クラウドは物陰から見ていた。セシル、ティーダ、ゴルベーザの三人と共に−−事の一部始終を。 パンデモニウムの一角で、フリオニールと皇帝が話している。フリオニールの方は泣いたり笑ったりと随分忙しい。ソルジャーの聴覚なら、その詳しい内容も聴こえた筈だが−−クラウドはあえてシャットアウトした。 自分が知るべき事実の一つは、確かにそこに在るのかもしれない。しかし、それを聞く事をまだ恐れている己がいる。 いや、聞く事が、じゃない。 認める事が、だ。「フリオニールは、乗り越えたね」 穏やかな声。セシルの視線を感じながらも、顔を上げる事が出来ない。 義士の手には、クリスタルが握られていた。優しくも力強い光を放つ、赤薔薇と同じ色の結晶が。 それが何を意味するか、分からないほど愚かではない。「クラウド。…目、逸らしちゃ駄目だよ。言いたい事分かるよね?」 静かで、しかし有無を言わさぬ口調。 分かっている。セシルが言いたい事など明白。 フリオニールは自分達に見せた。憎しみは乗り越えられると。それに勝る強い願いと夢があるなら、闇すらも受け止めて前に進めると。「私もセシルと同意見だ。超えられる。越えていける。フリオニールは証明してみせたのだ。これが一つの事実で、真実だと。ならば…そこにある物は認めねば なるまい?」「…逃げたくなるキモチは…非常〜に同感なんだけどさ」 ゴルベーザの言葉に、ティーダが苦い表情で付け足すので。クラウドは反論を完全に封じられる。 宿敵を憎んでいるのは自分とフリオニールだけではない。ティーダだってそうなのだ。彼の場合相手が父親なだけあってやや特殊なケースだとしても−−その彼が認めた以上、自分が否定するわけにはいかない。 自分達が今直面している壁は、乗り越えられるものなのだと。「…分かってる。でも…俺には無理だ」 壁の向こうを見る。まるで子供のような顔で、ぎゃいぎゃいと口喧嘩を始めた義士と暴君の姿を。 今度は意識して聴覚を向ける。二人の喧嘩−−喧嘩と呼ぶべきかも怪しい−−は実にくだらない内容だ。あらかたフリオニールが皇帝に、もっと笑えだの泣けだのと説教した為スイッチが入ったのだろう。二人ともすっかり自分達が成人しているのを忘れている。 クリスタルを手に入れるまでの、長い長い道のり。実際に費やした時間より遙かに大きな隔たりが彼らの間に立ちふさがっていた筈なのだ。そしてクリスタルを手に入れて、旅が終わったわけではない。 彼らは此処から始まろうとしている。互いに馬鹿らしい事も真面目な事も言い合ってぶつかり合って、生きて幸せになるという“償い”を歩き出そうとしてい る。 夢という力で。フリオニールはそこまで距離を縮めてみせたのだ。殺したい程の憎悪を振り切り、知る事を恐れず、真実に立ち向かって。 だけど、自分は。「俺には未だに、戦う理由すら分からないんだ。…憎しみを乗り越えられるほど の光なんて、俺には無い」 自分にも夢があったなら。 全ての未来を願えるような希望があったなら。「夢を見るにはあまりに…いろいろなものを失くしすぎた。余計な事を知りすぎ た」 夢が自分にもあったのを覚えている。それなのに肝心のその内容が思い出せない。記憶と一緒に、失ってしまったもの。 だがクリスタルを手に入れなければ、記憶は戻らない。憎しみを乗り越えなければクリスタルには辿り着けないのに、憎しみを越える為の夢を忘れてしまったなんて。無限ループだ、これでは。「それに…まだ、怖いんだ」 セシルとは逆だ。自分は自分の記憶が戻るのが怖い。知ってしまえば戻れなくなる−−そんな気がして。 情けない話だ。自分はまだ、怯えているのか。脆すぎる自分の心が、記憶によって壊れてしまうのではないかと。 急に酷く惨めになって−−兵士はぎゅっと拳を握りしめた。Last angels <想試し編> 〜4-28・兵士と英雄の約束T〜 その後。皇帝がパーティーを離脱した。最初はゴルベーザ同様、自分達に同行するかと思っていたが−−彼は言った。まだ混乱が抜けない。もう少し、フリオニールから離れて考える時間が欲しい、と。それに。彼には“共犯者”と言うべき彼女がいる。恋人かと思っていたのでそ の答えはややクラウドには意外だったが−−自分達が互いに求めるのはそんな甘い夢ではない、と皇帝は苦笑する。それでも、この輪廻の中で彼女だけが唯一、本当の意味での“友”だったから 。少なくとも彼女が道を見つけるまで独りにしておきたくないらしい。−−正直。フリオニールが憎悪するくらいだ…文字通り血も涙もない“暴君”だ と思ってたが。 殻を割ってみれば、あまりにも普通の人間だった。ただあまりに重い宿命を課せられて、罪より先に罰を背負わされた−−それだけの男だった。 人間を見かけで判断してはいけません、なんて小学生並の注意事項だとは思うけれど。それでも自分達は、どこかで表だけの判断を下そうとする。深く知るのを恐れて、決めつけようとする。 それこそが最大の罪なのかもしれない。そしてそれが分かっていながら、心はあまりに不自由で、うまく動かせなくて。 結局自分は、戦う理由を見つける事すら立ち止まったままでいる。パンデモニウムの柱にもたれて、クラウドはため息をついた。「額に皺、寄ってるぞ」「フリオニール…」 「クラウドって結構分かりやすいよな。