同じだから。自分達はよく似ていたから。だから彼につい声をかけたのだろう か−−去っていく二人の青年の後ろ姿を見ながら、セフィロスは呟く。
「奪う権利はない…か」
騎士の言葉を反芻する。本当は−−セシルにクリスタル探しをやめさせたかっ た。ああいう芯の強いタイプはむしろ戦いより、言葉で挫く方が効果がある。彼 が立ち止まれば、クラウドも引きずられてくれるかもしれないと思った。 客観的に見ても−−クラウドの精神状態は良好とは言えない。それでもこの世 界のクラウドはまだ安定している。記憶が無い為、純粋に“セフィロスを倒す” という理由で戦えるから。そして愛すべき仲間達が側にいるから。 だからこそ本人も、心の底では恐れているのだ。思い出す事を。信じてきた“ 理由”が崩れてしまう事を。目的を見失ってしまう事を。 それを分かっていたからこそ、自分は。クラウドが無意識に望む“憎むべき堕 ちた英雄”を精一杯演じてきた。こればかりはセフィロスの思い込みではない。 クラウドが記憶を取り戻らさないようにセフィロスが立ち回る事は、紛れもなく クラウドの望みでもあるのだ。 ただ、その課程で。時にどちらも望まぬ結果を生み出してしまう事もあるだけ で。
「…それが、クラウドの幸せなら。それでいいと、思っていたけれど」
本当は。知らず知らずに、自分もまた奪っていたのだろうか。クラウドが未来 を選択する、権利を。逃げていたのだろうか。セフィロスが未来を選択する、義 務から。
「……何を馬鹿な」
仮にそうだとしても。それが分かったところで、何になる。選べる未来なんて 最初からありはしないというのに。記憶を取り戻した先にあるのは、破滅だけ。
『記憶が戻ったら、さ。たった一言、兄さんに言えば良かったんだ。これからも 一緒にいて下さいって。僕もみんなも…あなたが大好きだから側にいて欲しいん だ…って』
そう言えたセシルを、心底羨ましく思う。彼らはきっと、幸せになれる。ただ 互いにに歩み出す事に臆病になっていただけなのだ。 それが、家族だ。無条件に愛せる存在が、どれほど尊い事か。
「幸せ、なんて」
願っては、いけない。自分は−−クラウドと彼の愛するものの幸せしか、願う 事は赦されない。それだけの罪を犯したのだ。自分自身の幸福など、想うだけで もおこがましい。 一緒にいて下さい、と。言える言葉が見つかる事が、それそのものが幸福なの だと−−いつか彼らは気付くだろうか。 たった一言で、確かに未来は変わるのかもしれない。少なくとも、変わるのだ と信じられるようになるかもしれない。
「その一言が…見つからない者はどうすればいい…?」
英雄の空は、未だに晴れない。
Last angels <想試し編> 〜4-19・騎士と魔人の世界W〜
自分の心で選んだ道に従えばいい、と。そう言っていたのはオニオンだっただ ろうか。もしかしたらあの記憶は、この世界での事ではないかもしれない。死ぬ 前。結末の過ぎたどこかの世界の物語かもしれない。 セフィロスは追って来なかった。彼も彼で、想う事があったのかもしれない。 ガレキの塔の手すりにもたれ、セシルは考えこんでいた。 あと少しだけ、腹を決める時間が欲しい。そう思う自分は、戦士としてはあま りに弱いのかもしれない。
「な〜にしてるッスか?」
明るい口調はわざとだろう。ティーダの声に、セシルは自然と笑みが浮かぶ。 空気を読まないフリして、皆の暗い気持ちを引っ張り上げてしまう−−彼のそん なところが、自分は好きだった。 「本当はさ、もう心は決まってんじゃないの?まだ何か悩みたいんスか〜?」 「悩みたくて悩むわけじゃないってば」 「そりゃ失敬」 トン、と器用に手すりに乗っかってみせるティーダ。スポーツ選手なだけあっ て身が軽い。どうにも敏捷性に欠けるセシルは羨ましく想う。 「兄さんの残した言葉を、考えていたんだ」 「さっき言ってた、『クリスタルの秘密』っての?でもそれって、クリスタルが 記憶と力を齎すって話じゃないの?」 自分も、最初はそう思った。でも。
「それだけじゃない気がする…。それに、わざわざ追ってくるように仕向けたの も気になる。本当は…僕に何を伝えたかったんだろうって……」
言葉ではないが。その行動そのものに、伝えたい何かがあったのではないか。 そんな気がしてならないのだ。 考えこむセシルに、ティーダは静かに言う。 「多分、試したんじゃないのかな。セシルを」 「え?」 試す?何を?
