戦い始めた兵士と義士。その姿を、セシルは物陰から見つめていた。「クラウドも、必死で足掻いてるッスね」 隣でひょこっと顔を出すティーダ。ゴルベーザは今、この近辺の調査をする為不在である。「ティーダ…君はどうなのさ」 「ん、何が?」「とぼけないでよ、ね!」 何も知りませんよ、という顔で首を傾げる夢想。その額をこつんと指でつつくセシル。 フリオニールがクリスタルを手に入れた時−−クラウドに言ったのと同じことを、本当はティーダにも言いたかった。それが出来なかったのは、二人は似ているようで違う場所に立っていると知っていたから。 クリスタルを手に入れてセシルが得た記憶は、己と兄のそれだけではない。この世界の記憶の一部もまた引き継いだのだ。 ライフストリームから知識を得たティーダと同じように。「…君の場合、ある意味クラウドより難しいことだって分かってる」 記憶が無いまま、魂に焼き付いた感情のままセフィロスを憎んでいるクラウドとは違う。ティーダは自分の憎悪の原因を知っている。その元凶たる事実も、ジェクトが“そうせざるおえなかった”理由も全て分かっていながら−−父親を憎 んでしまっている。「君は、全部覚えてるんでしょう。…だから、独りで全部背負おうと躍起になっ てるし…乗り越えられない壁が高いんだ」 「…厄介だなぁ。クリスタル。そんな事まで教えちゃうんスか」 セシルが“知った”事を悟ったのだろう。途端ティーダは苦い笑みになる。 「前の世界で君がしたこと…僕は責めないよ。責める資格なんかないもの。相談 してくれなかった事だけは怒りたいけど」 カキィン!と一際高い金属音。フリオニールが放ったストレートアローを、クラウドのバスターソードが弾いた音だった。 重くて小回りのきかない兵士の大剣は、その分防御に優れている。一撃の威力は勿論、盾にして体を守るのにも使えるのだ。無論、クラウドの腕力があって初めて扱いきれるのだが。「…でも。過去より何より、君にも未来に進んで欲しいのさ。乗り越えたフリオ ニール。練り越える為に戦ってるクラウド。…その姿、ちゃんと見なきゃ駄目だ よ?」 言葉よりも何よりも。彼らはその姿で生き様を示してくれるから。 眼を逸らさず、耳を塞がず、真正面から受け止めて欲しいと思う。ティーダの選択もまた、その先にある筈なのだから。「……頑張るッスよ」 力なく笑う彼の頭を撫でて、セシルは微笑む。本当は、凄まじい後悔と罪悪感に襲われていた。 何で彼は相談しなかったのかって? 違う。−−相談出来なかったのだ。ティーダをたった独りで走らせてしまったのは他でもない、自分達。 自分もまた、無知から来る愚かさで彼を追い詰めてしまった一人だから。「…とりあえず、先の問題はクラウドのことッス。クラウド自身の話もそうだけ ど…セフィロスの方にも問題あるよなぁ…」 ティーダの言う通りだ。自分はセフィロスと話したばかりだから分かる。彼がクラウドの記憶が戻るのを恐れている事を。その理由までは、クリスタルは教えてくれなかったけれど。 もしかしたら、ティーダは知っているのだろうか。「このままだと…セフィロスはクラウドの前に出て来てくれないかもしれないッ ス。だって下手に戦ってクリスタルが出現したら、セフィロスの今までの苦労は全部水の泡だ」 理由は知らないまでも、現状がけしてセフィロスにとって好ましくないと分かる。今まで通り輪廻を繰り返していれば、クラウドの記憶は消されたままであった筈だ。「でも、どうしてセフィロスはクラウドに記憶を取り戻して欲しくないんだろ?だってこのままだと…クラウドはずっとワケも分からないままセフィロスを憎み 続けることになるんだよ?憎まれて嬉しい人なんていないと思うんだけどなぁ」 まぁそういう特別なシュミのある人は別として。とても彼がそういう人種とは思えないのだが。「…自己満足かもしれないって、多分本人も分かってるんだ」 首を捻るセシルに、ティーダは静かに言った。「他に護る方法なんて知らないんだよ。知るにはあまりに…あの人は不幸すぎた 」 セフィロスに比べたら、俺なんかスッゴい幸せな部類だよ、と。そう付け加えた夢想の声が、いつまでもセシルの耳に残っていた。Last angels <想試し編> 〜4-29・兵士と英雄の約束U〜 心なんて、無ければいいのにと、思う。 温かい日差し。休日の公園は、若いカップルや家族連れで賑わっていた。走り回る子供達と、親の笑い声。なんだか幸せをお裾分けして貰った気がして嬉しくなる。 今は夏。桜の並木道はすっかり緑色だ。この涼しい木陰のベンチはお気に入りの場所である。今年の春は、丁度見頃の時期に豪雨が続き、まともに花見が出来なかったな、と思い出す。 そうだ。雨で散った桜が本社前の路上のアルファルトに張り付いて、清掃部門の者達が走り回っていたっけ。しかもあろうことか自分は濡れた桜の花びらで足を滑らせて、見事なまでのコケっぷりを披露してしまったのだった。 ああ、何でよりにもよって彼の前だったのか。 叙事詩マニアの同僚は、普段のクールさからは想像もつかないほど派手に笑ってくれたのだ。あまりにムカついたので、ちょっと本気で足を踏んでやった。奴もソルジャーだ、多少本気で踏まれたって何ともあるまい。痛がってはいたけれど。 来年の春は、どうだろう。