人を憎むのは簡単なのに、愛するのは難しい−−それは誰が言った言葉だった だろう。人は自分を正当化する為に、必ず誰かを否定しながら生きている。自分 という存在を肯定する為に、必ず何かを否定する。例外は、ない。 光に焦がれるあまりに、闇を恐れるように。 神を信じるあまりに、悪魔を作り出したように。
−−何もかもを肯定して、受け入れて、認めて。生きていくなんてこと、神様に だってできやしないんだ。
ましてや自分は人間だ。綺麗なところも醜いところも山ほど抱えた人間。正し い事が何かも分からないのに、過ちを犯さずに未来に向かえる筈もない。 そして間違えるたび後悔して、傷ついて、憤って、迷うから。次はそうならな い道を捜そうと心に誓える。 心。心があるから自分達は強くなれるのだ。心を持つ“ヒト”に生まれる事が できた事を、フリオニールは誇っている。 時に壊れ。時に狂い。時に激情に塗りつぶされて砕けても。誰かを愛し、愛さ れるという世界で一番貴い気持ちをくれるもの。 それが、心だ。そして心は独りきりではけして生まれない。誰かと触れ合い、 傷つけ合い、抱きしめ合った時確かに存在するものだ。
−−その心のせいで、俺は迷った。でも心があるから、誓えた。夢を見つけられ た。
今でも完全に踏ん切りがついたわけではない。しかしフリオニールはあえて仲 間達に言葉にして伝える事で、自らに誓約した。退路を閉ざした。
−−憎いと思うなら。その理由を知る事から逃げちゃいけない。叶えたい夢があ るなら。その憎しみを乗り越える覚悟を決めなきゃいけないんだ。
決めたのだ。夢を汚さない為に、憎しみの理由を知り、その闇を乗り越えると 。その為に皇帝と向き合い、彼ですら救ってみせるのだと。 それが自分の、揺るぎない決意。戦う理由だ。
「本当に来るとはな。些か驚いた」
パンデモニウム。その玉座で、覇者を名乗る男は言う。驚いた、と言うわりに はその秀麗な顔は冷え切っている。感情の動く様子もない。
「私を殺しに来たか?フリオニールよ」
やはり。皇帝は自覚しているのか−−自分がフリオニールに憎まれていること を。それだけの事をしたのだろうと。 それでも、ティーダの言葉が正しいのなら。その理由までは知らない筈である 。記憶が無いのだから知りようがない。 訳すら知らぬ憎悪に、この男はずっと晒されて、尚且つ耐えてきたのか。心を 閉ざして、感情を冷やして。 そう思うと、無性にやるせなくなる。
「…確かめに来たのさ。真実を」
真実。自分の中にしかないもの。皇帝の中にしかないもの。 知らなければ、前になど進めないから。 「真実…か。それはどの真実だ?知ってどうする。…どうせ他の者から聞いてい るのだろう。この戦いが仕組まれたものだと。終局を望むことは、無意味だと」 「随分あっさり諦めるんだな」 皇帝のそれは、無理矢理感情を殺した声だと分かっていた。だからあえて、挑 発した。
「継続が本心なら別だけど。アンタの望みは此処には無いんだろう?らしくない ぜ、そんな逃げ方」
挑発されていると、向こうも分かった筈だ。自分より彼の方が遥かに策士なの だから。それでも。
「貴様に何が分かる……!?」
殺しても殺しきれない激情。ギリギリと音がしそうなほど唇をかみしめて、暴 君は義士を睨む。 それは憎しみではない、純粋な怒りと−−悔しさ。願っても願っても変えられ なかった現実が悔しくて口惜しくて仕方ない、それでもどうにか堪えようと必死 になっている男の、眼。 「…分からないよ。俺はアンタじゃないんだから。ましてや…言葉にもしてくれ ないんじゃ知識としても知りようがない」 「言葉にすれば、貴様は聞く耳を持ったか、フリオニールよ」 「……!」 確かに。今まで自分はずっと、自分の中の憎しみに支配されてきた。その感情 の出どころが分からないと気付いた後も、目の前の現実より感情を優先させてき た気がする。 理より情をとるのは悪い事ではない。だがその結果がどうなっても、責任は自 分自身で負うしかない。感情のまま動く事と、心に従って行動するのは−−似て いるようで違う。 「…互いに記憶が無い以上、善悪を論ずるだけ無駄というもの。真実を知るだと ?どうやって知る気だ。憎しみでクリスタルが手に入るとでも?」 「それは…っ」 「所詮貴様の覚悟などその程度。半端な決意で…私の領域に足を踏み入れるなど 笑止。むしろ侮辱だ」 言葉に詰まるフリオニールを、冷たい眼で見下す皇帝。その瞳に宿るのは、氷 のように冷えた怒りの炎。
