天然馬鹿だの、何を考えてるかよく分からない、だの−−散々言われるセフィ
ロスだったが。
 自分に言わせればこの女神だって充分よく分からない奴である。たまに大
真面目に突拍子もない事を言い出して味方を混乱させたり、抽象的すぎる物言い
で斜め上の発想をいったりする−−らしい。いや、その大半はカオスの愚痴聞き
役のガーランドやブラコン弟にべったりのゴルベーザから聞いた話だが。
 今だってそう。
 敵陣−−それも、カオス陣営の中でも相当危険視されているであろう自分の元
に、のこのこ出て来るなんて。コスモスが消えればその時点で彼女の駒達は全滅
する−−それが分かっているのかいないのか。
 いや−−分かっていて出て来ているからこそ問題な気がする。
 
単刀直入に訊きますね」
 
 一体何を話せばいいのやら。セフィロスが対応に困っていると、コスモスの方
が先に口を開いた。
 
「あなたは今のクラウドが本当に幸せに見えますか?」
 
 直球。じっと秩序の女神を見る。冗談でもカマかけでもなく、大真面目な言葉
だとその眼が言っている。
 だから−−セフィロスは沸騰しそうになった感情と、つい口をつきそうになっ
た言葉を必死で押さえこんだ。お前に何が分かる−−その一言を。
 
あなたにだけは、言われたくない」
 
 どうにか感情を殺して、それだけを告げる。
 
「もし今のクラウドが不幸に見えるなら。その不幸を知りながら放置していた
のはあなた方だろう」
 
 知っている。彼女達はこの世界の真実を知りながら、自らの駒達が惨い殺し合
いを繰り返すのが分かっていながら−−今まで何の手も打とうとはしなかった。
ただ悲劇のヒロインを気取って嘆いていただけではないか。
 クリスタルだか何だか知らないが、今更すぎる。策があるなら何故もっと早く
手を打たなかった?何故もっと早く決意しなかった?
 
「それでも神か」
 
 嫌いだ。大嫌いだ−−神を名乗るもの、全てが。
 神様お願いします、どうか助けて下さい−−なんて。祈る事は幼児の頃には既
にやめている。願いが叶うなんで誰が決めた?祈れば報われるなど誰が言った?
願っても願っても−−悪夢のような現実は何一つ変わりはしなかった。
 世界は理不尽で、不平等。幼心に気付いた瞬間、セフィロスはあらゆる祈りを
捨てた。
 神様などいない。いないからこの世界のバランスは崩れたまま廻るのだ、と。
ならば誰かを恨んでも誰かに希っても無意味ではないか。仕方ないではないか。
そう考える事で−−幸せを諦めたのだ。
 神はいない。こんな不平等な世界にいていい筈がいない。ずっとそう思ってい
られたなら、世界を憎まずに済んだのに−−。
 この世界に召喚され、知ってしまった。
 神は存在する。存在したのに−−理不尽から眼を背ける事しかしていない。
 もう、あの日以上の絶望を感じる事など無いと思っていたのに−−まだ絶望す
る心が残っていた自分に驚いた。まだ傷つく事のできる自分に、傷ついた。
 
「あなたの言う通りこの世界で、私達こそ最も愚かだったのでしょう。あなた
にも、皆にも謝っても謝りきれない事をしました。赦してなんて言えない
える筈が無い
 
 でもね、と彼女は呟くように言う。
 
「神はけして万能じゃない。あなたも分かってたのでしょう?祈るだけで願い
を叶えてくれるような、都合のいい存在なんて人が作り出したまやかしだと」
 
 否定は、しなかった。なんとなく、彼女は自分の過去も、傷も知った上で話し
かけてきたのだろうな、と思う。
 そうだ。まやかしなのだ。
 だから自分はあの支配された旅の中、それでも一部の人間達を、自分の心で軽
蔑していた。神よ、と有りもしない偶像に祈る姿に嫌悪すら抱いた。
 それは神に誓いを立て、決意する者達とは違う。ただ理想だけを集めた聖人に
縋る、他力本願にすぎない。
 彼らには努力する力も資格もあっただろうに。それをしないで祈ってられる者
達が酷く恨めしくて−−妬ましくて。
「祈って叶った夢があるならそれはその人が努力して勝ち取ったものなのです
。神の加護などでは、なく」
「なるほど?あなたは私の願いが叶わなかったのは、努力が足りなかった結果だ
と言いたいわけか」
 半分は八つ当たりだ。分かっていながら、皮肉をそのまま吐き出した。コスモ
スは悲しげに眼を伏せて、静かに首を振った。
 
「セフィロスあなたは、他人頼って努力を怠ったわけじゃない。神を信じない
分、自分の力で必死に生き抜こうとしていたと私は、知っています。それでも
……叶わない願いもある。それもまた、現実」
 
 無意識かもしれない。しかし彼女は今、過去形で話した。それは今のセフィロ
スの話ではないのだ−−と言うように。
 
「それでも願い続けて、立ち上がり続ければ可能性は広がっていくのです。
それをみんなが証明してくれました。だから、私も逃げずに立ち向かう決意を
決められたのです」
 
 みんな。その言葉に、セフィロスは顔を上げる。
 
「その中にクラウドも入っているか?」
 
 答えの分かりきった問いだった。分かっていながら問うていた。
「勿論です。彼の強さは、あなたが一番よく知っているのでしょう」
うん」
 知っている。クラウドは−−何度血で汚れても、心が壊れても、魂が砕けても
−−立ち上がり続けた。かつていた世界でも、この閉じた世界でも。その強さは
、記憶を消されて尚変わる事なく。
 
今のクラウドも、確かに幸せなのでしょう。本人もそう思っている。でも
真実に怯える心が何処かにある以上、前に進むのは難しい。今の彼は、振り返る
事も出来ずに立ち止まってしまっています」
 
