天然馬鹿だの、何を考えてるかよく分からない、だの−−散々言われるセフィ ロスだったが。 自分に言わせればこの女神だって充分“よく分からない奴”である。たまに大 真面目に突拍子もない事を言い出して味方を混乱させたり、抽象的すぎる物言い で斜め上の発想をいったりする−−らしい。いや、その大半はカオスの愚痴聞き 役のガーランドやブラコン弟にべったりのゴルベーザから聞いた話だが。 今だってそう。 敵陣−−それも、カオス陣営の中でも相当危険視されているであろう自分の元 に、のこのこ出て来るなんて。コスモスが消えればその時点で彼女の駒達は全滅 する−−それが分かっているのかいないのか。 いや−−分かっていて出て来ているからこそ問題な気がする。
「…単刀直入に訊きますね」
一体何を話せばいいのやら。セフィロスが対応に困っていると、コスモスの方 が先に口を開いた。
「あなたは…今のクラウドが本当に幸せに見えますか?」
直球。じっと秩序の女神を見る。冗談でもカマかけでもなく、大真面目な言葉 だとその眼が言っている。 だから−−セフィロスは沸騰しそうになった感情と、つい口をつきそうになっ た言葉を必死で押さえこんだ。お前に何が分かる−−その一言を。
「…あなたにだけは、言われたくない」
どうにか感情を殺して、それだけを告げる。
「もし今のクラウドが不幸に見えるなら。…その不幸を知りながら放置していた のはあなた方だろう」
知っている。彼女達はこの世界の真実を知りながら、自らの駒達が惨い殺し合 いを繰り返すのが分かっていながら−−今まで何の手も打とうとはしなかった。 ただ悲劇のヒロインを気取って嘆いていただけではないか。 クリスタルだか何だか知らないが、今更すぎる。策があるなら何故もっと早く 手を打たなかった?何故もっと早く決意しなかった?
「それでも神か」
嫌いだ。大嫌いだ−−神を名乗るもの、全てが。 神様お願いします、どうか助けて下さい−−なんて。祈る事は幼児の頃には既 にやめている。願いが叶うなんで誰が決めた?祈れば報われるなど誰が言った? 願っても願っても−−悪夢のような現実は何一つ変わりはしなかった。 世界は理不尽で、不平等。幼心に気付いた瞬間、セフィロスはあらゆる祈りを 捨てた。 神様などいない。いないからこの世界のバランスは崩れたまま廻るのだ、と。 ならば誰かを恨んでも誰かに希っても無意味ではないか。仕方ないではないか。 そう考える事で−−幸せを諦めたのだ。 神はいない。こんな不平等な世界にいていい筈がいない。ずっとそう思ってい られたなら、世界を憎まずに済んだのに−−。 この世界に召喚され、知ってしまった。 神は存在する。存在したのに−−理不尽から眼を背ける事しかしていない。 もう、あの日以上の絶望を感じる事など無いと思っていたのに−−まだ絶望す る心が残っていた自分に驚いた。まだ傷つく事のできる自分に、傷ついた。
「あなたの言う通り…この世界で、私達こそ最も愚かだったのでしょう。あなた にも、皆にも…謝っても謝りきれない事をしました。赦してなんて言えない…言 える筈が無い…」
でもね、と彼女は呟くように言う。
「神はけして…万能じゃない。あなたも分かってたのでしょう?祈るだけで願い を叶えてくれるような、都合のいい存在なんて…人が作り出したまやかしだと」
否定は、しなかった。なんとなく、彼女は自分の過去も、傷も知った上で話し かけてきたのだろうな、と思う。 そうだ。まやかしなのだ。 だから自分はあの支配された旅の中、それでも一部の人間達を、自分の心で軽 蔑していた。神よ、と有りもしない偶像に祈る姿に嫌悪すら抱いた。 それは神に誓いを立て、決意する者達とは違う。ただ理想だけを集めた聖人に 縋る、他力本願にすぎない。 彼らには努力する力も資格もあっただろうに。それをしないで祈ってられる者 達が酷く恨めしくて−−妬ましくて。 「祈って叶った夢があるなら…それはその人が努力して勝ち取ったものなのです 。神の加護などでは、なく」 「なるほど?あなたは私の願いが叶わなかったのは、努力が足りなかった結果だ と言いたいわけか」 半分は八つ当たりだ。分かっていながら、皮肉をそのまま吐き出した。コスモ スは悲しげに眼を伏せて、静かに首を振った。
「セフィロス…あなたは、他人頼って努力を怠ったわけじゃない。神を信じない 分、自分の力で必死に生き抜こうとしていたと…私は、知っています。それでも ……叶わない願いもある。それもまた、現実」
無意識かもしれない。しかし彼女は今、過去形で話した。それは今のセフィロ スの話ではないのだ−−と言うように。
「それでも…願い続けて、立ち上がり続ければ…可能性は広がっていくのです。 それを…みんなが証明してくれました。だから、私も逃げずに立ち向かう決意を 決められたのです」
“みんな”。その言葉に、セフィロスは顔を上げる。
「その中に…クラウドも入っているか?」
答えの分かりきった問いだった。分かっていながら問うていた。 「勿論です。彼の強さは、あなたが一番よく知っているのでしょう」 「…うん」 知っている。クラウドは−−何度血で汚れても、心が壊れても、魂が砕けても −−立ち上がり続けた。かつていた世界でも、この閉じた世界でも。その強さは 、記憶を消されて尚変わる事なく。
