−−被験体No.12、皇帝。 本名、マティウス=リ=パラメキア。年齢は満二十六歳。パラメキア帝国、第二十三代皇帝である。 彼が生まれた時、既に世界の半分ほどを占める大国だったパラメキア。フリオニールの項で説明したように、それは先代皇帝達の侵略行為によるところが大きい。代々、暴力と戦争で国を支え、恐怖政治で民を支配してきた一族。それがパラメキア王族であった。 パラメキア王族の起源は、小さな村の刀鍛冶だったとされている。その男の作る武器は、大国の軍や貴族達がこぞって買いに来るほど優れたものだった。小国の辺境に住まわせておくには惜しいほどに。 男は常に考えていた。自分の打った剣が使われる時、人を斬る感触はどれほどの快感かを。斬られた者の苦痛はどれほど計り知れないかを。人を殺す凶器を生み出す者として、その思考こそ最も必要だと信じていたのだ。 ゆえに、男は息子達の中で最も悪意の強い者に仕事を継がせた。それが、全ての始まりである。 その風習はマティウスの代まで続けられた。パラメキア王族は常に、最も悪意の強い者に皇位を継がせ続けてきたのである。悪意は代を負うごとに膨れ上がり、進化していったのだ。 他人をいたぶり、他人を傷つけ、他人を貶める事に最大の快楽を覚える一族。その為に磨かれ続けた高い魔力と軍事力は、他国の者にも自国民にも恐怖でしかない。後に彼らの末裔は“新しい血族”と呼ばれ、遠い遠い未来、パラメキアとは別 の形で世界中を大混乱に陥れるのだが−−その話は今は割愛しよう。−−悪意こそ力なり。人を憎め、人を壊せ。私は…両親にそう教え込まれて育っ た。 だが、そんなパラメキア王族の中で、マティウスという少年はあまりに異質だったのである。魔力は歴代のパラメキア皇帝を凌駕する素質を持っていたが−−肝心の悪意があまりに足りていなかったのである。 さらに不幸な事には。その年、王族内で凶事が続き、先代の妾の数にも関わらず一族は子供に恵まれなかった。 マティウス以外に王位継承権保持者がいなかったわけではないが、他の子供や兄弟達は魔力が極端に低かったりうつけ者であったりしたので、とても大国を任せられる状態に無かった。 幼くして既に、彼の未来は決められていたと言っても過言ではない。否が応にも先代はマティウスに継がせざるおえなかったのである。 一族に似つかわしくない、大人しくて心清らかな少年の負の感情を増幅させるにはどうしたらいいか。簡単な事だ、虐げればいい。先代は、我が子をありとあらゆる方法で虐待した。教育の名を借りた、暴力である。 外見に反して芯の強かったマティウスは耐えしのいだ。どれほど深い傷をつけられ、犬畜生にも劣る恥辱を味あわされ、トラウマを植え付けられようとも。 自分の事なら、我慢できる。どうせこの世には自分独りしかいない。このまま自分が死んでも誰も悲しまないのだから、と。 その心がぐらつくようになったのは、ある人物と出逢ってからだ。 軽い興味から、城を抜け出したマティウスは、貧しい民間人の子供に出逢った。マティウスが王族である事を知らぬ彼は、少年の傷を当たり前のように心配し、家に招いて母親の手料理をご馳走してくれた。−−愛される事も、優しくされる事も知らなくて。なのに彼らは、赤の他人であるはずの自分に温もりをくれた。 涙を流すのも、笑うのも久しぶりだった。マティウスは度々、少年とその家族に逢う為に城を抜け出すようになる。 少年の名は−−フリオニール。マティウスの初めてにして唯一の友達は、後に彼を殺す事になる宿敵その人であった。 そしてマティウスは、フリオニールと出逢って愛を知り絆を知り−−やがてその全てを後悔する事になるのである。 悪意こそ力。力こそ王たる証。そう信じる先代は、マティウスの行為を知って怒り狂う。息子に普段よりさらに酷い折檻と暴行を加えて監禁した後、かねてより開催されていた“遊び”のゲストにフリオニールを招いた。 そう、フリオニールが“子供達の殺し合いを貴族達が見て楽しむ”祭に参加 せ られてしまったのは、偶然では無かったのである。さらに彼らにとって不幸なのは。その“祭”の現場で、マティウスの正体がフ リオニールにも知れてしまった事。 フリオニールは愕然とした後、絶望と憎悪が入り混じった凄まじい顔でマティウスを見た。お前も腐った王族の一人だったのか、これはお前が仕組んだ事だったのか−−と。−−奴は…言った。“人殺し!お前らは悪魔だ…!!”と。その時、辛うじて私を 支えていた何かが、音を立てて崩れ落ちた。 どんな体の痛みより、心に受けた傷が深すぎた。マティウスはその日から完全に心を閉ざし、先代の思うままに動く人形になってしまう。 誰も信じない。誰も愛さない。凍てついた歯車が動かないように、マティウスは親から受ける“悪意”と“教育”に抵抗する術を失った。 やがてマティウスは親の後を継ぎ、立派な“暴君”として成長する。あまりに も凄まじい二十六年間は彼から常識と理性を剥ぎ取ってしまっていた。戦争が起こり、自らの血が命ずるままマティウスは略奪を繰り返す。それが死してなお魂を縛る先代の洗脳だと気づきながらも。−−幸せなんて言葉は忘れていた。ただ、いつか終わりが来る日だけを夢見ていた。 フィンの勇敢なる義士、フリオニール。その姿を見て、マティウスはあの時の少年が彼だと思い出す。