「セシルはさ。ゴルベーザの記憶が戻って欲しくないって、本当はそう思ってた わけでしょ?セシルが本気でそう願うならやることは簡単。クリスタルを探すの やめればいい。そしたら…わざわざゴルベーザを追う理由もなくなるわけで」
確かに。あの場で話すなら、成り行きに任せるままセシルは話を聞いていただ ろうが−−わざわざ追うとなれば事情は変わってくる。この状況だ、仲間にも止 められるかもしれない。何よりセシルがクリスタルを探す決意を固めていなけれ ば−−追わない。 もしかして兄は、セシルにクリスタルを追う意志があるかどうか、確かめよう としたのだろうか。 いや、正確にはクリスタルでは、なく。自分本意な考えにとらわれず、自分自 身の未来から逃げず−−セシルに前に進む覚悟があるかどうか、だ。 「でも、セシルはさっきセフィロスに会って…前に進むって、決めたんだろ?だ ったら会ってくればいいッス!これが今の自分だーって、兄貴に見せつけてやん なよ。な?」 「ティーダ…」 そうか。ゴルベーザが言葉だけでなく行動で自らの意志を示したなら。今度は 自分が、それに応える番だ。
「ホントはセシル、後悔してんだろ?ずっと…一番言いたかった言葉から逃げて た自分に、さ」
あなたがどんな罪を犯したとしても、それがどれほどの重荷だとしても。 たった一人の兄だから。自分にも一緒に背負わせてくれませんか。 あなたが、大好きです。 どうか一緒に、居させてください。 「かっこつけんなって!言いたい事言っちゃえよ!どうしても叶えたい願いなら 、ぶっ飛ばしてふんじばってでも押し通してみせろって!それが家族ってもんだ ろ?」 「…家族」 きっと。ティーダもそんな風に、父親とぶつかりたかったのだろう。遠く遠く 離れて、触れる事すらできなかった時間まで。 自分も、そうだったから。
「ただ会いたい。ただ一緒にいたい!それで十分ッス!」
ティーダは知ってるのだろう。そんな真っ直ぐな気持ちが、世界を変えていく のだと。ティナやオニオンがそうだったように。 「でも、フリオニールが心配しそうだな。迷惑かけちゃうのはちょっと悪い気も する」 「フリオニール関係なし!セシルさえ無事に戻ってくれば問題なし!」 「また楽天的だなぁ」 ついつい吹き出してしまう。そのまま上がる笑い声。 幸せな時間。自分の幸せが確かに此処にあると分かる瞬間。だからこそ。
「あいつにはうまく言っておくから、ばびゅーんと行ってこいって!」
何やら愉快な効果音を使うティーダに、また笑ってしまうセシル。 「いいのかい?本当に?」 「仲間の言うことは聞くもんだろ!」 仲間。その響きが、温かい。部下でも上司でも利害関係のある存在でもなく、 ただ無条件で一緒にいれる者達。 彼らに出逢えて、良かった。心からそう思う。
「ありがとう。すぐに戻ってくるから。必ず、約束するから!」
ただ前へ、進む為に。自分で自分を誇る為に、そして愛する人達と幸せになる 為に。 セシルは走り出した。待っているであろう、兄の元へ。
「家族、か」
自分で言った言葉だけれど。少しだけ、胸が痛くなった。だからわざと考えな いように、ティーダは思考を逸らす。
「さぁ〜て。どーやって説明すっかな…」
まぁ、言い訳できない気はしている。背後から響いてくる足音に苦笑い。ああ 見えてフリオニールの勘は鋭い。仲間内でも一番付き合いが深いからよく知って いる。
「セシルはどうした?どこへ行ったんだ?」
ああ、こりゃバレてるなぁと。思いつつも言い訳を考える。
「えっと…」
怒られたら厄介だなぁ、と思ったのはここだけの話。一応成人組なだけあって 、フリオニールはどこか未成年組に対し保護者の目線を向けているフシがある。 そのせいか。ライトやクラウドと一緒に、面倒を起こした連中を説教する事も ある。彼らに比べるとフリオールはだいぶ優しいが、逆にマジキレすると本当に 怖い。 いつかの大掃除騒動もそうだが−−安全面に関しては特に厳しいものがある。 当然と言えば当然だけど。 今回の自分の行動は、一歩間違えればセシルを危険な晒したととられかねない ものだ。正直、大目玉も覚悟していた。 しかし。
「…つまり、ゴルベーザに会いに行かせたんだな」
ティーダの言い訳祭りの後。フリオールは多少は呆れているものの、大して怒 った様子もなく結論を言った。
「……そうとも言うッス」
それが逆に、ばつが悪い。
「セシルの奴、ゴルベーザのことを気にしてたろ。抱えこんでウダウダするより …会って話して答え出した方がスッキリできると思ってさ」
これ以上グダグダ言っても無意味らしい。ということで、正直に自分の気持ち を白状する事にする。
「やっぱ……まずかったッスか?」
でもフリオールの説教の怖さも熟知しているわけで。最後は弱気になって頭を かく。 そんなティーダに、フリオールは苦笑い。思ったより怒ってはいないらしい。 「まあ仕方ないか。ティーダもセシルも、それが一番だって思ったんだろ?…二 人の判断、俺は信じるよ」 「…さんきゅ」 こういうあたりが、まだまだ幼い自分達との違いなんだろうと思う。カッコつ けているわけではない、カッコいい大人。フリオールのそういうところが親友と して誇らしくもあり、憧れているところでもあり。
「けど…お前は平気なのか?敵方に、身内がいるのは同じだろう?」
ズキリ、と。忘れようとしていた痛みが、また。
「……ぜんぜん関係なし!」
震えそうになる声を、必死で隠した。ごまかしきれただろうか。
「なぜだ?父親だろう?」
父親。ああ、そうだ。父親だ。
「……だいっキライだからな。いつだってエラそうで、俺をガキ扱いして…絶対 叩きのめしてやるってずっと思ってた。だから、望むところッス!」
違う。そんなのは上辺だけの理由。 「そうか、それなら…」 「出発ッス!」 無理矢理話を切り上げる。分かっているのだ、本当は。 嫉妬でもなく、憎いのでもない。自分は、ジェクトが。
−−赦せないんだ。どうやっても。
赦せない。 息子に父親殺しなんて最低の罪を負わせた−−あの男だけは、絶対に。
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仮面をつける者と。目隠しを外す者と。