−−被験体No.17、セフィロス。
正式な文書によれば、彼の本名は母方の姓となっている。セフィロス=クレシ ェント。しかし、その名前で彼を呼んだ人間はおらず、彼自身も今に至るまで自 分の姓は知らない。 享年二十四歳。というのも、彼は文書の上では七年前にクラウドの手で殺害さ れた事になっており、彼自身の肉体もその段階で滅びているからである。七年間 、死亡時の美貌を保ったままライフストリームをさ迷った英雄。何故そんな事に なったのか。 この世界に召喚された者達は皆、過酷な過去を背負って生きてきたと言える。 生体実験のモルモットにされた者。大切な存在を運命に奪われた者。自らの意志 を奪われ操り人形にされた者。近親者から虐待されて育った者。望まぬ争いに駆 り出されて地獄を見た者−−。 しかし。我々支配者の主観で言うならば、彼が最も過酷な人生を歩んできたの ではないかと思う。前述した悲劇を、全て経験したのが彼なのだから。 神羅カンパニー最初のソルジャーにして最強の戦士。何も知らない者にとって 彼は伝説の英雄であり、知る者にとっては狂った堕天使であった。その認識はど ちらも正しく、同時にどちらも間違っている。隠された真実を、我々ですら探り 当てるには苦労した。 神羅がソルジャーという最強の人間兵器を生み出し、数多の戦争やテロに勝利 し、大企業にまでのし上がった背景には−−セフィロスの人生を丸々犠牲にした 事が大きい。 彼はソルジャーになる為、ひいては人殺しの道具とされる為だけに生み出され た存在だった。彼の両親は二人ともが神羅の科学者。彼らはまだ胎児のうちから 我が子を人体実験に利用したのである。 彼の幼少期は目も当てられない。体中をなぶり回される生体実験は虐待にも等 しいもの。オニオンよりも幼い頃に前線に駆り出され、戦場と研究室を行き来し た。
−−痛いよ。気持ち悪いよ。怖いよ。…嫌だよ。…泣き叫んでも、世界は何も変 わらなかった。だから。
思えば。彼の人格分裂はジェノバのせいのみならず、この過酷な環境にあった 気がしてならない。少年の腕は注射針だらけ。全身は生傷と手術後だらけ。実の 両親の存在すら知らないまま−−大人になり英雄と呼ばれて讃えられるようにな っても、何も変わらなかった。 いや−−セフィロス自身は変わっただろう。 誰かに救いを求める事をしなくなり。期待する事もなくなり。どんなに酷い目 に遭っても心を殺して耐える事を覚え−−戦場ではそうなる前に、“上手に”人 を殺せるようになった。 神羅に言われるまま、実験と戦争に身体も魂も提供し続けた天使。 だからこそ−−かもしれない。彼は自分にできる事を他人の為にする事を惜し まなかった。自分の価値を下げ続けた分他人を貴んだ。無意識のうちに仲間が増 えていったのは、彼のそんな気質もあってだろう。 本当は−−悲しいほど、優しくて心の綺麗だった英雄。
−−人形は、俺だった。自分の意志では指先一つ動かそうとしなかった子供の頃 。だから…クラウドには、俺と同じにはなって欲しくなかった。
科学者達のモルモットでもなく、英雄という偶像でもない、セフィロスを一人 の人間として見てくれた仲間達。分け隔てなく接してくれるザックス。兄貴分の アンジール。ライバルにして親友のジェネシス。そして−−年下のクラウドを、 セフィロスは弟のように想っていた。 彼らがいれば、明日死ぬかもしれぬ戦場も、吐き気を催すような実験にも耐え られる。その日々こそ彼の人生で最初にして最後の幸せだったかもしれない。 その幸せは、あっけなく崩れた。 人体実験によって生み出されたソルジャー達−−その多くが、体調に異変をき たし始めたのだ。それは彼らがソルジャーになる際に埋め込まれたジェノバ細胞 の副作用。それはセフィロスや仲間達とて例外ではなく。 ジェノバ。それは、二千年前に飛来した謎の生命体。神羅カンパニーはジェノ バが齎す莫大なパワーの恩恵にあやかりながら、その恐るべき正体を知らなかっ た。 生きたままアンジールやジェネシスの身体は朽ち始め、セフィロスは時折奇妙 な記憶の断絶を経験するようになる。生きたまま化け物になるのを恐れたアンジ ールはザックスに死を懇願し、ジェネシスは狂気に墜ちて行方をくらました。 そして、セフィロスは。
−−クラウドの故郷にあった施設。偶然ながらそこの資料で知ってしまった…俺 は実の両親にモルモットにされてきたのだと。
生まれながらも化け物。自身の真実を知った時セフィロスは絶望に負け−−弱 った精神をジェノバに乗っ取られてしまった。 ジェノバの目的は今でも不明な点が多い。彼らの世界を支配する為に、操り人 形にしたセフィロスの身体を利用したのかもしれない。 その後は、クラウドの項で語った通り。ジェノバに操られたセフィロスはクラ ウドの故郷を焼き、あれほど愛した筈の仲間達を傷つけ−−結果としてザックス を死へと追いやってしまった。 セフィロスが豹変したように見えたのは当然だ。その事件以降の全ての破壊活 動は、セフィロスの意志では無かったのだから。
−−死にたい。死にたい。死にたい。なのに自分じゃ終われない。……殺して、 クラウド。
