ガレキの塔。その名の通り、世界中のあらゆるガラクタを集めて作られた城。想像主はケフカ。彼は何を思って、この城を組み立てたのだろう。 大きな大きな積み木遊び。積んでは崩し、重ねては壊して。たった一人、大きな子供は世界を盤上に見立てて遊んでみたのか。その心情は本人にしか分かるまい。他人には、どうやっても触れる事の出来ない景色がそこにある。 それでも。彼を知ろうとする事はできる。理解しようと、努力する事も。そして自分を分かろうと頑張ってくれる人がたった一人いるだけで、救われる心もあると知っている。−−実際、私がそうだった。 軋む階段を登りながら、ティナは思う。出逢いは奇跡。心を赦せる人達に出逢えた、それは本当に幸せな事なのだと思う。出逢えるか出逢えないか、そこは運でしかない。いや、それとも“運”ですら神々は必然と呼ぶのだろうか。 この世に偶然はない。あるのは必然だけだ、と。 だとしたら。仲間達に−−そしてあの子に出逢えた奇跡を、自分は運命だと呼びたい。 記憶もなく、ただ膨大な力に振り回されて、敵にも自分にも怯えるばかりだった時。あの少年の存在が、自分の世界に色をつけてくれた。小さな背で精一杯自分を守ろうとしてくれた。小さな手をずっと握り続けて、離さずにいてくれた。 この気持ちは何だろう。少しだけ苦しくて、少しだけ痛くて−−でもとても、素敵な気持ち。 最初は母性だと思った。あるいは可愛い弟に向ける姉の感情だと。それくらい自分達は年が離れていたし、オニオンはまだまだ幼かった。 それが違うと気付いたのはいつだったか。既にその時の記憶は、輪廻の狭間に溶けてしまったのかもしれないけれど。 今、ようやく分かった事がある。オニオンが言っていた、一番強い気持ち。自分にとってそれはいつでも、たった一つの願いであった事に。「私の一番強い気持ちは…オニオン。あなたと、ずっと一緒にいたいってこと」 ただ、側にいて笑っていて下さい。 泣きたい時は、思いっきり泣いて下さい。 あなたが笑いたい時は、私も一緒に笑います。 あなたが泣きたい時は、私も一緒に泣きます。 だから。「その為に…あなたを、あなたと生きる未来を、私が守ってみせる」 階段を登りきる。二階部分の通路。一つの大きなフラスコの前に、オニオンナイトが立っていた。闇の力を漏電させ、傷だらけの体から血を滴らせ。ギラギラした眼で、剣を構えている。 想像していた以上の酷い有様に、思わず目頭が熱くなった。彼をこんな姿にしてしまったのは、自分だ。彼に頼ってばかりいた自分の弱さが、この事態を招いてしまった。「暗闇の雲。頼みがあるの」 ティナの意を察してか、妖魔は何も言わない。「あの子は、私に助けさせて。それで…」 「このわしに脇役を頼むとは、いい度胸だ小娘」 ニヤリと笑う暗闇の雲。それは了解の合図だった。「一つ、貸しだ。ケフカが余計な茶々を入れてきたら、防いでやる。その代わり必ず小僧を助け出せ」「…ありがとう」 礼を言い、向き合う。自分が今、一番守りたいと思う人と。「来る、な…」 ギリギリのところでまだ、正気を保てているのか。オニオンは絞り出すように言う。「逃…げて、ティナ…」 「逃げない」「…お、願、い……」 「嫌よ」 静かに、しかし強い口調で少女は言う。「もう、逃げ飽きたもの。逃げて逃げて、自分に怯えて…そのせいで私は私自身 を不幸にしてきた。そして周りのみんなの事も」 そんな事ないよ、ときっと彼は言ってくれる。みんなも同様に。自惚れではなく、確信としてそう思う。 だからこそ。自分は自分を愛さなければならない。自分が自分を赦せるような人にならなければ、きっと。この先何があっても心から笑う事などできないから。「あなたは逃げてもいいって…そう言ってくれた。だから私、逃げないで立ち向 かおうって、思えたの」 オニオンの魔力が暴走する。放たれたブリザドが明後日の方向に向いた。多分彼が必死で標準をズラしたのだろう。「私は、逃げない。自分の心から逃げるのはもう、やめる」「来な…で。だめ…」 徐々に歩み寄ってくるティナに、怯えた顔をするオニオン。ティナに、ではない。自分自身の力に怯えている顔。 きっと長い事、自分もそんな顔をしていたのだろう。悲しくて、胸が締めつけられそうだ。同じ想いを、自分はずっとこの子にさせてきた。この子だけではない、仲間達みんなにだ。「殺、し…て…」 泣きたくなる。でも泣いてはいけない。少年の悲しい声に、ティナは首を振る。 これは自分なりの懺悔。自分なりの償い。そして、未来を生きる為の試練。 ティナは魔力を集中させる。オニオンの意識がまだある今なら。彼が自力で力を押さえ込んでいる今なら。 自分になら、できる。「私はあなたを信じる。あなたが私を信じてくれたように。だから一緒に生きよう、オニオン」 ブリザラ。放たれた冷たい一撃が、オニオンの首筋を掠めた。だが、切られたのは数本の髪と服だけ。 パキンッ! ティナの氷魔法はオニオンの首につけられていた操りの輪を破壊していた。糸の切れたマリオネットのごとく、崩れ落ちるオニオン。「やったか」「オニオン!」 ほっと息をつく暗闇の雲。走り寄るティナ。オニオンは荒い息をしながらも、どうにか意識はあるようだ。「ティナ…」 膝をついたまま、小さな手が伸ばされる。