戻ってきたフリオニールは、自分達に言った。「クラウド、今かなり不安定だからさ。少しだけ休ませてる」 セフィロスとどのくらい和解できたかは分からないが−−どうやらクラウドもクリスタルを手に入れられたらしい。ティーダはただ頷くだけに留める。正直−−クラウドが一番乗り越えるのが難しいと思っていたのに。「憎むのも愛するのも、当たり前の権利だけど」 セシルが静かに言う。「誰かをずっと憎み続けるのって、本当は凄く辛い事だから。どんなに時間がかかっても…やめたくなる時はきっと来る。…そういう事じゃない?」 頷く事も、出来ない。沈黙するしか無かった。 誰かを憎むのが辛いなんて−−考えた事も無かったのだ。愛するのが辛いと、そう思った事は何度もある。かつていた世界でも、この世界でも。誰かを大切に想える−−それはとても貴く素敵な事である筈なのに。 失うのが分かっている愛情や友情は、辛い。逃げたくなるのに逃げられない。心は不器用でいけない。「…分からないッスよ、そんなの」 憎まずにいられたら。そう思わなかった事が無かったわけではないけれど。その感情を辛いだの痛いだのという尺度で考える事が無くて−−否、考えられなくて。「現在進行形のうちは、簡単に気付けないんだと思うよ。クラウドもそうだったんだろうし…うん、僕もそうだったから」 「セシルも?」「だって僕、この世界に来るまで正直…兄さんの事恨んでたもの」 笑う騎士。その眼が言っている。今だからこそ笑い話にできるのだ、と。「でもね。憎むのに疲れた時、ハッとするんだよ。自分はずっと…幸せじゃなか ったんだって。不思議だよね。愛するのも憎むのも苦しいのは同じなのに、最後に人を幸せにするのは愛だけなんだから」 重い言葉だった。セシルだから言えるのだろうな、と思う。多分フリオニールに聞いても別の解釈で−−似たような答えが返って来そうだ。 ティーダは俯く。自分の憎しみは愛情の裏返しだと知っている。例外的に、クリスタルがなくても記憶を取り戻している自分は、その原因も分かっている。 だからこそ、根が深くて面倒な事も。「憎しみは、乗り越えられる。けどそれは我慢する事でも、自分に嘘をつく事でも無いんだよ」「…うん」 分かる。フリオニールもセシルもクラウドも、それを証明してみせたから。体当たりで自らの扉をこじ開けてみせたから。 彼らは何かを偽って、宿敵と和解したわけじゃない。 ふと、ティーダはある人物の言葉を思い出す。長く続く戦いに疲れ、絆を疑い、皆が沈んでいたある世界で。 珍しく、皆を鼓舞したのは普段無口なスコールだった。彼は言った−−自らが憎まれる覚悟があるなら、誰かを憎むのは罪ではないし、憎しみで誰かを殺める事も間違いではない、と。『だが…それは楽しい事か?』 あまり自分を語らないスコールだからこそ、その言葉が重かった。『大切なのは 愛することではない。 愛するのだと 決めることだ。 人はいつか それに気づく』「愛するのだと、決める事…か」 「なぁに、ティーダ?」「…何でもないッスよ」 憎む。憎みあう。楽しくなんかない。楽しい筈がない。−−だけど。「…どうすればいいんだよ」 心は不自由で、困る。何だか無性に、スコールに会いたくなった。彼は、自分の導き手だった“彼”ではない。分かっているけれど、でも。 Last angels <想試し編> 〜4-35・夢想と幻想の物語T〜 「あなたって意外にお人好しだったんですね」 他に言うべき事はたくさんあった筈だ。だが−−アルティミシアがどうにか振り絞って言えたのは、お世辞にも素直とは言い難い言葉だった。自分でも、笑えてしまうほどに。「わざわざ戻って来るなんて。それとも何か?私はそんなに寂しがり屋だとでも思われていたのかしら?とんだ侮辱です」 チラリ、と皇帝を見る。機嫌を損ねただろうと思ったのだ。それだけのクチをきいた自覚はある。実際、今までの彼なら憮然としながら毒を吐いてきただろう。 自分やクジャが強烈すぎて目立たないが、実のところ皇帝もかなりの毒吐きだった。ただ自分達ほどお喋りじゃないだけである。たまにボソりとかなり痛いところを突いてきたりするのが彼だった。「…貴様も案外、嘘が下手だな」 それが今はどうだ。まるで幼子を諭すように−−仕方ないなと僅かばかり呆れたように−−苦笑してきたではないか。「本当は寂しくて仕方ないくせに」 不機嫌にさせられたのは自分の方だった。アルティミシアはややムッとして暴君を睨みつける。「へぇ…心外ね。私がいつ寂しくて寂しくて仕方ないから独りにしないで…なん て甘えた事を言いました?」「何か誤解してないか、アルティミシア」「何をです」 皇帝はくつくつと笑う。さも愉快そうに。「お前が、ではないよ。…気付いてなかったか?この世界に召喚された戦士達の 中に…寂しがり屋でない者など一人もおらん。私もお前も…神々もあの武人と淑 女も含めて、だ」 とっさに言葉に詰まる。喩えるなら−−そう、投げられたボールがあまりに明後日の方向に逃げたので、ミットを構える事すら忘れたキャッチャーだ。「何を…馬鹿な事を」 さっきまでの不機嫌を忘れるほど呆れ果てた。彼がカテゴリに己を含めた事にも驚いたが、あの支配者の僕を入れた事にはもっと驚いた。 