「…今のクラウドも、確かに幸せなのでしょう。本人もそう思っている。でも… 真実に怯える心が何処かにある以上、前に進むのは難しい。今の彼は、振り返る 事も出来ずに立ち止まってしまっています」
緩やかに顔を上げる。本当は激しく動揺していた。この世界こそ彼の幸せだと 信じながら−−そう自らに言い聞かせていた自分に気付いたのだ。 何故言い聞かせなければならなかったのか。簡単だ。本当はクラウドが−−立 ち止まった時の中、前にも後ろにも進めずにうずくまっている事を、知っていた から。 未来に怯えていたせいで、クラウドが心から笑えていなかった事が、分かって いたのに。
「…絶望を知って尚立ち上がれる強さは、何者にも代え難いもの。…クラウドな ら、例え心折れる事あっても、立ち上がる事ができる。立ち上がって本当の幸せ を掴める。…あとは、あなたがそれを信じるだけ。違いますか?」
セフィロスは沈黙した。YESともNOとも言えないまま、視線をさまよわせる。ど ちらの答えも受け入れられない。自分は間違っていたのだろうか−−いや、しか し、けれど。 そうこう考えているうちに、女神は光となって消えてしまった。ひとひらの言 葉を遺して。
「償いをやめろとは言いません。けれど…あなたもそろそろ、自分を赦してあげ たらどう?」
Last angels <想試し編> 〜4-31・兵士と英雄の約束W〜
セフィロスのいるであろう−−星の体内エリア。そこまで行くにはやや長く歩 く必要があった。その道中−−クラウドは偶然にも、ティナと再会する事になる 。 彼女は一人、月の渓谷で夜空を見上げていた。 「…一人か?あとの三人はどうした?」 「クラウド…久しぶり」 「久しぶりっていうほど前でもないだろ」 「あはは。そうだね」 気のせいか、彼女は明るくなった気がする。試練を乗り越えて、クリスタルを 手にしたせいだろうか。それとも−−自分自身の一番強いキモチに、気付けたか らなのかもしれない。
「もう遅い時間だから。あっちの洞穴で野宿中。ケフカとオニオン、疲れて寝ち ゃってるから、暗闇の雲が側についてる。起こさないであげてね」
そういう彼女は、優しく強かな姉の顔をしていた。護りたいものを見つけた顔 だ。そんな眼をした女性を−−前にも見たことがある気がする。 「…クラウド、迷ってるでしょ?」 「え?」 「わかるよ。ちょっと前までの私と、おんなじ顔してる」 いっぱい迷えばいいよ、と笑うティナ。
「迷って迷って足掻いて足掻いて手に入れた答えなら…私もみんなも大歓迎。ク ラウド自身も、どんな結果になったって…きっと前に進んでいけると思うから」
フリオニールと同じことを言う。何だかおかしくて、切なくて−−つい下を向 く。セフィロスに会って真実を確かめる−−そう決めながら、まだ何かに怯える 自分がいるのも確かで。
「…戦う理由を、探してるんだ。フリオニールの夢は知ってるだろ?…『のばら の咲く世界』。あいつは…『夢があるから、諦めずに戦える』と言った」
それが彼の闘う理由。けれど−−自分は彼にはなれないという、決定的な理由 でも、ある。 「あの潔さは、たまにうらやましくもなる」 「まっすぐで、すてきだね」 「そのまっすぐさに…俺達はきっと惹かれてついてったんだろうな…」
もしかしたら。自分に無い光だからこそ−−焦がれたのかもしれない。まるで 光に誘われる羽虫のように。
「クラウドには、どんな夢があるの?」
ティナの問いもまた、真っ直ぐで。一瞬、泣き出しそうになった顔を見られた くなくて−−彼女から眼を背けるように、俯く。 「俺はなくしたんだ」 「え?」 遠い遠い思い出の中に置き忘れてきた、何か。自分はそれを見つけたくて−− 走ってきたような気がする。なのに近付けば近付くほど、景色は遠ざかるばかり 。 やがて気付いた。景色が遠ざかったのではなく−−自分の足が止まっていたこ とに。 話を逸らしたくて、尋ね返す。そういうあんたはどうなんだ、と。
「私もね、ずっと分からなかった。本当の意味での未来って、考えたこと…なか った。先のことなんて、ずっと怖いだけのものだったから。あなたも、そうだっ たんじゃない?私達、どこか同じ眼で世界を見てた気がする。何かに怯えながら 、必死で」
そうかもしれない。クリスタルを手に入れるまでの彼女は、力に怯えて立ち竦 んでいた。真実に怯える、自分と同じように。
「けど、今は……私にも、見たい景色ができたから」
ティナは振り向く。ふわり、と桜の花が咲いたような優しい笑みを浮かべて。 「ねぇ、同じ夢を見るのはどうかな」 「同じ?のばらの咲く世界か?」 「うん。同じだけど、違う夢。クラウドが一番見たい夢を見るのよ。私の見たい 景色の中では…のばらだけじゃない。きっといろんな花が咲いてるんだと思う。 私の好きな花も、あの子の好きな花も。そんな世界を、みんなと一緒に見てみた いって」 その姿に−−誰かを思い出しそうになって、クラウドは目を見開く。
「それがね…恐れるだけじゃない未来。そんな想いが一つ、あれば…迷うことが あっても、心は揺らがないはず」
簡単に叶う夢じゃない。分かっていながら、彼も彼女も夢を語る。 その理由が、やっと分かった気がする。
「クラウドは…あなたの見たい景色を見つける為に、今できる精一杯をすればい いんじゃないかな?それが今、あなたの闘う一番の理由になるんじゃない?」
NEXT
|
幻想の、夜明け。