフカに操られるままオニオンに襲いかかった事。 一方、暗闇の雲はケフカにゲームを持ちかけられた。素敵なお人形を手に入れ た方が勝ちだと、一方的に。ケフカの言う人形とは彼の宿敵であるティナであり 、暗闇の雲が気にかけるオニオンであり。 嫌な予感に、ケフカを尾行した暗闇の雲は、ケフカが攫ってきたティナを発見 。粗方の事情を理解し、少女につけられた操りの輪を破壊して、道化の元から連 れ出したのだ。
「正直に言う。お前との戦闘でオニオンの受けたダメージは無視できないものだ った。あの状態でケフカと戦えば命に関わる。それはわしとしても本意ではない 」
ティナを助けたのは、それが唯一オニオンを止める為の手段であるから。オニ オンをケフカの元に行かせるわけにはいかない。だから、暗闇の雲は彼を止める 為に、戦った。 オニオンだけではない。暗闇の雲にとってケフカもまた特別な存在である。ど ちらにせよ、彼らが殺し合う様など見たくない。愛する者同士が傷つけあうこと は−−彼女にとって最大の悲劇であったから。 その戦いの最中でクリスタルが出現し、オニオンと暗闇の雲は記憶を取り戻し た。彼らの本来生きてきた世界と時代のこと。この閉じた世界における真実と、 死ぬ前の世界のことを。 戦うべき相手は他にいる。自分達は共に力を合わせて、真の支配者に立ち向か わなければならない。そう結論し彼らは今に至るのである。 「お前は自分の意志で破壊を望んだわけではない。全てはケフカに操られた結果 。オニオンが隠していたのも、お前に気にやんで欲しくないからだ」 「…そうだね」 分かっている。彼は自分を恨んでいない。どんな酷い目に遭わされても、怨ま ない。だからティナに心配かけないように秘密にしてくれた。暗闇の雲も、そう 。それが彼らの優しさであり、仲間への深い愛情だと分かっている。
「でも…どんな理由であれ、私があの子を傷つけた事に、変わりはないんだ」
力を暴走させてしまった事も。
「力が怖いの。助けに行きたいのに、また力を抑えられなくなったらって思うと …」
今回は、どうにかやり過ごせたかもしれない。だが、次もうまく助かるとは限 らない。 次は−−取り返しがつかない事になるかもしれないのだ。 「……迷う事は、罪か?」 「え?」 振り向く。暗闇の雲は、どこか遠い場所を見つめていた。無くした時間に、想 いを馳せるように。
「誰にでも迷いはある。迷う事なく進める奴など、ほんの一部にすぎんだろう。 あの小僧だって迷った筈だ。迷って迷って…その上で立ち続けたのではないか? 」
わしも、迷っていたよ、と。小さな呟きが、胸に染み入る。 「破壊を望まぬ意志は分かる。戦いを避けるのも一つの道だろう。誰もその決断 を否定はしまい。だが、それはお前の本当の心か?」 「私の、心?」 「あやつが言っていた事を思い出せ。オニオンナイトはわしらに比べて遙かにガ キだが…それでも、立派な道を示してみせた筈だ」 「あ…」 そうだ。迷いながら、戸惑いながら歩く道程で−−少年は言った。言ってくれ た。
『だからティナも、自分のいちばん強い気持ちに従えばいいんだよ』
『進み続けなくたっていいさ。休みたい時は休めばいい。迷ったってて逃げたっ て隠れたっていいって僕は思うよ。最後に立ち上がる強さになるなら、どんな時 間だって無駄になんかならない』
「今こそ、立ち向かう勇気を持つ時ではないのか?どんな敵でもない。己の中に 潜む真実に、だ」
立ち向かう、勇気。考えた事がなかったのではない。考えないようにしていた 自分に、ようやく気付く。自分が恐れていたのは他の誰でもない、自分自身。 自分の力と、弱さと、醜さが。ずっと怖かったのだ。
「クリスタルは、決意の先に輝くもの。お前の心にある、一番大事な想いに従え ば、手には入る。わしに言えるのはそれだけだな」
決意。それは何のための決意か。決まっている。自分自身と、自分が最も愛す る者の為に、できる事をする決意か。やれる事からやってみればいいとあの子は 言った。なら。自分のやれる事とは、何なのか。
「哀れだな」
響いた声と足音に、安堵してしまった自分に驚き、失笑する。敵陣営である筈 なのに、どうやら自分達は彼に不思議な信頼を寄せていたらしい。
「ゴルベーザさん…」
ティナが名を呼ぶと、魔人はマントを翻して、自分達のすぐ側に降り立った。
Last angels <想試し編> 〜4-12・少女と道化の懺悔W〜
