ティーダが皇帝と話をしていた頃。 フリオニールもまた一人悩んでいた。自分の戦う理由とは、何だろう。戦ったところで、果たして得られるものはあるのだろうか。しかも相手はあの皇帝。ハッキリ言って、平静に戦えるかどうかも分からない。 散策を理由に、一人になれる時間を持てたのはいいが。一人になって考えれば考えるほど、答えが見えない。 疑うことなく、前だけ進めたらどんなに楽だろうか。しかし、自分自身の根っこの部分が、それではいけないのだと告げている。 知らないまま、盲信して突き進めばきっとまた後悔する、と。そう、あの時のようにまた−−。−−あの時? 首を捻る。無意識の思考だった。あの時とは、いつのことだろう。記憶なんてない。死ぬ前の世界のことも、元いた世界のことも覚えていない筈なのに、何を。 ああ、やっぱり分からないことだらけだ。迷う。何に迷っているかも定かでないままに。振り返ることもできないまま、同じ場所でただ足踏みをする。そんな自分が歯がゆくて仕方ない。「迷っているのですか、フリオニール」 ふわり、と。温かな光の気配に、はっとして振り向く。きらきらと光の粒子が寄り集まり、弾け、やがて人の姿を形作る。「コスモス……!」 情けないことに今。現れたコスモスの姿を見て安堵した自分がいる。縋れる人が来た、導き手が来た−−と。一瞬でもそんなことを思った自分に負い目を感じて、フリオニールは俯く。 最低だ、自分。「聞きましたよ。オニオンとティナ、セシルも無事クリスタルを手に入れたそうですね」 そんなフリオニールの心中を余所に、女神の声は優しい。まるで全ての闇も不安も包み込むように。「ああ。あいつら、成し遂げたんだ!ほんと、凄いよな…!」 「ええ。それぞれが目指した道を歩み続けたから…。」 セシル達の功績は、フリオニールも自分の事のように嬉しい。「目指した道か…」 多分。いや、絶対。三者三様に、願った未来は違っていた筈だ。そして戦いに臨む志も。 きっと彼らは、自分にしかできない何かを見つけて、自分自身の心と逃げずに立ち向かう事ができたのだろう。戦う本当の理由と、譲れない誇りを抱いてその境地に至った。きっとその強さに、クリスタルが応えたのだ。 自分は。自分はどうなのだろう。自分の目指す道とは、一体。戦う糧とは、一体。「見失っている?」「…ほんと、コスモスに隠し事はできないな」 時々、彼女は人の心が読めてるんじゃないかと思う時がある。まがりなりにも神様なのだから、それくらい当然かもしれないが。「俺は…今の今まで、具体的な目標は何も持っていなかった。ただがむしゃらに 、戦いを終わらせようとしていた」 何故がむしゃらになっていたか。それは、戦う理由の分からない自分自身をごまかす為だったのではないかと−−今になって気付く。「情けない事に…戦う理由を考えるのが怖かったんだ。気付いてしまったら、前 に進めなくなるんじゃないかって。…情けない話さ。逃げてるだけじゃないかと 言われても、仕方ない」「…そうかもしれませんね」 コスモスは静かに、肯定した。その一言がズン、と胸にのしかかる。傷ついた自分が、ショックだった。 彼女なら否定してくれる?擁護してくれる?心の隅で期待していた自分自身を知って、また傷つく。「でも。あなたは今、考えている。逃げずに自分の弱さと向き合っている。それは誇るべき事です。今の時間があるなら…逃げた時間とて、無駄ではない」 逃げずに生きられる人なんていないのですよ、と。秩序の女神は微笑む。「思い出して。あなたにも標はある。その胸にずっと、抱き続けていた想いが」 標。コスモスの言葉が何を指しているか分かり、苦笑したくなる。「俺のは、そんな立派なもんじゃない。漠然とした、幼い夢みたいなもんだ」「でもその夢が、あなたを支え、あなたの仲間達を支えてきた。そうでしょう?」「…違うよ」 違う。自分の夢があったからじゃ、ない。「それで誰かを支える事ができたなら…それは俺の夢の力じゃなくて、みんなの 強さだ。ただきっかけになっただけに過ぎないさ」「そのきっかけが、私達みんなにとってとても大切な事だった。私を含め、支えられた人がいる以上、あなた自身がその強さを否定してはいけない。それは冒涜。わかりますね?」 はっとさせられる。冒涜。まるで気付いていなかった事で。「あなたの口からはまだ直接教えて貰っていないから。私にも、あなたの言葉で聞かせて。心の中にある、願いと未来を」 飾らない想いが、知りたいと。暗に告げる女神、その優しさがありがたくて。「…あんたも知ってるみたいだけど」 フリオニールは口を開く。自らの想いを、彼女にさらけ出す為に。Last angels <想試し編> 〜4-24・義士と暴君の真実V〜 もしかしたらずっと、誰かに話したかったのかもしれない。思ったよりすんなりと言葉が出て、フリオニールは内心苦笑する。 誰にも、打ち明けられないのは辛い。本音を語れないのは、悲しい。この戦いの中で学んできた事だ。「のばら…。野薔薇の咲く世界が、俺の夢なんだ。争いを終えたら、世界を花で 満たしたい。…不思議だろ。そんな景色を見た記憶なんてないのにさ。…想いだ けは、残ってるんだ」 手の中に表す、一輪の花。それが何処から来たのかも知らない。