フリオニールは驚いた。ティーダの手引きでゴルベーザの元に向かったセシル
−−戻ってきた彼は、その手にクリスタルを携え、兄と共にいたのだから。
 
「オニオン達の言った通りだったよ」
 
 騎士はクリスタルを掲げて笑う。
 
「自分と、自分の向き合うべき相手。その真実に真正面からぶつかっていけば
クリスタルは手に入る。ううん。もっと大事な目に見えないものが還ってくる
んだって」
 
 月の光のような、温かい夜色。キラキラと輝くクリスタルの光は、どんな宝石
よりもきれいなものだった。
「セシルならきっとやり遂げるって信じてたッスよ!」
「ありがとう」
 ティーダがガッツポーズしてみせる。セシルは笑っていたが−−多分彼も気付
いただろう。無理して作った笑顔−−やはり、どこかティーダの様子がおかしい
と。
 気になる事だらけである。セシル達が手に入れたクリスタルのこともそう。テ
ィーダの隠し事もそう。それに−−自分自身のこれからの事も。
 ゴルベーザを見る。ティーダにからかわれて赤面するセシルを、見つめる眼差
しは温かい。心から愛するものを見る眼だ。それが今までと同じようでいて−−
大きく違う事に、フリオニールは気づいていた。
 互いに大切に想っている。それが分かるのに、今までの兄弟はどこかぎこちな
かった。鎧で隠れてしまっている為、ゴルベーザの方はよく分からない。しかし
、兄といるセシルの瞳に、怯えのようなものが走る事があって。
 何に怖がっていたのか。何を隠そうと必死だったのかは分からない。ただ彼ら
はどちらも、無理して理想を演じようとしていたふしがある。壊れそうな雰囲気
が、時々すごく辛いと感じていた。
 そのトゲトゲしさが、今はない。
 クリスタル以上に、大切なものが還ってくる−−きっとその温かさこそ、
セシルの言っていた事の意味なのだろう。その真の重さは、本人達にしか分から
ないのだろうが。
 
「今度は俺達の番か」
 
 クラウドが呟く。その声はいつにも増して暗い。暗くならないよう隠そうとし
て失敗している声だと分かる。
 多分今の彼は、自分と似たような気持ちでいる。フリオニールもクラウドも、
対峙しなければならない相手が相手だ。正直、戦いになったら平静でいられる自
信がない。憎しみとは、そんな感情だ。
「クリスタルが手に入れば、記憶が戻るんだよな?」
「うん」
 頷くセシル。
 
「多分君達の因縁も、思い出せると思うよ。なんでセフィロスや皇帝が憎いの
自分達の間に何があったのか。思い出した後選択するのも君達自身だけどね
 
 思い出した後の、選択。漠然とした憎悪が、形ある殺意に変わるとしたら。
 自分は−−果たして皇帝を受け入れられるだろうか。あの男を赦せるだろうか
 その可能性は、限りなくゼロに近い気がした。
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-22・義士と暴君の真T〜
 
 
 
 
 
「そもそも俺達、何の為に戦ってるんだろうな」
 
 時々不安になるんだ、とクラウドが言う。
「世界を救う為じゃないのか?カオスが勝てば、世界は混沌の渦に沈む。世界
を滅ぼさせない為の俺達って思ってたけど」
「否定はしない。俺も最初はそう思っていたからな」
 正直に意見を言ったフリオニールは、クラウドの言葉に首を傾げる。最初は、
という事は今は違うのだろうか。
 
「世界を救うっていうのはあくまで目的だと俺は思う。理由とは、違う」
 
 世界を救いたいと思うのに理由がいるのだろうか。クラウドの言葉は時に難解
だ。やや単純思考(と皆にからかわれて、否定したいができずにいる)のフリオ
ニールは、時々理解が追いつかなくなる。
 