「此処にある真実など一つだ。戦いを終わらせる術などない。神竜とその僕達が いる限り、我々は永遠に戦い続ける運命なのだ」
そうなのかもしれない。 事実−−輪廻の記憶を毎回失ってきた自分と違い、彼は現実を嫌というほど思 い知らされてきたのだろう。その眼にあるのは絶望。いや、絶望に飲み込まれま いと必死で抗う者の眼だ。
「…それでも俺は…このチャンスを無駄にしたくない。未来を諦めたくない」
義士は剣を構える。誰かの幸せを奪う為ではなく、共に護る為の剣を。
「くだらん夢にすがるか。そのような幻想は、消し去ってやろう。貴様も神々の 道具と成り果てるがよい」
言葉だけでは、絶望の真っ只中にいる暴君の心に届かない。
「無駄だ。俺には、ともに夢を見、誓いを立てた仲間がいる。仲間がいる限り、 この誇りがある限り…この夢は不滅。未来への希望も消せはしない!」
真正面からぶつかって、受け止める事で証明してみせる。自分の覚悟の重さを 、夢の輝きを。 「誰かを傷つけるだけの力に、意味などない。平和の世界の為に、誰かの幸せを 奪う剣など振るわないと決めた。だから…アンタが何度諦めても、俺は何度だっ て引き戻してみせる…憎しみを乗り越えな!」 「虫けらに何ができる?」 虫けらと、彼が呼び続けていたのはフリオニールの事だけではなかった。自分 自身をも卑下しての事だったのではないかと、今更ながらに気づいたから。
「やる事はシンプルだよ。…ちょっと志が変わっただけさ。未来を信じ、現在を 貫く。それだけだ!」
さあ、謡おうか。自分達の真実を。
Last angels <想試し編> 〜4-26・義士と暴君の真実X〜
−−被験体No.2、フリオニール。
年齢、満二十一歳。幼い頃に両親と生き別れたが、後にかけがえのない仲間と なるレオンハルトとマリア兄妹の両親にガイとともに拾われる。彼ら三人とは成 人するまで家族同然で育ってきた。 出身は長年育ったフィン王国−−と本人は思っている。だが、実は彼が生まれ た国はフィンではない。フリオニールは、元々フィンの敵国であるパラメキアで 生まれた、貧しいパラメキア人の子供であった。 彼が何故両親を失ったか。何故パラメキア人に関わらずフィンで拾われたか。 今やフリオニール本人すらも覚えていない記憶の中に、彼の皇帝への憎しみの根 源が隠されている。 詳しくは皇帝に関するレポートで説明する事になるが−−パラメキアという国 は、略奪行為によって領地を広げた典型的な侵略国家である。暴君、と人々に恐 れられたのはかの“皇帝”に限った事ではない。 むしろ。パラメキア最後の皇帝である彼よりも、先代皇帝の方が人々に恐怖を 植えつけたと言っていい。 まだ“皇帝”が幼く、先代の時代。パラメキアの王族や貴族の間では恐ろしい “遊び”が流行っていた。 奴隷や貧しい平民の子供達を無作為に集めて、その首に爆薬をくくりつける。 そして設定されたエリア内で、最後の一人になるまで殺し合わせ、その優勝者を 賭けるのだ。 悪魔のようなトトカルチョ。当時のパラメキアでは当たり前のように行われて いたのだから、とんでもない話である。幼かったフリオニールやガイもまた、そ の地獄の舞台に上げさせられた者達であった。
−−何でだよ。俺が、いったい何をしたって言うんだよ。父さんと母さんが何を したんだよ。どうして…どうしてっ!!