彼の親友を、仲間を、故郷を、家族を。奪った挙げ句、自分の存在こそが世界 を滅ぼそうとしている。殺されてもなお蘇ってしまう自分の身体。 耐えられない。セフィロスは僅かに残った自我の中で、クラウドに自分を殺し てくれるよう切望した。やがて三度目の死の時−−それは悲劇が起きてから七年 以上が経過していた−−ついに口に出してしまったのである。 すまないクラウド、殺してくれてありがとう−−と。 その一言で、クラウドは全てを悟ってしまう。あれほど敬愛した人を憎み続け て殺した自分。その彼は本当はただ操られただけであり、殺されて尚自分をずっ と想ってくれていた現実。 元より実験による後遺症で、精神が虚弱な彼である。さらに残酷すぎる真実を 背負うには−−あまりにクラウドは優しすぎた。 後悔と自己嫌悪で死ねるなら、きっとセフィロスもクラウドもとうにこの世に いないだろう。彼らは互いに自らを責め続けた。召喚を受けたのは、クラウドが 完全に壊れてしまった後である。
−−記憶を無くした事で、また笑えるようになったクラウドを見て本当に安心し た。…それでいい。この世界にいればずっと忘れたままでいられる。故郷を失っ た事も、俺なんかと“仲間”であった事も…その俺を殺して、後悔してしまった 事も…全部。
Last angels <想試し編> 〜4-33・兵士と英雄の約束Y〜
マテリア−−星の生命、ライフストリーム。その結晶と同じ形のクリスタルが クラウドの元に現れた時、彼の近くにいたのはセフィロスだけでは無かった。 彼を心配して、こっそり物陰から様子を見ていたティナとオニオン。 同じくこっそりクラウドの後をつけていたフリオニール。 彼らは皆−−揃ってクリスタルの光を浴び、知ったのである。クラウドとセフ ィロスの過去を。クラウドが何故セフィロスを憎んでいたのか、セフィロスが何 故ガーランドに加担してまで輪廻を続けたがっていたのかを。
「…悲しいよ」
ポツリ、とティナが呟く。
「悲しすぎるよ。こんなの…二人とも、何も悪くないのに」
フリオニールは顔を上げる事が出来なかった。やっと分かったのである−−ク ラウドが時々、酷く眩しそうに切なそうに自分を見てきた訳が。 全ての記憶は消されていた筈である。だからこそ、一度は完全に精神崩壊を起 こしていた筈の彼が、この世界では安定した生活を送れたのだ。 だが−−心は確かに、何かを覚えている。英雄になる−−そう夢を抱いて、ク ラウドの目の前で命を散らせた、親友のザックス。同じように夢を語り突き進む フリオニールの姿に、クラウドはザックスを見ていたのだ。それは殆ど無意識に 。
『夢を、抱きしめろ。そしてどんな時でも、ソルジャーの誇りは手放すな』
“答捜し”−−その世界で、クラウドはフリオニールにそう言った。そしてフ リオニールを護る為に、命懸けで敵に立ち向かっていった。
「…そうだったんだ」
謎が解けていく。
「あれは…ザックスの言葉だったんだ…」
同じように。クラウドを護ってザックスは撃ち殺されたから。今度は自分が彼 のように、大切な友達を護りたい−−それは彼の、祈るような想いだったのだろ う。 記憶を消され、繰り返す鳥籠の世界で。クラウドは確かに笑っていた。幸せだ ったかもしれない。それでも罪の意識とセフィロスへの憎しみだけを消せないま ま−−重荷を引きずり続けていたに違いない。 ズルズル。ズルズル。 何故重いのかも分からないまま、捨てる事もできずに。
「セフィロスは、全部分かってて…だから…必死でクラウドを護ろうとしてたの か…」
時々クラウドと同じ眼で、自分を見たセフィロス。セフィロスもまた、フリオ ニールの中にザックスの面影を見たのだろう。 だから、“猫騙し”の世界でフリオニールを殺せなかった。非情になりきれな かった。 クラウドがまた壊れてしまうのが怖くて。時の鎖が解き放たれる事の無いよう に、ガーランドの策に加担して輪廻を続けようとした。この世界にいる限り、ク ラウドは残酷な記憶を思い出さずに済む。今の仲間達と笑い合っていられる事こ そ彼の幸せであると−−そう信じて。 クラウドがまた後悔で死にたくならないように−−彼に憎まれ続ける“墜ちた 英雄”を演じ続けた。ジェノバに操られていた頃の、銀の悪魔を。 どんな理由であれクラウドの大切なものを奪い、裏切ってしまったセフィロス の−−永遠に続く償い。それ以上に償い方を知らなかったのだろう。自己満足か もしれないと理解しながら、答えを見いだせないまま彷徨っていたのは−−セフ ィロスも同じなのだ。 ただ護りたかった。ただ償いたかった。ただ−−愛したくて、愛されたかった 彼ら。 どうして、こんな事になったのだろう? どうして、世界はこんなにも不平等なのだろう? 自分も相当波瀾万丈な人生を送って来たが−−彼らに比べればまだ幸せだった のかもしれない。ティーダが言っていたのはそんな意味。少なくとも自分達は− −ちゃんと家族がいて、当たり前のように愛された時期があったのだから。血が 繋がっていなくとも、そんな存在がいたのだから。
「…まずい!」
突然、オニオンが叫んだ。ハッとして我に返ったフリオニールは見る。座り込 んでいたクラウドが−−フラつきながら、立ち上がったのを。 そのクラウドの眼が、完全に正気を失っているのを。
「あの眼…っ」
見た事がある。今までにも時々あった−−クラウドが悪夢に魘されて、理性を 失って暴走した、その時の眼だ。 兵士の眼が見開かれ、その口が戦慄きながら開かれ。英雄の顔が泣き出しそう に歪む。心を鷲掴むような絶叫が響き渡った。
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エンドレス、ナイトメア。