泣きたくなった。セフィロスは悟る。自分が最も恐れていた事態が今−−起き ようとしている事に。 耳をつんざく絶叫。よろよろと立ち上がったクラウドは目を見開き、髪をかき むしり−−喉が潰れるのではという声で叫んだ。それはとてもとても−−悲しい 声。聴いている者達まで死にたくなるような、声。 クラウドは叫びながら、バスターソードを取り出した。そしてその刃を首筋に 当て−−
「やめろっ!」
今度はセフィロスが絶叫する番だった。とっさにブリザドの矢を放ち、クラウ ドの腕を撃ち抜く。不意打ちにクラウドは大きくのけぞったが、武器を離す事は しなかった−−出来なかったのかもしれない。 ぎろり、と狂気に満ちた魔洸の瞳が英雄を睨む。
「邪魔を…するなぁっ!!」
重たい刃が、地面に叩きつけられた。破洸撃。地を這う衝撃波がセフィロスに 襲いかかる。回避するも、あまりの威力に浮いた足場の一部が砕け散る。 冷や汗が流れた。今の一撃だけで悟ったのだ−−クラウドが完全に我を忘れて いる事を。 実のところ、自分達のようなソルジャーが本気を出すには、この星の体内エリ アはあまりに不向きなのである。足場が脆すぎて、自分達の戦闘の激しさに耐え きれないからだ。 そして地面が無くなれば、その下はライフストリーム。大抵の人間は落下した 時点で重度の魔洸中毒により廃人になってしまう。記憶の引継ぎ、という特殊な 事が成功したのも自分やティーダだったからこそ。 正直−−クラウドが万が一落ちてしまったらどうなるか分からない。本当に、 二度と正気に戻れなくなるかもしれないし、死んでしまう可能性だってある。彼 は経験からそれを知っている筈なのだ。 それなのに−−足場を破壊する事を厭わず攻撃してきた。クラウドが理性を失 っている証拠だ。
「もうたくさんだっ…もうたくさんなんだよ−−っ!!」
叫ぶ。叫びながら無茶な攻撃ばかりを繰り出す。今度はクライムハザード。下 手に回避してエリアへのダメージを増やしてはマズい−−そう判断したセフィロ スは素早く正宗でバスターソードを受け流す。
「くっ…!?」
驚く。攻撃が、重い。自分とてソルジャーの最高峰にいた人間−−けして非力 な筈がない。確かにクラウドは凄まじい怪力を誇るが、それでもまだ自分の方が 上だと思っていたのに。 腕が痺れる。向こうは全開に対しこちらは手加減しているとはいえ−−認めざ るおえなかった。力ではややクラウドの方が勝っていることを。 そもそもこの世界に召喚された戦士達の中で、一番能力が制限されているのが セフィロスだ。早い段階で記憶を取り戻していたとはいえ−−セフィロスは“契 約者”。輪廻の為に無理矢理体に埋め込まれた二つの闇のクリスタルは、常にセ フィロスのあらゆる生命力を吸い続けている。総合的な能力値は半減にも近い。 自分一人で、止めきれるだろうか。光のクリスタルによって力を得て、自暴自 棄になって暴走するクラウドを。
「あああああっ!!」
真正面からのブリザガ。とっさにマバリアを張って防御するセフィロス。どう にか護ったものの、周りの足場や空間に凄まじい冷気が広がり、凍りついては崩 れていく。 ぞっとした。クラウドは本気で理解していない−−この場所でソルジャーの力 を振り回すのがどれほど危険であるかを。
「…だから、嫌だったのに」
反応が僅かに遅れる。それだけで、掠めたバスターソードが肩口を切り裂いた 。血が吹き出すと同時にケアルガを唱えて対処する。 鳥籠の世界でもいい。何度悲劇に見舞われても、苦しめる事になっても−−ク ラウドの笑顔を守りたかった。もう二度と、彼が壊れる姿を見たくなかった。 これ以上彼が不幸になったら−−償いようがない。
