ここで決める。そう思って相手が勝負をかけてきた時こそ、最善手は読みやす いもの。クラウドは長年の勘から、相手のそういった動きを読むのに長けていた 。 フリオニールの必殺技である、マスターオブアームズ。彼が技を放った瞬間、 クラウドは素早く真横に飛んでいた。武器の嵐をかいくぐるように体を沈める。
「しまっ…」
マスターオブアームズは威力が高い分、外した時の隙も大きい。まさかこの近 距離で避けられるとは思ってもみなかったのだろう。 やられた、と彼の顔に大書きされた時には、クラウドは義士の懐に飛び込んで いた。そのまま体当たりの要領で吹っ飛ばす。 どうにか受け身はとったものの、すぐには反撃も防御もできなくなったフリオ ニール。マスターオブアームズを失敗したせいで武器の制御が乱れた上、全てが 手元を離れてしまっている。 その瞬間、勝敗は決していた。
「星よ…降り注げ!」
大剣を振りかざし、星を呼ぶ。メテオレイン発動。勿論威力は相当加減したが 、丸腰になったフリオニールの上から容赦なく隕石が降り注ぐ。半分は避けただ ろうが、残りは命中した筈だ。ついに彼は膝をつく。 しかし。そこで大人しく引き下がるほど、フリオニールは諦めのいい男では無 かった。
「まだ……終わっていない!」
僅かに油断した。クラウドが気付いた時には、制御を取り戻した武器達−−喉 元のすぐ側に迫る杖や槍や剣が。
「くっ…!」
完全に隙をつかれた攻撃に冷や汗が流れる。だが、その刃は全て寸前でピタリ と動きを止め、地面に落下していた。どうやらここでフリオニールも限界が来た らしい。 正直、クラウドは驚いていた。彼をけして見下していたわけではないが−−ど ちらかというと彼は単独戦闘向きではない。サシでの勝負なら自分が圧勝だと思 っていたのに−−ここまで肉迫されるなんて。 膝をついたまま、肩で息をする義士の側まで歩み寄る。
「大したものだ」
純粋な感嘆と賞賛の言葉。
「言っただろ。夢を……諦めない、と」
手を差し出すと、フリオニールは小さく笑みを浮かべて掴まってきた。そうい えば−−こうやって彼の手を握るのは初めてな気がする。コスモス陣営の中では 相当親しい部類に入るというのに。 もしかしたら−−自分は無意識のうちに、恐れていたのかもしれない。誰かの 温もりを感じる事。誰かの手を握る事。その優しさに溺れて、甘えてしまうのを −−酷く怖いと感じる。 誰かを愛する事も、誰かに愛される事も尊いと知りながら−−怯えていた気が する。その愛は、必ず失われるのが決まっている気がして。 いつか必ず亡くす夢なら、最初から見なければいい。いつから自分はそんな風 に思うようになったのだろう。
「ああ。だが…俺はおまえにはなれない」
フリオニールの手は、鍛錬の後が見えて−−豆と傷だらけだった。様々な武器 を扱う彼だから余計手を傷つけやすいのだろう。 傷だらけになりながら、それでも必死に夢を護ってきた人間の手。 自分は−−どう足掻いても、彼にはなれない。 「なぜだ?なぜ俺にはなれない…そういう発想になる、クラウド?」 「え?」 疑問符まではいい。が、その先は予想外の言葉だった。
「クラウドは俺じゃないだろう。俺にはなれない?当たり前じゃないか。クラウ ドはクラウドにしかなれない。それは当たり前の事で…同時に何物にも代え難い 事だろう」
義士は小さくケアルを唱えて、先程までのダメージを回復する。幾らか体力が 回復されたようで、一つ大きく息をつく。 「俺の夢は、俺の夢。…前から思ってたんだ。みんな…俺と完全に同じ夢なんか 見ちゃいないって。みんな自分の自分自身のビジョンがあるから戦い続けられる んだろうなって」 「自分自身の、ビジョン…」 「そう。だから、俺の夢をクラウドが見ようと頑張っても、それは借り物でしか ないんだ。…誰かのアドバイスを聞く事はできても、最後に決断するのは自分一 人なんだからさ。クラウドはクラウドの夢を見つけなくちゃ、意味が無いんだと 思う」 自分の夢。自分だけの夢。そんなもの−−あるのだろうか。 クラウドは目を閉じて考えて−−やがて俯き、静かに首を振った。
「…確かに…俺にもあった気がするんだ。お前みたいな戦う理由や…叶えたい夢 が。それなのに…」
記憶と一緒に、どこか遠い場所に置き去りにしてしまったきりで。 ぼんやりとした闇の中に霞んでしまうばかり。手を伸ばしても叫んでも−−指 先すらも掠ってはくれない。
「探しても、見つからないんだ。夢を持たない俺は、どうしたらいいと思う?」
今の自分の手の中には何もない。もはやそんな夢が本当にあったのかすら、あ やふやになってしまった。
「…その答え。俺が決めていいのか?間違いなく後悔すると思うけどな」
クラウドは顔を上げる。優しい戦士の眼をした青年がそこにいた。
「どうしたらいいか?…分からないから探すんだろ。知らないから足掻くんだろ …見つける為に。でもそのヒントはさ、すっごく簡単なところに転がってる気が するけどな」
