−−被験体No.16、ケフカ=パラッツォ。
 
 
 
 満三十五歳。しかし、外見年齢は人体実験を受けた二十代で止まっている。ま
た同じく後遺症により、幼児退行を起こす。実質的に精神年齢は少なくとも十歳
前後まで落ち込んでいると予測される。
 ケフカが道化の化粧と装束で素顔を隠すのは、後遺症により老化が止まった姿
を隠すため。また、こめかみと首に実験による大きな傷があり、これも隠す為髪
型と衣装を工夫したのだが、既に本人はその記憶がない。
 ガストラ帝国皇帝の腹心にして、直属の魔導士。帝国による魔導実験の一番最
初の被験体。生まれつき魔導の力を持っていたわけでなく、シド博士の手によっ
て魔力を注入されて魔導士になった。
 だが、一番最初の被験体である為に、魔力を膨大に植えつけすぎ、結果精神を
破壊されることに。それにより見境なく虐殺に走る狂戦士になってしまう。
 また前述したように幼児退行を起こし、外見年齢も二十五で停止。様々な箇所
に実験の後遺症が根強く残る。
 その残虐非道な振る舞いと狂人じみた言動、身勝手な振る舞いから部下達の評
判はすこぶるよろしくない。あらゆる無意味な破壊行動を好むが、それは先
の見えぬ未来への絶望を隠す為の逃避行動の一端である。
 
−−全部全部全部。壊してしまえばいい。感情なんかいらない。願いも欲も、み
んなみんな捨ててしまえばいい。そうすれば、忘れられた。絶望も何もかも。
 
 暴走に暴走を重ねたケフカは仕えていた筈のガストラ帝国皇帝をも殺害。魔導
の創造主たる三闘神の力を乱用し、世界中を焦土と化す。そしてガレキで集めた
塔を建設し、その頂点に神を名乗って君臨する。
 ケフカの暴挙で犠牲になった人間は数知れず。最終的に彼はティナ達の手で倒
され、史上最悪の断罪者として歴史に名を刻む事になるのだが−−。
 それ以前の彼の物語は、驚くほど知られていない。何故ガストラ帝国に仕える
事になったのか。魔導実験を施される前はどんな人物だったのか。何故なら過去
の彼を知る者の大半は気が触れたケフカの手にかかるか、彼と同じく実験の餌食
となって精神と肉体を崩壊させ使い捨てられたかのどちらかだからであり。
 精神の均衡を失ってなお生存できたのは、ケフカの魔法耐性が生まれつき高か
ったからに他ならない。
 唯一彼の昔を知るレオ将軍も、戦争中の最中にケフカと対立した事で命を落と
している。文字通り、真実は闇に葬られた筈だった。
 我々召喚者が、レオ将軍の手記や記録−−ガストラに残されていた資料を発掘 
するまでは。
 ケフカという男は、そもそも戦争孤児であった。ガストラ帝国や諸国が起こし
た数多の戦争。ケフカもまたその被害者であり、彼の両親もまた幼い彼の前で命
を落としている。
 
−−親を殺された子供が溢れてる時代。生きていくには、それだけで覚悟が要る
。だから僕は、ガストラ帝国の兵士になった。生きる為にそして変える為に。
 
 親を殺した帝国と戦争を恨みながら。しかし、心優しい少年は、憎しみだけで
生き抜く事をよしとしなかった。
 生きる為に就いた職であると同時に、いつか世界を変える為に。少年だったケ
フカはあえて戦場に身を投じたのである。戦争の現実を知り、いつか全ての孤児
達の悲しみを消す為に。
 だが−−皇帝が魔導の力を復活させ。その最初の実験体としてケフカが選ばれ
た時−−彼の運命は大きく狂ってしまった。もはや修正が不可能なほどに。
 危険な実験と分かっていながら、自ら被験体に志願した理由。それは、自隊の
同僚や部下達を守る為だった。
 