「世界を救うって、綺麗な言葉ッスよね。自分が正義ってカオしてれば、何やっ
たって赦されるんだから」
 
 発言したのはティーダだ。普段の彼らしからぬ辛辣さである。
「世界を救うって名目なら。悪人を殺せば殺すほどヒーローだ。そのへんは戦争
と変わりない」
「おい、そんな言い方
「間違ってるッスか?俺」
 静かな眼で射抜かれ、思わず気圧される。
 
「クリスタルの話がなきゃ、俺達同じ事やってたんじゃないかなぁって。世界を
救う為に、カオスの連中皆殺しにしてハイおしまい。世界は平和になりました、
でめでたしめでたし。だけど」
 
 怖い話。分かってはいたが、怖くて考えたくなかった話。
 
「俺達は幸せだけどさ。どんな理由であれ殺された奴らの正義はどうなんの。幸
せはどうなんの」
 
 もしかしたら意識的な眼を逸らしていたのかもしれない。とてもとても、怖い
こと。本音を言えば、誰よりもティーダの口から聞きたくなかった言葉かもしれ
ない。
 ただ正義の為に。世界を守る為に。そう信じて走っていれば、どれだけ良かっ
た事か。それが愚かな事だと、罪深く盲目な事であるなどと−−誰が知りたいと
願うだろう。
 
「殺された者には、殺された事実だけが全て。そして死んだら取り返しがつかな
い。それだけ悪い事したんだから死んで当然だろって言われりゃそれまでだけど
。何が悪かったかも分かんないままやっちゃった悪事を生きて償う事もしない
ままで終わるって。それって本当にいいのかな」
 
 勧善懲悪。弱肉強食。それが世界の理だ、だけど。
 自分達は生き物だが、獣ではない。獣のまま生きる事は赦されない。人間には
人間だけに通じる理が、確かにある。
 
ティーダの言いたい事は分かるが。此処は戦場だ。甘い考えは通用しない。
躊躇ってたら、こっちが殺されるだろう」
 
 反論するクラウド。ティーダの言う事も揺さぶられるが、どちらが正論かとい
えばクラウドの方かもしれない。元軍人の彼だから余計に説得力がある。
 
うん。それが現実。俺、自分でも甘い事言ってるって分かってるけどさ。で
……これって誰と誰の戦争なんだろうとも、思う。ううんひょっとしたら、
戦争にしちゃってるのは、俺達自身なんじゃないかって」
 
 変えたいのは、手段とか結果だけじゃないんだ、と。ティーダは聖域の空を見
上げながら言う。
 
「心、だよ。どんなに愚かで残酷だと分かってても自分が正しいんだって、思
いこまなきゃいけない時も確かにある。迷ったら失ってしまう場面だって、ある
。それでも」
 
 すっと、綺麗な瞳を向けられた。フリオニールはその眼に思わずドキリとする
。そしてティーダやクラウドの言葉に、わけが分からないほど動揺している自分
にまた、驚いた。
「忘れちゃいけないんだと思う。殺された者にとって自分達こそが悪で俺達は
目的の為に誰かを殺して生きてることを。俺達のした事で、憎む誰かがきっとい
る。だから戦いに勝利しても、不用意に喜んじゃいけないんだってこと」
難しいな」
「うん。俺もだんだん自分で言っててまとまんなくなってきたッス
 苦笑いして頭を掻く青年に、フリオニールも笑う。
 戦いに勝利しても、不用意な喜び方をしては、いけない。それはとても理不尽
で、歯痒いこと。納得したくないこと。でも。納得しなければならない事なのだ
、きっと。
 例えば自分の目の前で、誰かにティーダが殺されたとして。殺した誰か
、悪を討ち滅ぼした、勝った勝ったとよろこんでいるのを見たら。
 自分はきっと、憎悪する。殺しただけでなく、悲しむ自分の前で平然とその死
を喜ぶ相手を、殺したいほど憎むだろう。
 だから。そんな想いを−−誰かにさせるのはあまりに、悲しい。殺す殺さない
の時点で憎まれるのは確定的だとしても。深すぎる憎悪の鎖を断ち切る事は実に
困難で−−その悲しみは最終的に自分自信に返ってくる。
 忘れてはいけないとは、そういう事なのだろう。
 