反対した父母は殺され。フリオニールは、子供達との殺し合いを強制された。 中にはよく遊んだ友達もいたし、兄や姉のように慕っていた子達もいて。 削り取られていく理性。血みどろの戦場で幼い義士は−−本能に従った。従わ ざるおえなかった。罪の無い子供達を泣き叫びながら殺し、兵士の隙をついてガ イとともに逃げ出したのだ。 フィンの近くまで逃げ切れた事。何より、マリア達の両親に拾われたのは何よ りの幸運だっただろう。しかし幼い身には重すぎるトラウマが、少年に言語障害 と記憶障害を残した。言語障害の方は徐々に回復していったものの、パラメキア にいた頃の記憶の方は大人になっても戻らなかったのである。 やがて、そんな彼の人生に転機が訪れる。 フリオニールが成人式を迎えた翌年。フィン王国はパラメキア帝国と本格的な 戦争状態に陥った。フリオニールの故郷はパラメキア軍になすすべなく焼かれ、 フリオニール達四人もまた戦火に逃げ惑う事になる。 瀕死の重傷を負ったフリオニールを救ったのは、反乱軍−−勇ましきフィン国 王女、ヒルダであった。彼女の元で、反乱軍に参加したフリオニールは誓う。非 道なる皇帝を倒し、世界に平和を取り戻す事を。
−−のばら。それが、反乱軍の合言葉だった。いつか平和の象徴である、野薔薇 の咲き誇る世界を作りたい。仲間達と、そう誓い合ったんだ。
戦いの最中。次々の襲いかかる皇帝の策略。兄と慕っていた人の裏切り。力を 貸してくれた白魔導師ミンウを始めとした多くの仲間達が倒れていく中、フリオ ニールはその屍をこえて戦い抜いていき、皇帝の元へたどり着く。 だがフリオニールは皇帝と真正面から対峙して、一つの事実を知る事になる。 皇帝と呼ばれていたあまりに強大な魔力を持つ筈の男は−−ずっと、誰かに止め て貰う時を待っていた事を。
−−トドメを刺した時、奴は俺の耳元で囁いたんだ。“お前みたいな男を待って いた”…と。でも…その言葉の真の意味を知る前に、あの男は死んでしまった。
皇帝を倒し。一度は離反したレオンハルトとも和解し。しかしそれでもまた平 和な世界への道のりは遠かった。皇帝は死んでも、パラメキアという国は存在す る。フィンとパラメキアの戦争は終わらなかったのだ。 そんな時、フリオニールはこの鳥籠に召喚された。反乱軍として生きた過去を 奪われ、記憶を失って。 それでも尚なくす事の無かった、二つの感情。皇帝−−否、パラメキアそのも のへの憎しみと、野薔薇咲く世界という夢を。ゴルベーザが与えたきっかけはあ ったにせよ。 その強い意志ゆえかもしれない。百年世界が繰り返されても、フリオニールだ けは一度も発狂しなかったのだ。 誰かを憎むのは自由。けれど憎しみでは救われない。 彼が憎しみより夢を汚さない事を選べた時。彼の世界は、近づくのかもしれな い。一歩ずつ確実に、彼が夢見た景色へと。
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風と虹の向こう、追いかけて、追いついて。