道中で、パーティが分かれるのはそう珍しい事ではない。意図せずしで分断されたなら喜ばしい事ではないが−−対大量ザコ戦の場合などは、役割を分担した方が遥かに効率の良い場合もある。 ティーダ、セシル、クラウド、フリオニールのパーティもその例に漏れない。休憩を終えて歩き出した時、道が二つに分かれていたのでそうなった。現在ティーダはセシルと共に、道を阻むイミテーションや魔物を一掃中である。 イミテーションは、全てがカオス陣営の差し金ではない−−それはこの長年の戦いの中で分かってきた事の一つである。どうにも、紛い物の中には偶発的に“野良化”するものがいるらしい。また、元の世界の断片と一緒に飛ばされてきた 魔物もおり、それらは度々両陣営の障害となる。今自分達が戦っているのも、そんな“野良化”したものの一部であろう。レベ ルも高くなく、統率がとれているわけでもない。ただ数が多いだけの烏合の衆だ。 しかし。どれほど敵が弱くとも−−心に隙があれば、戦況がひっくり返されてしまう事もある。そういった意味では、成り行きとはいえこの組み合わせは失敗だったのではないか。 ティーダは戦うセシルの様子をチラリと見る。普段は瞬殺できる筈のイミテーション相手に、随分手こずっている。それほどまでにセシルは上の空だった。自分も相当晴れない気持ちを抱えてはいるが−−それに比べても酷すぎる。−−記憶、か。 セシルが何に悩んでいるか、ティーダは知っていた。おそらくコスモス陣営では自分だけであろう−−セシルだけが、元いた世界の記憶をなくしてないと知っているのは。 自分とて、いくつか前の世界までは記憶を無くしていたのである。思い出したのはライフストリームの恩恵があってのこと。 思えばあの手段も、祈り子の夢−−幻光体の自分だからこそ可能だった気がする。普通の人間がライフストリームに落下した場合は、重度の魔洸中毒で精神崩壊を起こしてしまうのだ。クラウドなど、その最たる例と言えよう。 ライフストリームから知識を得たとはいえ、ティーダもまた何もかも知っているわけではない。例えば何故セシルだけが記憶を失わなかったのか。前の世界で、何故計画が成功しなかったのか−−それらの事は、自分にも分からない。 ただ確かなのは。いつまでも悩み続けているわけにはいかない、ということ。自分も、セシルも。時間は確実に過ぎていくのだから。−−俺はもう、前の世界と同じ方法なんて…使えない。ライトさんにもセフィロ スにもクジャにも…あんな真似はもう、出来ない。 やったらきっと、今度こそ気が狂ってしまう。しかし、だからといってこのまま輪廻を見過ごすわけにはいかない。 クリスタルを手に入れる事で活路が開けるというなら。それに賭けるしか、ない。たとえそれがどれだけ苦痛にまみれた旅路でも。−−その為にはセシル、あんたにも立ち直って貰わなきゃならないッスよ。 あのイミテーション軍団の攻勢でも分かる。自分はガーランドに危険視されているのだと。既に少しでも早く世界から退場させたい存在なのだと。 だったら、ますます時間の猶予はない。せめてクリスタルを手にするまでは生き残らなくては。その為にはゴルベーザに接触したかったのが本音だが−−タイミング悪くも自分が駆けつけた時には彼は立ち去った後だったわけで。 わざわざあの場で話をせず、自分を追うように仕向けた魔人。何か理由がある筈だ。−−ゴルベーザがセシルを裏切る事は有り得ない。これは絶対。裏切ったフリをする可能性はあるけど。「頭の中、ぐるぐるするよ…ホント」 ティーダがため息をついて、目の前の紛い物を一体、切り捨てた時だ。 風が、吹いた。儚く、優しい墜落の風が。いつの間にか周囲からイミテーション軍団が消え失せている。いや正確には−−全てが粉々に打ち砕かれて、転がっている。 一人の堕天使の手によって。「セフィロス…」 名を呼ぶと、墜ちた英雄は小さく笑みを浮かべた。胸の奥が痛くなる。その美貌が、ティーダに思い出させた。『耐えられる、のか?お前達は、その真実に…』 あの時、あの瞬間の絶望を。『…馬鹿だな。お前のいない世界では。笑えなくなる者もいるだろうに』 あの世界でセフィロスを殺した瞬間の−−あまりにも深い、恐怖を。Last angels <想試し編> 〜4-18・騎士と魔人の世界V〜 何故、セフィロスが此処に。セシルは内心で冷や汗をかきながら、彼と、彼に対峙するティーダを見ていた。 セフィロスの実力は、嫌というほど知っている。おそらくカオス陣営の中でも一二を争う猛者だということも。 向こうは一人。こちらは二人。それでも−−この英雄には、勝てる気がしない。あのクラウドでさえ、互角に戦うのがやっとの相手なのだ。今ここで襲ってきたら−−!「結局」 沈黙の後、口を開いたのはセフィロス。「また会う事になったな。夢想」 セシルの心配を余所に、英雄の声は穏やかだ。 また会う事になった?セフィロスとティーダが?どういう事かサッパリ分からない。自分達は今まで何度も戦っているのだから、また会うも何も珍しい事ではないのだが。「残念ながら…だよ。あんたの言う通り…俺達には…いや、俺には背負い切れな かった。真実に耐えられなくて、途中で逃げ出したんだ。…最低ッスよ」 俯き、暗い声で告げるティーダ。 