−−あいつにも、いるのかな。
 
 思い出したのは皇帝のこと。自分はずっとあの男を憎んで、戦ってきた。その
理由はまだ分からないにせよ、多分相応の出来事が自分達の間にあったのだと思
う。
 だから、考えもしなかった。自分があの男を殺したら−−それで悲しむ人がい
るかもしれないなんて。無意識のうちに、あの男が死んで悲しむ奴などいないと
−−そう思い込もうとしていた自分に気付く。
 
「それが、覚悟なんだよ、きっと」
 
 セシルが静かに言葉を紡いだ。
 
「自分の道を貫くだけじゃない。自分が道を選んだ事で、誰かに恨まれるかもし
れない誰かが泣くかもしれない。それを自覚する覚悟が、僕達には必要なんだ
 
 自分自身との対決。その最大の試練を乗り越えて、おそらくセシルには、フリ
オニールにはまだ見えない景色も見えているのだろう。
「宿敵と向き合うべきだっていうのは少しでもそんな悲しみを減らす為でもあ
ると僕は思う。君達の場合、僕達より遙かに大変なのを承知で言うけど。どん
な相手でも分かり合えないまま終わるのは、やっぱり悲しいもの。そうならな
いに越した事はない、そうでしょう?」
「理想論、だな」
 ため息をつくクラウド。
 
「簡単に出来れば苦労はない」
 
 言葉ほどその口調は冷たくない。彼も分かっているのだ。
 
「でもそれこそが野薔薇咲く世界への、一歩目なのかもな」
 
 絵空事。奇麗事。現実を知れば知るほどくだらなくなるかもしれない。忘れた
くなる夢かもしれない。
 けれど。奇麗事だからといって、本当は否定したいわけじゃない。限りなく難
しいと知ってしまっているだけで、願わないわけではない。
 それが人間という、イキモノだから。
「歩き出す為に考える。前に進む為に迷う。立ち上がる為に逃げる。見つめ直す
為に隠れる。きっと全部、意味のある事なんだよ」
「意味、か
 自分は今、迷っている。迷って、もう一度考えてみる。
 立ち止まらない事が大事だと思っていたけれど。本当は、立ち止まって振り返
る事の方が、大切だったのかもしれない。
 
 
 
 
 
 こうやってアルティミシアとチェスをするのも何度目か。皇帝はスッと自陣の
クイーンに手を伸ばす。
「チェックだ」
相変わらず容赦ないですね」
 渋面のアルティミシア。手加減したらもっと怒るくせに、とは心の中だけで。
 
クリスタルか。ついにあの腑抜けた神も、重い腰を上げたという事かしら
 
 遅すぎる気もするけど、という彼女の呟きには心の底から同感である。長年苦
汁を舐めてきた身としては、もっと早く手を打ってくれれば良かったのにと思わ
ずにはいられない。
 
過ぎた事はどうしようもあるまい。問題は、これから先だ」
 
 戦況は目まぐるしく変わっている。盤上の駒一つ一つが自らの意志で動き始め
ている。それはゲームマスターの意に反する事か、それとも−−それもまた大い
なる意志に沿ったものでしかないのか。
 いずれにせよ。
 
「コスモスの者達がクリスタルを手に入れたら私達の望みの一つは、叶う」
 
 それなのに、何故だろう。
 自分の心の何処かがざわめいているのだ。記憶が、戻る。その一つの未来に対
して−−まるで恐れを抱くかのように。
 そんな事、あってはならないと知りながら。
 
 
 
 
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チェックをかけたのは、誰が最初か。