−−あいつらにはみんな家族がいる。恋人がいる。万が一の事があったら、残
された者達はどうなるんだ。身内のいない僕なら誰にも迷惑をかけずに済む、
そう思った。
 
 皇帝の命に背けば軽くて免職、最悪死罪。ガストラの皇帝の暴君ぶりは語るま
でもなく。けれど−−部下達を護ろうとした結果。彼は体と心に癒えぬ傷を負い
、精神崩壊に至ってしまう。
 魔導の力をむりやり人間に注入したせいだけではない。劣悪にして残虐な人体
実験が、彼に与えた精神的外傷はあまりに大きい。
 記憶傷害。幼児退行。人格崩壊。緩やかに、しかし確実に彼は自分という存在
を壊されていった。
 その世界にて、彼が没する十数年前。
 ケフカは帝国によってさらわれた少女−−ティナの上司兼世話係になる。彼女
を操り、その力が戦争で役立つよう鍛え上げよ。それが上からの命である。
 この時既にかなり精神が壊れていたケフカは、皇帝の命に刃向かう事なく少女
を道具にした。操りの輪で意志で奪い、彼女の力で数多の虐殺を行う事になる。
 だが。その一方で−−ケフカはけしてティナに不自由な暮らしはさせなかった
。折檻する事もなく、粗末な扱いをするでもなく。操りの輪をつけた事以外は、
かなり裕福な暮らしをさせていたのである。
 さらに、彼が制作した操りの輪は、ただのコントローラーではない。力を緩や
かに封じることで、ティナ自身の制御能力を高める機能を備えていた。それはい
つか彼女が−−自由の身になった時の為に。実際、ケフカの操りの輪がなければ
、ティナはロック達に助けられてすぐ力を暴走させてしまっていた事だろう。
 ケフカは、いつか彼女を解放するつもりでいた。狂気に日々蝕まれていきなが
らも、その想いは最後まで護ろうと足掻いていたのである。
 
−−僕と同じ。親を失った子供。天涯孤独の自分に初めてできた、家族。仮初め
のものだと分かっていた。でも。この子は僕が守らなきゃって、そう思ったんだ
 
 それでも−−現実は彼に対し、あまりに残酷で。
 足掻いても足掻いても、病状の進行は止められなかった。やがて昔のケフカの
面影は完全に失われてしまう。全てを知っていたレオ将軍は悲しみ、だからこそ
彼と敵対する道を選んだが。心の壊れたケフカは、将軍を躊躇なく殺めてしまっ
た。
 朽ちていく世界。その中で、破壊衝動すら上回るティナへの執着。玩具と称し
た、家族代わりの他人−−暗闇の雲へのこだわり。それが唯一、道化に残された
真実だった。
 積み重なる輪廻が壊れた人格に拍車をかける。力だけは強大なまま。最終的に
は我々召喚士がトドメを刺さなくてはならないかもしれない。破滅に溺れ、真実
を奪われた哀れな道化師に。
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-15・少女と道化の懺Z〜
 
 
 
 
 
 光が、全ての真実を照らし出す。過去も、未来も、全ての傷も、悲しみも。
 現れた卵型のクリスタル。黒と赤で彩られた美しい結晶。ティナは無言で手を
伸ばす。言葉が出なかったのだ−−悲しくて、悲しすぎて。
 
「思い出したのに何で、力は暴走しないのかな」
 
 心は今こんなに不安定で、ぐらついているというのに。体を行き渡る力の気配
は静かで、澄み切っている。それは何故か?−−決まっている。
 
「ケフカ、あなたは……ずっと私を護ってくれてたんだね。あなたの心が、世界
が、壊れていく中でもずっと」
 
 ティナが操りの輪をつけられたのは二回。一度はかつていた世界で。二度目は
此処で。
 一度目はともかく、二度目の今既にケフカはほぼ完全に狂気に呑まれてしまっ
ている。先ほど言っていた改良型の操りの輪に、魔力の制御装置をつけていたか
実際のところは分からない。
 しかし、少女には確信があった。彼の最後の真実は確かに生きていると。力の
波動を感じる。静かな、優しい凪のような波動を。力が安定している理由はオニ
オンが生きているから−−それだけではないと。
 自分はずっと、支えられてきたのだ。オニオンにも、ケフカにも。
 