「死なせろよっ!!何で俺を生かすんだよっセフィロス!!」
何も言えなくなる。クラウドは叫びながら、泣いていた。完全に正気を失えな い事に苦しみながら。 「もう嫌だもう嫌だもう嫌だ!!あと何回あんたを殺せば終わるんだよ!?終わらせ ろよ!!終わりにさせてくれよっ…!!」 「クラ…ウド…」 「死なせてよ…嫌だよ…っ!」 一番辛いのは自分なんかじゃない。セフィロスは気付いていた。気付きながら 、分からないフリをするしか無かった。 あの頃−−確かに“仲間”で“家族”だった自分達。記憶を取り戻して尚、世 界の為にセフィロスを殺すしか無かったクラウド。 辛く無かった筈がない。自分はどれほど彼に惨い事を強いてきたのか。 終われない。クラウドが死んでも、自分が死んでも。全ての悲しみは呪いのよ うに巡るばかりで。 その時だった。
「…終わらせる、たった一つの方法。あるじゃないか…此処に」
スッと小さな人影が、自分達の間に歩み出してきた。オニオンナイト。セフィ ロスは驚愕する。確かに彼らが側に来ている事には気付いていたが、何故このタ イミングで? 危険でないと分からない筈はないのに、どうして。
「あなた達は死人なんかじゃない。だから…できる筈だよ。ね?」
オニオンの隣に並ぶティナ。その姿に−−セフィロスは自らが殺してしまった 女性の姿を見る。 したたかな瞳。彼女と−−エアリスと同じ光。
「生きればいいんだ。…一緒に」
そして。背後からの声に、振り向く。振り向いて、泣きそうになった顔をまた 隠さなければならなくなる。
「生きてみればいい。幸せになる為に。…それが多分、答えじゃないのか?」
フリオニールの言葉に、クリスタルが再び優しい光を放った。
Last angels <想試し編> 〜4-34・兵士と英雄の約束Z〜
−−No.7、クラウド=ストライフとNo.17、セフィロスについての補足資料。
上記二人について、それぞれの項に記載し忘れていた事があったので此処に記 す。 セフィロスは契約者の一人である。契約者、とは神竜が輪廻を繰り返す為に必 要な闇のクリスタルの宿主であり、同時にその為の契約をガーランドと結んだ者 達の通称である。 本来なら、闇のクリスタルの宿主は一人要れば問題ない。しかし、宿主自身が 自殺したり、宿主の死亡時に闇のクリスタルが破損して機能しなくなった時の為 に、複数名が用意される。 また、魂の属性はともかく、宿主たる人物の肉体の属性や素質に合わせたクリ スタルと数が必要になる。詳細は割愛するが、今回は光の肉体を持つ者二名、闇 の肉体を持つ者二名−−つまりコスモス陣営とカオス陣営の計四名の契約者が必 要な筈であった。 白羽の矢が立ったのは、ウォーリア・オブ・ライト、クジャ、セフィロス−− そして、クラウド=ストライフ。そう、本来ならクラウドも契約者の一人になる 筈だったのだが。 それを知ったセフィロスが願い出た。クラウドを契約者にしないでくれ、と。 これ以上過酷な運命を背負うのは自分一人でいい−−と。 偶然にも。セフィロスは、光と闇の両属性を持つ稀なケースであった。ガーラ ンドは条件を呑む。クラウドが宿す筈だった分のクリスタルも、セフィロスの体 に植え付けたのである。 オニオンナイトの項でも語ったが、闇のクリスタルの宿主になるには極限まで 母体を弱らせなくてはならない。その上、強い闇の力を放つクリスタルが身体に かける負荷は大きい。 最初は軽い風邪に似た症状から始まり、やがては高熱、胸痛、腹痛、喀血、吐 血などの病状が出て重症化していく。