マティウスの一番の望みを叶えてくれたのは、始めも終わりも彼であった。望むままフリオニールに殺された筈のマティウスは、皮肉にもこの世界で、神竜の力で復活を遂げる。 記憶を無くし、閉じた世界でのトラウマを刻み続けながらも、暴君が運命に抗い続けられた理由。 それは幼い頃フリオニールが彼に告げた言葉と想いが、確かに根付いているからだと筆者は考える。『何を諦めたって、逃げたっていいんだ。でも幸せになるのだけは諦めちゃダメだよ。だって不幸なまま死んだら…それって凄く損だろ?』 果たしてマティウスの願いは、本当に叶ったと言えるだろうか。Last angels <想試し編> 〜4-27・義士と暴君の真実Y〜 「思い出した、よ」 どうにか絞り出した声は、情けないくらいに震えていた。 本当に戦いの最中でクリスタルが現れるなんて、とか。この記憶と力が戻り方はやや強引な展開じゃないのかとか−−思った事はいろいろあった筈だが。 何よりまず一番に言わなければならない事があると、分かっていた。だからフリオニールは口を開いた。「皇帝。あんたの本当の名前は…マティウスだ。あの頃、俺はあんたをマティっ て呼んでた」 自分は知っていたのだ。まさかこんな形でなんて誰が予想しただろう。 思い出した。いや、自分は本当はずっと覚えていた筈だった!!『マティウスかぁ…綺麗な名前だな。じゃあ、マティって呼ぶ!お前も俺の事は フリオって呼べよな!!』 ボロボロの服を着た小さな自分が、記憶の中を駆け抜けていった。綺麗な服を着ていながら傷だらけの、金髪の少年の手を引いて。 クリスタルを手に入れる事はゴールではない。スタートなのだと今初めて知る。 全てを取り戻した今こそ選択の時であると。「ふっ…はははははっ!」 ぎょっとした。皇帝が−−マティウスが突然笑い出したからだ。その高笑いが、記憶の中にあるそれと被る。笑いながら竜巻を起こし、魔物を呼び、街々を破壊していったあの悪魔のような男の姿と。 あの頃の彼と比べ、今のマティウスは信じられないほど丸くなったと思う。それはフリオニールの記憶では無かったが−−前の世界、彼は命がけでティーダ達を逃がした。同じ傷を持つ魔女には当たり前のように優しさも見せた。 この世界は確かに閉じた鳥籠で、あまりにも悲しい修羅地獄だったかもしれない。それでも、元いた世界とどちらの方が彼にとっては悲劇だっただろう。皇帝が変われたのならそれは他でもなく−−この世界と、この世界での出逢いがあったからだ。 だが、それは記憶が無かったせいで。もしかしたら思い出した事で−−あの頃の彼に戻ってしまったのだろうかと危惧する。 しかし。「はははっ…これが記憶…これが私が長年取り戻したいと願ってきたものか!は ははっとんだ茶番ではないかっ!!」 皇帝は笑っていた。でもそれはあまりに悲しい笑い声だった。「結局…私には最初から何も無かったわけだ。帰るべき場所も、共に生きる存在 も、支配すべき民も…命すら!」 笑う。笑う。笑う。でも、本当は、泣きたかった筈だ。惨めに泣き叫んで、喚いて、壊れてしまいたいほど傷ついた筈で。 なのに泣けないのは多分、プライドのせいだけじゃない。「…何で…忘れてたんだろうな俺…」 皇帝が憎かった。ずっとずっと、殺してやりたいほど。故郷を焼き、育ての親を死に追いやった悪魔を。 けれど。本当に憎かったのはそれが理由ではない。深すぎるトラウマに覆い隠された底に、フリオニールの真実があったのだ。 自分をあまりに無慈悲な地獄に叩きつけた、パラメキアの王族そのものを憎悪した。親友になれたと、そう思っていた彼の“裏切り”が赦せなかった−−裏切 ったと、そう思い込んだ。 先に裏切ったのは自分の方だったのに。「…あんたはあの時、死を望んだ。だから……死ぬ瞬間、笑ってたんだな」 『お前みたいな男を待っていた。終わらせてみるがいい…全ての、業を。罪を』 「あの時の言葉の意味、今ようやく分かった気がする」 終わらせて欲しかったのだろう−−全ての悲しみを、一族の呪いを。 それ以外に何かを望む資格などないと、諦めて。「…でもさ、…あぁ、俺はアンタじゃないから、気持ちが分かるとか言う権利な いけど、でも」 傷にまみれた人生。けれどフリオニールは幸せだった。全てを思い出してなお思う。自分には“家族”がいる。“仲間”がいる。今も昔も独りじゃない。 だが彼は?皇帝は?虐げられて心も体も壊されて、当たり前に与えられるべき愛情の一つも知らないで。それで望み通り死ねたとして−−。「幸せかよ。それで幸せだって言えるのか…そんな人生あっていいのか…!」 「貴様…」 自分を見る皇帝の眼が変わった。何故だろう、と思うより先に。「何故貴様が泣く?」 その顔が何も知らない子供のようだったので−−フリオニールは笑った。泣きながら、笑った。「…あんたのやった事は赦される事じゃないとしても」 もう充分だろう−−彼の支払う、罪の代償は。「諦めないで生きてみる事で、贖ってみろよ」 帰る場所が無い?いいや、きっとそんな事無い。あの魔女はきっと彼の帰りを待っている。 そして。「俺も一緒に、償うからさ」 自分も、なろう。もう一回。帰るべき場所は、此処に在る。 NEXT |
やっと辿り着けたのだから。
BGM 『Dream of The red rose』
by Hajime Sumeragi