一つ前の世界にて。ゴルベーザはコスモスに命じられていた−−戦士達の導き 手になって欲しい、と。 最初はそれが何を意味するか分からなかった。しかし、コスモスに記憶を与え られ、この世界での始まりを知った時−−謎は氷解したのだ。 クリスタル。コスモスが封じてきた戦士達の力と記憶。そして、コスモス自身 の意志と断片。それを手にしない限り、彼らの道は永遠に閉ざされたままだ。 全てを知った自分の役目は、彼らがクリスタルを得るように仕向ける事。戦士 達が立ち止まる事があった時、道を示す事にある。 だからこそゴルベーザは今此処にいる−−己に迷いを抱える少女の前に。 「オニオンナイト…己の過去も名も分からず、空っぽの自分を恐れていた少年」 「?」 「ティナ、と言ったか。気付いていなかったのか?」 なんの事か分からず首を捻るティナに、ゴルベーザは続ける。
「あの少年ががむしゃらに進もうとしていたのは、立ち止まる事を恐れていたか ら。ひたすらお前やあの勇者を護ろうと足掻くのは、それが自分の存在理由と信 じていたから。…他にも理由はあるがな。幼い身でありながら、あの少年は重い 傷と宿命背負って、戦っている」
俯くティナ。その真の意味は理解できずとも、彼女も薄々気付いてはいたのだ ろう。その強い意志の裏側にある、脆い心に。 「術が解けぬ限り、少年はケフカのしもべとして戦い続けるのだ。だが、ケフカ の望みと少年の望みは相反するもの。前の戦いで負った傷も深い。心と体が耐え きれなくなるのも時間の問題。いずれ力尽き、その命は戦場に散る」 「そんな…っ」 残酷な事を言っている。自分でもそれが分かっている。それでも、教えなけれ ばならない。目を背けるなと。耳を塞ぐなと。 現実は今、此処にある。
「…ティナよ。お前の力は強大なものだ。制御する術を知らぬ限り、悲劇を幾つ も招きかねないもの。戦いを避けるのは、賢明な判断だ」
本当は。同じアドバイスを、オニオンナイトにするつもりだった。お前はお前 の心に従って進め、と。しかし、ゴルベーザが助言するまでもなく、オニオンは ティナを助けに走っていった。それが実際正しい事だったかは分からない。でも 。 結果的に、彼にゴルベーザの導きは必要なかったのである。何故か。オニオン が既に決意していたのもあるし、彼に足りなかったのは勇気以外の別のものだっ たのもある。 何より、オニオンと暗闇の雲は、以前の世界でも互いを理解し合う寸前まで距 離を詰めていた。あとは少しのきっかけさえあれば良かったのである。 「…少年は一度お前を守れなかった。そして自分自身をも守りきれなかった。彼 には、お前とは別の覚悟が足りなかったからだ」 「覚悟?」 「そう。愛する者の為に、自らを愛しぬく覚悟だ」 ハッとしたように顔を上げる少女と妖魔。 彼女達は知っていたのだろう。オニオンが他者ばかりを護ろうとする裏には、 自分自身を愛せないという深い闇があった事を。
「少年は最後にそれに気付いた。気付いた事で、己と宿敵に向き合い、手を取り 合うに至った。試練を越えた事で、オニオンナイトはクリスタルを手に入れたの だ」
それは確かな、彼が示した道。ティナもそれに気づくべき時なのだ。彼女が力 を制御できないのは、己と向き合う勇気が足りないから。未来を見据える事に怯 えているから。 それが分かって、立ち上がれた時。彼女は確かな“明日”を得る。
「分かるか。お前達の立場はあの時とは逆。今度はお前が覚悟を決める番だ」
誰が為の力か。誰が為の生か。 「自らの力を恐れるな。守りたいものがあるなら自分を愛せ。向き合う勇気が世 界を変えるのだ」 「それは、自分に対しての言葉でもある…か?」 暗闇の雲の言葉にゴルベーザは苦笑するにとどめた。相変わらず勘の鋭い女だ 。 分かっている。この役目はゴルベーザの試練でもあるのだと。
「胸に問いかけ、決意するがいい」
すれ違い様。少女に手渡すメッセージ。
「お前の少年への想いは、その程度の迷いで揺らぐほど軽いものなのか?」
その一言が、鍵になった。少女と妖魔が走り出す気配に、魔人は一人笑む。 戦う事で、見つかる答えもある。本当の旅はその先から始まるのだ。 ゴルベーザは歩き出した。自らもまた、恐れぬ未来を見つける為に。
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誰が溜為の剣と盾か。