愛する心一つで、世界は変わる。 セシルはティナの言葉を噛み締めていた。長く意志を奪われ、争いの道具にされて。自らの力の重さに怯えていた彼女が言うからこそ、大きな意味を持つ言葉だろう。 ティナとケフカが戦い始め、クリスタルが発現した時−−その光を浴びた全員が、彼女と彼の記憶の一部を共有している。セシルは驚きの連続だった。二人のあまりに過酷な過去。そして−−この世界が巨大な鳥籠であること。 さらに、オニオンとティナから詳しい話を聞き、暗闇の雲と和解した経緯やこの世界の秘密を聞かされて愕然とする。まさか神々をさらに上回る力を持つ支配者が存在していたとは。「…まさか…何回も時間が巻き戻されてたなんて」 「何かおかしいとは思ってたがな。記憶が無いどころか名前も思い出せない奴もいるくらいで」 まさかコスモスが一枚噛んでるとは思わなかった、と。クラウドがやや疲れたように溜め息をつく。彼は薄々真実に気づいていたのかもしれない。「このままじゃ永遠に殺し合いは終わらない…元の世界にも帰れない。その為に は時間を巻き戻す元凶である神竜を倒す必要がある…そうだな、オニオン」 「うん」 生き返ったばかり。ケアルガをかけて貰ったものの、全快には程遠いのだろう。ティナに支えられ、衰弱し、青ざめた顔で座り込むオニオン。「ただその為には…まずみんなが記憶を取り戻して、真実を思い出さなきゃいけ ない。記憶と一緒に力も封じられちゃってるから。今のまんまじゃ神竜には勝てっこない。まぁ…その前にもいくつか解決しなきゃならない問題があるんだけど 、それは今は置いといて」 コスモスがクリスタルを探せと言った理由がようやく分かった。彼女はこの閉じた世界にケリをつける気なのだろう。 地獄の天国。最期の楽園。このままでは誰一人−−救われない。永遠に神竜の奴隷にされるだけだ。「…他のメンバーにも、報告しないとね。まさかやられてたりは……しないと思 うし」「セシル…何その沈黙」 「いや、なんかバッツあたりがうっかり敵に捕まってそうだなぁって。今までだってしょっちゅう罠にハマって救出されたじゃん。落とし穴記録なんか凄い事になってそう」 思い出したのか、コスモスメンバー三人が吹き出した。毎回似たような罠に引っかかるあたり、学習能力がない。落とし穴なんて典型的すぎるトラップを未だ使ってくる奴らも奴らだが。 そのくせ殆ど無傷で助かるあたり、彼は運がいいのか悪いのか。 後にセシルの予感が見事的中していた事が分かるのだが、それはまた別のお話。「待ち合わせ場所だけ決めて、二手に別れてみんなを探そうよ。この人数で動くのはちょっと効率悪い気がする」「いいけど…ティナ、大丈夫かい?」 さっきまで戦っていた彼女は傷だらけだ。どれもかすり傷程度で済ませているあたりさすがだが、それでも疲れている事に変わりはない。一度は心停止にまで陥ったオニオンに至っては言わずもがなである。「私は平気。でも…オニオンもケフカもこんな状態だから。少し休んでから出発 するつもり」 彼女の視線の先。暗闇の雲に寄り添うような形でうずくまっているケフカの姿がある。クリスタルで取り戻した記憶。初めて知った互いの真実。そして、生き返ったとはいえ一度オニオンを殺したケフカを赦さないと言いながらも、彼に手を差し伸べたティナ。 まだ完全な和解ではない。しかし距離は確実に縮まっている。まだ時間は必要にせよ−−もう道化が少女の敵になることはないのだろう。「ティナ、僕は…」 「大丈夫だよ、とか言わないでね。嘘は嫌いなの」「嘘なんかじゃ…」 「このヘロヘロっぷりのどこが大丈夫ですかー?」「うー…」 オニオンとティナのやり取りがなんだか微笑ましい。本人達がどうかは分からないが−−少なくともティナの方は違うと知っている−−すっかり、無茶をする弟を諫める姉の図だ。ああ、“彼女”もそんなところがあったな−−とセシルは思い出す。“赤い翼 ”の隊長時代の癖か、ついつい一人で特攻してしまいがちな自分の、ストッパー になってくれていた女性。ティナを見ていると、思い出す。“彼女”を−−ローザを。そしてもう戻らな い過去と罪を。 かつての世界の記憶を奪われて召喚された筈の仲間達。しかし−−皆にはまだ話していない事だが。何故か自分だけは、己の世界と出自を正確に覚えていたのである。これは何を意味するのだろう。−−…クリスタルを手にする事で記憶と力が戻る。それが真実なら…。 自分には戻る力が無い可能性がある。いや、それだけならまだいい。問題は−−。「セシル、ぼーっとするな。行くぞ」「え?…あ、うん」 どうやら考え事にふけっている間に、話が進んでいたらしい。どうやら自分とクラウドはティナ達と別れて仲間達を探しに行く事に決まったようだ。 満身創痍の彼女達を置いていくのはゆ気がひけるが−−これ以外に分けようがないのもまた事実。−−僕は…どうすればいい? 自分でも分かっている。目を背けようもないほどに。 怖いのだ。クリスタルを手にする事が。兄が記憶を取り戻してしまう事が。その先にある別離を−−確実なものにしてしまう気がして。Last angels <想試し編> 〜4-16・騎士と魔人の世界T〜 セシルとクラウドが、はぐれた仲間達を見つけるまで、そう時間はかからなかった。 二人が出逢ったのは、ティーダとフリオニール。