フリオニールが何を言いたいのか、分かった気がした。それでもまだ迷ってい る自分が歯がゆい。けれども。 「捜してみろよ。見つからないなら、見つかるまで。答えって簡単に手に入らな いから、意味があるんだと思う」 「しかし…」 彼は、セフィロスに逢って、自分の答えを見つけに行けと言っているのだ。そ れがクラウドにとって簡単ではなくて−−だからこそクラウドの為と知っている から。 「行ってきなよ、クラウド」 「おまえたち…」 いつから見ていたのだろう。ひょっこりと壁の向こうから、セシルが顔を出す 。その隣にはティーダの姿も。 「応援するッスよ!大丈夫、のばらにだって出来たんだから、クラウドにできな い筈ないって〜」 「それはどーいう意味だー?ティーダ」 「い、痛い痛い!耳引っ張んないでイッタイ!」 それぞれが、彼らなりの言葉で背中を押してくれている。後はクラウドが踏み 出すだけだ、と。
「どんなクラウドだって、クラウドだ。クラウドが悩んで悩んで見つけた答えな ら、みんな大歓迎なんだからさ」
セシルのその一言が、決断させた。クラウドは頷く。
「分かった…やってみる」
やる前から諦めたら、後悔する。きっと自分はそれが分かっていて−−だから 眼を背けたかったのだ。 やって失敗したらどうしよう、なんて。そんな風にみっともなく怯えていたっ て、何も変わりはしないのに。
「行ってこい。ただし、答えを見つけたら、俺たちにちゃんと教えるんだぞ」
フリオニールの後ろで、ティーダがガッツポーズし、セシルが頷く。 かけがえのない、仲間達。大丈夫−−自分は独りじゃ、ない。
「わかった。…約束する」
Last angels <想試し編> 〜4-30・兵士と英雄の約束V〜
夢の終わり。そう呼ばれる廃墟のような空間には今、セフィロス一人だけだっ た。 このエリアは、あのティーダとジェクト親子の出身地が元になっていると聞く 。かつては機械都市として栄えた太古の街−−ザナルカンド。その滅びを受け止 められなかった召喚士達が生み出したのは、あまりにも悲しい幻想と夢想。 彼らの異名はそのまま、彼ら自身の本質を表している。“存在しない者”であ り、“生まれながらの死者”である彼らの宿命を。
−−生み出した者は、考えなかったのか。生み出された者達がどれほどの絶望に 襲われるのか…どれほど傷つくか。
一瞬、自分の両親−−そう呼ぶ事すらおこがましい二人を思い出してしまった 。首を振り、無理矢理にでも忘れようとする。 自分もまた、彼らの都合で造り出された存在だった。だが−−もうその真実で 自分は傷ついてはいけない。そんな資格はない。あまりにたくさんの物を、罪も ない人たちから奪い去ったのだから。 それでも、思う。 人の業はどうして巡るばかりなのだろう。人の罪は消えるものではないとして も、何故過ちは繰り返され、学ばれる事が無いのか。ティーダの生きた時代など 、自分達より遙か遠い昔である筈なのに。
−−戦争、か。
いつだったか同僚がこぼしていた。平和な世界って誰もが夢見るし、素敵だと は思うけれど−−そうなったら自分達軍人は失業しなきゃいけないだろうな、と 。 酒の場だった。多分呟いた彼は疲れていたのだろう。そうでなければ思ってい ても口にはすまい−−それはとても、残酷な話であったから。 もし、ファンタジーや御伽噺のエンディングに見られるような平和が訪れたな ら。自分達はその時点で、武人である事をやめなければならないのだろう。武力 は人に畏怖を抱かせ、不安を煽り、争いの火種になりかねない。兵士たる誰もが そんな事は望んでいなかったとしても。 そんな日は、人が人である限り永遠に来る事は無いのだろう。誰かが笑ってい る時、誰かは必ず涙を流す。自分達には、その現実を受け止めて、忘れないと誓 う事くらいしかできない。 それでも−−仮定するくらいは自由な筈だ。もし本当にそんな世界になって、 自分がその時まだ生きていたとしたら。
−−多分…生きている価値を、失うのだろうな。
こんな力なんて、要らない。だが皮肉な事に、人間兵器として確立されてしま っている自分の存在価値は、力なくしては有り得ないと知っている。 戦い、壊す為だけに生み出された生きた兵器。本当の意味で人形なのはクラウ ドじゃない、自分の方だとセフィロスは知っていた。 だから多分。平和を望みながら−−心の何処かで恐れていたのかもしれない。 平和な世界が来た時、生きているのが怖い、と。そう、それはあのウォーリア・ オブ・ライトが自らに抱く“恐れ”に酷く似ている。 馬鹿げてる。今尚存在価値を求めようなんて、愚かしいにもほどがある。本来 なら自分は、生きている事すら赦されない存在だというのに。
−−戦争。飢餓。差別。…世界は絶望だらけだ。
輪廻の外にある世界。そこは楽園とはほど遠い−−地獄にも等しい場所だと知 っている。 あの星を巡る戦いだけではない。幼い頃から自分は戦争を見、テロと戦い、人 の業を嫌というほど味わってきた。 あのティーダという少年の悲劇の元になったのも、戦争で。後にティナ達の時 代には魔大戦として伝えられるあの戦いが−−彼の、彼らの運命の歯車を狂わせ た。 変わらない。変わらない。何千年と経っても、何一つ。 「そんな世界に…クラウドを投げ出したくない…」 「本当にそう思ってますか、セフィロス?」 涼やかな声。セフィロスは顔には出さずに−−内心相当驚いていた。
「…何の用だ、コスモス」
まさか、混沌軍たる自分の前に、彼女がたった一人で現れるなんて。
「あなたと、話してみたかった。それでは駄目ですか?」
秩序の女神は、そう言って微笑む。文字通り、聖母のように。
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誰かじゃない、たった一人の。