ティナも手を伸ばす−−が。「こんな茶番劇…なぁにが楽しいんだか」 その手が触れる事は無かった。オニオンの背後に立った影が、三人の間にあった光を引き裂く。「もっと面白いエンディングが、あるでしょー?」 ケフカの手が。もはや立ち上がる事もできぬ、オニオンの背に伸びていた。Last angels <想試し編> 〜4-8・少女と道化の懺悔X〜 嫌いだ。大っきらいだ。 こんな世界も、敵も、味方も、全部滅んでしまえばいい。全部全部壊してやる。 お前の、心も。「迎えにきたよ」 迎えに。破滅の国への招待状。ケフカは笑みを浮かべて見る−−驚愕に見開かれる少女の瞳を。少年が振り向くより先に、その背を掴んでいた。掌に伝わる鼓動。生ぬるい命の滴。 忌々しい。「壊れてしまえ」 ゼロ距離で、少年の背にサンダーを叩きつけた。サンダガにしなかったのは、彼の死体が万に一つ消し炭になっては面白くないから。 綺麗に遺った死体ほど、生者に絶望を知らしめる。「あああああああッ!!」 手の中の体がびくんと大きく震え、オニオンナイトの絶叫が木霊した。ただ浴びるならこの程度の電撃、魔法耐性の強いマジックフェンサーに大して効きはしない。 しかし。ゼロ距離で、心臓に直接電撃をぶつけられたら?魔法耐性が強いオニオンとてひとたまりもない。ましてや彼はティナとの戦闘時にも同じ攻撃を受けて、心臓が弱っていたのだから。 だが、簡単には死なせてやらない。即死なんてつまらない。サンダラにしないのも、苦しむ時間を長引かせてやる為。掌で感じる感触。痙攣する身体。強烈な悲鳴を上げる鼓動。 なにより、ティナの絶望に染まった泣き顔が−−たまらない。「やめて−−ッ!!」 発射された小型メルトンに、ケフカは漸く魔法を止めた。少年の身体が転がる。酷いショック状態に胸を押さえて苦しむオニオンに、ティナと暗闇の雲が駆け寄る。 壊れろ。壊れろ。みんな壊れてしまえ。愛する者を奪われて、絶望に沈めばいい。嘆く者達の中、ケフカだけが笑う。無邪気な悪戯をした子供のように−−笑う。 苦しい。息がうまく、出来ない。「−−ッ」 ティナの名前を呼んだつもりが、音にならなかった。彼女が何かを叫んでいる。ぼんやりとした景色の中、それが分かるのに、耳なりがウルサくて聞き取れない。 胸の内側から、トンカチでガンガン叩かれているようだ。激痛の並がまた襲ってきて息が詰まる。痛い。苦しい。でもそれ以上に。「なか、ないで…」 彼女の涙が、何より痛くて−−苦しくて。 自分はこんなところで死ぬのか。彼女の一番強い気持ちを知らないまま。彼女の一番の想いを聴き届けないまま。「…ごめ…ん…」 彼女の涙を、見届ける覚悟を決めなければと思っていた。それが並大抵の覚悟では駄目なことにも、気付いていたけれど。 いざ眼にしてしまえば、こんなにも辛い。死に瀕するほどの身体の痛みより、心が痛い。 自分はとんだ嘘つきだ。彼女と共に生きると決めた筈なのに。残酷な運命など変えてみせると誓ったのに。ああ、自分なんかよりきっと、ティナが辛い。彼女の目の前で、こんなにも早く死ぬなんて。 それは僅かな時間だったかもしれない。ブラックアウトまで、オニオンの心臓が完全に止まるまでの本当に短い時間。 それでも、少年は確かに希ったのだ。 やっぱり、彼女の涙を見るのは嫌だ。その為に足掻くのもまた−−一つの覚悟ではないだろうか。 生まれて初めてかもしれない。死にたくないと、少年は確かに思えたのである。 握った小さな手から、力が抜けた。「あ…」 呆然。ティナは自分の手を見、眼を閉じた少年の顔を見、また自分の手を見た。「オニ、オン…?ねぇ、嘘、だよね…?」 少年は目を開けない。ピクリとも動かない。息もしていない。鼓動も、感じない。「いや…いや、よ…嫌…」 まだ、本当の名前、聴いてない。 自分の本当の気持ちも、伝えてない。 本当の意味でのありがとうも、ごめんなさいも。何一つ。何一つ。何一つ!「一緒に生きようって言ったじゃない!ねぇっ…ねぇ起きてよ!起きてってば!! 置いてかないでよ!!」 肩を掴んで揺さぶった。そして改めて実感した。 こんなに、小さかったんだ。こんなに華奢だったんだ。それなのに、ずっとずっと守ってきたんだと。 ケアルガをかけた。オニオンは目を覚まさない。生き返らない。 死んで、しまった。「私、まだあなたに言ってない…!あなたが好きだって、言ってないよ…っ!!」 せかいで いちばん たいせつだって。 あいしてるって つたえてないのに。「オニオンッ…オニオンってば…!ねぇ、ねぇっ…頼むから…」 最後は殆ど言葉にならなかった。引き裂けそうだ。心も、魂も、何もかも。少年の遺体を抱きしめて、泣き叫ぶ事しか出来ない。暗闇の雲の視線も、目の前の宿敵の存在も見えない。 世界が死んだと、思った。彼のいない世界に意味がないと、初めて気付く。 そうか。自分は、こんなにも。「諦めるな、ティナ!」 その声は、光と共に現れる。「まだ終わっちゃいない!」 顔を上げる。ティナは目を見開いた。 クラウドとセシル。光の中、駆けてくる姿はまるで、天使のようだと思った。NEXT |
世界が滅ぶには、未だ早いから。
BGM 『Heart place』
by Hajime Sumeragi