自分はまあ、殉職でもしてなければ、来年も再来年も同じように神羅にいるのだろうし。僻地にでも飛ばされなければ(ありえないか、本社は“英雄”をミッドガルから離したくないだろうし)こうしてベンチで 昼寝する習慣も変わらない筈だ。 なら−−来年はちゃんと、花見がしたいなぁと思う。どこぞの子犬は花より団子だろうが、たまには馬鹿騒ぎも悪くない。あのナルシスト一歩手前な友人に堅物な友人、子犬というより大型犬な彼−−その誰かが企画しそうな気している。 ああ、きっと彼も来るだろう−−金髪チョコボ頭の、彼も。きっと相変わらずな仲間達にぶちぶち言いながら、きちんと弁当を用意して来るのだ。 うん。大したことではないけれど。少し楽しみかもしれない。「セフィロスさーん…こんなところでなにしてんですか」 「あ」 噂をすれば影。「クラウド。昨日はどうも」 そう挨拶すると金髪チョコボ−−クラウドは、心底呆れたように溜め息をついた。「色々ツッコみたいけどとりあえず二つだけ言わせて貰います」「色々?」「アンタ相手に色々言っても無意味なんで、諦めて二個に絞ったってことです」 なんだろう、今もの凄く馬鹿にされたような。やや釈然としないものを感じながらも、クラウドが続けたので尋ねるタイミングを逃す。「とりあえずその一。いい加減、俺に書類仕事丸投げすんのやめて下さい」「…だから“昨日はどうも”とお礼を言ったつもりなのだけれど」 そう返すと、クラウドは微妙な−−いや、そういう問題じゃないんだけどえっとさぁ−−的な顔をした。なんだろう。自分はそんなにおかしなことを言っただろうか。「…クラウドに任せた方が早いだろう。少なくとも俺がやるより三倍は早いから 」「自慢気に言うことじゃないですそれ…」 自慢しているように聞こえたのだろうか。気をつけなければ−−とは心の中で。「…いいですもう…。ツッコミどころその2。“英雄”が、こんなとこで寝ない で下さい。目立ちすぎ」 こんなところ、とは。今自分が横になっているベンチの上のことか?「何故だ?ベンチは寝る為のものだろう」「その認識がまず間違ってますから!…それにもう少し自分の容姿と知名度を自 覚して下さい、みんな見てるでしょ!神羅の英雄がこんなところで寝てるなんて…」 「いけないのか?」「……もう何て説明すりゃ分かってくれるんだよ…」 ううう、と頭を抱えて悩み出すクラウド。「さっきなんて写真隠し撮りされてましたから!…絶対どっかで高値で売りさば かれるよアレ…」 写真。気づかなかった。基本的に命の危険でもない限り、人の気配がしても平気で寝れてしまう性質であるとは自覚しているが。 それにしても自分なんぞの写真を撮って何が楽しいのか理解に苦しむ。英雄だのなんだのと無駄にもてはやされてはいるが、自分は芸能人でも政治家でもない。企業に雇われた社会人にすぎない筈、なのだが。 その疑問をそのまま口にしたら、クラウドにまたあきれた顔をされた。でもって“もういいです諦めました”とはどういう意味だ。そんなに自分は理解力が足 りていないのだろうか。「…半分寝ぼけて、何考えてたんです?」 体を起こしてベンチに座ると、クラウドも横に座ってきた。そういえば彼も今日は非番だったっけ、と思い出す。「来年の桜が、楽しみだと思って」「セフィロスさん、桜そんなに好きでしたっけ?」「桜が、というよりは」 思い出す。思い出して、どこか微笑ましい気持ちになる。「花が、好きなのかもしれない。…花は人を笑顔にするものだから」 綺麗な花が咲いている場所には、誰かの笑顔がある。花見の場所ではみんなが馬鹿みたいに笑っているし、花を育てる人は優しい顔をしている。 たくさんの花の揺れている場所には、銃声も爆音も無縁で。叶いそうにない夢すらも見させてくれる気がする。「今年は駄目だったけれど。来年は、皆で花見がしたいと思って」 明日生きているかも分からない場所にいる。だからこそ未来の話がしたい。 来年の桜はきっと綺麗に違いない。来年もきっと変わらず皆で笑えていられたらいい。それは祈るように、願うように。「で、俺は例のごとく弁当係ですか」「うん」「否定して下さいよもう!」 そう叫ぶクラウドが年相応でなんだか可愛いかったので、つい吹き出してしまった。クラウドもつられたのか、笑っていた。まるっきり子供の顔だった。「じゃあ、約束しますか。俺とあんたとザックスと、アンジールとジェネシスと…あ、カンセルとかレノとかもみんな呼んで。来年みんなでお花見」 クラウドが冗談まじりで小指を出してきたので、自分もそれに倣う。こういうところが本当にこの後輩の可愛いところだ。「みんなで一緒に桜…ううん、桜じゃなくてもいいから、お花見て。また馬鹿騒 ぎしましょうよ」「そうだな」 小さな小さなゆぎきり。 小さな小さな約束。 でも。きっと多分、とても大切な−−約束。「…情けない」 夢を見た。とても、悲しい夢を。 目覚めたセフィロスは、一番最初に呟く。 まだあの幸せだった頃に未練があるのだろうか。もう二度と、戻りはしないのに。 頬を伝う滴を拭いながら−−何度目になるかも分からぬ呟きを漏らす。「…すまない…クラウド……」 何を、今更。 謝って済むことなど、何一つありはしないのに。NEXT |
届かない、届いてはならない。