他の野薔薇の色すら分からない。それなのに、魂は確かに何かを覚えている。「先の見えない未来かもしれない。明日生きてる保証なんてない今…奇麗事でし かないって分かってる。でも…失われたものを乗り越え、雨や嵐すらも力になる ような、そんな世界を作りたいんだ…」 「すてきな夢」「…ありがとう。でも。もしかして俺はずっと…その夢だけに縋って生きてきた んじゃないかって…そう思って不安になって」 矛盾している。綺麗な夢と、あまりにかけ離れた現実。「その夢を、本当に戦う理由にして良かったのかなって。だって変だろ、平和な世界を作る為に戦争するなんて…人を殺して生き延びるなんて。…自分達の幸せ の為に、誰か幸せを弾こうとしてるんだ…そんなの」 「弾く必要は、ある?」「え?」 隣に立つコスモス。その優しい瞳に見つめられ、顔を上げる。「あなたは何故その世界を作りたいの?野薔薇の咲く景色を、一人だけで見る為?」「ち、違う!」 慌てて叫んでいた。我ながら滑稽であったが。「みんなで…一緒に戦ったみんなで見なきゃ意味がないんだ!平和な世界になっ たら…こんな戦場じゃできなかった事をみんなでしたい。バッツみたいに世界中 を旅して回ったり、学校行ったり…」 「だったら」 スッと、コスモスの白い手がフリオニールの頬に伸びる。「みんなで見ればいい。あなたも知った筈。この戦いの真実を。あなたの真の敵は、カオスの配下達でも皇帝でもないことを」 みんな。その意味する事に気付き、フリオニールは目を見開く。「…いいのか?真相がどうであれ…アンタとカオスの連中は敵同士なのに…」 いいのだろうか。みんな。その三文字の中に−−コスモス勢の仲間達以外も加えても。文字通り、二十人と神々、全員で平和を築く事を望んでも。 コスモスは静かに頷く。細波のような穏やかな微笑みを浮かべて。「闇も光も、同じ駒の裏表に過ぎません。心一つで未来は変わらない。けれど世界は変えられるかもしれない。…あなたが表の事実だけに捕らわれず、本当の夢 を願えるのなら…それはきっと現実になる」 離れていく掌と温もり。まるで母親のような人だ、とフリオニールは思う。自分の母の顔すらも思い出せずにいるというのに。「忘れないで。それはあなた自身が生んだ想い。数々の悲しい運命を乗り越えて、あなた自身が辿り着いた道。その理由を、誇りを忘れないで。ただ戦うだけの道具なら、そんな夢は持てないのだから」「コスモス…」 今、やっと分かった。フリオニールは頷く。「そうだな。…これが俺の戦う理由。これが俺の誇り、夢。俺がつかんでやらな きゃ」 野薔薇の咲く景色を叶える事が夢なのではない。その平和な世界で、仲間達と共に生きる事こそが夢だと気付いた。 今は争っているかもしれない。憎しみ合っているかもしれない。けれどそんな彼らとも、慈しみあって笑い合う事ができたなら。 それは絵空事でも奇麗事でもない、確かにそこにある現実となる。「憎しみと悲しみ。あなた達の傷はとても深いかもしれない。けれどその先に、あなたが心から求める明日がある」 どうか憎しみに囚われないで。夢の本当の意味を見失わないで。女神の真摯な声に、義士は拳を握りしめる。「私はずっと…ただの傍観者だった。運命に抗うあなた達を、ただ見ている事し かしなかった。でも…私も自分の、本当の願いに気付いたから」 「本当の願い?」「あなたが教えてくれたのですよ、フリオニール」 上の階で、セシルの声がする。ゴルベーザが冗談でも言ったのだろうか。弾けるような明るい笑い声が胸を揺さぶる。 今まではどこか影のあった彼が、戦いの中で確かに変わった。愛する人や仲間と共に、未来を真っ直ぐに信じられるようになった。それが嬉しくて仕方ない。 自分もあんな風になりたい、と。もしかしてコスモスも同じ事を思ったのだろうか。「カオスと長く殺し合ってきた私達。でも…そんな彼らと、花で溢れた優しい世 界で出逢いたい。当たり前のように笑って、泣いて、優しい気持ちで見守って。…そんな夢を、私も見られたら……」 目を閉じ、コスモスの姿が光となって消えた。もしかしたらこうして仲間達にアドバイスして回っていたのかもしれない。「…ありがとう、コスモス」 あなたに召喚されて、良かった。あなたが召喚主で良かったと、今心からそう思う。「簡単に叶う夢じゃないかもしれない。遠い未来かもしれない。でも…あんたに だって見られるさ、必ず」 いや。そうじゃない。「見せてやるよ。…俺達が、絶対」 野薔薇に誓う夢。野薔薇に誓う約束。上から響いてきた声が近付いてきている。セシルとゴルベーザ以外に、ティーダとクラウドの声もする。どうやら合流したらしい。ティーダが何かやらかしたのか、クラウドの声が尖っている。 時計を見れば、意外なほど時間が経っていた。最初に定めた集合時間までそう間もない。彼らの元へ行くべく、フリオニールも歩き出した。−−まだ、迷いを抜け出せたわけじゃない。皇帝を憎む気持ちも消せていない。でも。 試す前から、逃げる事はしたくない。始める前から諦めたら間違いなく後悔するから。 自分は皇帝と対峙するべきなのだ。 それは強制された義務ではなく−−フリオニール自身が望んだ、一つの権利として。NEXT |
驕るな、謡え。