あ、もしかしてセシルにも言われてたりする?」 当たっている。クラウドはやや頭が痛くなった。 そんなに根暗な表情ばっかりしているとしたら、気をつけなくてはいけない。難しい話だけども。「戦う理由。…俺もしばらく考えてた。さっきは偉そうな事言ったけど…今だっ て確実な答えが出たわけじゃないんだ。なんていうか…言葉にするのはなかなか 難しいな」「そうなのか?」「セシルも多分そうじゃないか?クリスタルを手に入れて…吹っ切れたように見 えるのは、ゴールが見えたからじゃないと思う」 スッとフリオニールが手を翳す。「見えたのは、スタートなんだ。自分が今立っている場所。目の前にあったのに、見えなかった道が…見えるようになったんだ。で、気付いたわけだ」 その手に、淡い光が集まる。 彼の夢の象徴である、赤薔薇がそこに現れる。「ずっと不安だった理由。戦う理由や意味、自分の中の本音…そんな類のさ、今 自分が立っている立ち位置が見えなかったから、不安だったんだって。クラウドもそうじゃないか?」 彼の言いたい事が分かる気がする。 ゴールが見えない事もまた不安だ。けれど、人間は案外、出口の見えない状況には慣れている。未来はいつでもどこかしらが不明瞭で、それでも手探りで人は歩いていく。 けれど、もし自分の手が、足が、今立っているはずの地面が、見えなくなったらどうだろう。怖くて怖くて発狂しそうになるのではないか。今確かにあるはずの“現在”が分からないのに、“未来”なんて知りようがな い。 同じ不安でも、その質は明らかに−−違う。「記憶が無い中で、自分の立ち位置を知るのは凄く難しい。俺なんて幸運な方だ。夢を思い出すきっかけを最初から用意して貰えてたんだから」 けれど、そのきっかけという名のチャンスをモノにしたのはフリオニール自身の力ではないか。 クラウドはそう口にしようとして−−やめた。言えば劣等感で死にそうになる気がしたのだ。思っていた以上に、今の自分は余裕が無いらしい。「ずっと見たかった景色があるんだ。それは最初は漠然とした…ただ野薔薇が揺 れているだけの景色だったけど。この旅の中で、いろんな事があっていろんな人に出逢って…少しずつ鮮やかになっていった」 野薔薇を消して、フリオニールは遠くに想いを馳せるように、目を閉じる。「俺はそのために、この戦いを終わらせたい。…きっと俺だけじゃない。きっと みんな、自分が見たい景色があるから戦えるんだろうなって、思う。それが夢みたいな話だって、いいんだ」「夢…」 なんだか、胸が痛い。夢を語るフリオニールの姿を見ていると、何かを思い出しそうになる。 思い出しそうになって−−また逃げ出したくなる。「夢を諦めたくないんだ。それがあるから、俺は戦い続けられる。…理由としち ゃ弱いと思うけど、今はそれでいいんだ、きっと。だって此処はゴールじゃない…スタートなんだから」 眩しい光。眩しすぎて、焼き殺されてしまいそうだ。 フリオニールを羨ましく思う。その強さに嫉妬しないと言えば嘘になるが、それ以上に尊敬しているし敬愛している。 だが−−それ以上の感情が、湧かないのだ。 どうしても、彼の立つその場所に自分が立てるとは思えない。想像もつかない。いつでも瞼の奥にある義士の幻は、自分より数段高い場所にいる。高い場所にいながらさらに上に登ろうとする。 置いていかれる恐怖におののく、クラウドを残して。「フリオニール…」 だから。その言葉が出たのは必然だったのかもしれない。「俺と戦ってくれないか?」「え?」 目を丸く見開く義士。完全に虚を突かれた時の顔が−−また誰かにダブりそうになる。 振り払う。振り切る。有り得ない筈の幻を。「知りたいんだ。それだけで本当に戦い続けられるのか。夢の強さ、というやつを」 我ながら酷いと思う。これでは言っているようなものだ−−クリスタルを手に入れてなお、お前の“理由”を認めていないと。 そう言われて気分を害されても仕方ないと思う。分かっていながら、ただ黙って立ち尽くしている自分に耐えきれなくて、他に手段が見つからなくて−−無理を言う。 そもそも、自分は軍歴も長く、腕力もコスモス陣営の中で群を抜いている。訓練ならともかく、ほぼ勝ちの見えたサシでの勝負を挑むなんて随分卑怯だ。「しかし…」 断られても仕方ない提案。だがフリオニールは戸惑った顔こそ見せたものの、自分の言葉で怒ったり傷つくことはなかった。 夢を否定されたも同然と、気付かないわけではないだろうに。 頼む、と。クラウドが声に出さず目で訴えると、義士は目を閉じて一つ息を吐いた。「…ぶつかることは受け止めること。それで答えに近付けるなら…」 強い瞳を向け、剣を抜くフリオニール。「わかった。受けて立とう」「恩に着る」 光を集める掌。クラウドの手にバスターソードが現れる。重くて、振り回すのに向くとは思えない大剣。記憶が無いのに、捨ててはならない武器だと知っていた、大切な剣。 構えて、地面を蹴った。剣で流し、バックステップでかわしながら、魔法を詠唱するフリオニール。 がむしゃらに、足掻くように答えへと手を伸ばす。その為の、小さくて大きな二人の戦いは、ひっそりと今始められたのだった。NEXT |
カーニバル、開始。