平和な遭遇とはいかなかった。彼らは大量のイミテーションに追われて、窮地に立たされていたのである。幸い場所は遮蔽物の多いカオス神殿であり、セシル達の加勢もあり地形を利用して一網打尽にすることができたが−−。「なんか…妙だな」 セシルは疑問を感じずにはいられなかった。おそらくクラウドも。「なんでティーダとフリオニールだけ、あんな執拗に追い回されてたんだ?」 どうにか敵を撒いて、辿り着いたアルティミシア城。こちらから話すべきことも山ほどあるが、何よりもまず気にかかったことを口にする。 オニオンとティナにも聞いている。今回のカオス陣営の総攻撃は何か裏がある、と。何故だか自分達の誰もが、大して追い回されることもなく、連中は軍勢を撤退させている。実際最初の攻撃で自分達四人は誰も深手を負わなかった。そこに図ったようにコスモスからクリスタル探しの依頼。勘ぐるのも致し方ないことだ。 しかし、自分達四人に対してはあれほどあっさり引いてみせたイミテーション軍団が、ティーダとフリオニールだけはまだ襲い続けていた。自分達が駆けつけなければ、そのまま殺されていたかもしれない−−それほどの数。この差は一体何なのだろう。「……俺のせいッス」 まるで叱られた子供のよう。ティーダは城の隅でうずくまって、ポツリと呟く。「俺が…知りすぎてるから。多分ガーランドあたりが口封じを命じたんじゃない かなぁ…。フリオは、巻き込まれただけッス」 「ティーダ…?何を言って」 「…ごめん」 そのまま、黙ってしまう。フリオニールにも意味が分からないらしく、戸惑ったように彼の顔を見るばかり。 知りすぎている?口封じ?一体何の話だろう。しかも、ガーランド?何故その名前が今ここで出て来るのだろう。「……どういうことだ?何の話かサッパリ分からないんだが。お前とガーランド の間に何があったんだ?」「ガーランド、個人ってわけじゃないんスけど」 普段の明るい、太陽のような夢想の姿はない。深い陰を落としたその瞳に浮かぶのは、暗い後悔と、疲れと、諦め。「前の世界で……いろいろやりすぎちゃったからなぁ。あっちサイドから危険視 されたって、しょうがない」 彼がこんな風に思い悩むなんて−−尋常な話ではない。「前の、世界…?」 引っかかりを覚えて、セシルは尋ね返した。まさか、彼は。「ティーダ…君はひょっとして…覚えているのかい?この世界が何回も繰り返し ていること。前の世界で…死ぬ前のこと」 自分もまだ完全に理解できたわけではない。オニオン達から聞いた話はそれほどまでに信じがたい内容だったから。しかし、彼らが嘘を言う理由などないと分かっている。 それを前提に考えれば、今までの戦いの不自然な点も全て説明がつくということも。 ハッとしたように顔を上げるティーダ。どうやら図星だったらしい。「お前に聞きたいこともたくさんあるが…何よりまず、こっちの話をした方が早 そうだな」 溜め息まじりに、クラウドが話し出す。「俺達はさっき、ティナとオニオンナイトの二人に会ってきた。…あいつらは既 にクリスタルを手に入れている」「本当か!?…わぁ、すごいなあいつら」 純粋に驚きの声を上げるフリオニール。既に成人している彼だが、こういう時はまるで子供のように無邪気な眼をする。セシルは彼のそんなところもまた好いており、同時に羨ましくも思っていた。「ティナがクリスタルを手にする時は、俺達も立ち合ったからな。…そこで知っ たよ。クリスタルとは一体何なのか。そして…この戦いの真実を」 おそらく、知ることでまた一つ彼らは選択を迫られるのだろう。自分もまた、岐路に立たされているから分かる。 記憶なんて戻らなければ、いい。そう思っているセシルを知ったら−−仲間達は、軽蔑するだろうか。 月の渓谷エリアで、セフィロスは一人月を見ていた。 ティーダや皇帝達がやろうとしていたこと−−自分達契約者を殺し、闇のクリスタルを破壊することで輪廻を解き放つ−−という策は失敗したらしい。成功していたのならどう転んでも自分は生き返らなかった筈だから。 何故失敗したか。彼らが残りの契約者−−クジャとウォーリア・オブ・ライトを殺せなかった可能性もある。契約者は殺せても実際彼らの実力では神竜に太刀打ち出来なかっただろうが−−後者ならば時間は巻き戻らなかった筈。 いや、もっと分かりやすい原因がある。セフィロスにはその心当たりがあった。魂と身体に埋め込まれた闇のクリスタル。神竜の次世代の器。その波動を感じて 、眼を閉じる。−−ティーダは星の命から、知識と記憶を受け継いだ。本来ならこの世界のあらゆる真実を知れた筈。だが…。 星の与える情報量はあまりに膨大だ。与えられても、その全てを理解するのは到底不可能。ゆえにセフィロスもティーダも、無意識に与えられる知識を限定して脳に刷り込むのだ。−−奴は、知らなかったのか。 他の二人の契約者との、違い。それは、セフィロスの体に植え付けられている闇のクリスタルが−−一つではない、ということ。 ティーダ達は多分、セフィロスの体内のクリスタルを一つしか破壊しなかったのだろう。「…コスモスめ、余計なことを」 光のクリスタル。クラウドにそれを手にさせるわけにはいかない。 どうすればいい。英雄は一人、思い悩むしかなかった。NEXT |
求めるべきは正答ではなく、ただ一つの。