 緩やかに顔を上げる。本当は激しく動揺していた。この世界こそ彼の幸せだと
信じながら−−そう自らに言い聞かせていた自分に気付いたのだ。
 何故言い聞かせなければならなかったのか。簡単だ。本当はクラウドが−−立
ち止まった時の中、前にも後ろにも進めずにうずくまっている事を、知っていた
から。
 未来に怯えていたせいで、クラウドが心から笑えていなかった事が、分かって
いたのに。
 
絶望を知って尚立ち上がれる強さは、何者にも代え難いもの。クラウドな
ら、例え心折れる事あっても、立ち上がる事ができる。立ち上がって本当の幸せ
を掴める。あとは、あなたがそれを信じるだけ。違いますか?」
 
 セフィロスは沈黙した。YESともNOとも言えないまま、視線をさまよわせる。ど
ちらの答えも受け入れられない。自分は間違っていたのだろうか−−いや、しか
し、けれど。
 そうこう考えているうちに、女神は光となって消えてしまった。ひとひらの言
葉を遺して。
 
「償いをやめろとは言いません。けれどあなたもそろそろ、自分を赦してあげ
たらどう?」
 
 
 
 
 
 
Last angels <想試し編>
4-31・兵士と英雄の約W〜
 
 
 
 
 
 セフィロスのいるであろう−−星の体内エリア。そこまで行くにはやや長く歩
く必要があった。その道中−−クラウドは偶然にも、ティナと再会する事になる
 彼女は一人、月の渓谷で夜空を見上げていた。
一人か?あとの三人はどうした?」
「クラウド久しぶり」
「久しぶりっていうほど前でもないだろ」
「あはは。そうだね」
 気のせいか、彼女は明るくなった気がする。試練を乗り越えて、クリスタルを
手にしたせいだろうか。それとも−−自分自身の一番強いキモチに、気付けたか
らなのかもしれない。
 
「もう遅い時間だから。あっちの洞穴で野宿中。ケフカとオニオン、疲れて寝ち
ゃってるから、暗闇の雲が側についてる。起こさないであげてね」
 
 そういう彼女は、優しく強かな姉の顔をしていた。護りたいものを見つけた顔
だ。そんな眼をした女性を−−前にも見たことがある気がする。
クラウド、迷ってるでしょ?」
「え?」
「わかるよ。ちょっと前までの私と、おんなじ顔してる」
 いっぱい迷えばいいよ、と笑うティナ。
 
「迷って迷って足掻いて足掻いて手に入れた答えなら私もみんなも大歓迎。ク
ラウド自身も、どんな結果になったってきっと前に進んでいけると思うから」
 
 フリオニールと同じことを言う。何だかおかしくて、切なくて−−つい下を向
く。セフィロスに会って真実を確かめる−−そう決めながら、まだ何かに怯える
自分がいるのも確かで。
 
戦う理由を、探してるんだ。フリオニールの夢は知ってるだろ?『のばら
の咲く世界』。あいつは『夢があるから、諦めずに戦える』と言った」
 
 それが彼の闘う理由。けれど−−自分は彼にはなれないという、決定的な理由
でも、ある。
「あの潔さは、たまにうらやましくもなる」
「まっすぐで、すてきだね」
「そのまっすぐさに俺達はきっと惹かれてついてったんだろうな
 
 もしかしたら。自分に無い光だからこそ−−焦がれたのかもしれない。まるで
光に誘われる羽虫のように。
 
「クラウドには、どんな夢があるの?」
 
 ティナの問いもまた、真っ直ぐで。一瞬、泣き出しそうになった顔を見られた
くなくて−−彼女から眼を背けるように、俯く。
「俺はなくしたんだ」
「え?」
 遠い遠い思い出の中に置き忘れてきた、何か。自分はそれを見つけたくて−−
走ってきたような気がする。なのに近付けば近付くほど、景色は遠ざかるばかり
 やがて気付いた。景色が遠ざかったのではなく−−自分の足が止まっていたこ
とに。
 話を逸らしたくて、尋ね返す。そういうあんたはどうなんだ、と。
 
「私もね、ずっと分からなかった。本当の意味での未来って、考えたことなか
った。先のことなんて、ずっと怖いだけのものだったから。あなたも、そうだっ
たんじゃない?私達、どこか同じ眼で世界を見てた気がする。何かに怯えながら
、必死で」
 
 そうかもしれない。クリスタルを手に入れるまでの彼女は、力に怯えて立ち竦
んでいた。真実に怯える、自分と同じように。
 
「けど、今は……私にも、見たい景色ができたから」
 
 ティナは振り向く。ふわり、と桜の花が咲いたような優しい笑みを浮かべて。
「ねぇ、同じ夢を見るのはどうかな」
「同じ?のばらの咲く世界か?」
「うん。同じだけど、違う夢。クラウドが一番見たい夢を見るのよ。私の見たい
景色の中ではのばらだけじゃない。きっといろんな花が咲いてるんだと思う。
私の好きな花も、あの子の好きな花も。そんな世界を、みんなと一緒に見てみた
いって」
 その姿に−−誰かを思い出しそうになって、クラウドは目を見開く。
 
「それがね恐れるだけじゃない未来。そんな想いが一つ、あれば迷うことが
あっても、心は揺らがないはず」
 
 簡単に叶う夢じゃない。分かっていながら、彼も彼女も夢を語る。
 その理由が、やっと分かった気がする。
 
「クラウドはあなたの見たい景色を見つける為に、今できる精一杯をすればい
いんじゃないかな?それが今、あなたの闘う一番の理由になるんじゃない?」
 
 
 
 
 
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幻想の、夜明け。