何やら、ティーダとセフィロスの間では会話が成立しているらしい。この接点の薄そうな二人の間に何があったというのいうのか。話の見えないセシルは混乱するばかりだ。「最低だとお前が思うなら…そのままで終わるかどうかは、お前次第だな」 くるり、と突然セフィロスがこちらを向いてきたので、やや面食らう。「…怯えるな、騎士。今日はお前達と戦うつもりはない。そちらがどうしても、 というなら仕方ないけれど」 バレていた。自分が、どうやってこの場を切り抜けるかと気を張っていた事に。緊張で顔が引きつっていた可能性も否めないが。「戦うつもりがないなら…用は…」 「話をしに来た、では駄目だろうか」「…何のだ」 暗に、あんたは敵だろう、と示すセシル。クラウドがあれほど憎悪を露わにする相手が、善人であるとも思いがたい。「セシルに興味でも持ったッスか?」 何故か、意外なほど楽天的な口調のティーダ。否−−楽天的というより。“今の”セフィロスにまるっきり警戒心を抱いてな いかのような。少なくとも今すぐ彼が自分達を襲って来る事はないと、確信しているかのような。「…似てると、思って」 小さな。本当に小さな笑みを浮かべて、英雄は言った。それがティーダの言葉の肯定であると、気づくまでしばし時間を要した。「似てるだろう。私と…セシルは」 その笑みが意味するものは−−自嘲。何がだ、と反射的に尋ね返しかけたセシルは、続けられた言葉に息を呑む。「私達は二人とも、記憶に怯えている」「……!!」 記憶。まさか。「何で…アンタが、それを…」 自分が兄の記憶が戻る事を恐れていると。何故、セフィロスがそれを知っている?それに、似ている、とは。「悲しいだけの記憶なら。傷つくだけの過去なら、要らない。忘れたままなら、大切なものの幸せは護れる。…お前もそう思っているだろう?」 ドキリとした。まさしくセフィロスが言ったように思っていたから。 かつていた世界で、兄が何をしたか。何をさせられてしまったか。それはけして兄の罪などではないと誰もが言うのに−−ゴルベーザ本人だけは、いつまでも自分を責め続けていて。 そんな矢先だったのだ。自分達兄弟が、この閉じた世界に召喚されたのは。「嬉しかった。これで、かの人は罪の意識を感じずにいられる」 そうだ。あの悲しい罪悪感から解放された時初めて、自分達は当たり前の兄弟として接する事ができたのだ。「たとえ敵同士だとしても、構わない。このままならずっと一緒にいられる、と」 ああその通り。かつて、何も知らないまま敵同士であった頃と比べたら、なんて甘い痛みだろう。ゴルベーザは兄として精一杯愛してくれる。優しさをくれる。これ以上に幸せなことなんて、ない。「記憶が戻ったら、兄の幸せは壊れてしまう。きっと離れていってしまう。だったらこのまま…何も思い出さないまま、兄と共に歩いていきたい。…違うか?」 違わない。まるで心を読まれたかのようだ。 思い出してしまったら、ゴルベーザはきっと償いの為に自分達と共にある事を拒むだろう。自らの幸せを、否定してしまうだろう。 それでは、意味がないのに。少なくともセシルにとっては。「クリスタルなんて余計な事を、と。内心では恨みもした筈。召喚主たるコスモス自身を」「…そうだね」 なんだろう。あまりにセフィロスの言葉が的を射すぎていて−−笑えてきて、しまった。「あなたも…ずっと、クラウドの幸せを祈ってきたんだね」 何故こんなにも、彼はセシルの心情を見抜いてみせたのか。簡単だ。似てる−−否、同じだから。「クラウドの記憶が戻るのが、怖いんだね」「……ただの、自己満足だと分かってる。だが…」 「自己満足だって認めてるだけ…エラいよ」 それでも、自分と彼の覚悟は似て非なるものだ。セシルはゴルベーザに紛れもなく愛されている。ゴルベーザの幸せを壊したくないと言いながら、本当に壊したくないのは自分の幸せである事にも気づいている。 それに対してセフィロスはどうだ。クラウドに憎まれて、仇として追われて。それでもなお−−彼の幸せを願えるなんて。「自己満足にだって今やっと分かった…僕の方が、ずっとズルい」 兄の為に、と言いながら。結局のところ全ては自分の為で。「……記憶が戻るとか、戻らないとか関係ない。最後に道を選ぶのは、兄さん自 身だもの。最初からその選択を奪う権利は、僕にはない」 自分は、知らず知らずに兄から奪おうとしていたのだ。兄自身が未来を選ぶ権利を。ゴルベーザの世界は、セシルのものではないのに。 そして同時に、セシルは自分自身が選択する事からも逃げていたのだ。選んで、失敗するのが怖かったから。「記憶が戻ったら、さ。たった一言、兄さんに言えば良かったんだ。これからも一緒にいて下さいって。僕もみんなも…あなたが大好きだから側にいて欲しいん だ…って」 どうして、そんな当たり前の事が分からずにいたのだろう。セフィロスは自分にクリスタルを諦めさせたかったのかもしれないが−−彼の言葉が、逃げていた自分自身の心に気付かせた。 ああ、ティナが言った通りだ。たった一つの想いが、世界を変えていくのだと。「あなたは、伝えないの?クラウドに」 英雄は肯定も否定もせず、佇む。 ただ、一言告げた。「…羨ましい。お前達の、強さが」 NEXT |
愚かで悲しい、精神的双子達。