クリスタルは記憶。記憶と、力。コスモスの最終的な目的は繰り返される輪廻を断ち切る為に、大いなる意志−−神竜を倒すことにある。彼女は戦士達にクリスタルを与える事で、神竜に対抗する力を取り戻させる気なのだ。 その為には。自分達はそれぞれ、自分の心と向き合う努力をしなければならない。また、この世界にそれぞれ召喚されている宿敵とも。 クラウドの話は、フリオニールには眉唾物だったようで。またティーダの方も何か思う事があるらしく、しばらくいろいろ考えさせて欲しいと言ってきた。 彼ら−−特にティーダが何に悩んでいるのかは分からないが。セシルはその事に関して深く追求するつもりはなかった。クラウドもである。話が急展開すぎて、混乱するのは当然だ。 それに−−宿敵との和解が必須かもしれないとなれば、気持ちが沈むのも致し方ない。フリオニールなど、皇帝に対して憎悪に近い感情を抱いているフシがある。 自分も正直、気が重い、とクラウドが言った。彼もまた元の世界の記憶のない一人。けれど、宿敵に対して抱いていた感情は覚えているようで。あのセフィロスと、真正面に向き合えるか分からない−−普段の彼らしからぬ、自信のない声色だった。 時間が欲しかったのはセシルも同じである。この先の事を考えるだけで気分が滅入りそうだ。仲間達は悩みながらも、前向きに進んでいこうとしているのに−−自分は個人的な事にばかり拘っている。それが分かっていながら、同じ場所から動けない。 今は一人になりたかった。仲間達と離れて歩いていくうち、どうやらエリアの境界線を超えていたらしい。景色がアルティミシア城から、闇の世界に変わる。どうやら自分達が休憩場所にした地点は、ほぼ二つのエリアの境目であったらしい。−−求め続ければ、手に入ると思っていた。たがいまだに道は見えない。 欲しかったのはただ、当たり前に笑い合える未来だけ。愛すべき仲間達、愛しい人達、そして−−最愛の、兄と。 ただただそんな明日が欲しくて、ガムシャラに戦っていれば良かった日々。それも次第に虚しくなって、自分自身をまた見失って。 まるで袋小路だ。やっと和解できたと思えば兄はまた敵側の人間になっている。共に歩む事を、世界は赦してくれない。−−それでも。兄さんに記憶が無いと知って、僕は嬉しかったんだ。覚えてなければきっと…僕達は普通の兄弟に戻れる筈だって。今は敵同士だけど、いつかそ んな日が来るって。なのに…。 コスモスを、心底恨んだ。どうして記憶なんて厄介なものを取り戻させようと言うのか。力だけでいいではないか。それなら自分はこんなに道に迷う事も無かったのに。 記憶を取り戻した上で自分と兄が、真に和解なんてできる筈がない。何故なら、ゴルベーザは−−。−−どうすれば、兄さんの事も、みんなの事も傷つけずに…世界を救えるんだろ う。こうしている間にも、時間は過ぎていくのに…。 失った時間はけして戻らない。どんな重たい過去もなかった事にはできないのだと、以前戦った時アルティミシアが言っていた。その意味がようやく分かった気がする。 時を司る魔女にすら、過ぎた時は巻き戻せないのだ。自分のようなちっぽけな人間に、一体何ができるというのだろう。「思い悩んでいるようだな、セシルよ」「!」 噂をすれば、影。「兄さん!」 重たい鎧の足音に振り向けば、藍色の甲冑を纏った魔人が歩いてくるのが見えた。今の自分の姿が、暗黒騎士で良かったと思う。こんな女々しい顔を、兄に見られたくはなかった。「思考に囚われ、歩みを止めてしまうか。そんなことではクリスタルへの道は開かれぬ。永遠に夢幻のまま終わる」 それでも、いいよ。言いかけた言葉を、セシルは飲み込む。夢幻−−その言葉が、辛い。「夢だから、迷ってしまうんだ…」 自分の願いは、望む未来は幻に過ぎないのだろうか。夢のまま、終わってしまうのだろうか。そう思うのが、痛くて。「おまえたちはクリスタルをなんだと思っているのだ?」 ゴルベーザは単純にクリスタルの話だと思ったのだろう。わざわざそれを否定するつもりはない。少なくとも、兄にだけは真実を伝えたくないのだから。「クリスタルは…夢を終わらせるもの。楽しい夢も、悲しい夢も…みんな」 終わらせてしまう。だから、その輝きすらも怖くて。「…夢はいつか終わるものだ。人は夢を糧に前に進む。しかし、人が生きていけ るのは現実の中だけだ。終わらせたくない夢なら、現実にするしかあるまい?」「現実…?」 「そうだ。…クリスタルは確かに、終わらせる為の光かもしれないが。忘れるな 。終わりがなければまた始まりもない。そしてクリスタルの齎す始まりは…絶望 ではない。希望なのだ」 セシルは初めて、気付く。自分はクリスタルを、絶望の存在として見ていたことに。「クリスタルの輝き、それは目に映るものではない。それは手にするものの心一つで幾多もに色を変える。ただ求めるだけでは一筋の光明すら見い出せぬ。黒か白かそれ以外の色に染まるか…全てはお前次第だ、セシル」 「それは、どういう……」 その時だった。向こうから仲間の声が聞こえてきたのは。「セシル、どこだ?何をしてる?」 フリオニールだ。どうやら帰りが遅いので、探されてしまったらしい。「クリスタルの秘密…知りたくば、我が影を追うがよい」 それだけ言って、ゴルベーザは姿を消した。