最終的にはクリスタルを核に、宿主の肉や 内臓を媒体にして神竜の子の身体が形成され、宿主の身体を悔い破って誕生する 。 死亡した宿主の肉体から内臓が消失するのは以上の理由からである。 体内の闇のクリスタルが二つならば、あらゆる苦痛が倍以上になる。セフィロ スはそれを承知で、クラウドの契約者としての任を肩代わりした。全ては、クラ ウドの幸せを護り、償う為に。 憎悪されて尚、自己満足と理解して尚、その存在の為に贖おうとする自己犠牲 。もしかしたらあの英雄こそ、究極のエゴイストであるのかもしれない。
思い出したのだ。全部、全部。全ての悲しみを、全ての罪を。 どうして自分は生きてるんだろう。
「あんたの事…本気で尊敬してたんだ。俺には兄弟も父親もいないから…だから 」
完璧に泣き声だ。クラウドは自分が惨めで仕方なくなる。膝をつき、子供のよ うに泣きじゃくる。
「本当の兄さんみたいに思ってた。友達や仲間っていうより…家族みたいに思っ てたんだ…だから」
裏切られた。そう思った時、ショックと絶望で死にそうになった。母親も故郷 もみな炎の中に消え−−大切に思っていた分、憎悪はあまりにも深くて。 怒りのまま、セフィロスを刺し殺した。その時の感触は、今でも忘れる事が出 来ない。
「そのまま…憎んでいられたら、幸せだった?」
静かな眼で、ティナが問いかけてくる。死んでしまった、彼女に、本当によく 似ている。エアリスと同じ、全ての嘘を見抜くような強い眼差し。
「……分からない。でも…幸せだった以上に、不幸だったと思う…」
本当は、憎みたくなんて無かった。嫌いになんてなりたくなかった。殺したく なんて無かった。 記憶を取り戻して、それでも尚セフィロスを憎み続けるしか無いと知った時− −本当に憎んだのは別のもの。世界を、神を、自分を憎んだ。理不尽にして綺麗 事ばかり語るこの世界を。 そして、真実を知った時。 本当は何一つ罪の無かったセフィロスから全てを奪ってしまったと気付いた時 −−世界は本当に壊れてしまって。 正気を失う瞬間に、願ってしまった。どうか全てを悪い夢にしてくれと。あの 頃の“現実”まで、時間を戻してくれ−−と。
「時間は、戻らないんだよ。どんなに願っても祈っても。…罪は消えない。過去 はなくならない」
でも、これはきっとチャンスなんだよ、とオニオンが言う。
「過去に戻れなくても、未来があるでしょ。まだ手遅れじゃない事も、たくさん あるよ。…だって、二人とも生きてる」
涙が枯れない。だけど、それは悲しいだけの涙じゃなくて。
「背負った呪いも、全部受け止めてさ…考えてみよう。一緒に幸せになる方法を さ。…俺達も一緒に背負うし、一緒に考えるから」
笑うフリオニール。そっと肩に触れた三つの手に、先程まであらぶっていた何 かがスッと消えていくのを感じていた。
「クラウド。…もう…赦してあげたら?」
自分を赦してあげなよ、と。ティナの言葉に、顔を上げる。後悔と、絶望と、 悲壮と、ほんの少しの希望。同じ色の瞳をしたセフィロスと、眼があった。 約束を、思い出す。あの幸せだった頃にした−−小さな小さな約束。あの時の 仲間達はもういないけど。
『みんなで一緒に桜…ううん、桜じゃなくてもいいから、お花見て。また馬鹿騒 ぎしましょうよ』
叶えられるだろうか。あの時の夢を。
「…セフィロス…“さん”。覚えてますか」
野薔薇咲く世界で−−もう一度。
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手を伸ばした先、貴方がいた。
BGM 『Last Eden〜side:S〜』
by Hajime Sumeragi