あのいつも自分達を見下す二人が寂しがっている?阿呆らしい。「根本的にはな…この世界に招かれた連中はどこかしら似ているのだ。だから妙 なシンクロを感じたり、同族嫌悪で反発もする」「クリスタルはそんな事まであなたに教えたの?随分便利ね」「いいや、これは私の個人的見解だ」「…何よそれ」 皇帝はまだ笑っている。気に食わない−−まるで何もかも見透かされているようで。親に甘やかされた子供のようで。魔女である自分は彼より遥かに長い年月を生きてきた筈なのに。 確かに。皇帝がフリオニールとの戦いを終えて尚戻ってきてくれた時は−−本当は嬉しかった。愛だの情だのといった感情はとうに忘れてきた筈で、彼に対しては単に“共犯者”たる連帯感以外何も感じていないと思っていたのに−−。 離れて、気付く。自分にとって彼だけが、唯一本当の“仲間”であった事に。 彼がいなくなった途端、また孤独を思い出した自分に。 恋人じゃない。親友とも違う。だけど−−当たり前に、隣にいていい存在。いて欲しい存在。 それを、何と呼べばいいのかもよく分からないけれど。 だが。それを口に出すにはあまりにプライドが赦さなかったし、見抜かれるのはもっと我慢がならなかった。自分は魔女。誰かに弱みなど見せてはいけない。見せれば最後、十字架にかけられて火で炙られるがさだめ。 いつからそんな風に思うようになったかも、思い出せないけれど。「…特に。お前とあの獅子はよく似ているな」 獅子。自分の追い求めるその名が出て、現実に引き戻される。「寂しいから、わざと独りになりたがる。もう失う事の無いように」 そんな事、無い。言いかけた言葉は音にならずに終わる。皇帝が、まるで慈しむような眼でアルティミシアを見ている。その視線の意味を、悟った気がしたから。 自分も同じだった。彼はそう言っているだ。寂しくて、でもいつか必ず来る“終焉”が怖くて−−孤高の王を演じてきた、男。 「独りきりなら、何も失わない…か。私もかつてはそう想っていたがな。案外難 しいものだぞ?完全に孤独になるのはな」「…あなた」 その話を最後まで聞くのが、何故だか辛くて。わざと話を逸らす。「変わりましたね。…クリスタルを手に入れてから。少し前まではもっとペシミ ストだったのに」 悲観主義者で現実主義者。自分も彼も、その枠内からは出られない筈だったのに。「変わらないものなど無い。だから…全てに意味がある。違うか?」 変わるからこそ価値があるのだと。「…分かってますよ。そんなこと」 不変なものなどない。どれだけ願っても刹那は過ぎ行くように、どれほど魔法で留めても時間を支配しきることなど出来ないように。「分かっていても…停止や逆行を望みたくなる時もまた、あるのですよ」 それでも、変わる未来を望むのと同じ気持ちで、変わらないことを願ってしまうのもまた人間なのだ。記憶は無くとも覚えている感情。時を巻き戻せたら−−そうすれば“還れる” 。帰りたい−−そう願っていた心だけは何故だかハッキリと覚えてある。 まだ幼き子どもだったころは、 未来を無邪気に信じていられた。「分かっていながら納得できるのは…強いからですよ、あなたが」 世界はもう、我々のものではない。「…業の深い罪を背負いし者、か」 「?」 皇帝の呟きに、アルティミシアは顔を上げる。パンデモニウムの、柱の向こう。キョロキョロしながら歩いてきたのは−−ティーダであった。 ふと、誰かに呼ばれた気がして、スコールは振り返った。「…?気のせいか」 辺りには誰もいない。カオス神殿は吹き上げる風に小さく唸りを上げるばかりで、人の気配はない。 カオスの軍勢が攻めてきた時、スコールはメンバー全員からはぐれてしまった者の一人だった。クリスタル探しと併行して仲間の散策も続けているが、誰とも会うことの無いまま今に至っている。 エリアの配置は、不定期に変わっていく。ホームの位置が変わらないので帰投は可能だが、頻繁にエリア散策をしなければならない理由がそこにあった。探索の終わったエリアも一定時間が過ぎると中身が変わっていたりするのは、過去の調査で分かっている。 誰とも会わないで終わっているのも、単にすれ違い続けている可能性が高かった。それに−−自分で言うのも悲しいが、方向音痴は自覚している。−−まぁ…会わないなら、それが一番な気もするがな。 自分には単独行動の方が向いている。どうにも誰かと協力して任務を果たすのは苦手だった。今の仲間達はけして嫌いではないが−−要は性分である。 この近辺に敵の気配はない。そろそろ休息をとるべきか、とスコールは柱の影に座り込んだ。 以外に疲れがたまっている。何だかんだで気を張っていた自分に気付く。−−今夜も…あの夢を見るのか?憂鬱だ。 最近見る奇妙な夢に、スコールは悩まされ続けていた。夢は主に2パターン。黒髪の女性がひたすら泣いて謝っている夢か、明るい茶髪の男の子が泣きじゃくっている夢である。 後者の場合、夢の中で自分はひたすら少年を慰めていたりする。おかしな話だ。−−どっちも…見覚えがある気がするが、思い出せない…。 そんな事を考えながら、意識は静かに落ちていく。スコールはゆっくりと眠りの海に沈んでいった−−。NEXT |
奥底に秘められた、最期の真実。