セシルに新たな迷いと、選択肢を与えて。 フリオニールがやって来たのは、そのすぐ後のことであった。Last angels <想試し編> 〜4-17・騎士と魔人の世界U〜 「今の…ゴルベーザだろ?もしかして邪魔しちゃったか?」 「あ、いや…」 フリオニールの反応に、セシルは思わず苦笑する。カオスサイドにいるというのに、仲間達はゴルベーザに対して警戒心というものが殆どない。場合によっては味方扱いすらする。 それもまあ、仕方ないといえば仕方ないだろう。兄は闇の存在とは思えぬほど仲間達に好意的だ。ついでにブラコン疑惑もなんのその、セシルへの溺愛ぶりを隠そうともしない。 少なくともセシルがこっち側にいる以上、ゴルベーザが敵に回る事はないだろう−−と。あの堅物のライトですらそう判断しているのだから、推してはかるべしである。「…クリスタルの秘密を知っていると。知りたければ、追いかけてこいって…」 クリスタルの秘密、という言い方に疑問を覚える。クリスタルとは記憶であり力であり、神竜を倒す為の唯一の手段である、そこまでは知っている。それ以外にまだ何かがあるのだろうか。 兄はまだ自分がオニオン達から情報を得た事を、知らない可能性もあるが。「追いかけて来い?…妙だな」 「え?」「だってそうだろう?俺達は誰もゴルベーザに対して警戒心なんて持ってないんだ。セシルの兄貴なのも知ってるしな。俺が来たから邪魔したのかもしれないけど…今ここで話したって問題ない気がしないか?」 言われてみれば、確かに。何故兄はわざわざ自分を追うように言ったのだろう?大事な用件なのかもしれないが、クリスタルの秘密というなら別にフリオニールに聞かれてもいいではないか。「…セシル。言いにくい事なんだが……」 やや考えて、口を開くフリオニール。「兄弟だとしても、一応は敵同士だ。気を許せば、闇にのまれる。敵の罠かもしれない」「そんな…!兄さんが僕を騙すとでも言うのかい?」 険悪な口調になるのはどうしようもなかった。フリオニールもそれが分かったのだろう。ごめん…と謝りつつも、話を続ける。 「ゴルベーザが…って事じゃないんだ。あの人が信用できる人だってのは俺も知 ってる。だけど…」 信用。信頼ではない。その言葉が、セシルは悲しくなる。分かっている。どんな友好関係を築こうとも、自分達は敵同士。それが長年カオス陣営と戦ってきた者の感情として当然である事は、自分にも痛いほどよく分かるのだ。「今回の戦いは、何かが違う。カオスの連中の動きも妙だし、コスモスもまだ何かを隠してる。悪い事は言わない。ここは慎重に動くべきだと思う」 パタパタと軽い足音。どうやら探しにきたのはフリオニールだけではなかったようで。「二人とも、何やってるんッスか?」 ティーダの声。それが必然的に、話を切り上げる合図になった。「行こう。ティーダが待ちくたびれている。…さっきの誘いは、忘れた方がいい 」 だけど、と言いかけたセシルの言葉を、義士は静かに遮った。「仲間が危険な目にあうのは…見たくない」 一瞬。普段は快活な義士の声に、深い苦悩の色が滲んだ。記憶を失っている筈の、彼。しかし、その中に存在していた感情まで、消えることはない。 ひょっとしたらフリオニールは、たくさんの屍の上に立ち−−かつていた世界で多くの仲間達の躯を乗り越えて、そこに立っているのかもしれない。そう思うと、何も言えなくなった。 何かを振り切るように歩き去った義士の背中を見送り、セシルは俯く。俯くしか、無かった。「僕は……」 兄を追いたい気持ちと、追いたくない気持ちがせめぎ合う。騎士は暫く、その場所で立ち尽くしていた。 道は見える。しかし、その道が一本ではない時、人はまた迷うもの。否応なく、誰もが同じように。 ゴルベーザは一人、月の渓谷に佇んでいた。我ながら酷な事をしている。セシルが何に悩んでいるのか痛いほど分かっていながら、突き放した。何も知らない、善良な兄のフリをして。「これが私の償いだ、セシル…」 ティナにクリスタルへの道を指し示した自分は知っている。彼女とオニオンは既にクリスタルを手に入れていること。その二人にセシルがクラウドと共に接触したことも。 オニオン達と再開したなら、当然セシルも聞いた筈だ。クリスタルは、記憶であり力である事を。この戦場で戦う全ての者達に、新たな選択を迫るものである事を。−−かつていた世界で、私が犯した罪。それはけして、贖いきれるものではない…。 何故、セシル一人だけが元いた世界の記憶を失わなかったかは分からない。しかしそれゆえに彼は惑い、兄である自分への依存度を引き上げてしまっている。 弟は、ゴルベーザが記憶を取り戻すのを恐れているのだ。記憶を取り戻せば、きっと兄は別離を選ぶから、と。だからクリスタルを追い求める事、そのものに迷いを感じてしまっている。 セシルは知らない。兄が既に記憶を取り戻している事を。そして彼の危惧した事は、概ね正しい。−−お前の決意を、試させてくれ。 だから、自分は。これからの未来を、弟の手に託す。彼がどう決断を下すかで、明日を占う。 もし彼が怯えて立ち止まったまま終わるなら。「その時が…別れの時間だ」 魔人は月明かりの下、小さな呟きを漏らした。 NEXT |
ずっと子供のままでいれたら、どんなにか。