「戯れ言なんか聴きたくないね」
 
 戦闘の余韻。あちこちに傷を負い、肩で息をしながら、道化は吐き捨てる。
「足りナーイもっと、もーっと壊さなきゃ!」
「もうやめて!……ううん。もう、やめよう。これ以上の破壊は無意味よ。本当
は分かってるんでしょう?」
「うるさいッ!」
 絶叫に近い声。ケフカは自分で気付いただろうか。
「意味のある破壊などつまらん!意味もなく壊すら楽しいんだよ!」
「嘘だ」
 ハッキリと、ティナは言い切った。
 
「全てを知った今だからこれ以上あなたが何かを壊したって解決にならないっ
て、分かるの。でもね。本当は無意味な事なんて、何一つないわ。あなたは意
味もなく壊してたんじゃない絶望を忘れたくて、他に生きる術がなかったから
、破壊に溺れるしかなかったんでしょうっ!?
 
 意志を奪われて、人形のように生きていたあの頃。壊せば、怖いものはなくな
る。全部なくなれば忘れられる。頭にずっと流れ込んできていたあの意志は−−
ケフカ自身のものだったのだ。
 
「それは少なくとも、あなたにとって意味がある事だったんだよ。無意味なん
かじゃ、無かったんだ。楽しいって思いこまなきゃ、生きていけないってねぇ
、本当は気づいてたんでしょう?」
 
 ずっと、叫んでいたのかもしれない。世界が怖いと。助けて欲しいと。たった
独りで。
 彼と同じ気持ちだったとは言わない。たが、分かる気がするのだ。自分もずっ
と助けを求めていたから。先の事など、ずっと怖いものでしかなかったから。
 その声を、聞き届けてくれた人が自分にはいた。共に歩んでくれる仲間にも出
会えた。でも、ケフカには?
 心が壊れたせいで奇行に走り残虐な行いに走り、まともな対人関係が築けた筈
もない。孤児だから家族もいない。
 たった一人。家族と呼べたかもしれない存在だったティナすらも−−彼と敵対
し、相互理解とはほど遠い関係になった。
 
「今までの世界でも、そう。私はあなたと何度も戦ったけどあなたに殺された
事は一度もなかった」
 
 彼の憎しみはいつもティナの仲間達に向いていた。それは、軽い嫉妬。もう一
度ティナと共に歩みたくて、気を引きたくて−−しかし理性の壊れた心で、手段
もまた歪んで。
 
……戻らない時を知って、何になる。嘆いても叫んでも、世界が変わる事など
ない」
 
 ケフカの声が低くなる。
 
「与えられた境遇を呪うより、いっそ楽しんで生きる。それ以外に、どうしろ
と?」
 
 確かに。それもいいのだろう。いや。
 ケフカにはそれしか、無かったのだろう。
 
「滅ぶとわかっていて、何故つくる?
死ぬとわかっていて、何故生きようとする?
死ねば全て無になってしまうというのに
 
 だから。失うと分かっているものなんて求めない。それは小さな呟きだが、テ
ィナには確かに聞こえた。
「命。夢。希望。どこから来て、どこへ行く?そんなもので心満たされることな
どない!」
「違う!」
 涙が止まらない。壊れた心を、破壊する事で埋めようとしていた、彼。
 
「どんな世界でも、変わらないものがある。愛する心一つで、世界は変えられる
の。あなたになら、できる筈だよ」
 
 手を差し伸べる。今度こそケフカは驚愕を露わにした。
 
「変えようよ。私と、あなたと、みんな一緒に。もう一回」
 
 その先に。新しい夢が、待っている。
 
 
 
 
NEXT
 

 

悲しい夢は、これで終わりに。